Hiiragi Taste!



Hiiragi Taste!



「あれ?今日はかがみいないんだ?」
付き合い始めてから最早恒例となってる、つかさの家でのお泊り会。
本当ならかがみが一緒に居るはずなんだけど、出迎えてくれたのはつかさ一人だった。
「急に日下部さんたちに呼び出されたって。泊まりになるかもしれないから、って言って
た」
「そうなんだー。って家の人もいないの?」
「お姉ちゃんたちは飲み会、お父さんとお母さんは今日は帰ってこないって言ってたよ」
なんというご都合展開、お約束。
それは、つまりつかさとこの家で二人っきり、ということで。
エロゲ的に言うならこれはHイベントの絶好のチャンス、なんだけど。
さすがに私もそこまで飢えていないよ。
オタクたるもの、二次元と三次元の区別はしっかりつけなきゃ失格だしね。

で。
二人でゲームしたりおしゃべりしたり、つかさがじゃれついてきたり、私がお返しにキス
したり。
そんないつもの平々凡々な時間を満喫してたら、あっという間に夕方に。

…いや、キス以上のことはしませんでしたよ。本当にー。
時間はまだまだたっぷりあるからね。

かがみというツッコミ分がいない分、話はそうそう弾むもんじゃなかったけど。
一緒に居るだけで安心感、っていうのかな。
そういう雰囲気が、つかさにはある。
そういう時間も悪くないな、と思ってたところ。

「こなちゃん、私夕ご飯作ってくるね」
と、つかさが立ち上がって言ってきた。
私も手伝おうか、って言ったけど。
「いいの。楽しみにしててね。って言ってもあるもので済ませるけど」
そう言うからには、楽しみにさせてもらおう。
つかさの腕前は信頼してるし。
これがかがみの口から出た台詞だったら色々別の意味で期待しちゃうけどね。

で、待つこと20分。
ご飯作ってくるまでの間にゲームでもしてようかな、って思ったけど、結構中途半端な時
間だし、あっさり断念。
仕方ないから漫画でも読んで暇つぶししてようと、持って来てたのを読んでいたけど、何
かそれも寂しいもので。
何するまでもなくほけーっとしながら、声がかかるのを待っていたわけで。

「こなちゃん、できたよー」
待ってましたつかさのお声。
勝手知ったる何とやら、で迷わず台所へ。
そこで見たものは…
「あれ?丼もの?」
「うん。こなちゃんが来るからちょっと豪勢にしてみたの」
それは嬉しい。
恋人が手料理を作ってくれるのに、嬉しくないはずがない。異論は認めない。
それも気合を入れて作ったのなら尚更だ。

丁寧に蓋をされてるので、それを取ってみる。
押さえ込まれていた熱が一気に溢れ出るかのように蒸気がふわっと立ち上がって。
見えたのは卵に閉じられた、揚げたてのお肉。
ご丁寧に三つ葉まで添えられており、その傍らには澄まし汁。
付け合せにサラダまであるんだから、これ、あるもので適当に、ってレベルを超えてると
思う。
期待はしてたけど、これは期待以上だよ。
そんなつかさの仕事に見とれてると、
「早く食べよう?」
って言ってきて。
「うん。それじゃつかさの愛妻料理、じっくりいただくとしましょー」
「あ、愛妻料理って…もう…」
茶化す私の言葉に赤くなるつかさ、かわいいねぇ。

「「いただきまーす」」
と二人で唱和して。
つかさ謹製のカツ丼セット(と言ってもおかしくないレベルなのだから十把一絡げで言わ
せてもらう。異論は認めない)に箸を伸ばす。
やっぱりまずはカツ丼からでしょ、ってことで、ぱくりと一口。

…うまい。
今更つかさの腕に驚くことはないんだけど、まさにいつか言った褌一丁で砂浜を走りたく
なるレベルだよ。
私は女だから、しないけどね。
「美味しい?こなちゃん」
私の評価を待っているのか、自分のに手をつけずにじーっと私を見つめてくるつかさ。
そんな不安そうな顔しないでよ。
このつかさの料理をまずいと言うような傲慢な人間がいたら、絶対許さないよ。
「うん。このカツ丼だったら、どんな犯人でも泣いて自白してくれるだろうねー」
「あははは、そういうシーンってよくあるよねー」
私の言葉に安心したのか、やっと自分の分にとりかかる。
それにしても。
カツの揚げ具合といい、卵のやわらかさといい、本当にお店で売りに出せるレベルだし、
サラダもしゃきしゃきしててとても食べやすい。澄まし汁も、具はシンプルなんだけど、
メインのカツ丼の味わいを損なうことなく、綺麗に後味まで流してくれる清涼さ。

それよりも。
何だろう。カツ丼に使われてるだしの味が。
私が作るのとぜんぜん違う、真似できそうで実は独特なもの。

…そっか…

この、真似できそうで、真似できない、いたって普通のカツ丼は。

今更ながら。
思い当たってしまった。
つかさの家に泊まるのは初めてじゃないし、つかさの家で夕食をご馳走になるのも、つか
さの手料理を食べるのも、これまで何度もあった機会だったけど。
本当に今更だ。
「つかさと二人っきりでの、自宅での夕食」はこれが初めてだったから。
気がついてしまった。
これは、私がどうあがいてもたどり着けない、境地。
真似をすることは出来ても、決定的なところで欠けてしまう、究極の一。

「こなちゃん?」
おそらく、箸が止まっていたんだろう。
つかさが、心配げな顔で、私の顔を覗き込む。
「な、何?」
「な、何かまずいとこでもあったのかな?」
そうじゃない。
ただ、気がついてしまっただけ。
だけど。
それは、つかさには気取られてはいけないんだ。
だって、これは誰のせいでもないんだから。

「あ、あははは…あんまり美味しいから、ついついどうやって作ったんだろうなーって思
案してただけだよ」
「えー?特別なことなんてしてないよ。普通のカツ丼だよー」
「そうなんだけどさ…私が作るのと何か違うなって思って。そういえば、さっきの取調べ
の話なんだけどさ」
「こなちゃん」
そこでさえぎらないでよ。
いつもみたいに、聞き流しててよ。
「それ、実際には取り調べの最中には出ないんだって。ゆい姉さんに聞いたんだけど」
「こなちゃん」
止めないで。
ここで話の流れが止まっちゃったら、私…
「こなちゃん!」
びくっ。

止められた。
強引に、力づくで。
気がついたら、つかさに肩を捕まれていた。
ここまで気がつかなかったのが不思議なくらい、つかさの真剣な顔がすぐ近くにあった。
そして。

「…どうして…泣いてるの…?」

気付いてしまった。
いや、気付かされてしまった。
泣いてた?
そんなこと、ない。はず。
でも。
つかさは、ないものを、ある、とは決して言わない。
だとしたら。

否定できない。
こうなったら、つかさは私が洗いざらいぶっちゃけるまで、絶対にその手を離しはしない。
だから。

「ごめん…つかさのせいじゃないんだ…」
そこからまず、始めなきゃ。
こぼれていた涙を拭って。
全部話すから、その手離して、と先に伝えて。

「私のせいじゃない?」
「うん…あのね、つかさ」
気取られないとする私の計画は無に帰した以上、ありのままを言うしかないんだろう。
私は、一息ついて、
「このカツ丼、本当に美味しかったよ。材料は特別なものじゃなかったけど、つかさの味
だ、ってしっかり感じられた。でもね…その「つかさの味」ってのが問題だったんだよ」
「私の味?」
「それがわかったのは、お肉でも、卵でもない、出汁だったんだ。これ、つかさの家で当
たり前に使ってるものなんだよね」
「…そうだよ。うちでいつも使ってる出汁。私もお母さんに教えてもらってたんだ」
「…それだよ」

柄にもなく、しんみりしちゃったのは。
私の家には、お母さんがいない。
私が生まれて、すっごい小さい頃に死んじゃって、それ以来お父さんが男手一つで育てて
くれた。
つかさも知ってるように、人一倍騒がしいお父さんだから、その事で寂しい、って感じた
ことなんてなかったんだけど。
思えば、私には、その「家庭の味」を出すことは出来ないんだ。
必要に駆られて、料理を教えてくれたのはお父さんだけど、それだって、やっぱり限界が
ある。
私が自分で、学び取るしかなかったんだ。
そんな「家庭の味」をつかさの料理から感じちゃって、うらやましくなっちゃったんだ。

そこまで殆ど一息で話して。
酷く重たい空気がリビングを覆ってた。

「私…悪いことしちゃったかな?」
「そんなことないよ!私が勝手に思って、勝手に気がついて、勝手にしんみりしちゃった
んだから、つかさのせいじゃない!」
第一、そんなことでこんな空気になっちゃったんだから、どう見ても、悪いのは私だ。
だから、つかさは悪くない。責められるのは私なんだ…
と、言おうとしたところで。
暖かい感触に包まれてしまった。

つかさの胸の中に、抱き締められてる。
息苦しくなく、寧ろ心地よい。
優しく、子供にするように頭を撫でられて。
つかさは、どこまでも優しく、穏やかな口調で。

「家庭の味ってね、確かにお母さんから子供に、またその子供につながってくものなんだ
けど」

あくまでも穏やかに、諭すように、あやすように。

「私は…こんな事言うのも違うんだけど、こなちゃんのが、凄いと思う」
「つか…さ?」
「だって、こなちゃんは実質何もないところから始めたじゃない。ずっと繋がってく『家
庭の味』こなちゃんは、その始まりになれるんだよ?」

始まり、っていうのはちょっと違うし、照れくさいと思う。
けども。

「それに、おじさんだって、こなちゃんのお母さんのお料理、覚えてるはず。こなちゃん
に教えてた味って、直接じゃないけど、その家庭の味なんじゃないかな?」

ああ。
私はさっきまで、つかさの料理、その味に近づくことは出来ても、決してたどり着けない
ものだ、と勝手に思い込んでた。
でも。
私にも出来るんだ。
「お母さんの味」は結局わからなかったけど。
私は「私の味」は出すことが出来る。
それに。
あのおとーさんが、決してお母さんの料理を忘れるはずがない。
私が小さい頃教わってたのは。
きっと、そういう料理だったんだ、と思う。

私はその背中に一度だけ、ぎゅ、と手を回して。
「もう大丈夫だよ。ありがとう、つかさ」
本当に。
私はつかさには、いろんな意味で叶わない。
色恋沙汰は、惚れた方が負け、って言うけど、それは多分真実だ。

「あ」
「どったの?」
「ご飯、さめちゃったね…」
「いいよ。カツ丼は冷めても美味しく食べられるって言うし」
その傍らの澄まし汁は温めなおさなきゃ、だけど。
それもひっくるめて食べてしまおう。
「そういえばさー、さっきの取調べの話なんだけど、ゆい姉さん、実はそれを楽しみにし
ていたらしくって…」
「あははは、成実さんらしいねー」
「この間それでカツ丼出してやった刑事が逮捕された、ってニュース聞いて『びっくり
だ!』って。アレはついこの間までわかってなかったね…」
そこで、この話はおしまい。
さっきまでの重苦しい空気も、元の弾んだ雰囲気に戻って。

そこへ。
「ただいまー」
と、声が。
かがみも、おじさんもおばさんも、今日は帰ってこないって言ってたから、多分いのりさ
んか、まつりさんだろう。

「あら?つかさとこなたちゃんだけなの?」
「あ、お姉ちゃん、お帰りなさいー」
「お邪魔してます、まつりさん」
「おーおー、カツ丼とは随分豪勢じゃないのー。私にも頂戴?」
「あれ?飲み会の後なのにいいの?」
「面倒くさくって一次会で抜け出してきたわよ。かがみはいないの?」
「今日は泊まるかも、って」
「ふーん…で、こっちはこなたちゃんがお泊り、ってことか」

あ。
何か知らないけど、ニヤニヤ笑ってる。
いや、私だってわからないわけじゃない。
これでもエロゲーマーだし。って関係ないか。

まつりさんがつかさの手を引いて、そっと何か耳打ちして。
瞬間。
ぼんっ!とでも効果音があるかのように物凄い勢いで、顔が真っ赤になってた。
あー…
何か妙なこと吹き込まれたかな?
そこでわからないわけじゃない、というのが女としてどうよ、って感じだけど。

「さ、これ食べたら【熟睡】するかなーっと」
そ知らぬ顔で、しかしことさらに「熟睡」という単語を強調して、つかさ謹製の遅い夕食
にぱくつくまつりさん。
その傍らで、真っ赤を通り越してリボンから煙まで出して、そのままじゃ黒焦げになりそうなつかさ。
いや、焦げたら困るんだけど。私が。
目の前のご馳走をすっかり平らげてしまって、お腹一杯だし、ごちそうさまでした、と両
手を合わせて、食べた食器を下げて戻ってくるまで。
ずっと固まっていたので、
「つかさ?」
と肩にぽむ、と手を置いてやると。
「は、はわわわわわわ…あのねこなちゃんこれは違うの私だってちょっとだけそーゆー期
待をしてなかった、って言ったらちょっと違うけどそれはお姉ちゃんに言われたからじゃ
なくてくぁwせdrftgyふじこlp;@」
つかさ…うろたえすぎ。最後日本語というか言語になってないし。
まつりさん、本当に何を囁いたんですか。

当のまつりさんは、噴出すのをこらえながら、「やっぱりつかさのご飯は美味しいわねー」
などと表面的にのほほんな空気を醸し出そうとしてるけど。

つかさが真っ赤な顔のまま部屋に逃げ出したから、洗い物くらいは私がやろう、と思って台所に向かおうとすると、
「あ、こなたちゃん。後片付けは私がやっとくからつかさとゆっくりしててよ」
と。
「ありがとうございます」
「いーのいーの。あ、それとね」
と、つかさの部屋へ向かおうとする私を呼び止めて、ちょいちょい、と手招き。
さっきのつかさにしたみたいにぐい、って手を引っ張られて耳元で。

「つかさもやる気っぽいし、今夜は私も【熟睡】してるから、気兼ねなーく声あげていいのよ?」
などと。
その言葉で、顔全体が熱くなる。
これ、さっきのつかさと同じだ。
というか。
まつりさんの中では私ってネコなんですか?

…と言いたかった。
否定できないけどね。
つかさと「そういうこと」するのも、初めてってわけでもないし。
言えば更に泥沼に嵌るのがわかりきっていたから。
きっと部屋に戻れば、二人で真っ赤になってるに違いない。

そして。
部屋に戻った私を待っていたのは、予想通りつかさの真っ赤な顔で。
今更、本当にこれこそ今更、私は思い知る。
「カツ丼」とは…「気合」を入れる食べ物だったんだ、ということ。
例えるなら、受験前日の受験生とか、大会を控えた体育会系とか。

「私の味を知ったんだから、こなちゃんの味、教えてもらってもいいよね?」

なんて。
つかさがこんなオヤジっぽい表現使うはずがないから、これがさっきのまつりさんの入れ知恵だったことは、想像に難くない。
栄養たっぷりのご馳走を味わった後で。
「4食目」をほぼ一方的に味わわれてしまったのは、ここだけの話でいい。
つかさが、いつもよりも積極的だったのも、他人には絶対にしない話だ。






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  • Konata Taste!
    愛されてるねこなた -- 名無しさん (2009-06-08 11:14:23)








最終更新:2009年06月08日 11:14