dear -Section8 「育ち始めた苗木」



dear -Section8 「育ち始めた苗木」





デジャヴュ……

そんな言葉が皆の頭をよぎった。
それ程に、父の佇まいが母と似ていたのである。

dear -Section8 「育ち始めた苗木」

「まさきさん……何時からそこに?」
ショックの度合いが割合少ないゆかりがおずおずと問い掛けた。
「ん、えーと、確かゆかりが『みゆき!そんなことはないわよ!!あなた、一つ勘違いをしているわ!!!』って言ったちょっと後からかな」
「じゃぁ、私が部屋に入った所から?」
「そうだよ。その後は扉の陰で皆の話を聞いていた」
「そうだったんですか……」
こなたが力無く呟いた、それ程に予想外な出来事だったのだ。
「盗み聞きしていたのは謝るよ。でも、お陰で良い事が聞けたな」
「……『良い事』……ですって?」
みゆきは怒りの交じった声を出した。
今までここで話していた事は、決して『良い事』ではない、寧ろ『悪い事』の筈だ。
それを、何故この父親は『良い事』などと言うのだろうか。
「お父さん……どこをどう聞いたら、今の話しが『良い事』になるんですか」
怒りの表情を見せながら、まさきに聞いた。
「ん?だってこの計画が成功したら二人とも自由になるし、なにより作家『泉そうじろう』の作風が拡がるじゃないか」

―この人は一体何を言っているのだろう
みゆきは『理解不能である』とでも言いたげな表情で父親を見た。
「『良くわからない』って顔をしているね。んー、つまり、『作家』とは『自分を切り売りする』事で『作品』を作る職業……と言えばわかるかな?」
「……つまり、今回の『計画』でおとーさんの作風に『新たな一面』が出てくる……と言う事ですか」
こなたが納得した表情で答えた。
「その通り!僕は一人のファンとして、最近の作風にマンネリを感じていたんだ。でも、今回事でそれを打ち破る事が出来るんじゃないかと思ってね」
「はぁ……」
思わずみゆきの口から溜め息がこぼれた。
「それにね」
まさきは一息置いて、話を続けた。

「ゆかりじゃないけど、頭の固い大人を懲らしめるのって楽しいじゃないか」

その顔には先程のゆかり、ひいては声真似をして皆を驚かせたみゆきと同様に、『悪戯っ子』の雰囲気を漂わせていた。

「なんかさぁ~、高良の家族って、そっくりだよな~」
「えっ?そう……ですか?」
みさおの言葉にみゆきが思わず聞き返した。
「「「うん!」」」
家族以外の三人が異口同音に答えた。
「おじさんがさっき見せた顔なんか、高良ちゃんにそっくりだったわよ」
「ホントだよね~、まさに『親子』って感じがしたよ~」
「は、はぁ。そうですか……」
あやのとこなたの思わぬ『口撃』にみゆきは顔を真っ赤に染めた。

「盛り上がっている所で悪いんだけど、さっきの僕の作戦は……どうかな?時間も余り無いから、手短に説明したいんだけど」
まさきの言葉に、一同は静まり返った。和んでいられる程、時間に余裕はもう無いのだ。
「まさきさん、その『作戦』ってあのヘプバーンのサスペンス映画を元にするの?」
「あ、いや、タイトルを使わせて貰っただけだよ。映画のストーリー通りだとかなりまずいからね」
「じゃぁ、改めて。おじさん、それってどんな『作戦』なんですか?」
こなたの問いに、まさきが静かに答えた。


―さっき誰か……みさおちゃんかな?『ハプニング絡み』って言ったよね、それで思い付いたんだけど
親御さん以外に迷惑が掛からない方法って、やっぱり何かしらの『ハプニング』が無いと難しいと思うんだ
だから、その『ハプニング』をおこして、その隙に……って訳だ
作戦名に有る通り、僕の考えでは『停電』を『強制的に』起こそうと思っている
……みんな、そんな簡単に出来ないって顔をしているね
でも、大丈夫
僕にはちゃんと『策』が有るからね
家族以外には殆ど知られていないけれど、僕はこう見えて電子部品を組み立てるのが趣味なんだ
だから『特定の時間になると強制的に過電流を流して、ブレーカーをショートさせる装置』なんてのも作れるんだよ

「それを使えば……わかるよね」

まさきの説明に、皆は呆気に捕われていた。
そんな短時間の間にそれだけの事を考えていたとは、誰ひとりとして思っていなかったのである。

「あの……それって、私やつかさでも出来るんでしょうか?」
こなたがおずおずと聞いた。
確かに計画としては申し分のない内容である。だが、自分達がそれを実行出来なければ意味が無いのだ。
「あー、それなら大丈夫。こなたちゃんとつかさちゃんがすることは、ただ一つだけ『停電時に家から脱出する』だから」
「あ、それで良いんですか。なら確かに……ん?えっと……ほぇっ!?あ、あの、今言った事を、もう一度、教えてもらえますか?」
「今言った事?『こなたちゃん達は停電した隙に家から出る』って事だけど」
「えと、すみません、意味が、わからないん、です、けどぉ!?」
こなたが驚くのも無理はない、本来ならば『計画』を『実行』する本人が『何もしないで良い』と言われたのである。
「お父さん、私にもその意味がわからないんですが……」
みゆきも同様らしい。見ると他の三人も同じ顔をしている。
「んーと、今回の『主役』はこなたちゃんとつかさちゃんだってのはわかるよね」
まさきの言葉に一同頷いた。
「そして、一番大変な思いをするのもこの二人だってのも、わかる……かな?」
またも皆頷く。
「なら、二人がなるべく『計画』に『参加しない』ほうが良いって事も……わかるよね」
「ええっと……二人に対する『監視』が強まらないように……ですか?」
あやのが確認の意味を込めて聞いた。
「そう、その通り。もし二人が不穏な動きをしていると思われたら、計画のハードルが一気に上がるからね」
「……じゃぁ本当に『何もしない』で良いんですか?」
「あぁ、そうだよ。だってこれは『裏方』の仕事だからね。『主役』が余計なことをしたら作品は成り立たなくなるよ」
「そうですか……」
こなたは渋々頷いた。自分だって何かしたい、そんな言葉を叫びたかったが、まさきの言葉に異を唱える隙は全く無かった。

「でもさー、それだとちびっこは機械の設置自体しなくて良いって事?じゃぁどうやってちびっこの家を停電させるの?」
みさおの言葉に一同は思わず顔を見合わせた。
「な、なんだよぉ。別に変な事言ってないだろぉー」
「うん……そうなんだけどさ、みさきちがまともなこと言ったから……」
「みさちゃん……なんか新鮮だった」
「日下部さんの口からそんな言葉が出てくるとは……以外でした」
「ホントね~」
「確かに」
「ちょ、ちょっと!ちびっこあやの高良が言うのはわかるけど、なんでおじさん達まで納得すんのさ!てか納得しないでよ」
「いやぁ、スマンスマン。ついノリでね……まぁでも、みさおちゃんの言う事が一番重要なんだよね」
まさきは苦笑いを浮かべてそう答えた。
「お父さん、ではどうするんですか?」
「ん?丁度その役にピッタリな人が居るじゃないか」


それを聞いたこなたの頭に一人の少女の姿が浮かんだ。
「……もしかして、ゆーちゃん、ですか?」
「そう、その通りだよ。ゆたかちゃんはこなたちゃんと一緒に住んでいるんだろう?」
「はい……でも……ゆーちゃんまで巻き込むのは……」
こなたが言い淀んでいると、まさきが疑問を投げ掛けた。
「巻き込むも何も、こなたちゃんが駆け落ちするって決めた時点でそれは避けられない事じゃないのかな?」
「それは……そうなんですが」
「……まさか、彼女に一言も告げず駆け落ちをする気じゃ無いだろうね」
「そんな事はしません!」
「じゃぁ、もう打ち明けたのかな?」
「いえ……まだです。今日か明日には言う予定です……」
その言葉は本当だった。ゆたかには余計な不安を与えない為に計画が決定してから伝える予定だった。
「そうか。じゃぁ……えっと、何か書くものはっと……あ、良いのがあった。みゆき、附箋貰うぞ。こなたちゃん、ちょっと待ってて……」
そう言うと、手近に有った附箋に何かの文字を書き付けた。
「これをゆたかちゃんに渡してもらえるかな?この先の事で色々と話し合わないといけないからね」
手渡されたそれには携帯のアドレスが書いてあった。
「おじさんのアドレス……ですか?」
「そう。ただプライベートのだから仕事中に返信は出来ないけどね。仕事終わって確認したらすぐに返信するよ」
「ゆーちゃんにですね……わかりました。帰ったら頃合いを見て渡します。……『計画』も、その時ちゃんと話します」

それを聞いたまさきは満足げに頷くと、今度はあやのとみさおに話しかけた。
「君達にもお願いがあるんだけど……」
「は、はい!」
「どんな事ですか?」
「ちょっと携帯を出してもらえるかな?僕のアドレスを転送するから」
「はい……ちょっと待ってくださいね……いいですよ」
あやのは慣れた手つきで携帯を操作しアドレスを受信した。一方みさおはと言うと、どうやらそういった事には疎いらしく、かなり手間取っている様子だ。
「えっと……こっちじゃないや……んーっと……あれぇ~?あやのぉ~、どうやるんだっけ~?」
「みさちゃんちょっと貸して……こうやって……これでオッケー」
「おぉ!さすがあやのだぜー!」
「てゆーか、みさきちがダメダメなだけじゃ……」
「みゅ~。ちびっこぉ~、それは言わない約束だよぉ~」
「まぁまぁ……。ところで、私達は一体何をすれば良いんですか?」
あやのがまさきの方を向いて問い掛けると、まさきは一枚の紙を目の前に差し出した。
「先ずはなるべく早目に僕のアドレスをつかさちゃんのお姉さん……えっと……」
「いのりさんとまつりさんですよ、お父さん」
「そうそう、その二人に伝えてもらえるかな。文面はこんな感じで」
渡された紙には『至急連絡請う!! by高良みゆきの父まさき』と書かれていた。
「おじさん……わかりやすいけどさぁ、なんか……なんてゆーか、もうちょっとマシな文章にはならなかったの?」
「みさおちゃん、こういった時には『単刀直入』が一番効果的なんだよ。……まぁ、最後の名前なんかはお遊びだけどね」
「はぁ、そうですか……じゃぁ明日これを渡しておきますね」
「えっ!?渡す?どうやって?」
あやのの言葉にゆかりが驚きの声を上げた。
「あ、そういえばお父さんもお母さんも詳しくは知らないんですよね」
「そっか~。んじゃ、みゆきさんお願いね」
「僕からも頼む。詳細を知っておかないと、どんな上等な計画でも頓挫してしまうからね」
「はい、では後ほど説明しますね」
その言葉を聞き、まさきは満足げに頷き立ち上がると皆を見回した。


「それじゃぁ……今一度確認するけど、先ずはこなたちゃん」
「はい!なるべく早目にゆーちゃんに伝えます!」
「頼んだよ。お次はあやのちゃんとみさおちゃん」
「いのりさんとまつりさんに伝えるんですね!明日は親が居ないから確実に渡せますよ!」
「あ、その時絶対につかさちゃんにこの『計画』を知られないように気をつけてね」
「え?何で?妹に知られちゃまずいの?」
まさきの言葉に、みさおが不思議そうに聞いた。
「うん……これはあくまでも僕の『予想』なんだけど……もしつかさちゃんがこの『計画』を知ってしまうと、浮足立ってしまう気がするんだよね」
「そう……かもね。私だっておとーさんに気付かれないようにするのが大変な位だし……」
「だから、つかさちゃんに伝えるのは実行前日にしようかと思っているんだ。……それでどうかな?」
その問いにあやのが答えた。
「それで良いと思います。……妹ちゃんには申し訳無いけど……」
「でも、予想外な方向から嬉しい事がやって来ると、その嬉しさは何倍にもなるからね~。良いんじゃないかしら~」
「お母さん……まぁ、確かにそうなんですけどね」
「じゃぁ、妹に気付かれないようにちゃんと渡しておくよ!」
「くれぐれも慎重に、良いタイミングが無かったらアドレスだけでも構わないからね」
「はい!」
「うん!」
「後は……ゆかり、みゆき」
「えっ?私も何かするの?」
「あぁ。岩崎さん……みなみちゃんにも伝えておいてくれ。勿論親御さんにもな」

「ほぇっ!?みなみちゃんにも伝えるんですかぁ!?」
今度はこなたが驚きの声を上げた。声こそ上げないが、皆も驚きの表情を見せている。
まさきからその名前が出るとは誰ひとりとして思ってもいなかったからだ。
「うん。僕の頭の中にある『計画』では後二人……最低でも一人必要なんだ」
「でも、それならみなみちゃんじゃなくても良いんじゃない?」
「最悪、断られた場合はそうなるけどね。……出来れば『信頼出来る人』に加わってもらった方が安心出来るんじゃないかな?」
「んー、それもそうねぇ。全く知らない人だと色々と面倒な事がおこったりもするし」
「だろ?だから、出来ればみなみちゃんが良いかなって思ってさ」
「そうですか……わかりました……」

そうは言ったが、こなたは悩んでいた。
従姉妹のゆたかがこの『計画』に参加するのは致し方ないと理解出来た。
だが、ゆたかの友人であるみなみまで『計画』に参加……いや、巻き込むのはどうだろうか。
「こなたちゃん」
そんな表情のこなたを見て、まさきが声をかけた。

「もし、この『計画』が成功して、こなたちゃんが家から居なくなった後、ゆたかちゃんはどんな状態になっていると思う?」

その言葉にこなたは頭を殴られた様な衝撃を受けた。
「一人……ぼっち……」
「そう、『一人ぼっち』になってしまうんだよ。……そんな時に、支えになってくれる人が必要だと思うんだよね」
「それで、みなみちゃんなのね」
「うん。彼女ならゆたかちゃんの支えになれると思うんだけど、こなたちゃんはどう思う?」
「多分……いえ、確実に支えになってくれると思います!」


そのやり取りを見ていた他の四人はまさきを尊敬の眼差しで見つめていた。
「ん?みんな、どうしたんだい?」
「あ、いや……なんか、スゲーなって思って」
「泉ちゃんの心配をするのはわかるんだけど……」
「ゆたかちゃんの事まで考えているなんて、思ってもいませんでした」
「流石は私の夫ねぇ~。私、惚れ直しちゃった」
「……そんなに大層な事を言ったつもりはないんだけどね……」
思わぬ賛辞にまさきは照れた様子でそっぽを向いてしまった。
それを見たゆかりは微笑んでまさきに話し掛けた。
「まさきさんが言った言葉は全然『大層な事じゃない』訳じゃ無いわ。……私達では気付かなかった事を言ってくれたんだから」
「そう……か?」
「ええ。まさきさんが言わなかったら……いえ、この場に居なかったら、この『計画』自体が頓挫していたと思うわ」
「私もそう思います。……正直、ゆーちゃんがどうなるかなんて、完全に頭から抜けてました」
「……本当、私の夫がまさきさんで良かった。ありがとう」
その言葉にまさきは更に顔を赤くして皆の方に向き直った。
「もぉ、止してくれよ……照れるじゃないか……。おっと、そろそろ時間だな」
そう言われて皆が時計を見ると、時刻はそろそろ四時半になろうとしていた。
「あらもうこんな時間?……じゃぁ、岩崎さんの家には後で電話をしておくわ。詳しい話しは明日にするけど」
「頼んだよ、ゆかり。それじゃ改めて……みんな、各々がそれぞれの役割をきちんとこなすことで、その先にこの『計画』の成功が待っている」
皆無言で頷いた。
「誰ひとりとして失敗しないよう、慎重の上に慎重を重ねて行動するように。……『成功』に向けて頑張るぞ!」

「「「「「おー!!!!!」」」」」


Section8 「育ち始めた苗木」 End







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最終更新:2010年12月19日 15:01