名前


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

――こなちゃん

いつからだろう?その名前が特別になったのは。

――こなちゃん

呼ばれる度に、甘く痺れるような感覚を覚えるようになったのは。

――こなちゃん

ああ、もう、そんな声で私を呼ばないで。
何重にも鍵を掛けた想いが溢れ出しそうになるから。


こなた、泉さん、ちびっ子、泉。私の呼び方は色々あるけれど『こなちゃん』
そう呼ぶのは一人だけ。私の特別な人。
でもその子は女の子。そして、私も。
だから、私はその想いを封印した。心の奥底にいくつもいくつも厳重なロックを掛けて。
女で、片親で、オタク。ただでさえ社会的に弱い特徴を持った私にとって
さらに同性愛なんて、選んで良い道とは思えなかった。もちろんあの子にとっても。
それなのにあの子は、つかさはいとも簡単にロックを解いていく。
いや、つかさのせいじゃない。これは私の問題だ。
ただ名前を呼ばれるだけで、笑顔を向けられるだけで爆発しそうになってしまう私の。

そう、鍵だけじゃ駄目なら距離を置こう。心理的なものだけじゃなく
物理的な距離があれば、いずれこの想いは風化して良い思い出になってくれるはず。
気付かれないように、気どられないように、少しずつ少しずつ……。


「――ちょっとこなた!どういうことよっ!?」
休日。秋晴れの空は暖かい日差しを全てのものに分け隔てなく与えていたけれど、
私は引きこもりの如く朝からネトゲの真っ最中。
手が勝手に動いてくれて進む戦闘や会話は正直惰性半分とはいえ
まったりとしていて私にとっては至福の時間。
それに、ゲームに興じている間は何も考えなくてもすむし。

そこへ舞い降りた一人の鬼神、もといかがみ。
連絡もなしにお互いの家に行き来することには慣れているものの、
部屋の扉を開けた瞬間に怒声が飛んで来るという経験はさすがに初めてだ。
怒られるようなことなんてしてないし。たぶん。おそらく。きっと。

「へ…?どしたのかがみ。私、なんかしたっけ?」
「…どうもこうもないわよ」
パタン、とドアを閉めたかがみの息は荒く、よっぽど急いで来たに違いない。
長丁場になりそうだな、と踏んだ私はパーティーのメンバーに別れを告げ
パソコンの電源を落とした。

くるりと椅子を回転させ、体ごとかがみの方を向くと少し落ち着いたのか
はあ、と一つ息をついてかがみが腰を下ろした。

「…あんた、つかさとケンカでもしたの?」
「…別にケンカなんてしてないけど」
椅子から立ち上がり、かがみの向かいに私も座り直した。
やっぱり、目線違うのは何となく話しづらい。
「じゃあなんでつかさを避けてたのよ」
「…あちゃー…バレてたのか…。上手くやってたつもりなんだけど。
…もしかしてつかさにも?」
「そうよ。心配はしてたんだけど、いきなり『私、こなちゃんに嫌われちゃったのかなあ…?』
なんて言って泣き出すから…。あんた、つかさのこと好き、なんでしょう?」
「知ってたの?」
開けていた窓からカーテンを揺らして風が入って来る。
ベランダに吊した風鈴がちりん、と鳴る音が聞こえた。暖かくて、それでいて爽やかなはずのそれが
妙に欝陶しく思えて、小さく息を吐いた。
「そりゃあ、あんな態度で気付かない方がおかしいわよ。
…まあ、つかさは気付いてないみたいだけど」
「ははっ。つかさらしいや。でも、まあかがみ。そういう愛し方もあるってことだヨ。
遠くから見守るっていうね。
つかさが好きになってくれるとは限らないし、両想いになったとしても
辛いことばっかりが待ってる。…そんなところにつかさまで引きずり込むわけにはいかないでしょ?」
後ろにあるベッドに背中を預け、体重をかけるときし、と微かに
木の軋む音が鳴った。私の正面にいるかがみがふとため息をついて苦笑を漏らす。
「あんたは、そういうの気にしない人かと思ってたわ」
「失礼な。これでも色々と悩んだんだよ。
かがみこそ、同性愛なんて認めない人かと思ってたよ」
「私個人としての意見は反対よ。こなたも言った通り、世間的には
まだまだ認められていないもの。
……でも、本気で好きなんでしょう?」
かがみが真剣な表情で見つめてくる。
空気がピンと張り詰め、私もいつものおちゃらけた雰囲気は出さずに真面目な顔で返した。

「うん。好き。大好き」
「――なら、私がそれを否定する権利はないじゃない。
それに私個人としては反対だけど、泉こなたの友人として――
そして、柊つかさの姉としてはあんた達に幸せになって貰いたいのよ」

そう言ってふ、とお姉ちゃんらしい笑みを零すと
立ち上がって私の頭をぽんぽんと軽く叩いてくる。不覚にも、
ちょっとだけ泣きそうになってしまったのは内緒だ。

「…私はあんた達の味方だから。
……ねぇ、こなた。確かに女の子が女の子を好きになるなんて厳しいことかもしれない。
辛いことがたくさんあるかもしれない。
それでも、全部が悪い方向に行くことなんてないのよ」
「かが………」
「例えば、両想いだったりしてね」

―――――え?

ぽかんとしてる私に、今度は悪戯っ子のような笑顔を向けてかがみはドアの方に歩き始める。
「あのね、私は一応十年以上もつかさの姉をやってるのよ?
あの子が何を考えてるか解らないわけないじゃない」

ガチャ、とドアノブを捻る音がやけに大きく響く。
言いたいことはたくさんあるのに、その全てが喉の奥で絡まって声にはならない。
ゆっくり、扉が開かれていく。
そこには想い人が――つかさが、大きな瞳に涙を湛えて立ちすくんでいた。

「………へ……え………?」
ようやく搾り出した言葉は、間抜けとしか思えないものだった。
「私の五分後に家に入って来て、って言ってあったのよ」
そう、私に向けて言う声が何故だかとても遠くから聞こえる。海の中にいるみたいに。
かがみがつかさに何か囁いて、軽く手を振りながら部屋から出ていくのと
つかさが私に向かって走って来るのが同時。
私には、それらがスローモーションをかけているように見えていた。


「こなちゃあんっ!!」

軽い衝撃とともに暖かさが胸に飛び込んで来る。夢にまでみた光景が、そこにはあった。

いいの?
この背中に腕を回しても。
力を篭めて抱きしめても。
おずおずと震える手を背中に持っていくと、つかさも私に抱き着く力を強めてくる。

カチリ、心の中で音がする。想いを必死に押し止めていた箱の開く音が。
腕の中のぬくもりが堪らなく愛しくて、一般論とか世間体だとか
そんなことがどうでもいいことに思えて。
だから思いきり、抱きしめた。大好きな人をもう離さないように。

十分、もしかしたら三十分ぐらいそうしていたかもしれない。
布越しに伝わる体温が私のものと溶け合って、一つになっていく気がする。

「ね、つかさ」
「なに?こなちゃん」
少しだけ体を離しておでことおでこをくっつける。近すぎて表情は見えないけれど、
笑っているのが何となく気配で解った。
「きっと、辛いことばっかりだよ?
それでも私と一緒に歩いてくれる?」
「うん!こなちゃんと一緒なら大丈夫だよ」
根拠なんてないはずなのに自信満々に言うつかさに、私も何とかなるような気がしてくる。
そう、つかさと一緒なら。
「ふふ、ありがと。…そういえばさっきかがみになんて言われたの?」
「え?…あ、『私がここまでしたんだから幸せになりなさい』って…」
「…お礼、言わなくちゃね」
「うん…」
「あーもう!幸せだよー!!」
そう言って、おでこから肩の辺りに顔を移してぐりぐり押し付けると
髪が掠めてくすぐったいのかつかさが身をよじる。
「あはは、こなちゃんくすぐったいよぉ。子猫みたい」
「えー?猫はこんなことしないでショ?」
にや、と笑って唇を寄せると一瞬目を見開いて、でもすぐにまぶたを閉じる。
小さいことかもしれないけれど、そんなことがまた嬉しくて。
幸せを噛み締めながら私たちは初めてのキスを交わした。


「つかさ」
「?」
唇を離して再度抱き着く。今まで我慢していた分を取り返すように、
一分一秒でも長くつかさに触れていたい。そして。
「名前…呼んで?」
「名前?」
「うん。つかさに呼ばれるの、好きだから」
「こなちゃん」
「うん」
「……好き」
「私も…好き」

名前を呼んで欲しい。
これからも、ずっと、私の隣で……。






コメントフォーム

名前:
コメント: