☆こなゆき☆『クールDEこなゆき』



クールDEこなゆき



泉こなた。彼女は一人でいることが多い。
暇があれば教室の隅っこでアニメ誌を熱心に読んでいる、クラスの中でも少し浮いた女の子。
高校入学当時からあんな感じで、彼女に自分から話しかけようという生徒は殆ど居なかった。
ただし、ただ一部の例外を除いて。

「こなちゃーん」
「泉さん、お昼にしましょう!」

「……」

返事は返さなかったが、こなたは2人の姿を認めると、読んでいたアニメ誌を閉じ、鞄に入れると同時に弁当を取り出した。
言葉がないながらに、それは2人に対するこなたの挨拶であった。
こなたの数少ない親友、柊つかさと高良みゆき。彼女らはこのクラスの中では仲のいい3人組としてみんなから認識されている。
こうやってお昼時になったときは、決まって2人が弁当を持ち寄ってこなたの机を取り囲んでいる。

「新しいアニメの雑誌?」
「うん…。今日発売日だったから買って来た」
「後で見せてくれる?」
「うん」

取り分け、こなたと積極的に話をするのはつかさの方だ。これはこなたの初めて出来た友達がつかさだからである。
一方でみゆきはどうかと言えば、あまりこなたとは喋らない。みゆきはつかさの姉と付き合いがあり、その繋がりからつかさとも親しくなっている。
2人ののんびりとした性格で波長があうのか他愛もない話でゆるやかに盛り上がっていることが多く、またみゆきはつかさに勉強を教えてあげることもよくある。


「ねえゆきちゃん、昨日のミリ○ネア見た?」
「はい。見ましたよ」
「私最初の二問しか分からなかったよー。ゆきちゃんはあれ分かった?回答の人が間違えたトコ」
「そうですね、少し迷いましたけど、正解は当てられましたよ」
「凄いねー!さすがゆきちゃんだぁ~」


「つかさ…」
「あ、どうしたの?こなちゃん」
「はい、コンプティーク」
「わあ、ありがとう!」


このようなやり取りをずっと続けている。つかさがこなたと話しているとみゆきは割って入れないし、逆にみゆきと話している時はこなたは黙ったままでいる。
歪なこの関係は、みゆきの中ではずっと引っかかっていたが、どうすることも出来ないでいた。
みゆきはアニメやゲームというジャンルに通じていないし、こなたも物静かで話しかけてくれず、こちらから話しかけるのもどこか躊躇ってしまう雰囲気があった。
つかさがこの事についてどう思っているのだろうか、むしろそれに気付いているのかどうかもあやしい。

何かの縁だし、みゆきはこなたともっと仲良くなりたいと思っているが、それほど深刻に考えていたわけではなく、それは時間が解決してくれるだろうという程度に考えていた。
そう、例えばつかさが欠席などでもしない限り。





………が、そんな日が来ないという保障など元からあるはずがなかった。
そしてその日は訪れた。つかさは体が丈夫なほうで、欠席は元より、咳が出るからとマスクを付けて登校して来ることだってなかった。
ところが今日という日に限って、彼女は風邪と高熱で寝込んでいるとのこと。しかも家族揃ってだとか。最悪、かなり長引く恐れもあるのらしい。

お昼時になってからみゆきはいつも通りこなたの席に向かった。そこではやはりこなたはいつも通りにアニメ誌を読んでいる。
弁当を片手にこなたに歩み寄るも、こなたは反応しないし、いつもはつかさから話しかけてそれにみゆきが続いていくので、どうにも踏ん切りがつかない。

「あ、あの。泉さん、お昼ご一緒…よろしいですか?」
「………」

こなたから返事はなく、みゆきとこなたとの間、ほんの僅かに沈黙が流れた。だがこのときのみゆきにはその刹那が、息も詰まるようなとてつもなく長い時間の様に感じていた。
そして普段と同じように、こなたがアニメ誌を閉じたところでそれは破られることになる。
相変らず言葉は発していないが、鞄にアニメ誌を突っ込み、入れ替わりに弁当を取り出す。つかさがいない今日も、その行動は普段と変わらないでいた。
それ故、みゆきは安心と不安とを同時に抱くことになるのだった。

「席、座りますね?」
「ん」

微かながら確かにこなたの声が聞こえたので、みゆきはこなたの正面の席に付き、机の上に弁当箱を置いて弁当箱を包みから開く。
こなたも一緒になって開げると、食欲をそそる良い香りがみゆきの鼻孔を刺激した。それでも緊張が解けたわけではないが。



「あ、泉さん…お、美味しそうなお弁当ですね!」
「…ありがと」
「お母様が作ってくれたのですか?」
「…自分で作った」
「まあ、凄いですね!」
「…ありがと」

「…………」
「…………」

「…泉さん、昨日何かテレビをご覧になられましたか?」
「見てない」
「そう、ですか…あまり見ないのですか?テレビ」
「アニメしか見ない」
「ドラえもん、とかですか?」
「まあ…一応見なくはないけど」

「…………」
「…………」



みゆきは懸命に言葉を捜してこなたとコミュニケーションを図ろうとしていたが、どうにも話が続かない。
逆に下手なことを聞いてはいけないような気さえしたので、必然的に口数の方も無くなっていってしまい、終いには2人ともただ黙々と弁当に箸を付けているだけだった。
おかずを歯で噛み砕く音が何か妙に響いている感じがして、みゆきは少し気持ちが悪かった。

「委員長」
「は、はい?!」

口の中の物を飲み込み、溜息が出てきてしまいそうになった、その丁度のタイミングで初めてこなたの方から話しかけてきた。
みゆきは思わず声を上げて驚いたが、こなたの方はお構いナシで言葉を続ける。

「委員長ってさ、大きいよね」
「え、そうですね、確かにずっと身長は高いほうでした」
「いやそこじゃなくて」

こなたの視線が自分の体の一点に集中していることにみゆきはようやく感づき、みゆきは慌てて自分の胸元を隠した。

「……!」
「………委員長って誕生日いつ?」
「えっと10月ですけど…?」
「私、5月。委員長ずるい。身長もおっぱいも」
「そ、そ、そんな事言われましても…」

それっきり再び2人の間で言葉が飛ばなくなった。
生まれてこの方…というのは言いすぎだが、『胸』を『おっぱい』などと呼んだことはなく、正面切って言われてしまって、何故かみゆきの方が物凄く恥ずかしく感じていた。
みゆきはまた弁当を食べはじめるも、自分に対するこなたの視線はずっと感じていた。実際、こなたの箸は今は完全に止まってしまっている。
こっちから話しかけて話題を逸らそうとも思ったが、思いついた話題は全て最初にこなたに話しかけて玉砕したものばかりだ。

「ねえ委員長」
「…な、なんでしょう?」
「おっぱい触らせてくんない?」
「え、ええ!?」

手をわきわきさせながら、表情はあくまでクールなまま、こなたはとんでもない提案を出してきた。
こなたがアニメ好きということは何となく分かっていたが、まさかこんなえっちな事を言ってくるなんて思いもよらず、完全に予想外の事態にみゆきの頭は大混乱に陥っていた。







「初めて見たときから気になってた。…ね、一回だけでいいから」
「あう…あの……い、泉さんって結構凄いこと言うんですね…」
「……一回だけでいいから」

こなたの言葉はもしかしたら冗談なのかもしれない、そう思いたかった。
自分が考えていたスキンシップの内容とあまりにかけ離れていたから無理もないが、こなたの顔はやっぱり真剣な様子でじっと見つめてきている。
ようやく少し距離が縮まるかもしれないというところでの無茶振りに返答できないでいると、こなたの腕が自分の胸へと伸びてきた。

「きゃあ!?」

悲鳴を上げたがそれと同時、こなたの右手がしっかりとみゆきの胸を捉えていた。
こなたとの、恐らくはじめての接触である。こなたは乱暴に掴むようではなく、ただ本当に『触っている』ような感じで胸に手を置いてきている。
むりやり手を引き剥がす間も逃してしまい、みゆきは半ば強引に、こなたを受け入れさせられている形になっていた。みゆきは瞳だけ動かしてクラス中の視線を注意を巡らせていた。
一しきり触られた後でようやくこなたは手を離す。クラスメートが気付いた様子がないのが救いであるが、胸には言いようのない感触が残り続けている。

「うむ……」
「あの、泉さん?」
「やはり…でかい」

手の平をじっと見つめ、指をわきわき動かしている。何となく怪しさを感じてしまうのはみゆきの気のせいなのだろうか。
やがて顔を見上げ、みゆきを正面から見据えてきている。さっきと違ってはっきり目を合わせていた。

「ごめんねいきなり」
「い、いえ…」

こなたはそれだけ言うともう殆ど空っぽみたいな弁当箱を、さっきまでと同じ、何食わぬ顔で再び箸を付け出した。
再三訪れる沈黙。こなたの様子も周囲の雰囲気も変わったことはない。
ただそれがみゆきにとってどこか可笑しく感じられ、自然に顔が綻んでしまった。
その事に吊られてか笑いまでこみ上げてくるようになってきて、気付けばみゆきは手を口に当て、静かに笑いを堪えていた。
それでも笑い声は漏れてしまい、それが聞こえたこなたはみゆきの顔を不思議そうに覗き込もうとしている。



「委員長…?」
「す、すみません…。ただ、泉さんって想像してた人と違って…」
「そっかな…?」
「やはり実際に話してみないと分からないことですね。泉さんがこんなに楽しい方だったなんて思いませんでした」
「ど、どうしたの…」
「いえ、何でも。ただ、そんな泉さんが素敵だなって思っただけです」

その瞬間、初めてこなたの表情に変化があった気がした。それまで気だるげそうに半目であった彼女の目がほんの僅かに見開かれ、挙動もどこか乱れているように見受けられる。
こなたとみゆきのスキンシップの違いが如実に現れたところである。
お互い趣味や性格、果ては身長体格などあらゆる物が違うのというのに、みゆきはこなたの事が愛おしく思えていた。むしろ違うからこそ惹かれるのかもしれない。

「泉さん、いつか私、泉さんの家にお邪魔してもいいですか?」
「え?いいけど…でも私の部屋、アニメとか漫画とかフィギュアとかばっかりだよ。委員長にはつまんないんじゃ…」
「いえそんな。泉さんの趣味、興味がありますよ」
「……じゃあ、さ」
「はい?」
「そ、その時に……今度は両手で…いいかな?」

打って変わり、また真剣な表情になったこなたが両手を突き出してくる。
それが示しているところはみゆきにはすぐ分かった。
みゆきは途惑いと愉しさとを感じ、苦い笑いながらそれに答えた。

「2人っきりの時だけ…ですよ?」
「う、うん…!」

パァっと明るくなったこなたの表情が全てを物語っている。
いつもクールで今まではまともに表情を読み取れなかったのに、今日はこなたの感情を少しだけ読み取れたことがみゆきは嬉しかった。
それにさっきの「委員長にはつまらないんじゃ」というこなたの言葉、彼女も彼女なりに自分のことを見てくれていたということなのだろう。
だから今度は実際に歩み寄るだけだ。
こなたとはきっと仲良くなれる。みゆきはその直感を信じたいと思った。










――――後日、



「おはよーゆきちゃん!」
「つかささん、おはようございます!お久しぶりですね」
「うん、心配かけてごめんね~、もう大丈夫だから」

久しぶりにつかさの姿を認めたみゆきは笑顔で挨拶を返す。
よほど辛かったのか、弱冠痩せてしまっているようにも見える。
ただつかさの笑顔に無理をしている様子などは見られなかったので、病み上がりではあっても、本当に元気になのだろう。
この分ならすぐに全快するだろうとみゆきはとりあえず安心した。

その時、つかさの後ろからこなたがひょいとその姿を現した。久々に一緒に登校して来たらしい。
最近はずっと一人で学校に来ていたからか、少し嬉しそうだ。

「泉さんも、おはようございます!」
「おはよう。…みゆきさん」

こなたの僅かな表情の変化が、少しずつではあるが、みゆきには分かるようになっていた。
そして今日も。日常と共に彼女らは親睦を深めていくのである。








おしまい







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最終更新:2013年09月12日 19:20