dear -Section10「苗木を守る人達~高良一家・岩崎夫妻・柊いのり~」



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えっと……あ、ここね。
インターホンを押してっと……。

「あ、すみません。私『柊いのり』と言う者ですが……はい、そうです。……あ、はい」
暫く待っていると、玄関のドアが開いてスレンダーな女の子が出てきた。
「えと……初めまして、岩崎みなみです」
「あ、初めまして、柊いのりです」
「皆さん揃っていますので……どうぞ」
「あ、そうですか。では、失礼いたします」
……『作戦会議』か……どんな作戦なのかしら……。

dear -Section10「苗木を守る人達~高良一家・岩崎夫妻・柊いのり~」

一昨日の夜、帰宅した私は自室に入る前にまつりから一通の手紙を手渡された。
「姉さん、これ」
「ん?何?」
「シーッ」
まつりは人差し指を口に当てながら、小声で話しつづけた。
「今日の勉強会で受け取ったの。姉さんに渡して欲しいって」
「……私に?」
「うん。みゆきちゃんのお父さんからだって、詳しくは教えてもらってないけど、早目に渡して欲しいって言われたから」
「そう……、わかった。確かに受けとったわ」
私が頷くと、まつりは無言で頷き部屋へと戻った。
……さてさて、一体どんな内容なのかしら?


「えーっと……ん?」
手早く着替えて手紙の封を切り中を見ると、一枚の紙が入っていた。
それを開いて文面を確認すると……。

『至急連絡請う!! by高良みゆきの父まさき』

「……いのりの筆跡とは明らかに違うから、悪戯じゃなさそうね……ここに書いてあるアドレスにメールすれば良いのかな……?えっと……」

  ~・~・~・~・~・~・~・~・~
 初めまして、柊いのりといいます
 本日受け取りましたお手紙に『至急連絡請う』
 と書かれてあったので
 取り急ぎメールをさせていただきました

 それでは、失礼いたします

 柊いのり
  ~・~・~・~・~・~・~・~・~

後は件名を入れて……アドレス……間違い無いわね。
「送信……完了っと。さて、ごっはっん~♪」



「ぱぱっぱぱっぱっぱ~じゃ~ま♪」
「姉さん……なんでそんなの歌ってるの……?」
えっ!?
自室のドアを開けようとした私が慌てて声の方を見ると、部屋からまつりが顔を出して冷ややかな目で私を見ていた。
「ま、まつり!覗き見るなんて失礼よ!」
「覗き見るも何も……ドアを開けたら姉さんが何かを歌ってるから見てただけなんだけど」
「あ、そ、そうなの?」
「で?なんでそんなの歌ってたの?」
「なんでって、お風呂に入るから……」
私がそう言うと、まつりは満足気に「やっぱそうか」と頷きながら居間へと向かった。
……良いじゃない、別に……歌いたかったんだから……。


「タッオル~♪パッジャマ~♪パンツ~♪ブラ~♪……ブラは要らないか、暑いし。よし、お風呂セット準備完了!」
「姉さん……ノリノリだねぇ~。てかブラしないで寝ると形悪くなるって言うけど」
「え!そうなの?知らなかったわ~、……てゆーかまつり!なんで勝手に入ってくるのよ!?」
「勝手にって……ドア開けっ放しだったし、ついでにつかさが『わからない所が有るから教えて欲しい』って言ってるから」
「そうなの?……仕方ないわね、じゃぁお風呂の前につかさの……」
ムィィィィィ!ムィィィィィ!
「ん?なんの音!?」
「あ、私の携帯だわ。マナーモード解除するの忘れてた……ふむ、じゃぁ……日曜なら……送信っと」
「誰から?」
その問いに、私は無言で携帯の画面を見せた。
「……成る程……そうなんだ」
「そうみたいね。……さて、つかさの手伝いしなくちゃね」
「あ、私もちゃんと手伝うからね」
「……まぁ、気持ちだけ受けとっておくわ」
「……姉さん……しどい……」


「失礼いたします……あ、みゆきちゃんこんにちは、久しぶりね」
「お久しぶりです、いのりさん。それじゃこちらの部屋にどうぞ……」
案内された部屋……居間よねぇ……そこには既に他のメンバーが集まっている様子だった。
「紹介しますね。つかささんとかがみさんのお姉さん、柊いのりさんです」
「初めまして、柊いのりです。この度は私の妹とその友人の為にわざわざ計画を練っていただき、あがとうございます」
「いえいえ、お礼を言われるほどでは……おっと失礼、自己紹介がまだでしたね。初めまして、先日はメールを送っていただき、ありがとうございました。高良まさきです」
「そして、私が妻のゆかりです。後は……」


一通り自己紹介が終わり、『計画』の概要を聞いたところで、私はここに来るまでに浮かんだ疑問を率直に投げ掛けた。
「……すみません、皆さんにお聞きしたいのですが……何故この『計画』に参加しようと思われたのですか?」
すると、先程までは賑やかだった居間が突然静まり返ってしまった。

……聞かない方が良かったのかなぁ……
でも、私は聞きたかった……何故なら、私自身の『理由』が不明瞭すぎたから……


「いのりさん」
「はい、なんでしょうか」
不意にほのかさんから声をかけられた。
「私達夫婦は当事者であるお二人を殆ど存じ上げてません。まぁ当然なんですがね」
「……まぁ、そうですよね」
「ですが私達は高良さんからこの話を聞き、娘のみなみからも更に詳しい話を聞いた上で、この『計画』の手伝いをさせていだだこうと思いました」
「そうですか……。では改めてお聞きしたいのですが……」
「その前に、私の問いに幾つか答えていただけますか?」
……聞いてるのはこっちなんだけどなぁ~。
ま、いっか。
「はい。なんでしょうか?」
「単刀直入にお聞きします。あなたはこの『計画』について、当初は消極的だったのではありませんか?」
うわ……いきなり深い所を突いてくるなぁ……。
「はい……その通りです」
「では次に……今、あなたは『迷っている』。そうではありませんか?」
「そう……です。この『計画』に対して自分の中で参加した『理由』が未だ不明瞭なのです……」
「やはりそうでしたか……。それでは次の質問です。『成木』が落とした『種』は、どうなりますか?」
『成木』?
『種』?
……何か理由があるのかなぁ~?
「……ちゃんとした環境下であれば、いずれ芽を出して成長すると思いますが……。あの、これって何か意味が有るのですか?」
「えぇ、とても重要ですよ。では最後の質問です。芽を出して成長した『苗木』……その『苗木』はずっと『苗木』のままですか?」
今度は『苗木』?
……やっぱり意味がわからないなぁ。
「いえ……余程の事でも無い限り、いずれは『成木』になります。……では、先程の質問に答えていただけますか?」
「勿論ですとも。私達夫婦はその『苗木』を守りたいから、この『計画』に参加したんです」
『苗木』……?
あ!そうか!!
「つまり、つかさとこなたちゃんの『想い』という『苗木』を守りたかった……そうですよね?」
私の問いに、ほのかさんと旦那さんは満面の笑みで頷いてくれた。
「……いのりさん、あなたはこの『計画』に参加する時、どのような心境だったのですか?」
……あの時……私の心境は……そうか……。
「私は、つかさとこなたちゃんだけでなく、もう一人の妹……かがみも……いえ、かがみを守りたい……そう思っていました……」
「何故、当事者の二人ではなく、かがみさんなのですか?」
「……かがみとつかさは双子です。産まれた……いえ、産まれる前からずっと一緒でした」
「成る程……つかささんにはかがみさんという双子の姉妹がいらっしゃるのね」
「はい。ずっと、一緒でした。なので……つかさが居なくなると、かがみは『一人』になってしまいます……」

……私は、それが赦せなかった。
『親』の我が儘で『二人』が引き離され『一人』になってしまう。
それが、赦せなかったんだ……。

「ほのかさん。私、わかりました」
その言葉に、ほのかさんは優しく頷いてくれた。
「私はつかさとこなたちゃんの『想い』、そして『かがみ』という『苗木』を守りたくて……それで参加しました。これが私の『理由』です。……ほのかさん、ありがとうございました」
「どういたしまして。……これで安心して計画を実行出来るわね」
「はい!……皆さんすみません、長々と時間を取ってしまって……」


すると、まさきさんが真剣な表情で話しはじめた。
「いのりさん、私達の理由は岩崎さん夫妻と少々異なります。……私からも少々お聞きしたいのですが……よろしいですか?」
「はい、なんでしょうか」
「『個人の自主性』という言葉、ご存知ですか?」
「えっと……会社のようなグループに於いて、そのグループの長の考えで総てをコントロールするのではなく、所属する個人が自主的な考えで行動する……といった感じだと思うのですが」
「まぁ、大体合っていると想いますよ。では二つ目の質問です。……大変失礼なのは承知の上でお聞きしたいのですが、ご家族の仲はかなり良い関係ですよね?」
「はい……以前は、ですが……」
確かに、以前は近所で評判の仲良し家族だったな……今でも外面だけはそんな風に装っているけど……。
「三つ目です。『親離れ』『子離れ』について、どう思われますか?」
「そうですね……どちらも必要な事だと思います」
「それでは最後の質問です。柊家の皆さんは、それぞれ『親離れ』『子離れ』をされていますか?」

『親離れ』か……

経済面に関していえば、私の場合は……
少なくとも社会人として収入を得ている点では、出来ていると言えるけど
親と同居している点では、出来ていないとも言えるなぁ
まつりはバイトをしているけれど、学費は親が出しているからしていないわね
かがみとつかさは……考えるまでも無いか……

精神面では?
私は、出来ていると言える。仕事の事を話したりする時も『親』ではなく人生の『先輩』として接しているし
まつりも……そんな感じよね
かがみとつかさは……正直な所わからないけど……
でも、今回の二人を見ると……ちゃんと出来ているんだろうな

それじゃ……『子離れ』は?

……これは断言できる
絶対に出来ていないと
もし出来ていたならば、今回のような事は起こらなかったはずだし

「まず『親離れ』ですが、経済面に関して言えば、誰もまだしていません。ただ、精神面に関して言えば……姉妹四人全員が出来ていると思います」
「まぁ、経済面に関しては致し方ありませんからね」
「そして、『子離れ』ですが……全く出来ていないと言えますね……残念ですが……」
「何故、全く出来ていないと言えるのですか?」
まさきさんは先程と全く変わらぬ表情で聞いてきた。
……私の『答え』……間違っていないよね、だって私の家族の事だし。
「なぜなら、もし『子離れ』をしていたとすれば、今回のような事は起こり得ないからです」
するとまさきさん……いえ、高良さん夫妻が顔を見合わせて頷いた。
「いのりさん……私達が参加した理由はそれなんですよ」
「えと……『子離れ』出来ていない……という事が、ですか!?」

驚く私に二人はその理由を丁寧に説明してくれた。
『個人の自主性』の事、『子離れ』についての考え方、双方共にわかりやすく丁寧に。

「……という理由なんです。納得いただけましたか?」
「はい、とても……すみません、私の下らない質問でこんな時間になるまで……」
「いえ、こういった事を実行する場合、自分自身が納得出来るまできちんと考えておいた方が良いですから……」
「そう……ですね……。妹達の……私達の人生そのものを変えてしまう事を実行するんですものね」
「そうですよ。……いのりさん、もう大丈夫ですか?」
「はい。もう悩んだりしません。妹達の為にも全力でお手伝いさせていただきますわ」
「……ありがとう。では、『計画』の役割分担を決めましょうか」


「……皆さん、役割分担はこれで宜しいですね」
皆無言で頷いた。


「田村さん……本当に良いの?」
「お、女の約束っす!武士に二言は無いっす!!」
「……私が……代わりにやっても……良いよ」
「岩崎さん……。で、でもダメっす!先輩の命令は絶対っす!!」

ひよりちゃんはこなたちゃんからの命令とやらで、自ら一番大変な役を買って出た。
……良いわね~、青春って感じで。

「あ、そうだ!お姉ちゃんからこれを頼まれてたんだっけ」
そう言うと、ゆたかちゃんは鞄の中を探り数枚の紙を取り出した。
あ、あれって……。
「……えっと……すみません、高良先輩のご両親と、みなみちゃんとみなみちゃんのご両親、それと田村さんにこれを書いて貰いたいって、お姉ちゃんが言ってました」
「『誓約書』?あぁ、そういえばこの前こなたちゃんが来た時に、テーブルの上に置いてあったわね……成る程、こういう事が書いてあったのね……」
ゆかりさんはフムフムと頷きながら、それに名前を書き込んだ。
「あ、みなみちゃんと田村さんも。はいこれ」
「……うん、わかった……」
「ここに書き込むんすね……」
他の人達も次々と名前を書き込んでいく。

「みんな書き終えたかな?……良いみたいだね。では実行日を決めようか……といっても、いのりさん次第なんだけど」
「あ、そうですね……」
そうだよねぇ~、唯一の土曜日出勤が有る会社員だもんねぇ~。
はぁ~あ、早く完全週休二日になってもらいたいなぁ~。

……っとまぁ、愚痴は置いといてっと。
「えっと……今度の土曜日は休みなので大丈夫ですね……」
「今度の土曜日だね。他の皆は大丈夫かな?……大丈夫みたいだね」

今度の土曜日……六日後か。

「それじゃぁ、実行日は今度の土曜日、六日後に決定します」

『計画』の実行日……
つかさが我が家から居なくなる日……
岩崎さん夫妻は『想い』の『苗木』を守りたいから参加すると言ってくれた
高良さん夫妻は『親』にその『想い』そして『子離れ』を理解してもらいたいから参加すると言ってくれた
私は……二人の『想い』そして、『かがみ』を守りたいから、参加する

「皆さん、今いるメンバーの一人でも抜けたら、この計画は失敗に終わります。……くれぐれも体調管理等に気をつけて、実行日を迎えてください」

私はそっと、お社の神様にお祈りをした
……それぞれの想いが届きますように……

「……次に集まるのは実行日が過ぎて落ち着いた頃ですね。その日が笑顔で迎えられるよう、それぞれの役割をしっかりとこなしてください!」
『はい!!!』

私の役割……必ず成し遂げるからね!!


Section10「苗木を守る人達~高良一家・岩崎夫妻・柊いのり~」 End


実行日まで
あと六日







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最終更新:2010年12月19日 15:15