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禁断少女の学術的考察、そして

 

 2週間ぶりに、学校から解放された。
 民俗学のフィールドワークの報告書を完成させるために、1週間を要した。そうでなくとも、他の講義のレポート課題が溜まっていた所である。それらを、1週間学校に泊り込んでこなしていたのだ。今はそれらも終わり、清々した心持で家路を進んでいる。

 思えば、ここ1ヶ月は民俗学の祭り状態だった。
 俺は自らの研究対象として、《都市伝説》を追っている。雑誌や専門書での特集を遥かに凌駕する情報量を収集し、纏める。そんな作業と、県北地方に於ける言い伝え等の聞き取り調査が一辺に押し寄せたのである。
 都市伝説の収集は、街頭での聞き取り調査から母校でのアンケート、電話調査や、インターネットでの呼びかけを駆使した。
 昔からあるありきたりな都市伝説――口裂け女やトイレの花子さん、ミミズバーガーなど――や、その地方や地域にのみ伝えられる都市伝説めいた噺。
 それらを収集し、分類し、伝播状況やその過程、媒体などをリストアップし、都市伝説が如何にして伝説になっていったのかを解明する。それが俺の研究だ。
 得てして都市伝説というのは、その形態や媒体が何であれ、他者からの伝聞という過程を経て広まっていく。
 それはあたかも、電車での何気ない会話を聞いた人が「銀行が近日中に潰れる」という噂であると解釈し、噂として広め、人々がその銀行に殺到する様に似ている。原理はこれと同じだ。
 しかしここで面白い調査結果が出た。インターネットでの情報収集をしていたときの話だ。
 都市伝説の中には「自分で体験した」という話で始まり、「自分もそれを体験した」というその伝説に関する新たな情報が付与される広まり方をするものがある。インターネット上での都市伝説の伝播は、口頭に於ける伝播よりもその割合が大きい事が明らかになった。
 勿論、その伝播方法――俺は《肥大化伝播》と表現している――による都市伝説は話者自身の経験などではなく、創作である場合が殆どである。現に例えば「2ちゃんねる」の「オカルト板」には「都市伝説を勝手に作って広めるスレ Part??」なるスレッドが立っている。
 しかしいくつかのサイトや書籍、そして(事実かどうか定かではないが)体験談などによって、「もしかしたらこれは伝説などではなく事実なのではないか」と思えるような事例がいくつか出てきた。
 それらは都市伝説全体に対してほんの一握りの、片手の指で数え得るほどの数しかなかったのだが、確かに存在した。いずれも検証のVTRが存在したが実際に目の前で見せられていない以上、鵜呑みにするわけにはいかない。
 それにそのどれもがひどく犯罪の匂いを漂わせたものである以上、「不用意に近付いて気付いたらコンクリートの中だった、という事態になり兼ねない」と教授に止められたので、それ以上の追跡は行えなかった。

 落胆しつつもひとつだけ、興味を抱いたものがある。
 《禁断少女》。
 これはひとつだけVTRが存在しなかったものである。曰く、自慰を長らく封じているもの書きの許に現れ、精を出させつつその妄想力を解放させてとんでもなく良い文章を書かせる存在なのだとか。
 眉唾物だが、古い文献にも似たようなものがいくつかあったのだ。現存し、その描写が存在する最古の文献は、戦国時代のものだ。無名のもの書きの日記。最近発見されたその日記のもう半分とその人物の作品は残念ながら発見出来なかった。
 江戸時代になるとその全時代を通していくつかの官能小説が裏ルートでではあるが流通する。
 綱吉の時代、そんな官能小説書きのひとりがこの《禁断少女》、当時は化け猫や九十九神の一種と考えられていたのだろうが、それと遭遇している事が日記から判明した。

  *  *  *

 文月ノ二十一
 筆ノ進まぬおりに背ノゆるるあり、かへし見たるや艶なるをんなノいたり、其女ノ化生にもに志さま、しなやかなりて俗世ノとみへず。其女寄り来、然て衣より躯ノ出だしたるにて、我が心ふれるるを見ん。
 遊女・娼ノさまにも見へず、而未通子にも似ず。女曰く、斯かるるさま筆に為ば長ず、と。
 交しのち女きゆ。女ノ言によつて筆とり進み、文字ノ流るるを見ゆ。化生ノ女ノ化猫にに志を文字の介けと為、拝む。
  *
 文月(7月)21日
 なかなか筆が進まないとき、背筋が振るえた。振り返って見るとそこにはひどく美しい女がいて、化生のような雰囲気を纏い、しなやかな身体はこの世のものとは思えなかった。その女が寄り来て肌を出すと、私はどうにかなってしまった。
 遊女や娼婦にようにも見えないし、処女にも見えない。女は「この様子を書けば、いいのが出来ますわ」と言った。
 情交のあと、女は消えた。私は女の言うとおり、その様子を書き表そうとする。するとすらすら書けるではないか。化け猫にも似た化生の女を性描写の助けとして、拝んだ。

  *  *  *

 明治、大正、昭和と、いくつかの出現報告が日記や手記という形で残っている。そして平成の現代、情報通信の発達と共にその出現報告がインターネット上に出現するようになる。最近の出現報告は、先週の火曜日だ。
 《禁断少女》という語は、「2ちゃんねる」の類似サイト「ピンクちゃんねる」内「エロパロ板」での雑談に使われていたスレッド「SS書きの控え室 48号室」が最初の出現である。
 なお、ここでの《禁断少女》という語はアダルトビデオのそれとは異なる事に留意。

  *  *  *

30 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2006/05/17(水) 03:01:49 aXVoFy1r
良質な妄想をするために今日からオナ禁クマー!
童貞の癖に絶倫だから12時間ほどで禁断少女でるけどやってやるのさー!!

とりあえず1日!!!!


31 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2006/05/17(水) 04:56:12 gWgeNeuH
>禁断少女

既に限界っぽいなw


32 名前:禁断少女 投稿日:2006/05/17(水) 06:11:42 fiUI9sG2
「お兄様……もう、限界みたいですわね」
 その少女は僕に向かってそう言うと、ズボンのファスナーを下ろし、びくびくと脈打っているモノを取り出した。
「まだ、さっきしてから十二時間しか経ってませんのに――しょうのないおちんちんですこと」

 そうなのだ。
 彼女は僕がオナニーを我慢していると、決まって目の前に現れる。
 たぶん幻覚。たぶん妄想。
 麻薬中毒の患者が苦しむという禁断症状のようなものだろう。

 けれど、その手の患者にしてみれば、目の前に現れる幻覚がリアルな質量を帯びて感じられるのと一緒で。
 僕には――彼女の存在が実際に目の前にあるようにしか思えないのだった。
 いや、事実、触れることさえできる。
 その感触が僕の脳から生み出されたものなのか、それとも実は夢ではないのか、それはわからない。
 ただ、どちらにせよ、現れた彼女は僕のナニを刺激し、射精に導いては去っていく。
 それは間違いなかった。
 まるで、我慢は体に良くない、とでも言うように。
 だから、僕のオナ禁は決して長く続かない。続かせることが、できないのである。

「十二時間前は手でして差し上げましたから――」
 『禁断少女』は言う。
「今度はおクチでいかがです?」
「あ……。う、うん」
 僕は拒むことさえできず、彼女に言われるがまま、それをOKしてしまう。
「ふふふ……。可愛い。先っぽから何か出てますわよ」
 見れば、確かに僕のイチモツは、震えながら先走りの液体をこぼしているようだった。
「……はむ。……ちゅ。……ちゅぅ」
 彼女は音を立て、愛おしい物でも口にするかのように僕のペニスをしゃぶっていた。
 その表情を見ているだけで、僕は早くも絶頂を迎えそうに――


……こうですか? わかりません!

  *  *  *

 最初は誤植だった。しかしその様子があまりにも文献の「正体不明の淫魔」と告示していたため、これが現在ではインターネット上で一番よく使われる通称になっている。

 正直俺はこんな事もあるのだなあくらいにしか思っていない。要は自分の妄想によって絶頂を迎えてしまうのだ。夢精が覚醒時に起きるようなものだ。そこまで妄想力が豊かに、俺はなれない。
 まあ、ただ――エロパロ板を見た少し後から、俺はそのいくつかのスレッドにSSを投下しているのではあるが。

 俺は大学に実家から通っている。実家は電車で50分近く乗ったところだ。不便だが、金はかからない。いざとなれば研究室に寝泊りすれば大丈夫だ。
 こっちにある自転車は今友人に貸しているから、俺は大学から駅まで徒歩で行かなければならない。まあ、たまにはいいだろう。途中の大規模小売店で雑誌を買う。電車の発車時刻まで、あと20分ある。
「まあいいか。今度のプロット纏めないとな」
 呟き、小売店を後にして駅に行く。小売店から一番近い信号で止まる。不意に、横から声が聞こえた。
「あれ? あっ、ヤマちゃんだ。ひさしぶり!」
 聞き覚えのある声。不意に俺はその方向を向いた。
 男女。女の方は、見知った顔――蔦原実明[ツタハラ・ミアキ]だ。高校時代は同じクラスだった奴で、今は俺の通う所とは違う大学に通っているという話を聞いていた。そして最近、俺の通う大学の違う学部の奴と合コンで知り合い、今付き合っているという話を聞いた。
 実はこのツタハラ・ミアキ、俺が高校卒業の時点で好きな奴だった。理想の女性はどんなのかと訊かれれば「好きになった奴」と答える俺だが、まだ当時の気持ちを引き摺っている。
 ちなみに俺は名前を山谷征記[ヤマヤ・マサキ]という。だから「ヤマちゃん」という渾名なのだ。
「ん? 誰?」ミアキの隣の男――恐らく彼氏だろう――が彼女に訊いた。
「高校のときのクラスメイト。ナオ君と同じ大学に通ってる。で……、えっと、彼氏」ぎこちない紹介だ。
「だろうと思ったよ。ま、紹介にあった山谷です。人文の」
「あ、ども、高橋です。理工学部の」
「うい。で、何だ、今からデートってか?」
「そんなトコっすね」ミアキではなくタカハシが答えた。「ああ、ヤマさんの話、ちょこっとミアキから聞きましたよ」
「マジかよ。おいミアキ、お前ある事無い事吹き込んでんじゃねえだろうな」
「まさか~。あった事しか言ってないよ」ミアキは笑いながら反論する。畜生、今見てもかわいい。「あ、青」
 信号は既に青に変わっていた。
「じゃあ、行こっ、ナオ君」タカハシの腕のとり、ミアキは歩き出す。「じゃあ、ヤマちゃん、またいつかね!」
「ああ。いずれ」俺はそう答え、信号を渡りきってからの彼女らの後姿を見送った。浅ましくもこう呟きながら。「……ミアキを、頼むぞ」

 ショックは大きい。
 好きな女に付き合っている人が出来た、という話題の時点で既に危ういのに、実際にその場面を見せ付けられたら心が折れてしまってもおかしくない。
 まあ、それを限界まで見せないのが俺だ。ただ、家に帰って部屋に戻ってからは、その限界を突破してしまいそうな気がしてならないが。
 駅員による改札を抜け、1番線に下りる。電車は既に停まっていた。
 席は空いていなかった。俺はしんがりの車輌に乗り込んで支柱に寄りかかり、携帯電話を出す。そして腹いせに、エロパロ板を開いた。結局妄想の中しか、俺とあいつとが結ばれている場面は無いのだ。
 発車する。定刻どおり。周りはうるさい。だがその雑音が、今はありがたい。この場で下手に誰かに会えば、どうなるか分かったものではない。群衆中の孤独が癒しになる事もあると、今初めて悟った。

588 名前:禁断少女の学術的考察、そして――[sage] 投稿日:2007/03/13(火) 10:07:55 ID:4Y9FT15a
  *  *  *
 一つ目の駅に停車し、乗客の出入りがあったあとに再び発車する。そこで、メールが来た。
 誰から……誰だ?
 メールアドレスが書かれていない。所謂「匿メール」を使ったいたずらか。サブジェクトには「何も訊かずに後ろを見て」とある。本文には「見たらうちが誰か分かるよ」とだけ書いてあった。
 便所の落書きか。そう思った。きっとそのあとには「左見て」「上見て」「ばーか」というオチだ。
 またメールが来る。同じく、送信メールアドレスは空白。サブジェクトは「その発想は貧弱かなあ」とあった。本文は「答えは1回の動作で分かるから、トイレの落書きといわずに見てみてよ」……。
 背筋が凍った。考えている事が漏れている? サトラレになったわけでもないし、唇が動いていたわけでも、まして声帯が震えたわけでもない。では、どこから漏れた?
 俺は思わず、後ろを向いた。言い知れぬ不安からだ。
 そして再び、背筋を凍らせた。視線の先。そこには何故か、ミアキがいたからだ。
 その「ミアキ」は俺が彼女を見た瞬間に、こちらを向いて手を振った。ミアキは先程と変わらない服で座席に座っていた。
 なぜ居る? 俺の目の前で駅とは違う方向に向かったじゃないか。
 そう思った瞬間、またメールが来た。そのミアキが自身のケイタイを出してそれを指差す。そして今度はこちらを指差した。
 送った、という事なのだろう。その割には、メールを打つ動作や送信する動作が一切無かったわけだが。
 ケイタイを開く。既にメールの画面になっており、サブジェクトには「なぜいるかって?」。本文には「ヤマちゃんに望まれたから」。
 今度こそ俺は悟る。あいつは「蔦原実明」ではない。ミアキの姿をした何かだ。あいつの周囲の人間の反応を見ると、もしかしたらあいつは実態すら無いのではないかという気すらしてくる。それほどまでに、あいつは人込みの中で浮いている。
 そしてこのメールの文面から、あいつが俺の心を読める――否、「俺の心によって作られた」存在である事が予想出来る。だとしたら、思考しただけの事柄への反応も頷ける。しかし問題は――何が起こったのか。その一言に尽きる。
 恐らく俺のみにしか見えていないであろうその存在は、十中八九幻覚の類だ。
 だが妙な事に、俺は幻覚作用のある薬品であれ植物であれ、物質を摂取した覚えは無い。
 昼食にそのようなものが混入していたとしても、種類にもよるだろうが少なくとも3~5時間でその効果が現れるだろう。そして今は午後6時過ぎだし、何より俺は今日朝食以来一切の飲食をしていない。

 体内で分泌される幻覚作用のある物質はあっただろうか。そう思考しかけたところで、「ヤマちゃんは至って健康だよ」という聞き覚えのある声を聞いた。畜生、声までそっくりなのか。
 案の定、顔を上げるとミアキがいた。俺が口を開こうとすると、それを指で静止される。……こんな感触なのか、あいつの指は?
「喋ったら、変な人扱いになるのはもう分かってるよね?」
 じゃあどうすればいいんだ。
「考えるだけでいいよ」
 ああ、そうかい。考えている事が駄々漏れ、という事か。いくら本人ではないと理解していても、その存在以外があまりにもミアキに似通っている――というより酷似している――から、本能が恥ずかしがっている。
「駄々漏れなのは仕方無いよ。あたしの身体はヤマちゃんの思考によって形作られたわけだし。あたしは、ヤマちゃんの理想。『こういうコとセックスしたい』っていう願望なんだよ」
 俺は驚いた。その一言で。それは目の前のこの存在の正体が分かった事への驚きもそうだし、目の前に居る「ミアキ」が「セックス」という言葉を使った事への驚きでもある。くそっ、俺は何をうろたえているんだ。こいつはミアキじゃないだろ。
「あたしが何か、分かったみたいだね」
 ああ。《禁断少女》だろ。
「当たり。じゃあ、昔の呼び方は?」
 明治の当たりで《淫魔》、《夢魔》。江戸から遡ると明確な名前は出てこない。だが《子玉藻》という呼び名を使った人物が居た。
 《玉藻前》という伝説がある。これは鳥羽上皇に仕えた、《白面金毛九尾の狐》が化けた絶世の美女が、上皇と契った後に上皇を病に陥れ、正体を陰陽師・安倍泰成(安倍泰親、安倍晴明とも)によって暴かれ逃亡、後に武士の集団との2度にわたる戦闘で退治された妖怪である。
 この伝説はそのモチーフを中国に持っており、地理書『山海経』の一書『南山経次一経』には「有獣焉、其状如狐而九尾、其音如嬰児、能食人。食者不蠱。(獣これ有り、其の状狐の如くして九尾、人を食らふ能ふ。食らふは蠱さず)」という描写がある。
 伝承によれば、古代中国、殷王朝の最後の王・紂の后を、妲己を喰い殺して彼女に化け、酒池肉林、炮烙[ほうらく]の刑等を編み出し、暴政を敷いた。
 また或る伝承では、インドの太子の后になって暴虐の限りを尽くした。
 或るものではなかなか笑わず、王が無用に狼煙を上げて諸侯が集まったとき初めて笑い、たびたび王は狼煙を上げて諸侯を無用に集め、遂に異民族に侵攻された際、狼煙を上げたが諸侯は集まらなかった、という話もある。
 日本にも遣唐使の船に乗ってやって来たり、赤子に化けて武士の養子になったり、先のように玉藻前として活躍したのだという。
 それらのような伝承から、江戸時代、現代で言う《禁断少女》はある作家によって《子玉藻》と称された。


「正解。流石、あたしの事を事細かに調べただけはあるね」
 その容姿で「あたしの事を事細かに調べた」なんて言うな。誰にも聞こえてないのは分かるけど、個人的に語弊がある。
「いいじゃん。実際《禁断少女》について調べてたんだから。それとも何? 他の女が良かった?」
 色々待ってくれ。あんたが俺「に」出た禁断少女なのは分かった。でも何で電車内なんだ。こんな所で射精しろってか。
「お望みならば、ヤってあげる。ヤマちゃんはここ、電車内で《あたし》、ツタハラ・ミアキを欲した。だからあたしは《この娘》として現れた。それだけ」
 やっと理解出来たよ。まあ、えっと……、シてくれるんなら文句は言わないけど、場所くらいは考えてほしい。
「あいにくあたしには時間制限ってのがあってね、一人の所に何時間も同定してられないんだ」
 じゃあどうすんだ。このまま消えるのか?
「冗談。折角の1ヶ月ものだよ? 逃せるわけ無いじゃん」
 そういえばここ1ヶ月、排泄以外で性器に触れていない。
 フィールドワークや報告書、レポートの執筆で疲れきっていたから、暇さえあれば仮眠していた。文章の執筆とそのための資料集めはひどく集中するので、エロいものを見てもそのエロさをスルーしていたような気がする。
「濃いのが溜まってるんでしょ? 出しちゃってよ。好きな人の、どこに出してもいいんだよ? 腟内[なか]、口、顔、胸とか……、お尻でもいいよ」
 いい加減にしろ。その顔で、誘ってんじゃねえよ。
 お前がその顔をしているから……、あの時と変わらない身長差だから……、変わらない雰囲気だから……――欲望と罪悪感に苛まれる。
「でも、内心すっごく期待してるし、ここだって……」
 言って、禁断少女――いや、俺はこいつを子玉藻と呼ぼう――は俺の怒張を布越しに触ってくる。制止させるために思わず子玉藻の手首を掴む。するとバランスを崩したのか、子玉藻は俺に向かって倒れ込んだ。
「ひゃっ」
 その仕草があまりにもミアキに似過ぎていた。俺は不意に、凭れていた支柱から背中を離した。こいつの手首を掴んだまま。
 二つ目の駅に着いた事を車掌が知らせている。多くの人が下りる。俺はその人々を掻い潜り、この車輌に備え付けられているトイレに這入った。そして鍵をかける。
 この列車には、一番南側の車輌にトイレが備え付けられている。そこには洋式の便器がひとつあり、恐らくこの電車内で唯一、一人になれる場所だ。


「やっ、ちょ、痛いって!」ミアキの顔で、子玉藻が非難する。俺はそんな子玉藻を扉とは反対側の壁に押し付け、服の上からこいつの右の乳房に左手を当てて言った。
「痛覚はあるんだな。もういい、俺がお前をミアキとして、思う存分ヤっちまえば文句はねえんだろ、畜生」
「何で迷ってるの? ツタハラ・ミアキがあなたを好きじゃないから? もう彼氏がいるから? そんなのあたしに押し付けられても困るよ! あたしは《ヤマちゃんの事が好きなツタハラ・ミアキ》として出てきたんだよ? なら……それを受け入れてよ」
 自分の欲望、今くらいは否定しないであげてよ。
「あたしはあなたが、ヤマちゃんが好きだって、それは今ここでは紛れも無い事実なんだよ。他の誰でもない、あたしはヤマちゃんと一緒になりたい」
 ミアキの顔が、そこにある。俺は左手を、その頬に当てた。抵抗せず、あまつさえ目を閉じてくる。
「……くそ、こんな妄想って、アリかよ……」
 引き寄せられる。そう感じた。

 

  *  *  *
 口付けがひどく永く感じられた。或いは「口吸い」と言い換えてもいい。気が付くと俺ら2人は全裸で、こいつは便座に座る俺の股間に顔を埋めていた。
 何度か見たAVの記憶が残っているのか、口淫はその動きに似ていた。AV女優のそれがプロの技であるのと同様なのか、こいつのそれによって俺は射精感を乗数的に高めていった。
「ミアキ……」やっと出た声はひどく情けないものだったが、こいつはそれで口淫を中断する。「俺もやる」
「でももう、濡れてるよ? まだ続けさせてよ」言って秘所を指差す。にべも無い答えだな、おい。
「このまま射精せば精液塗れの体になるだろ。それを舐めろってか? 罰ゲームだそれは」
「かけるつもりだったんだ」
 彼女はそう言って笑う。そう改めて言われると、異常に身体が熱くなる。
「未遂だからいいだろ、別に」
 そうしてポジションを替え、まずは小ぶりな胸、乳首を揉み、そして入念に舐め回す。Bカップくらいだろうか?
「んっ、ヤマちゃんがそう思うんなら、そうかもね。はぁっ」
「この期に及んで、聞いてんじゃねえよ。人の心の呟きを。それと、俺の期待した反応じゃなくていいから」
「ん、ふっ、むずかしいな、それ」
 俺はふと思い付き、乳首から口を離し、そのまま鎖骨、そして首筋へと舌先を持っていく。こいつの身体が震えるのが分かった。
「どうよ?」
「ん……、もっと……」
「ん」
 驚くほどに面白い反応だ。耳を舐め、噛むとするくすぐったそうに身体を捻るその仕草は、触覚的刺激が無くなって次第にその怒張を縮める陰茎を勃たせるには十分な刺激だった。
 今一度口付けをし、今度は下半身に右手を伸ばす。然程面積の無い陰毛の茂みを掻き分けるようにして指を進める。そして秘所の窪みに差し掛からんという所で俺は指を止め、その縮れ毛の茂みを行ったり来たりする。
「ちょっ、くすぐったいから……」
「それが目下の目的だ」そう言って唇を塞ぐ。
 何度も往復を繰り返すと、呼吸がより大きく乱れてくる。頃合か。俺はその往復である程度覚えた秘所の上あたりに一気に指を進めた。前陰唇交連。そして陰核だ。
「あひぅっ!」
 予想していたのかしていなかったのか、しかしそれでも関係無さそうに、彼女は陰唇の方向に沿って動く俺の指に合わせて喘いでいる。
 愛液というのか、それによって、微かに水音が聞こえる。指を腟口と思しき所に少しだけ差し入れる。
「ふあぁ!」
 その大声にびくっとするが、よく考えるとこいつの声は俺にしか聞こえないのだ。
 不意に、後ろにつんのめる。次の駅に停まったのか。
「ねえ……、はやく、きてよ」
 停車なぞ関係無い。肩で息をするその懇願を無視し、俺はこいつの秘所に顔を埋める。独特の匂い。男をその怒張に集約するかのような匂いだ。フェロモン臭とでもいうのか。
 腟口に舌先を触れさせる。こいつの身体が強張るのが分かる。なら、その緊張を解くのが愛撫というものだろう。


 再びの発車。それによって俺の舌が彼女の陰唇に押し付けられる。電車特有の振動、それすらも快楽の1つに加えようといわんばかりにこいつは俺を求めだした。
「は、あ、んっ、なんで、こんな、に、上手いの……?」
「知るか。言っとくけど練習なんかしてないからな」
「うん……。あ、止めないで。もっと……」
「口だけでイったら承知しねえ」
「んっ、イく、んふっ、寸前だっ…た、くせに……あン」
「お前も俺みたく、イきそうになったら止めろよ」
「やだぁ。ふう、く、はぁっ」
 唾液と愛液の交じり合った、変な味の、変な匂いの液体。最高の潤滑油だ。俺は彼女への口淫のスパートをかける。指も使う。
「んはああっ、ダメぇっ! それいじょっ! んあっ!」
 その言葉で俺は指と舌を秘所から離す。外気に晒されたからか、彼女の下半身が少し震えた。
「イったのかどうか確認しようの無いからなあ。ま、いいか」
「はぁ、はぁ、はぁ、は、ねえ、はぁ、変に、なりそうだよ……」
 イく本当に寸前だったのだろう。身体をくねらせ、手を胸、そして秘所に持っていこうとする。
 俺は秘所に持っていこうとした手を退け、胸に持っていこうとした手を甘く噛んだ。そしてそのまま胸を舐め、吸い、噛み、転がし、もう片方乳房にも同様にする。
「だめ……、はやくぅ……」
 やはり無視する。乳の下をそれぞれ舐め、今度はみぞおち、そして腹に舌を進めていく。無論、くねらせる。脇腹、臍、下腹部と舐め回し、俺は顔を上げた。
「まだ、イってないよな」
 おぼろげな瞳で、彼女はゆっくりと肯く。
 俺は痛いほど怒張している陰茎を摘むようにして持ち、彼女大腿の内側に、こすりつける。まだまだ、焦らす。
 こいつは下唇を噛んで声を出さないようにしている。その息遣いが、俺の鼓動をより早くする。
 そのまま今度は陰裂を撫でるように亀頭を擦り付ける。下、後陰唇交連から抉るように、腟口、腟前庭、陰核、前陰唇交連まで。はじめは少し強く、だんだん力を弱くしていく。

 彼女は右腕を噛みながら、声を抑えていた。俺はその行為を緩め、腟口のある部分に亀頭を押し付けた。
「じゃ、いくぞ、ミアキ」
 初めて、意識的にこいつを「ミアキ」と呼んだ気がする。彼女の腰に回した俺の手にミアキは自らの手を添え、少し、肯いた。
 ゆっくり、腰を進めていく。亀頭が段々埋まっていく。そして障壁のような感覚。尚もゆっくり進めていく。
「い……っ、痛……っ」
「処女か?」
「当たり前、……でしょ……っ」
 恐らく俺が、《ミアキは処女だ》と思い続けているからだろう。
「今から3回目の深呼吸で、一気に挿入れる。痛けりゃ叫べ。どうせ、俺以外には聞こえない」
「そう、するね」
「おう」
 互いに呼吸を整える。1回。2回。3回目の吸気。
「ふっ!」
 俺は一気にミアキを貫いた。
「っひああああああああああぁああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!」
 互いに、息が切れている。俺はミアキに寄りかかりつつ、腰を少しずつ動かした。
「んぐ……、ねえ……、はあ、はあ、んっ、……出そう?」
「ああ……。すげえ出そう」
 もう動かしただけでも射精しそうだ。口淫の比ではない。
「……一回、出すから。腟内に」
「えっ?」
「動くぞ」
 返事を待たず、俺は陰茎を引いた。そしてまた挿入する。その一往復だけで射精しても怪訝しくはなかったが、再び引くくらいの余裕はあったようだ。そしてまた奥に押し込む。
「ン……ぐっ……!」
 約1ヶ月ぶりの射精。陰嚢が爆縮するような感覚。そして全身が弛緩して腟内に流れ込むような錯覚。鼓動がひとつになり、全てが白熱する。脳内でビッグ・バンが起こったみたいだ。
「はあああああああああああ――――――――――っ!」
 これはやばい。くせになりそうだ。自慰でこの感覚は、永久に得られない。
 俺は自身を腟から抜き、ミアキに対面する壁に凭れた。陰茎は精液塗れ。腟口からも漏れている。


 沈黙。というより、呼吸のノイズ。電車が走っている音などは最早感覚の外だ。
 ずるり、と、ミアキが便座から滑り落ちた。そして膝立ちで俺に近付くと、さっきのように陰茎を口に含んだ。精液塗れの陰茎を舐めて恍惚の表情を見せる彼女。その行為、その表情で、俺はまたしても勃ち上がった。
 舐め回し、吸い、しごく。急速に復活していく快感。勃興してくる射精感。
「ミアキ」俺は彼女を押し倒し、小ぶりな胸に陰茎を当て、腰を動かした。挟めない。ミアキの手が伸びる。新たな刺激に、怒張の痙攣が高潮する。そして再び、精が放たれた。白濁が胸か首、顔、髪の毛にまで飛ぶ。
 口の周りの精液を舐める仕草に、俺はまたしても自らを勃たせる。そして再び、彼女の入り口に押し当てた。
 その後、もう2回交わり、1回は腟内射精、もう1回の腟外射精で最後とした。


  *  *  *
 微かに聞こえるアナウンスに寄れば、あと1駅を過ぎれば終点だ。俺は終点で下りる。
 それなりに感じる虚脱感と疲労、そしてまだ入れている感覚。服を着て、飛び散った精液を紙でふき取り、服や髪、皮膚に付いたものは水で洗い、窓を開けて俺らはトイレを出……ようとしてある事に気付いた。この状況で精液の臭いは如何ともしがたい。
 いつもなら客は2駅目の4分の1ほどしかいない。だからこそ目立ちたくはないのだが、異様な臭いを発していれば目立つだろう。俺らはそのまま終点までトイレに篭る事にした。
「……やっちゃったね」
「ホンモノじゃ、ないけどな」
「まだ言ってるの?」
「そりゃ言うさ。多分ホンモノよりもいい。感覚の上ではな」
「そんなに?」
「そりゃ、な。現実には、精液を顔とかにかけるなんて嫌がられるもんだ。……って情報をどこかで読んだ」
 俺は便座に座り、ミアキは俺の上に座っている。もう1回やるのもいいが、終点に着くまでに終われるかどうかが微妙なので自粛している。但し、今俺はミアキの乳房を揉んでいるが。
「じゃあ、今度は嫌がってみようかな」
「今度なんてあるのか?」
「……さあ。また、1ヶ月オナニーしなきゃ会えるかもね」
「苦行だな。今日の記憶だけで少なくとも半年、いや、1年は持つ。でも今度は……、ミアキじゃないのにしてくれよ」
「まあ、そのときのヤマちゃんの理想の女の子として出てくるから、その時々にも寄るんだと思うけど。でも、どうして?」
「あいつは、ミアキは俺の事を好いていないんだ。でも俺はあいつを好いている。高校時代からずっと、あいつに幻想を抱きつつ好いていた。あいつには今、付き合ってる奴がいる。俺に向けられないその目を妄想で無理やり向けさせるのは、何ていうか、あいつに申し訳無くてさ」
 そんな偽善的な理性が、俺にこの禁断少女を突っぱねさせたのだ。本当は求めている。でも求めてはいけないという心がある。結局は本能に従って、こいつをミアキに見立てて俺はこいつを抱いたのだが。

 しかし、抱いている中で俺はある事に気が付いていた。それは、「現実のツタハラ・ミアキ」を抱く事から、「ツタハラ・ミアキと設定された禁断少女」を抱く事へ、意識がシフトしていたという事だ。
 後者が俺の理想を体現していたのだから仕方無いとはいえ、それでは両者が報われない。
 この少女が消えてしまえば、彼女は俺の記憶の中にだけの存在になってしまうし、この少女自身に関していえば、俺とのこの情交は新たな記憶の中にうずもれるか、最悪記憶自体が消滅してしまうだろう。
 独善的且つ偽善的だが、そして言いたくないが、「かわいそう」としか俺には言えない。
 禁断少女という存在ゆえ、抱かれる事を強要され希望する少女。俺は今、この目の前の哀れな存在をひどく愛おしいと思っている。なぜ、そんな存在として発生してしまったのだろう。思わず抱きしめた。
「やっぱさ、好きでもない奴ら同士でヤっても、そりゃ、性欲があるんだから感じられない事は無いだろうけど、なんつーか、気持ち悪いと思うんだ。後味が悪い、っつーのか」
「……それが、ヤマちゃんの性愛論?」
「性愛論、ね。そうだな。互いが互いを求めないセックスは、楽しくないと思う。そこらへん、売春とか援助交際とかやってる女ってのは、強いよな。よく割り切れるもんだ」
 そう考えると、禁断少女なんていうのは割り切る事にかけて、右に出るものなどいないという事になるのではないだろうか。
「ヤマちゃんは、或る1点に於いて間違ってる」禁断少女は振り向く。「あたしはね、あたしに繋ぎ止めるためにこうやって現れるわけじゃないんだよ」


 腕の中から、彼女は抜けた。こう、するりと。本当にその場所に存在しないかのように。
「あたしが現れるのは、性欲を押さえ込んでいる人。現れやすいのは、性愛を書く小説書きたちだけど、あたしが現れるときはね、性欲が助けを求めているときなんだよ。そうじゃないと、その人が壊れてしまう。人じゃなくなってしまう。そういうときに現れるんだ」
 彼女は笑顔だ。俺の知らない、ミアキの笑顔。これこそが、この禁断少女の本当の笑顔なのかもしれない。
「現れたら、その人の性欲を解き放ちつつ、その方向性をちょっと変えてやるの。そうすれば、心の詰まりも時とその人自身の努力で解消出来るんだよ。だから、あたしは色んな人たちの許に現れる。現れては、消えていく」
 彼女が手を伸ばす。俺の頬に、風のような感触があっただけで、実体があるようには思えない。
「意図的にあたしに会う事は出来ない。何故なら、あたしは人の、性欲に直結した心の詰まりが限界にならないと出られないから。そんなの、無い方がいいでしょ?」
 俺は手を伸ばす。ああ、こいつの体、こんなに透明だったっけ?
「あたしを想ってくれるのは嬉しいよ。でも、それだけじゃ何も解決にならない。今日の事はヤマちゃんの中で自己完結させなきゃダメなんだよ。それには相応の時間がかかるし、最低限、そうするための努力も必要。だから――」
 手は、しかし彼女の身体を捉える事はなかった。代わりに、その手を包むかのような温もりを感じる。
「――今日の事、書いてみてよ。小説でも、日記でもいい。何か、心の中のごちゃごちゃしてるものをひとつひとつ取り上げてさ、書いて、表現してみてよ。そうすれば、心の整理だって出来る。表現だけじゃない。受け手になる事で、落ち着く事だってある」
 一瞬、その姿が確かなものになった。
「ヤマちゃん、ううん、《マサキ》ならきっと、今日を乗り越える術を知っている」
 唇が、触れた。
「だって、ほら、もうあたしが見えなくなる。自分で、歩いていける」
 ……変な味だな。って、これ俺の精液かっ?
「そりゃ、マサキ、射精すたびに舐めさせるんだもん」
 ぐあっ。こりゃとんだ罰ゲームだ。
「あたしを精液塗れにしたからですー。ほらっ、そろそろ終点だよ。荷物持って、顔拭って」
 顔? 拭う必要あるか?
「泣くのって、確かに清々するけど、それを人に見せるのは恥ずかしくないの?」
 その言葉で、鏡を見る。ああ、俺ってこんな泣き顔なんだ。こりゃ見られたくねえ。でも俺何で泣いてるんだ?
「知らないよ。そんなのは、家に帰ってから自分の心に訊きなさい」
 おいおい、ひでーな。
 俺は袖で顔を拭い、蛇口から水を出して何回か顔を濯ぐ。そして、扉を向いた。
 ああ、そうだ。お前の事、何て呼べばいい?
「禁断少女」
 違う。個人名だ。
「そうだなあ……。よしっ」
 そう言って、こいつは俺の背中を押す。そこは終点の駅。そこに停まる列車の車輌。俺が扉から1歩踏み出した時、列車は停まった。
「次にマサキが好きになる女の子の名前!」
 瞬間、そう聞こえた気がした。


 家に帰るまで、俺は呆っとしていた。何が起こったのか。その全てを思い出す頃には、家に着いていた。
 部屋に戻って、ひどく気だるい身体をベッドに放ると、不思議と涙が止め処無く流れてきた。
 ひとつのハートブレイクが完結し、もうひとつのハートブレイクが段落をあとひとつ残す形で中断していた。
 落ち着いたら、何か書こう。今日の事を、一部始終とはいかないけれども書き連ねよう。そう思いながら、俺は目を閉じた。

  *  *  *
 あれから2ヶ月が過ぎようとしている。
 あの日の事を書いた文章は、1ヶ月の執筆期間を経、1時間の校正・推敲作業を経て、無事に完成した。
 今はそれを、パソコンの文章フォルダの奥底に眠らせている。そのタイトルを見ただけでまだ胸が痛むが、時が解決してくれるはずだ。
 今、ひとつの懸案事項がある。あいつの最後の言葉を思い出せない事だ。それを以ってあの文章の完成としようとしたが、結局1ヶ月、思い出す事は出来なかった。大事な事なのに、思い出せない。それはとても悲しい事のように思える。
 まあ、いずれ思い出すだろう。今はその懸案事項よりも、優先度が高い事柄が存在する。
「やっほー、ヤマくん」
「ん、よっす」
 同じ授業をとっている、こいつ。俺はどうも、こいつに好意を抱きつつあるようだ。
「あ、そうだ。ヤマくん、メアド交換しよ。この授業、難しいじゃん」
「だな。助け合いは大事だ」
「ほい、赤外線。送って」
「ん、ちょい待ち。オッケー」
「……はーい、登録完了。じゃあ、送るね」
「おう……、よし、登録だ。って、あれ? フリガナ書いてねえ」
「あっ、面倒で入れてなかった、ごめん」
「いや、構わねえよ。えっと、名字……、で名前、と。確認してくれ」
「……うん。間違い無し」
「そりゃよかった。なんつーか、お前、綺麗な名前だな」
「そう?」
「ああ。俺は好きだな、この響き」

 ――次にマサキが好きになる女の子の名前!

「―――。うん、お前らしい名前だな」