上手な犬の躾方

つかさは犬っぽいってだけで犬じゃないとはもちろん分かっている。
でも何となく気になって、本屋でパラパラと読んでみただけ。
マニュアル通りの事をするのは好きじゃないけど、要点を覚えただけ。
これで効果があるなんて思っちゃいない。
でもあるといいなーって最大公約数的な思考……だっけ? まあいいや。
そんな事を思っている。



「何読んでるの、こなたちゃん」
「んーや。何でもないよ」

本屋にて。
ちょっと離れた場所からトコトコと歩いてくるつかさを見つけて、私はさっと読んでいた本を戻した。
そしてこっちからもつかさに近づいてそのまま「帰ろっ」と手を繋ぐ。
繋いだ手がピクンと反応し、つかさがうんうんと頷いたからそのまま本屋を出た。
道に出ても手を繋いだままなので多少の気恥ずかしさがあるけど、
照れ隠しで繋いだ手をブンブン揺らしながら並んで帰る。

「さっきこなちゃんが読んでた本、買わなくて良かったの?」
「いいのいいの。買うまでの物じゃないし」

私が読んでいた本が何なのかは分かってないんだろうけどね。
買ったとしても「何でそれ買ったの?」って言うだろうし。
私だってあの本に効果があるとは思ってないんだってば。


『上手な犬の躾方』


私が読んでいた本は、そんなタイトル。
つかさの突拍子も無い、私にとっては恥ずかしい行動をどうにかできないだろうかと思い、
それこそ藁にも縋るような気持ちで、でも軽く頼ってみた本。
こう言う公共の場では突拍子も無い事はそんなにしないけど、家だとつかさは結構甘えん坊だ。
つかさに言わせると「こなちゃんが甘えん坊なんだよ」と言っていたけど私は頑固として認めない。
今は家だけですんでいるけど、その内学校でも抱きしめてきたりするんじゃないかと結構怯えている。
抱きしめられる行為は別にイヤじゃなくむしろ好きなんだけど、ただ周りの目が気になる。
まだかがみにもみゆきさんにも私達の関係を伝えていないから軽はずみな行動はしない方が吉と思う。
100%認めてくれれば嬉しいけど嫌悪感を示す可能性だって……いや、現実的に考えて示す可能性のほうが高いんだから。
認めてくれなくても私はつかさが好きだし、その気持ちは変わらないんだけど。
やっぱり、怖い。関係を言うのが、関係がばれるのが、二人の瞳に決して好意的ではない色が宿るのが。
だから学校ではあんまり引っ付かないようにしようねとつかさに言っている。
……私がかがみと話していると何か言いたげにつかさがこっちを見るように
つかさがみゆきさんと話していると私は普通を装ってつかさに抱きついてみたりするけどそれはそれ。

柊家、いつもの様に縁側でスイカバーではなく今回は雪見大福を食しつつ。
あの本に書いてあった躾方を思い出してみる。

【犬の躾の第一歩は、リーダーは誰かを教えることです】

リーダーというか、立場的に上なのはどっちなんだろう?
結構対等な関係とは思うんだけど、つかさにお願いされると何だか断れない。
それは私が甘いだけ? でも私がつかさにお願いしてもある程度聞いてくれるし……

【リーダーと思われているかは、名前を呼ばれてあなたの『目』を見るかです】

呼ばれたら誰だって目を見るんじゃないかなと思いながらも、口の中の雪見大福を飲み込んで。
隣のつかさはまだモグモグしていたから、食べ終わるのを確認してから実行してみる。

「つかさー」
「ん?」

すばやい反応。
目だけじゃなくて顔までこっちに向けてくれた。それだけならいい。
ただ……えっと、顔近いよ? 近づいてきてるよ?
今家の中に人いたよね?
お邪魔しますって言った時におじさんとおばさんいたよね?
笑いながら冷静に、近づいてくるつかさの肩を掴んで同じぐらいの力で押し返す。

「よ、用があったんじゃなくて呼んだだけだから……つかさ、落ち着いて」
「こなちゃんの口の横、粉がついてるよ?」
「言ってくれれば自分で拭くから……っ!!」

そもそも本当に粉が付いてるのかな? って疑ったらアウトだよね。
でも拭く動作するとつかさを押し返せなくなるから出来ない。
もうつかさに任せちゃえばいいじゃんとか思ったりもするけど、私のちっぽけなプライドが許さない。
私は人に振り回されるよりは振り回す方があっているんだ。と思っている。

「ほら、誰だって眠い時は寝るし、お腹好いたら食事するでしょ?」
「……そうだね」
「だから私も正直に、こなちゃんに触れたいなって」
「食事と睡眠は生きるために必要な事だから、私に触れるのとイコールじゃないって」

私に触れないと死ぬんですかつかさは。
近づいてくる力はだんだんと弱くなっているけど、太股に乗せられたつかさの手の平が熱い。
ああもう、しょうがない。
そう無理やり頭を納得させて、肩を押し返している手を移動させてつかさの後頭部へ回した。

……こうやってるからつかさは暴走してんじゃないの?
でも何だかんだで受け入れちゃうんだから『しょうがない』じゃん。

脳内会議で幾人もの私が呆れながらもつかさへの降伏を決定する。
本当に甘いね私は。つかさに対しても、現状認識も。
オープンにしていい事ではないのに。
このつかさの隣の居心地のよさに甘えて、溺れてる。

「こなちゃん?」
「……粉が付いてるんでしょ?」

自分で言った設定(いや、事実なのかもしれないけど)をお忘れですか。
きょとーんとして数秒停止、その後何度も首を縦に振った。
私の太股の上に乗っていたつかさの手も移動して、肩を掴んでくる。
そして僅かな時間だけ重ねられる唇。
ただ重ねるだけの子供っぽいキスに少し笑った。

「……おっかしーなー。粉が付いてたのって口の端だったんじゃなかった?」
「い、いいの! ちゃんと取れたからこれでいいの!」

照れてるんだか怒ってるんだか分からないつかさに、それじゃあそう言う事にしといてあげると頭を撫でた。
たまには私がつかさを振り回したっていいじゃんね。
私は上機嫌でお決まりのニヤニヤ笑いをしていると、頭にある文章が過ぎった。

【犬はリーダーには腹を見せます。しかし、自分より下だと思われていたら上に圧し掛かられます】

何でこの瞬間にそのフレーズが過ぎったのかは分からないけど、一種の予知能力みたいなものかも知れない。
あれ? と思う間もなく視界は青に染まった。
今日はいい天気だね。適度に雲が流れてる空は綺麗だね。
……なーんで私は仰向けに寝転がっちゃってるのかな?
ひょこんと視界の下からつかさが入ってきた。私に馬乗りですか。
私は下かぁ。いつもの事だけど。

「……えーっと、また抱き枕?」
「うん!」
「食べた後すぐに寝たら牛になるんだよー」
「雪見大福ぐらいなら大丈夫大丈夫」

その根拠は何なのかは不明。私もつかさもかがみほど体重気にしてないからかな。
抱き枕にされる事自体ははもう慣れたので両手を広げてつかさを迎える。
誰かに見られるのは別だけど。

「ねえつかさ。本当に誰かが来たら起こすからね」
「こなちゃんは寝ないの?」
「いや、だからね」

二人して寝てたら人に見られたときに対応できないじゃんと何度言えば。
でも瞳はキラキラ、尻尾(私の幻覚)はブンブン振ってるつかさに何も言えない。

「……寝よっか、つかさ」
「おやすみ~、こなちゃん」

私がつかさに抱きしめられたのが先か、私がつかさに抱きついたのが先か。
とにかくこうすれば気分が良くなるとすでに知っているので、恥は捨てて体を動かした。

ああ、絶対私はトップブリーダーにはなれないね。




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  • 犬っスかw -- 名無しさん (2010-08-12 13:08:22)
  • はー…このこなたになりたいよ!(T5) -- 名無しさん (2009-02-09 19:54:37)


















最終更新:2010年08月12日 13:08