教室にて、昼休み。
チョココロネを食べつつ眠気と格闘していたら、いつの間にか負けて眠りに落ちていたらしい。
私はかがみの軽いデコピンによって現実に引き戻された。
「食べながら寝るなんて器用な真似よくできるわね」
「チャットしつつゲームしつつ電話しつつより簡単だよ」
「いや、まず私はそんなことしないし」
かがみが箸を持った手を軽く横に振った。
今日のかがみとつかさの弁当はかがみが担当したのか彩りが少ない。
それでも一年の頃よりも美味しそうには見える。人間成長するんだね。
「こなちゃん、早く寝ないと授業中きつくなるよ?」
「確かに昨日はギャルゲやってたから寝るの遅かったけど、寝溜めしても眠くなるもんは眠くなるんだよ」
「泉さん、今日も黒井先生に怒られてましたね」
「センセーのゲンコツって結構痛いんだよねー。まあいいけど」
「いや、叩かれないように早く寝ろよ」
かがみがもっともらしく言う。
確かにみゆきさんの様に10時や11時に寝ればこんな事にはならないだろうけど……
絶対人生損してるってそれ。私には真似できない。
「今やってるギャルゲが中々に難しくてね。どこで区切りをつけようか迷ってたら太陽が昇る時間だったり……」
つかさとみゆきさんは、よくそこまで起きておけるなという驚きの表情。
かがみは、考えてる事は一緒だろうけど呆れの表情だった。
「なに? フラグが立ちにくくて攻略できないってこと?」
かがみも何気に立派なオタクだよね……と思ったけど、言ったら話が脱線しそうなので言わない。
「んーや、フラグが簡単に立つんだよ」
「それなら簡単にクリアできるじゃない」
「甘いねかがみ。フラグが乱立して常に空気は修羅場!
まさに女の子を落とすのが先か、刺されて命を落とすのが先か! って、そんな緊張感で中々中断できなくて……」
「そんな殺伐とした恋愛シュミレーションは嫌だ」
「だって、あくまでゲームじゃん? 現実じゃないんだし楽しんだ方が勝ちだよ」
「……まぁ、二次元でモテてるだけで現実世界じゃロマンスとは無縁だしね、ここは」
かがみが、やれやれとジェスチャー付きで呟いた。
その前の『ロマンス』と言う単語に反応して、私は思わずつかさを見る。
つかさも同じ動作をしたので視線が重なった。なんか意味もなく照れくさい。
お互い照れ隠しで曖昧に笑いあうと、みゆきさんが不思議そうな表情を浮かべている事に気付いた。
「どうしたの、みゆきさん」
「いえ、泉さんが何だか幸せそうに見えて……あ、いつもと笑顔が違うと言いますか……そう思っただけですので」
気にしないでくださいね、と言われても。
貴女はエスパーですか。巨乳は潜在的に特別な力があるんですか。
私は私とつかさの事をまだ二人には話していない。
何と言うか、タイミングが掴めなくて。
「へえ、何かロマンスでもあったわけ?」
「なっ……何言ってんのさ、かがみ」
図星を指されたから、助けを求めようとつかさを見たら
「こなちゃん幸せそう?本当に?」と、嬉々としてみゆきさんに尋ねていた。つかさ、KY。
みゆきさんも「えぇ、私にはそう見えたのですが……」って困りながら答えないで。
「ね、どんな人?」
かがみ、なんでロマンスがあった事がすでに確定してるのさ。
いや、からかいで聞いてるって事は気付いてる。
だって、かがみはこれ以上ないほどに笑顔だし。本気と思ったてたら、笑わずに真剣に聞いてくると思う。
つまり普段私がからかっている仕返しのつもりなんだろうけど、私はどうこのピンチを切り抜けようかと必死だ。
もう一度助けを求めようとつかさを見た。
『なんて答えてくれるのかな?』って、妙に期待してるような視線が返ってきた。
うわぁい、助ける気ゼロだよ!
みゆきさんは私の視線に気付いてかがみを見て、止めてくれるかなって思ったけど、なぜか考えこんでいた。
まさか、困ってそうだから止めないと、でも気になる……みたいなジレンマですか?
こんな所で知識欲出さないでみゆきさん!
「そ、そう言うかがみはどうなのさ?こんな話をふってくるって事は……
もしかして、かがみの方がロマンスとエンカウントしたんじゃないの~?」
「そうなんですか?」
「え、そうなの?お姉ちゃん」
「ちょ、みゆきとつかさまで何言い出すのよ!」
イジられ担当が私からかがみへ移行して、ようやく一安心。
途中から全然食べれてなかったチョココロネに噛み付いた。
食べ進めながら私もからかいを開始する。
「こういう恋愛話ってかがみが最初に話し始めるよね。海でナンパもされたがってたみたいだし~」
「それはあんたが言い始めたからでしょーが!」
「気になるけど初心なんだよねー、かがみは。案外「ファーストキスはレモンの味」とか甘酸っぱい事信じちゃってるんじゃない?」
ニヤニヤ笑いでからかってみると、かがみが少し考え込んだ。
え、もしかして図星?
「んー……大体はその時に食べてた物の味じゃないの? ロマンないけど」
「そうだよねー、スイカバー味だもんね?」
「んぐっ!! ご、ごっはっげほっ!!」
むせた。
つかさ、なに暴露してんのと言いたいけど、チョコを吸ってしまったから喉にチョコが張り付いて言えない。
大丈夫!? と三者三様に心配してくれて、みゆきさんが背中を撫でてくれた。
私がせき込んだおかげなのか、つかさの意味深な『スイカバー味』というセリフの意味に突っ込む人はいなかった。
みゆきさんが差し出してくれたお茶を飲んでどうにかこうにか落ち着く。
「あ、ありがと、みゆきさん」
「いえ、大丈夫ですか?」
縦に頷いてコップをみゆきさんに戻す。
慌てて飲んだから味わってはないけど、家で飲むお茶より甘い気がした。
みゆきさんから手渡されたお茶ってだけですごく高級感があるイメージだからかな。
「どうしたのよ、珍しいわね、むせるなんて」
「たまにはこう言う事もあるんだよ」
「ふーん……えっと、何の話してたっけ?」
また話が戻ったら非常に疲れるので慌てて話を変える。
「か、かがみ、今日暇?」
「なんで? 今日は日下部たちと約束があるんだけど」
「あれ、お姉ちゃん珍しいね」
おお、私も思ってたけど、つかさもそう思ったんだ。
そりゃあ、かがみも自分のクラスの人と遊ぶときもあるけど……やっぱ珍しい。
「今日の授業の合間の休み時間にいきなり『柊は私たちをないがしろにしすぎだー』って怒られて」
「ど、どうしたんですか? 日下部さんは……」
「私が本を読んでるときにずっと話し掛けてきてたんだけど、私が適当に相槌打ってたからかも」
「ついにみさきちが爆発しちゃったかー」
「ってわけで、今日は日下部と峰岸と約束があるわけ。なに、また店に行くつもりだった?」
「んや、かがみが行かないならいいや」
話題を変えるための口実だったし、今は絶対に買いたい物はないし。
時計を見ると昼休みもそろそろ終わろうとしている。チョココロネを一気に頬張った。
かがみは恋話の事は忘れたのか、弁当を食べ終わって片付けている。
みゆきさんもつかさも片付け始めて……と、そこで私はつかさの視線に気づいた。
「こなちゃん」
「んむ?」
呼びかけられて、急いでコロネを飲み込む。
つかさの表情は真剣だった。
ただ、犬っぽい表情も混じってる気がする。
甘えさせてっていう構ってオーラじゃなくて……捨てないでって懇願してる子犬っぽい感じ。
『ダンボールに入って雨に濡れてるつかさ』という失礼なイメージが浮かんでしまった。
「行きたいところあるなら、私が付いてくよ?」
「……つかさが?」
そう言えばつかさと二人でショップに行ったことないや。私が誘うのはいつもかがみだし。
つかさは……何と言うか、誘っても話についていけなくなるんじゃないかなと思ってしまう。
ただ私の後ろについてきて、わーと辺りを見回して私の説明を聞いてわーと感心して、みたいに。
その点かがみは趣味があうところがあるから誘いやすいけど。
でもつかさがそう言ってくれるなら、断る理由はない。
「じゃあ帰り、一緒に行こっか」
「うんうん! 約束だよ」
パァッと笑顔になってブンブン首を縦に振るつかさ。
首痛くならないかな、それ……
「それじゃ、そろそろ自分のクラスに戻るわ」
「わかりました」
「まったねー、かがみ」
「じゃあねー」
かがみがクラスに戻ったところでタイミングよくチャイムがなった。
次の授業は……数学だ。あー、絶対寝ちゃうな。
みゆきさんも周りの人たちも自分の席へと戻っていく。
「あれ、つかさ? 戻らないの?」
ちなみに今日は私の席にみんなが集まっていたから私は戻る必要は無い。
つかさはチャイムがなり終わりそうなのにじっとしたままで。
なぜか私の頭をポンポンと笑顔で二回撫でて席に戻った。
え、なに? 今の。スキンシップ?
そう言えばつかさに頭撫でられたのって初めてかも。
お父さんがよくするし、時々かがみもしてくるけど。
何でいきなりしてきたんだろう?……いや、まぁ、いっか。
深く考えると何だか顔が赤くなりそうだし。
とりあえず、頬を冷ますために若干冷たい机に突っ伏しとくことにした。
放課後、かがみはみさきちと峰岸さんと帰った。
私はつかさとみゆきさんと帰り、途中でみゆきさんと別れる。
うーん、つかさと二人でショップに行く道を歩くのは新鮮だ。
「そうそう、つかさ。あんまり特定できるような事言わないほうがいいと思うんだけど……」
「え? えっと、何のこと?」
「いや……だから、スイカバー味だとかさ……」
あれのおかげでむせたからね、私。
しかもつかさ、私に向かって言ってきたじゃん。
「でもいつかは二人にも話さないと……」
「そりゃ、分かってはいるんだけどね。何もあんな話のノリで言うものじゃないと思うよ」
もし、あそこで私がむせなかった場合を想像してみる。
『そうだよねー、スイカバー味だもんね?』
『つかさ、どういう意味?』
『こなちゃんとしたキスはスイカバー味だったんだよ』
『そうなんですか、泉さん』
『いやぁ、実はそうなんだよ。スイカバー味のキスってすごくない?』
『すごいというか、ある種貴重だな』
四人で笑いあって……想像中断。
まったくもって軽すぎる。
なんか、つかさとの関係を真剣に考えてないみたいじゃん。
それに教室で話す類のことじゃないし。
「二人に話す時は、四人しかいない時の方がいいと思うんだ。
だからつかさ……また教室であの手の話になったら助け舟出してね」
「あ、あはは……こなちゃんが私の事どう思ってるのかなって気になっちゃって」
「気になったとしても教室で言わせないでよ……」
「だって」
並列で歩いていたのに、急につかさが止まった。
一歩先に進んでしまったけど私も止まって振り返る。
少し俯き加減で表情は見えない。なんだかリボンまでしぼんで見えた。
「こなちゃん、ずっとお姉ちゃんと話してた」
「え? いや……確かにかがみとの会話は多いけど。特に一回寝ちゃった後はギャルゲの話だったし。
……そう言えば、つかさは私が眠ってる事に気づかなかったの?」
「気づいてたよ」
「ならなんで起こさなかったの?」
「こなちゃんの寝顔をずっと見ちゃってて……」
待って。色んな意味で待って。
この前縁側で私の寝顔見たはずじゃんか。
つかさが膝を貸してくれたから、つかさの膝枕で寝たし。
……すぐにかがみが帰ってきたからたった数分だったけど。
「それに、ゆきちゃんからお茶貰ってたし」
「お茶貰った理由はむせたからで、むせたのはつかさのセリフのせいだよ?」
「あと……出かけようって最初にお姉ちゃんを誘ってた」
「それは」
今までいつもそうだったし、つかさはショップに興味は無いんじゃないかなと思って……
とは流石に言わない。
三次元での恋愛は初心者だけど、つかさが言いたい事は何となく感じ取った。
「……典型的なやきもち?」
「わかんない、けど。もっと私も気にしてほしかった」
「あー、それはやきもちだね」
私は、つかさの事が好きと言いながらも多分、結局は友達の延長線上にいるんだと思っていた。
でもつかさは違う。延長線上じゃなくて新しい関係を望んでる。
そっか。私達は今はまだ恋人とかじゃないのかもしれない。
ただ『好き』と伝え合った。きっとそれだけだ。
「……今までとは違うんだよね、つかさ」
「え?」
つかさの隣を通り過ぎ、手を掴む。
そしてそのまま駅へとダッシュで戻る。
「こ、こなちゃん? お店は……?」
「今日はいいの! 今日は二人でのんびりしたい気分だし!」
つかさだって、私がショップの解説してそれを聞くよりはその方がいいと思うだろうし。
後ろのつかさがたびたびこけそうになっているからスピードを落とす。
手も離さないと目立つかなと思ったけど、つかさの方が握り返してきたからそのままにしておいた。
「……つかさ。顔緩んでるよ」
「うん、そうだね」
「自覚してるんだ……」
「こなちゃん」
「なに?」
「ひょっとして、照れてる?」
「……かもね」
おかしい。先を歩いてるからつかさには表情見られてないはずなのに何でばれてるんだろう。
それに手を離すタイミング失っちゃったし。
……いっか。なんか、不思議な気分がするけど……結構この感覚は好きかもしれない。
「あ、コンビニがあるよ。こなちゃん、アイスとか買う?」
「またスイカバーとか?」
「一本でいいよね?」
いや、二本にしようよ……なんて、つかさの顔見たら言えなかった。
おっかしいなぁ、私こんなにつかさに弱かったかな。
「……半分ずつだよ、つかさ」
「うん!」
ああ、きっとあれだ。好きになったら負け……って事だ。
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最終更新:2009年01月25日 11:11