dear -Section4 「水を与えられる苗木」



dear -Section4 「水を与えられる苗木」




『……み』
『ほ……お……さい』
どこからか、声がする。
『……ん、でき……よ!』
ん~、疲れているんだから、寝かせてよぉ~。
「おらぁぁっっ!!さっさとおきろぉぉぉぉっっ!!!!」
「ぬおぅわぁぁぁ!!!」
驚いてベッドから跳び起きると、目の前にまつり姉さんの顔が有った。
「あ、ね、姉さん、おはよう」
「……どうみても、今は夜だと思うんだけど……。ま、いいや。ご飯食べて無いの、アンタだけだよ、早く来な」
えっ?もうそんな時間?
目覚まし時計を見ると、午後八時を僅かに過ぎた所。
……って事は、三時間近く寝ちゃっていたんだ。
あや~、久々にやっちゃったなぁ~。

dear -Section4 「水を与えられる苗木」

「ほら、さっさと顔を洗って来なさい」
「はぁ~い」
電気が灯っていないから気付かれなかったけれど、今の私はかなり酷い顔をしているはずだ。
何時もなら、こんな時間まで寝たりしないのに……。
はぁ……、さっきのが原因だよねぇ……やっぱり……。


「母さん、お帰りなさ~い」
「かがみちゃん……その挨拶はもう少し早く言ってほしかったわ」
食卓を見ると、私の晩御飯だけが残っていた。
父さんはお風呂に入っているらしく、居間ではまつり姉さんがつかさの相手をしている。
「いやぁ~、何か急に疲れが出ちゃったみたいでさ~、まつり姉さんに起こされるまで、全然気がつかなかったのよ~」
「全く、しょうがないわねぇ……。あんまり根を詰めないで適度に力を抜きなさい」
「!!」
後ろからいきなり声をかけられ、振り向くといのり姉さんが居た。
「あ……、姉さんお帰りなさい。うん、なるべく無理しないようにするわ……」
「そうそう、いのり、今日買い物行ったらね……」
私はお母さんといのり姉さんの話を聞きながら、晩御飯を食べた。

この二人は、私が父から受けた『罰』に対して、否定的な考えを持っている。
なので、父さんが一緒に居ない時は『学校に関する事以外』ではあるけれど、色々な話をしてくれる。
だから、私にとってこの時間が家庭内で唯一の『癒し』の時間になる。
……母さん、いのり姉さん、いつもありがとう……


普段よりは少し遅くに入ったお風呂から出て、今私は自分の部屋に居る。
ここからが、本当の『一人の時間』だ。

はぁ……何だか今日は疲れたな……。
折角の『一人の時間』だけど……今日は早寝しておくか……。
あれ?何だか忘れているような……あ、手紙……

先程渡された封筒から手紙を出し、内容に目を走らせる……。

えええぇぇぇぇっっっっ!!!

叫びそうになる口を、慌てて両手で塞いだ。


……これって……、えと……、どうしよう……。
確か明日は……母さんと父さんはつかさと一緒に、午後から氏子さんの所へ出掛ける予定よね……。
いのり姉さんは……今日出社させられたから、休みだってさっき言っていた……。
まつり姉さんは……夕方から飲み会に行くって言ってた……かな?
じゃ、じゃぁ、明日の午後、つかさ達が出た後に話しをすれば良いわね……。
う~ん……、なるべくなら早めに話をしたいけど、どうあがいてもそれが一番早いか……。
でも……どうやって切り出そう……。

どう頑張っても考えが上手く纏まらないから、机に手紙を仕舞って私は寝る事にした。

『決戦は金曜日』……ならぬ『木曜日』ね……。
……神様、どうか作戦が……上手く……いきます……ように……おね……がい……しま……す……


「父さん、母さん、つかさ、おはよう~」
「かがみ、おはよう」
「かがみちゃん、おはよう、良く眠れた?」
「お姉ちゃん……おはよう……」
「うん、母さん。夢見る間もなく朝だったわ~」
「へぇ~お姉ちゃん熟睡だったん」
「ゴホン!ゴホン!……かがみ、今日父さん達とつかさは午後に出掛けるから、勉強をしっかりやっておきなさい」
「……はい、父さん」

つかさと私の間で許される会話は『挨拶と事務的連絡』のみである。
まぁ……実際には『父の前限定』なんだけどね。
だからさっきみたいに、うっかり話しをすると即座に割り込まれ、中断させられる。

あ……なんか……心の中がイヤな感じ……さっさとご飯食べて午後に備えておくか……。


『じゃぁ行ってくるから、二人共かがみの事頼んだよ。』『は~い、りょーかい』
『父さん達も気をつけてね』

行った……か……

朝食を食べた後、午前中は自分の部屋で勉強をし、昼食の後も勉強……の振りをして『その時』を待っていた。

……出掛けてから十五分……そろそろ大丈夫かな……

わたしは、ノートの間に『手紙』を忍ばせ、姉さん達が待つ居間へと向かった。

「姉さん達、今日もお願いね」
「おっけーだよー」
「……」
「どうしたの?いのり姉さん」
「ん……、何時も思うんだけどね、まつり。私達ってかがみの『勉強の手伝い』に必要なのかしら?」
「姉さん……それは言わない約束だよ~」
「ま、まぁ、取り敢えず私勉強するから、一応見ててよ」そう言って、道具一式を座卓に広げ勉強を始めた。

「……かがみぃ~、なんかアタシらに話したい事あるんじゃない?」
「へっ?な、何の事?まつり姉さん」
「隠したって駄目だよ、あんた昨日アタシが呼びに行った時泣いてたでしょ?『勉強会』の時もそうだったし」
……ヤバ、ばれてる……

「そうなの?かがみ。何かあったの?」
「い、いや~、た、たいしたことないって~」
「かがみ、その態度でバレバレなんだけど」
……何時もと違って、まつり姉さん鋭いなぁ……。仕方ない、そろそろ切り出すか……
「あ、あのさ、姉さん達……これから話すこと、今いない『三人』には黙っていて……もらえる……かな……」
「アタシは別に構わないけど」
「私は……『内容』によるわね」
……そうだよね……普通はそう言うよね……
「でもそれって暗に『取り敢えず黙っておく』って答えているんじゃないの?姉さん」
「……だって、一応『監視役』なんだから……そう答えるしか無いじゃないの……まつり……」
あ、そうか……姉さん達も自分が『監視役』だって事わかっているんだ……って当たり前か……。
「ごめんね、ありがとう、いのり姉さん」
「んじゃ、その『話し』とやらは何なの?」
まつり姉さんに促されて、例の『手紙』を差し出した。

「これって……何時、誰から貰ったの?」
「昨日、姉さんとつかさがトイレに行った時、峰岸から」
「峰岸さんから……?それにしては余りにも素っ気ない封筒だけど……」
「取り敢えず、中身を見てみようよ、姉さん」

まつり姉さんが中から『手紙』を取り出して読み始めた……。

「なぁぁぁっっっ!!!」
「ど、どうしたの、まつり」
「どうもこうも……、姉さん見てよ」
「一体何なの……?あら、これって……こなたちゃんから?」
「……うん、そう……」
「姉さん、先を読んで」
「はいはい……、へっ?ええぇぇぇぇっっっ!!!!」
流石に二人共驚いたみたいだ。
まぁ、しょうがないよね、だってこんな事が書いて有るんだもん。


親愛なるかがみへ

この手紙をかがみが受け取っているって事は、私が峰岸さん&みさきちと仲直り出来たって事だね。
本当なら、ちゃんと会って話さなきゃいけないんだけど、それは無理だってわかっているから、手紙で伝えます。

今回の事で、かがみやつかさ、みゆきさんに峰岸とみさきち、色んな人に迷惑かけちゃったね。

ホント、ごめんなさい。

特にかがみにはいくら謝っても足りないくらい。
かがみのは完全にとばっちりだもんね・・・。

重ね重ね、ごめんなさい。

さて、本題に入るけど、今回わざわざこれを書いたのはちゃんと理由があるんだ。
率直に書くと

つかさと駆け落ちしたい

無茶な事を書いているのは承知しているよ。
でも、今回の事を解決するのに出来る限りの事を考えたら、これしか残らなかった。


そこで、かがみにお願いなんだけど、出来たらでいいんだけど、この計画を認めてほしいんだ。

残酷なお願いをしているのはわかってる。
でも、かがみには認めてもらいたいんだ。
いや、かがみだけじゃない、いのりさんにも、まつりさんにも認めてもらいたい。

でも、強制はしないよ、だって、かがみやお姉さん達の事を私が決めるわけにはいかないからね。

だから、もし、本当に、三人がこれを認めてくれるのなら、もう一枚の紙に書き込んで下さい。
その紙は、次の勉強会の時にこの手紙ごと峰岸さんに渡してください。

どちらを選んでも、文句を言ったりしないから、安心して。

それじゃ、またね。

泉こなた


「……で、二枚目には何て書いてあったの?」
「ここに入って無いってことは、かがみが持っているのかしら?」
私は無言で頷いて、二人の前に差し出した。
「こ、これって……」
まつり姉さんが目を見張った。
当然だろう、だってそこには……


「誓約書」

私は、柊つかさと泉こなたが駆け落ちする事を認めると共に、部外者へ口外しないことを誓います。


その下には記名欄が三つ並んでいた。
そして、既に私は記名を終えている。

「……で、どうする、姉さん。アタシは……書くよ」
「ちょっとまつり!」
「姉さんが何を言おうと関係ない。もとよりアタシは今回の事で父さん達に目茶苦茶腹立ててるんだ」
「まつり、良く考えて!つかさよ!?駆け落ちよ!?」
大声をあげるいのり姉さんに、まつり姉さんはゆっくりと静かに言った。

「だから、書くの」

まつり姉さんはそのまま話しを続けた。
「姉さん……つかさは今、幸せなのかな……」
「アタシはね、父さんが言っていた『結婚』や『出産』だけが女の『幸せ』って意味が良くわからないんだよ」
「ゼミの先生は、五十歳を過ぎているけど独身生活を満喫している」
「サークルのOGは、女の子二人だけど同棲生活している」
「……アタシの後輩は……病気で卵巣を全摘出している」
「だけどね、姉さん」
「みんな、とっても『幸せ』って顔をしているんだよ」
「そりゃ、今までに『辛い』って思った事はあるだろうし、今でもたまにそんな雰囲気を見せる事もあるよ」
「でもね、みんなそれを補ってなお余る位の『幸せ』を見せてくれるんだよ」

「ねぇ、姉さん」
「本当に『結婚』や『出産』だけが女の『幸せ』なのかな?」
「つかさにとって、本当の『幸せ』は、そこには無いと私は思うんだ」
「だから」
「私は、つかさに見つけて貰いたいんだ」
「自分だけの」
「本当の『幸せ』を」

……何も言えなかった、まさかまつり姉さんがそこまで考えているとは思ってもいなかった。
「かがみ……、ほら、ちゃんと拭きな」
まつり姉さんにハンドタオルを渡されて気がついた、悲しい訳ではないのに私は涙を流していた。
「……ま、そういった理由で、私は此処に名前を書く。姉さんは、自分の好きにすれば良いと思うよ」
「……」

まつり姉さんはいのり姉さんの前で名前を書き込んだ、ついでに『私は応援するよ!』のメッセージも添えていた。
「ねぇ、かがみ」
不意にいのり姉さんが声をかけてきた。
「こなたちゃんの性格を考えると……私の名前が無かったら……」
「計画を中止すると思うわ、確実に」
すると、いのり姉さんは口許に笑みを浮かべてこう言った。

「じゃぁ、仕方が無いわねぇ」

紙を手元に引き寄せる

「私一人のわがままで『可愛い』妹達とその友人を悲しませるなんて」

ペンを手に取る

「そんな趣味は無いからね~」

『柊いのり』
と書き込ん……だ。

……も、もう……限界……涙……ヒック……がま……ん……ヒック……で……き……
「かがみ」
……柔ら……グスッ……かい……いのり……姉さん……ヒック……私の……あた……ヒック……ま……グスッ……だっ……ウゥッ……こ……し……ヒック……
「心配だったのね……。大丈夫、私もまつりと一緒で、今回の事は腹にすえかねているからね……」
……グスッ……あり……がと……エグッ……ねえ……さ……グズッ……
「安心しなさい、私も『みんな』の見方よ」
ウッ……ウワァァァ……
「辛かったよね、苦しかったよね……でも、それも今日でおしまい」
ウウッ……エグゥ……
「そうだよ、アタシも、姉さんも、かがみの力になるからね。父さん達がいない時は何時でも甘えな~」
ウグゥ……ヒック……エグッ……ウゥッ……ヒック……
「わた……グズッ……わたし……こわ……ウウッ……かっ……エグッ……」
「今は何も言わないで、泣いていなさい……」
「そうだよ、これから暫く泣くヒマないんだからね……」
ヒック……ウウッ……グズッ……


いのり姉さんに抱きしめられ、まつり姉さんに背中を撫でられ、私は段々と気持ちを落ち着かせていった。

「……ありがと、もう大丈夫だよ……」
「そう?私としてはもう少し妹の成長を確かめたいんだけど」

「んなっ!!な、なにを、いわれ、る、の、ですか?」
「いのり姉さんいいなぁ~、私も抱きしめたかったなぁ~」
「ま、まつり姉さんまで……やめてよ……ハズカシイ……」
私は顔を真っ赤にして言った。
「ま、それは冗談として……」
いのり姉さんはそう言って体を離した。
……冗談だったんですか、いのり姉さん。
「次の『指令』が届くのは……来週の月曜日……かな?」
「多分……そうだと思う。明日これを渡すから……」
『勉強会』のスケジュールは月水金の週三日。
今日は木曜日だから、必然的にそうなるよね。
「それじゃ……まつり、かがみ」
急に姉さんが真剣な表情に変わった。

「手紙に書いてある通り『他言無用絶対遵守』だからね、わかった?」

へっ?
あ、あの~。
「いのり姉さん……それ……私の台詞……」
「ん?良いじゃない、これくらい」
いや、そう言われても……。
「それに私達、勉強では姉らしい事出来ないんだから、こんな時位はその役をやらせてよ」
「姉さん、私『達』って……何気にアタシまで含めてない……?」
「あら、違うのかしら?」
「いや、違わないけどさ……」
「なら、問題無いでしょ」
「んと、その、何と言うか、釈然としない感じがするんだけど……」
「……そっか、まつりは今の台詞を言いたかったのね~」
「はえっ?別にそんなこと思っていないし、ってゆーか、さっきの会話にそんな要素は無かったはずなんだけど」
「だって、私『達』ってまつりが言ったから……」
「姉さん……アタシが突っ込んだところはそこじゃ無いから……」

……ウッ……ププッ……
「どうした、かがみ。また泣いているの?」
……ウウッ……ククッ……
「かがみ、大丈夫?まだ辛い?」
……だ……だめ……ククッ……
「ァハッ……アハハハハハハハ……」
「!?」
「ごめっ……ごめん……クスッ……だって……姉さん……達の……アハッ……掛け合い……見てたら……フフッ……わ……わらいが……ククッ……こらえられ……なくって……アハハハ……」


ハァ……ハァ……あぁ~、苦しかった~。
「かがみ」
ちょ……ちょっと……まって……いのり……ねえさん……
「元気出た?」
そう言われて、思わずハッとなった。
「……やっと……笑ってくれたね」
まつり姉さん……
「……うん……ありがと……いのり姉さん、まつり姉さん」
「ま、アタシらが出来るのはアンタを元気付ける事位だからね~」
「かがみ、これからは私達も『味方』なんだから、どんどん頼って、一人で抱え込まないようにしてね」

……何も言えなかった。
そして、私は今まで全く気付いていなかった。

155 名前:ナハト[sage] 投稿日:2010/10/15(金) 00:03:17 ID:FNdmX2o90
こんなにも近くに『最も頼れる存在』が居たという事に。

……ウウッ……
「ほら、泣きたかったら無理しない、アンタの傍にはアタシが姉さんが必ず居るから」
「わたっ……グズッ……わたし……ごめっ……ヒック……ごめん……な……エグッ……ね……ねえさ……ウゥッ……」
「何も、言わない……。何も、言わなくて、良いんだよ……」

なんで気づかなかったんだろう。
生まれた時から、二人の姉はずっと身近に居たのに。
なんで甘えることを拒否していたんだろう。
二人はこんなにも私を甘やかしてくれるのに。
つかさが居たから?
自分の事は自分で何とかするという無意味な『枷』を自ら付けていたから?

……ぜんぶ……じぶんの……『わがまま』……じゃ……ない……の……


「かがみ」
まつり姉さんが優しく声をかけてくれた。
「ん……あれ?」
気付くと、私は自分のベットに寝ていた。
「大丈夫?」
「あ……うん……なんで……ここに?」
「アンタ、私の腕の中で寝ちゃったんだよ……」
へっ!?
「そ、そう……なの?」
「久しぶりに抱っこしたけど、結構成長したわね~」
!!
「寝顔も可愛かったわ~」
……はうぅぅ~
「これぞ『姉冥利に尽きる』ってやつね~」
もうやめて~、私のHPは0よぉ~!!
「ま、冗談はそのくらいにしておいてっと」
ま、まつり姉さんまでそんな事を……。
「父さん達、もう帰ってきてるから。それと、アレはアンタのプリントに挟んでおいたからね」
「うん……ありがとう、まつり姉さん」
「たは~、改まって言われると、アタシも流石に照れるわぁ~」
姉さんは顔を赤くしている、でも多分私はそれ以上に赤いだろう。
うぅ……さっきから顔が熱い……。
「んじゃ、もうちょっとでご飯だから……今日もちゃんと顔を洗ってから来なよ~」
「はぁ~い」
「じゃ~ね~」と言って、姉さんは部屋を出ていった。

……さて、今私が出来ることは全てやった。
後は、次の『指令』を待つのみ……。

こなた、覚悟しておきなさいよ!
これだけいろんな人がアンタの事を応援してくれるんだから
もしアンタがつかさと一緒に『幸せ』を見つけられ無かったら……
私が絶対に許さないんだからね!!


Section4 「水を与えられる苗木」 End








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最終更新:2010年11月09日 20:24