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《禁断少女-C》
 俺は毎週木曜日にSSを自サイトにアップしている。
 メインは純愛ものだ。だからといって、エロが嫌いなわけではない。
 エロものはひと月に一回は書いているし、勢い余ってエロ小説の同人誌まで出したくらいだ。

 そうやって、自分の好きなタイプの女性を執拗に妄想し、反応の細部まで描いているハズなのだが……。
 俺は、俺自身が本当に萌える女性を書いてはいなかった。
 正確には、どうしても書けなかったというべきだろう。
 どういうわけか、あまりにもイメージがあやふやで形にならなかったのだ。

 心理学で言うところの“アニマ”。
 俺はその“アニマ”を文章として描き出そうと必死だった。
 悶々とああでもないこうでもないと、なけなしの妄想力を駆使してその像を結ぼうと努力した。
 だが、まるでスーラの点描画を近づいて見ているような輪郭のつかめない、朧気なものにしか成り得なかった。

 そんなある日、知り合いとのチャットで《禁断少女》というものの存在を知った。
 それはSS書きのところにだけ現れる変幻自在の“なにか”。
 禁欲的な生活を送るSS書きの深層心理にある最高の萌えを夢として具現化し、その禁欲の褒美として精を抜いて行くという。
 俺は面白いと思った。
 つまり、そいつを呼べば俺が本当に心から萌える女性“アニマ”に会える。その姿を見れば当然、イメージも固まりSSにも書ける。しかも抜いてくれるなんて一石二鳥どころか三鳥だ。
 そんなワケで俺は禁欲生活に入った。
 おかげで朝の目覚めは良く、会社でも普段より仕事が出来た。

 それから一ヶ月。
 今週もSSをアップする日がやってきた。そう、今週はエロSSの日だ。
 だが、エロのネタはない。敢えて作らなかったのだ。
 いつもは帰りに電気街をぶらつきながらの思いつきや、通勤電車の中吊り広告から気になるフレーズをメモっては自分宛にメールしてストックしていたのだが、今週は一切やらなかった。
 もちろん、オナニーもきっちり禁じている。
 毎日毎日、惰性的でさえあった自慰行為。日によっては二回三回というときもあった。
 それをここまで我慢したのだ。
 まさしく背水の陣。


 俺は仕事をキッチリ終え、会社から真っ直ぐ部屋に帰った。
 時計を見ると午後六時。
 パソコンの電源を入れる。
「さぁ来てくれ……禁断少女。俺に全てを与えてくれ!」
 俺はエディタを開いて待った。

 だが、いつまで経っても禁断少女が現れる気配はない。
 やがて、時間は午前一時を回った。
「やっぱネット上だけのお伽噺なのか……」
 俺は軽く、溜息を吐く。
 家賃四万三千円で借りている1LDKは、その溜息でさえ大きな音に聞こえるほど、あまりにも静かだった。
 毎日夜中にいびきのうるさい隣のおっさんも、今日は帰っていないかのようだ。

 ふいに腹が鳴った。
 その音は俺以外いない空虚な部屋に酷く木霊した。
 今度は大きく、落胆の溜息を吐く。
「しかたない。コンビニでなんか買ってこよう」

 俺はコンビニで弁当を手に取り、次に成人向けの雑誌に手を伸ばした。
 もう良いだろう。オナ禁は。耐えに耐えた分、今日は思いっきり抜いてやる。
「あれっ! 貞生(さだお)ちゃん? 貞生ちゃんよね?」
 ふいに俺の名前を呼ぶ女性の声があった。驚いて本を床に落としてしまう。
「わ、またこんなの見て。変わってないなぁ、もう」
 彼女は近づいてきてそれを拾ってくれた。
「はい、どうぞ」
 顔を上げて、にっこり微笑む丸い顔をした女性。
 縁なしの楕円形をした眼鏡が光る。
 短くふわっと無造作に仕上げられた髪から、優しいフローラルの良い香りがした。
 この笑顔、この香り。そして標準体型より、どう見てもぽっちゃりとした肉体。ピンクのセーターとデニムのミニスカート。間違いない。
「智恵(ちえ)……さん?」
 彼女は大きく頷く。

「ひさしぶりねぇ。覚えててくれたんだ」
 花が咲くように笑う。
「貞生ちゃんは、なんでこんなとこにいるの」
「それは俺が聞きたいよ。地元で結婚したんじゃなかったのか」
 彼女は明るく応えた。
「ま、色々あってさ!」
 そう言いながら鼻の横を指で掻いた。彼女が本当に困っているときのクセだ。
 そう、俺は彼女の事をとてもよく知っている。たぶん、誰よりも知っているはずだ。
 なぜなら彼女は……六年前に別れた俺の元恋人だから。

 俺たちはコンビニの中で話し続けるわけにもいかず、とりあえず外に出た。
 店の前でしばらく昔話に花が咲く。
 彼女は本当にあの頃と、何ひとつ変わっていなかった。変わらな過ぎるほどだ。
 ニコニコと俺の話を聞いている。
「へー、今はけっこうちゃんとがんばってるんだー。えらいねぇ」
 背が低いにも関わらず、俺の頭を撫でようと背伸びする。
 俺はその手を掴んだ。
「もう、俺たちそんな関係じゃないだろ」
 彼女は高校で一つ上の先輩だった。
 あの頃、俺が何か良い事をするたびに、彼女が俺の頭を撫でてくれた。
 そんな他愛ない、でも、とても大切だった儀式のようなもの。
 それを俺は拒否してしまった。

 彼女は寂しそうに微笑む。
「そうなんだけどさ……」
 さっきまでの盛り上がりが嘘のように、気まずい雰囲気が流れる。
 やがて、彼女はちょっと低いトーンで問いかけてきた。
「あたし、今夜泊まるトコないんだよね。泊まらせてって……言ったら怒るかな……」
「えっ……」
 その言葉の真意がどこにあるのか解らず、彼女の顔を見つめてしまう。
 彼女は目を伏せて、やや赤くなっていた。


 その大きな胸を押しつぶすように腕を曲げ、指を口元に当てている。
 これは……彼女がセックスを求めているときの仕草だ。
「やっぱダメ、かな」
 その上目使いに俺の心が疼く。
 別に嫌いになって別れたワケじゃない。ただ、彼女は地元に残ると決めて、俺は都会に出ると決めた。それだけだ。

 俺は溜息を吐いて応えた。
「しゃぁねぇな……」
 彼女の目が輝いた。
「やった! ありがと!」
 彼女は手を俺の頬に持ってくる。
 次の瞬間、お互いの唇が重なった。
 だが、それはほんの一瞬だった。
 智恵はすぐ離れると俺の目を覗き込んだ。
「んふふ」
 くるりと踵を返す。
 腕を空に突き上げ、はしゃぐように言った。
「じゃあ貞生ちゃんちに、ごおー!」

 俺の部屋。
 リビングの電灯を暗くして。
 俺たちは裸で、ふとんの上に倒れ込んでいた。
「あ、このふとん、貞夫ちゃんの匂いだ……懐かしい……ん、んん」
 激しいキスとお互いの体をまさぐり合う音が、同時に聞こえる。
「ん、んん。あはぁ……」
 俺は顔を乳房の谷間に埋もれさせる。
 初めて彼女を抱いた時と同じ、ミルクのような甘い香りがする。
 至福を感じながら、顔で撫でるように動かした。
「ああ、もちもちだぁ」
 彼女が俺の髪の中に指を絡ませる。
「バカ……」
 彼女の声にちょっと笑いが混ざっている。


 俺はいったん、彼女の腰の辺りに移動した。
 彼女の膝を開く。
「智恵さん……キレイだ」
 その付け根の中心に俺の先端を押しつける。
「入れるよ」
 俺は肉壁の狭間に狙いを定めると、ゆっくり腰を突き出した。熱い。
 彼女がぷるぷると震えた。
「うあぁ……入っちゃう入っちゃう、硬いの硬いの、あぉ!」
 俺は彼女を激しく攻め立てた。
「はぁっ! きゅ、急にそんな、あ、あ、あっ! あぅあっ!」
 俺の腰の動きに合わせて、彼女が喘ぐ。
 曇った眼鏡が揺れる。
「うう! 智恵、さん、中、気持いいよ」
 湿った肉のぶつかるパンパンという音が部屋に響く。
「もっと呼んで! 名前、呼んで! 呼び捨てで、いい、からあああっ」
 俺は動きを変え、腰を回す。
「智恵! 智恵! ああ、智恵ぇ!」
 彼女の指が俺の頭をぐしゃぐしゃと掻きむしる。
「貞生ぉ! あはぁんん!」

 大きな吐息だけの会話。
「はぁっはぁっ! もぅらめ、なのひい、い、イグの! イグぅぉ!」
 牝の嬌声が俺の人間の脳を溶かし去り、俺も只の牡と化した。
 俺は視界が白くなってくる。
 腹筋がブチ切れるほど、智恵の中を突きまくる。
 彼女の腕が俺の首に巻き付く。
「きもちひぃお! イグッイグッイグぅううぅ!」
「うあああ智恵! 出る出る出るぅ!」
「ふぐぅっ! 出して! いっぱい出してぇぇぇぇッ!」
 次の瞬間。
 俺は彼女を離し、素早く中から抜き去ると、その顔に向けた。
 少ししごくと、今までに感じた事がないほどの塊が放出された。
「おぅあ――ッ!」
「はぁぁぁぁあ――んんんッ!」


 しばらく、俺の放精は続いた。
 お互いがびく、びく、と痙攣する。
「あ……熱いの、貞生ちゃんの精子、あは、たくさん、出てる……」
 彼女はゆっくりと起き上がった。
 たっぷりの精液が彼女の胸の上を流れる。
「ごめんね、貞生ちゃん……」
 彼女はそうつぶやくと、俺にキスをした。
「え……あ、謝るのは俺のほうだよ……その、顔に……」
 彼女は微笑んで、首を横に振る。
「そうじゃないの。あたし……もうこの世にはいない人間なのよ」
 いきなり何の事だ。話が解らない。
 俺が戸惑っていると、彼女は続けた。
「貞生ちゃんさ、《禁断少女》を呼ぼうとしたでしょ?」
「えっ」
「あたし、それをあっちの世界で本当の《禁断少女》から聞いて……」
「な、なんで」
「貞生ちゃんが心の底で求めている女の子は、あたしだって、聞いたの」
 彼女は顔を伏せた。声に涙が混じる。
「すごく嬉しかった。貞生ちゃんといつも一緒だったあの頃……最高だったよ」
 涙がいったんレンズに溜まって、落ちた。
「それで……《禁断少女》は、それなら替わりにあたし自身が行くのが一番いいだろうって。だから来ちゃった」
 智恵は顔を上げた。半分笑いながらも、涙でぐしゃぐしゃにしていた。
 あの卒業の日と同じように。
「あたし、あの日、あなたについて行けば良かったね……ごめんね……」
 彼女は儚げにつぶやいた。
 すると彼女の身体全体が、月明かりを反射するように仄蒼く輝きだした。
「もう時間がない……あたし、いつまでも見守ってるから。愛してるから……」
 俺は慌てた。
「待て! 待ってくれ! 智恵!」
 もう一度、彼女を抱きしめようとした。だが、俺の腕は空を切った。
 その勢いで、ふとんに倒れ込んでしまう。

 もう彼女の姿はほとんど見えなかった。
「さよなら。あたしの分まで生きて。絶対。でないともう頭撫でてあげないから」
 ふわりと、俺の頭に彼女の手の感触があった。
「智恵……」
 俺は叫ぶ。
「智恵――ッ!」
 光の粒が天井で線香花火のように散って、消えた。

「んがごーっ!」
 いびきだ。いびきが聞こえる。
 いつも聞こえる隣のおっさんのものだ。
 気が付くと、俺は机の前で突っ伏していた。
 モニタにある時計を見た。午前一時を少し回った所。
 そして、開かれたエディタには今まで書いてきた話があった。
「智恵……」
 彼女がなぜ、死んでしまったのか。もう、俺に知る術はない。
 とにかく、俺は彼女を心の底から愛していたんだ。
 そう、本当に萌えると言う事は、愛していると言う事なんだろう。
 泣きそうになった。

 そのとき突然、腹が鳴った。
「は、はは……生きろ、ってか……」
 俺は汚れた下着をゴミ箱に脱ぎ捨てて、新しいものに換える。
 どうせ百円ショップで買った物だ。惜しくはない。
 財布と鍵を手に取り、コンビニに行くため、玄関を出る。
 明るく丸い月が微笑んでいるように思えた。
 智恵のように。