注:ふたなりもの

禁断少女 《桂慕の塔》

 桜彩(おうさい)国、鳳伽(ほうか)三年。
 さきの皇帝が崩御し、その血族が王権を巡って骨肉の争いを続けていた。
 そのせいで政(まつりごと)は滞り、人心は乱れ、田畑も荒れ果てていた。
 その帝の家系に琴(きん)家があった。
『桜彩の琴に国一番の女傑あり』と謳われた談笙(だんしょう)はその時、若干十六歳で文官の職に就いていた。
 当然、文字も巧く、文官としての処理能力も高い。歌や詩にも通じていた。
 さらに武道にも長けており、まさに女傑と呼ばれるに相応しい。
 その上、容貌も清楚で美しかった。
 肌は輝くように白く、切れ長の目に小さな鼻を持ち、凛としていた。
 身体自体は細く、胸も薄くやや女らしさには欠けていたが、その立ち居振舞いからは知性と気品が醸し出されていた。
 男女共に人気も高く、それゆえ、ぜひ我が家の嫁に迎えたい、という貴族も後を絶たない。
 だが、彼女は固辞し続けた。

 彼女には秘密があった。
 その秘密を知る者は、親兄弟と乳母だけであった。

 彼女は……
 いわゆる、ふたなりだったのである。

 彼女自身はそれを忌み嫌い、特に男根にはできるだけ触れぬようにしていた。
 もちろん女陰共々、一度たりとも性器による快感を得たことなどなかった。
 自慰行為など一切したことはなかった。
 つまり、完全な意味で処女であり、童貞であったのだ。


 ある日の夜遅く。
 彼女は厠から自室に戻る途中、廊下に灯りが漏れているのを見た。
 母、怜閔(れいびん)の部屋である。中から怪しい声がした。
 談笙は何かに引き寄せられるように、その隙間を覗いてしまった。
「あっ、ああっ! はぁっ、いい! う! いいひ!」
「はぁっはあっ、俺も、いいぞ! あんたは本当に良い具合だな!」
 それは談笙にとって衝撃だった。
 母が父ではない男とまぐわっていたのだ。
 相手の男は談笙の叔父、業関(ぎょうかん)であった。
 不義密通。
 重罪である。
 談笙の心には正義が閃いた。
 官として、いや、人としてこの不正を見逃すわけにはいかない。
 だが、そんな思いとは裏腹に談笙の身体は熱くなっていた。
 談笙は初めて男女の交合を目の当たりにしたのである。
 もはや、目を離すことは到底無理だった。

 寝床の上で激しく絡み合う、母と叔父。
 母の大きく広げられた足と足の間に、叔父の腰が幾度も突き入れられている。
「ああっ! な、なあ、兄貴より良いだろ? な? どうだ!」
「ふひゅう! あ、そ、そんなこと、い、言わないで、えええあ!」
 母はその大きな乳房を叔父に揉みしだかれながら、答える。
 その口はだらしなく開かれ、よだれが垂れていた。
「怜閔、ああっ! も、もう出る! 出るぞ! あっああおああーっ!」
 業関が今までよりさらに強く母を抱きしめ、腰を打ち付けた。
「ああっ! 業関! あた、あたしも来ちゃう! おっきいの、来ちゃうぅぅぅ!」
 まるで二匹の野獣が咆吼しているようだ。
「う、うああぁ――っ!」
「はぁぁぁ――んっ!」
 強く小刻みに床が揺れ、二人の動きは止まった。
 果てたのだ。


 ずっとそのようすを隠れて見ていた談笙はつぶやく。
「はぁっ、はぁっ……本当は、あ、あんなふうにするんだ……」
 談笙の未だ触った事もない男根は、痛いほど勃起していた。
 そして同じように女性器からも雫がしとどに溢れていた。
 男女二重の性欲に談笙は悶え、震えた。
 彼女はその場から逃げるように去った。

 自室に戻った談笙は寝床に倒れ込んだ。
 顔が異様に赤い。
 武道では乱れたことのない息も今は弾んでいる。
 陰茎の先端が腹の下で、熱く脈打つ。
 さらにその奥はもう濡れそぼっていた。
 彼女は思わず、その部分に指を滑らそうとした。
「だ、だめ。こんなこと……。それより、今のを元にして……」
 談笙は頭を振り、寝床から起き上がると文机に向かった。
 筆と墨壺、そして紙を取り出す。

 彼女には、もうひとつの秘密があった。
 これは彼女以外誰も知らない。

 彼女はぶつぶつ、なにやらつぶやきながら文章を書き始めた。
「彼のその部分には血管が浮き上がり、その怒張の度合いをより一層強調している……」
 それは淫らな物語であった。

 彼女のもうひとつの秘密。
 それは淫猥な短い物語を書くことであった。
 それによって、湧き起こる性欲を自慰に頼ることなく鎮めていたのだ。


 だが、今回はその筆が止まった。
「ああ……あのお母様がお父様以外の男にあんなに……ぐちゃぐちゃに乱れて……」
 ぎゅっと目を閉じる。
 自分自身を否定するかのように、頭を振った。
「汚らわしい! 汚らわしい! 汚らわしい!」
 その言葉はしかし、心とは全く正反対だった。
 薄く目を開けて、つぶやいた。
「……私も……交合というものをしてみたい……」
 彼女は若かった。
 ゆえに、その時は人道や正義よりも自らの性の事で頭がいっぱいになっていたのだ。
「でも最初は死ぬほど痛いと聞いたし……しかし、この男性の部分なら……」
 未だに勃起の収まらぬイチモツに震える手を伸ばしかけて、それが止まった。
「……だけど、こんな私を受け入れてくれる人間など居ないだろう。こんな身体の……」
 どうしようもない焦燥感と自分自身を受け入れてくれる存在の渇望。
 今まではそれを妄想に転化し、叩きつけるように紙面を埋め尽くして来た。
 それゆえにその内容は暗く歪んでいた。だがそれでも、欲求はそれなりに満たされた。
 しかし。
 今の彼女は先ほど目の当たりにした母の痴態と、その反応である肉体に宿った狂おうしい衝動に抗い切れなくなっていた。

 ふいに窓が微かに音を立てた。
 談笙はハッとして目を上げた。
 だが特に外に変わった様子は無い。
 外には下弦の月が寒々と氷のように輝いているだけだった。
「風か……何かの気配を感じた気がしたけど……」
「勘が鋭いのね」
「誰?!」
 ふいに後ろからした声に、談笙が振り向いた。
 するとそこには談笙とはまた違う美しさを持った少女がいた。歳の頃は談笙よりやや下に見える。
 鼻が高く、黒目がちで大きなアーモンド型の瞳。
 髪型は漆黒の髪を二つに分けお団子を作っている。
 少女は赤いチャイナドレスを見事に着こなしていた。
 談笙の着物に似た民族衣装を見て、小さな声でつぶやいた。
「中華ファンタジーの世界だと思ってこれ着て来たけど、ちょっと違う感じだったかな」

 談笙はその少女を前に、すっかり武術家の顔になっていた。
 修行積んだ拳法の構えを取っている。
「もう一度聞く。誰だ、そなたは」
 その問いに少女は微笑んだ。少女とは思えないほど妖艶に。
「わたしは桂(けい)。あなたの書いたお話に出てくる、あなたを受け入れる存在」
 桂はふわりと談笙に近づいた。
 談笙は二つのことに同時に驚いた。
 いとも簡単に自分の間合いに入られたこと。
 そして自身の書いた誰にも見せていないはずの淫猥な物語の登場人物を名乗られたことだ。
「えっ? なぜ……!」
 桂はそんな談笙の疑問を無視し、その頭に手を回した。
「交合、しましょう?」
 談笙はその魅惑的な声の響きに抵抗した。
 桂の腕を払い、一歩下がる。
 目が険しい。
「く、魔物か!」
 桂は腕を組んで談笙を見つめた。
「いいえ。違うわ」
「だったら、なんだ!」
 いよいよ談笙の闘気は大きくなる。
 桂はゆるりと、談笙に向かって歩みを進める。
「精霊。物語の精霊」
 談笙はその言葉を全く信用しなかった。
「嘘を吐くな! てやぁっ!」
 ついに桂に襲い掛かる談笙。
 大きく踏み込み、間合いを一気に詰め、風切り音がするほどの突きと蹴りを畳み掛ける。
「もうっ!」
 桂はそれらを見事に避けて談笙の背中側に回り込むと、抱きしめた。
 桂の豊満な胸が談笙の背中で変形した。
「談笙ちゃん、すごい意志の力ねー。あなた自身が描いた理想とする相手を攻撃できるなんて」
 談笙は身体をひねり、腕から抜けようともがく。
「そんな者、いるはずがない。わたしの身体を受け入れてくれる者など、わたしの書いたものの中にしかいないんだ!」
 最後のほうは涙声だった。

 桂は談笙の耳元に優しく囁いた。
「いるよ。ここに、いるから」
 談笙の顔が紅潮した。
「ほ、本当なのか。魔物じゃない、のか? 信用して良いのか?」
 桂は、その耳たぶを甘く噛んだ。
「うん。大丈夫よ。さ、楽にして、わたしにまかせて」
 談笙はわずかに頷いた。

「ん、んぷ、ちゅる、ん、ん、ぷは……談笙ちゃんの、おっきいよぉ……わたしももう、すごく硬くなっちゃった……」
 桂も、ふたなりであった。だが、男性器は女性器の後ろから生えていた。
 談笙のモノは女性器の前にある。つまり、ちょうど良い形でお互いの性器が納まるのだ。

「気持ちいい! あ! はぁはぁ……桂……わたしも、桂のを舐めさせて……んぐ」
「うあっ! 談笙ちゃん……、初めてなのに、じょ、上手ぅ……」
「そ、そう? ちゅる、ちゅっ、ぶるあ、はあああ」
 二人は寝床の上に横になり、生まれたままの姿で絡み合っていた。
 お互いの股間に頭を入れ、男根を吸い合っている。
「う、あ、談笙ちゃんのここ、すごく溢れてるよ」
 桂は談笙の男根を離すことなく、女性器のほうに指を入れた。
「ひぅっ!」
 談笙は魚のように跳ねた。
「あ、桂……! いい! いいよ、きもち、いい!」
 桂の指はくねくねと、そのすっかり開いた花の奥をまさぐる。
「談笙ちゃん、わたしにもしてぇ……」
「うん……こ、ここかな……すごい、べちょべちょだよ……」
 談笙は桂の陰茎の上にある泉に指をぐっと擦りつけた。
「あ、痛! も、もっと優しくして」
「ご、ごめんなさい……こうかな」
 談笙はゆっくりとその熱い肉を押し分け、指を挿れた。
「ん、そう……その上のほう、んン! 上手よ」
 二人はお互いの身体を愛撫し合い、溶けるような感覚になっていく。

「あ、はぁっ、はあっ……ね、桂……い、入れて、この大きいの、入れてほし、いい、あ」
「うん、じゃあ一緒に、ん、入れましょう。談笙ちゃんは初めてだから、わたしが上になってあげる」
 二人は体勢を変えた。
 桂は談笙を見下ろす姿勢になる。
「先に談笙から入れて見て……ここよ、ほら……」
「う、うん」
 桂は談笙の陰茎に手を添え、自分の秘部へ導いた。
「ん……入るよ、あ、入っちゃうよ、おぉ、んあっ……」
 談笙のモノは桂のモノの上を滑って、桂の女陰に挿し込まれた。
「ああっ! 入っちゃったぁ……は、おっきい、よ、談笙ちゃん」
「桂の中……熱くて、ぬるぬるで、気持ちいい! ああっ!」
 反射的に腰を突き上げる談笙。
「ひぅ! そんな急に、あっあっあっ! あっ!」
 談笙の腰の動きは止まらない。
「あ、桂のモノがわたしの女の部分に、擦れるぅ!」
 そうなのだ。桂の男根はまだ談笙の女陰には入っていない。
 その入り口を行ったり来たりする形になっているのである。
「あっ、あっ、ああっ! 談笙ちゃん、わ、わたしも挿れてあげる、んん! いいえ、挿れたい! 中に談笙ちゃんの中にぃ」
「はぁっ、い、いいよ、挿れて、桂のモノ、挿れて!」
 談笙は動きを止め、待った。
 桂は自分のモノに手を添えて、談笙の中にそのそそり立つ肉棒を押し込んだ。
「ふあああああああっ!」
 談笙の叫びが響く。その身体が、がくがくと震えた。
 桂は目を見開いて、よだれを垂らした。
「ああああっ! だ、談笙ちゃん! な、中で出てる、出てりゅよ! うああっ……」
 桂はその激しいほとばしりを胎内で感じ取っていた。


 激しい息遣いが収まった談笙が涙を流してつぶやいた。
「あ、あ、あ……う、嘘……今、なにがどうなったの……わたし……」
 桂が優しくその顔を撫でた。
「大丈夫よ。イっちゃったの。初めてなのに、あたしのおちんちんが入っただけで……」
「イク……?」
「そう。絶頂に達した、ってこと。本当はあなたがイったらわたしは帰らないとダメなんだけど……」
 桂は体を起こし、談笙の腰を持った。
「わたしもイきたいから……ね、今度は一緒にイこ?」
「う、うん。一緒に」
 桂はにこっと笑うと、腰を突き出した。
「きゃふぅっ!」
 それは同時に自分の中に相手のモノを入れる行為だ。
 完全なる交合。
 二人は性における快感を余すところ無く享受していた。
「ああっ! 談笙ちゃん、こんなの、は、初めてぇえ! く、狂っちゃうぅぅ!」
「桂! わたし、わたし、また、こわいよ、ああああっ!」
「んっんっんっ! 大丈夫、だから、あ、い、いくの、わたし、いく、いくいくいくぅうう!」
 桂と談笙の腰が激しく打ち付けられる。
 その二つずつの性器がいやらしい愛液を混ぜ合わせ、垂れ流す。
 噎せ返るような汗と淫水の匂い。

 桂の腰が小刻みに律動した。
「あっ! いくっ! あっはぁぁぁぁぁあぁーッ!」
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁーっ!」
 約束どおり、二人は同時に果てた。


 しばらくのまどろみの後、桂がゆっくり起き上がった。
 談笙がその腕を掴んだ。
「桂……行かないで……」
 談笙は泣きそうな眼で見上げた。
 桂は明るく微笑んだ。
「大丈夫よ。あなたが淫靡な物語を書き続けて、少しの間、自慰をしなければ、また逢えるから」
 桂は談笙の額に口付けた。
「だから、今はさよなら」
「桂! きっとだよ! 約束よ!」
 桂は柔らかな笑みを浮かべて、頷いた。
「ええ。きっと」
 その言葉が談笙の耳に入ったときにはもう、桂の姿は無かった。

「ん……。あれ、わたしは……」
 談笙が目を覚ますと、文机の前だった。
「……桂……あれは夢、だったの……」
 机の上にはいつの間にか、書き連ねられた淫蕩な物語が完成している。
「書き始めてもいなかったはずだけど……」
 その内容を確かめて見ると、それは間違いなく先ほどの情事であった。
 談笙は涙を流しながらも、笑った。
「桂……」

 談笙は急に真顔になり、立ち上がった。
 彼女は急いで母の部屋に向かった。

 その不義密通の申告を皮切りに、談笙は次々と不正を正していった。
 それまでの人気を人脈に変え、巧みに使い、王族間の争いを収束させた。
 そのように彼女は見事な政治手腕を発揮し、国を浄化していったのである。


 やがて、鳳伽八年。
 桜彩国始まって以来、最年少で女性の皇帝が誕生した。
 それは琴 談笙、その人であった。

 彼女は質素倹約を旨とし、無駄な建物は一切建設しなかった。
 だが、唯一、庭に自分以外は立ち入り禁止の塔を建てさせた。
 桂慕の塔(けいぼのとう)である。
 談笙は密かにそこで淫猥な物語を綴っていたのだ。

 その日も彼女は深夜に行灯の下で、文字通り筆を走らせていた。
「……よし、できた」
 何度か読み直し、頷いた。
「……あれから五年か……その間に何度か自慰をしてしまったな……」
 彼女は自分の中に性に対する弱さがまだあることを恥じた。
「だが、最後の自慰から数えても二年目だ。今日こそは逢える気がする」
 彼女はまんじりともせず、待った。
 窓からあのときと同じ月が覗く。
 小さな物音がした。
「もう。談笙ちゃん、勝手に自慰しちゃダメじゃない」
 談笙の耳に忘れようも無い優しい声が届いた。
 振り返ると、桂がいた。
「桂……すまない」
 桂はにっこりと微笑む。
「いいよ。それにしてもずいぶん立派になったんだね」
「でも、わたしは初めて君に逢ったときから、ずっと気持ちは変わってない」
 桂は談笙に近づき、抱きしめた。
「うん。わたしも」
 二人はしっかりと抱き合ったまま、緩やかに、ときに激しく揺れながら。
 月光だけが射し込む塔の中で夜の闇に溶けていった。

《END》

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最終更新:2008年04月05日 22:10