柊家の掟


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「むう~…」
夕食も入浴も済ませてお父さんとゆーちゃんとの団欒も終わり自室に戻った私は一人唸っていた。
自分の唸り声が消えると、この部屋は、漫画ならば『シーン』という音が聞こえそうだ…なんてちょっと現実逃避。


いつもならPCのファン音が途切れないんだけどね、今日は起動してないから静か、画面で時刻も確かめられないから壁の時計を見ると21時をすこし回ったところ、ゆーちゃんの部屋は静かだから勉強しているのだろうネ。
みゆきさんは読書かナ?かがみはきっと宿題か予習をやってるはずだから明日見せてもらおう。で、いつもこの時間なら、つかさはもう…


つかさのことを考えた途端に
「むう~…」
さっきと同じ唸り声が出て、状況は全く変わらない。
目の前には去年もらったのよりも更にバージョンアップしたつかさの義理チョコ。
これが私のルーチン ワークとも言える、PCの電源を入れる行為すらせずに唸ってる理由。


ことの起こりは、今日の授業が終わって、4人で帰ろうとした時だったんだよ。
「いつもいろいろ助けてくれて、ありがとう」
と言って、つかさが去年と同じ様に私とみゆきさんにチョコを差し出したんだ。
かがみの分は家で渡すとの事。そりゃそうだろうね、だって掟破りのサイズの義理チョコだもん、三つも持ってこれないよ。
だってね、先生方のお目こぼしのある明日じゃなくて、今日は ~2月13日~ だから鞄に隠さなきゃならないから2個が限界だよね。
その時は、不意打ちなのでつかさの為に用意したプレゼントは明日持ってくるつもりだったことを告げることしか頭になかったんだ。


で、今、なぜ私が唸ってるかというと、さっき鞄からつかさのチョコを出したとき気付いたんだ。
去年はバレンタインデー当日にもらったんだ、だってプレゼントを交換したもの。


で、今年は前日…なんで…?



───きまってるじゃん、明日、本命にチョコを渡す為だよ!

私の中で、百戦錬磨のギャルゲプレーヤーの知識を纏った私が結論を出す。


───きっと、つかさは今頃、本命の誰かの為のチョコを作っているんだよ!

かがみに冷やかされながら真っ赤な顔で作っているのかナ。
つかさって一生懸命見つめるときって寄り目になるんだよ、それが可愛いんだ。きっとそんな顔で計量したり、飾りつけたり、ラッピングしてるんだ。
自慢できる出来なのに、いつも照れながら自信なさ気な笑顔でくれるんだ、ひかえめな性格で損してるよ。
自分の作ったのを誰かが食べているとき、いちばん優しい顔になるんだ。
あたりまえだけれどおいしいと言ってもらえたとき、天使のような笑顔になるんだ。


───祈ってやりなよ、最高のイベントで最高のシチュでつかさの恋が成就するように

きっとつかさは、告白のとき誰かについて来てほしいと頼むだろうね。


───じゃあついていってやりなよ、他ならぬつかさの為だよ

いやだ、私はそんなところに立ち会いたくない、そんなつかさを見たくない。


───薄情な奴だなアンタは、やっと出来た親友なんだろ?

だって私は、つかさのいちばんになりたいんだ………



……………
………


そのまま眠ってしまった私が目を覚ましたのは明け方だった。机に突っ伏したままだったけど、エアコンのおかげで風邪はひかなかったようだね。
命を削ってまで生んでくれた母さんに約束したから死にたいなんて言わないけれど、今日はどこにも行きたくないよ。
明日にはしゃんとするから、今日だけは許してねお母さん、だって幸せが行き交う日に不幸せな自分が惨め過ぎるもの。
明日にはつかさの結果を聞いて祝福なり慰めるなりできるから。でもつかさをフる様な男はいないだろうけど。
あの白石だって、もしもつかさに告られたらあきらさんを捨てるだろう(ゴメンネ)。


適当な理由を付けて、私は学校を休んだ。
普段の私なら這ってでも学校に行くだろう一大イベントのこの日に休みたいと言ったから誰にも疑われなかった。
余程ひどい顔になってたのか、ゆーちゃんが心配して自分も休むと言ってくれたけれど、ありがたく辞退した。私なんかの道連れにしたらみなみちゃんに申し訳がたたないよ。


お父さんが運んでくれた朝食と昼食は少ししか食べられなかった。本当は全く食べたくなかったけれど、それじゃあ心配かけすぎるだろうから無理したんだけれど。


───このまま逃げるのかナ弱虫さん。告白して玉砕するなり、見届けてやるなり、せめてエンディングまで進みなよ。


ナビゲーター兼ギャラリーになった私の囁きに、体が熱くなった。
そうだよ、~リアル~ を ~途中放棄の積みゲ~ にしてどうするんだ私。
まだ昼過ぎだ、昼休みの屋上なら間に合わないけれど、つかさのことだからためらって放課後になるに決まってる!


髪を濡らさないようにさっとシャワーを浴びて、制服に着替えて、お父さんに謝って……いま私は授業が終わった時間の校門にたどりついた。
学校の告白ポイントはたくさんあって、どこにもつかさは見つからない。ごめんネ、お邪魔虫しちゃったカップルさん達!


あちこち探してるうちにすっかり夕陽に包まれた間もなく下校時刻の学校、お決まりのドボルザークの新世界交響曲は悲しい気分に酔っちゃいそうだから聴きたくないよ。
残っている生徒も少ないしすれ違ってしまったかな、最後に教室を見て諦めよう。馬鹿げたことやってるけれどあのまま部屋で寝転がってるよりはよかったよね。


教室を覗くと二人の人影が見えた。夕陽の逆光だけど一目で分かるリボンのシルエットのつかさの背中、もう一人が男子なら帰ろうと思ったとき、
「こなた、こんな時間に何やってるのよ」
きつい口調だけれどやさしい友人かがみの声。こちらから逆光なら向こうから私は丸見えじゃない、気付かないなんて相当まいってるんだね私。
相手は男子じゃなかったけどなんで二人がここにいるの?
教室に入るとつかさは、私のほうを振り向いて無表情でまた向こうを向いた。
えっと、かがみがこちらを向いているのはつかさの前に立っているから。
で、そのつかさの肩をかがみが抱いていて、つかさはかがみにもたれかかっていて…
「つかさの本命って、かがみ?」
「ねーよ、これ以上話をややこしくするな!」
光速でかがみのツッコミが入る。
声に出てしまったみたいだ、もうこうなりゃ勢いに任せてやる!


「つかさ、わざわざ今日を空けてまで、チョコレートを渡した相手は誰かナ?もうチョコは渡したのかナ」
「うん、昼休みに渡したよ、こなちゃん」
「ちょっと、つかさ、そんなことこなたに言わなくても」


あああ、つかさにとってはバッドエンドだったのかナ、普通OKなら一緒に下校だよね。ギャルゲみたいにそのままどちらかの家で、あんな事やこんな事にならないにしてもね。
慰めなきゃならないのか、でも下手な言葉をかけたら泣かれちゃうよ。で、かがみの鉄拳が…てか、勝手に何を想像してるのかな私。


「昨日帰ってから、白石君のために一生懸命作ったんだよ。喜んで受け取ってくれたけど、それがどうかしたの?こなちゃん」


へ?それはマジっすか、つかさサン。


「へええ、よかったじゃん、つかさ」
たぶん今の言葉、棒読みだったよね私。


「こなちゃん、私のチョコは食べてくれた?」
「ううんまだ、前日にくれるくらいの義理チョコだもん、つかさの本命と恋路を見届けてから食べようと思ってサ」


「こなちゃんの、ばかーっ!」


初めて聞くつかさの怒号に唖然とした私は、避けることすら忘れて…つかさの渾身の一撃を受けた。
宙に浮いた私が床に叩きつけられるまでの間に見たものは、怒りで逆立った髪でトレードマークのリボンが解けて飛んだつかさの顔と、踵を返して教室から駆け出していったつかさの背中だった。
それが私の最期……にはならずに済んだみたい、ちゃんと痛いもん。


「お気の毒様、でも自業自得かな?わたしもチョコをあげる気もなくしたわ。帰ってつかさのチョコでも食べなさい。
それから、『柊家の掟』よ、『つかさを本気で怒らすな!』って。」


……そんな『掟』は、こうなる前に教えてよかがみ……


かがみはつかさのリボンを拾うと、呆れたように私を置いて出て行った。でもその前に、さりげなく私を起こして椅子にかけさせてくれたから優しいね、かがみ。こんな風にいつもつかさを護ってやってるんだね。


帰りのバスも電車も駅からここまでの間も、他人の視線がきつかったなあ、よっぽど腫れてるんだろうねつかさの一撃を受けた頬。


お父さんにもゆーちゃんにも顔を合わさないように自分の部屋に入る。途中で買った湿布を貼る(薬局のお姉さんが、警察に連絡してあげましょうかってマジで心配顔で言ってくれたケド、事件に見えるほど腫れてるのかナ。おまけに何か試供品くれたけど、って何コレ、妊娠判定薬?…何の事件だと心配されたんだ私、そりゃ勘違いだって!どんだけ~)。一体どうなっているか頬を見たいけど、洗面所には行けないし、一応女だけど手鏡一つ部屋に置いてないから見れないや。


出かけたときのままというか、昨日のまんま置いてあるつかさの義理チョコ。かがみの忠告どおり開けてみる、ほんのちょっとのお昼から何も食べてないしね。
頬の痛みのお返しに思いっきり破きながら開けようかと思ったけど、この手の込んだラッピングを見たらつかさに悪くて出来ないよ、そんなこと。


箱まで手作りの念入りさにはまいったねェ……えっ?



チョコを見た私は、つかさにあげようと思っていたチョコと、ついでに(ゴメンネ)かがみの分のチョコを持って家を飛び出した。
柊家に着くころには少し遅い時間になりそうだけれど、まあなぜかみきさんやいのりさんの信頼は厚いから入れてもらえるだろう。


つかさのチョコにはもちろん、私への告白のメッセージが書かれていたんだけれど、自分の間抜けさを謝るのと、手遅れだろうけれども、どうしても理由を聞きたかったんだ。


かがみに通してもらって、つかさの部屋に入れてもらえたけれど、つかさはふくれたまま口を利いてくれない。
それもまた可愛いんだけれど、夜も遅いし持久戦は無理。ええい一回諦めた恋だヨ、思い切って言おう。
「つかさ、ごめん。でも私も前日もらったのがショックだったんだヨ!許してもらえないなら今日は帰るけれど、諦めたくないから私。
それから、これは今日渡す為に作ったチョコ。去年とても喜んでくれたから、今年も作ったから、勝手だけれど食べてくれるとうれしい。
それともし今日で最後ってつかさがいうなら、せめて思い出に一度でも本命チョコを私にくれたわけを教えてくれない?」
私が、チョコをつかさに差し出すと、つかさはやっと口を利いてくれた、


「やっともらえるの?」
「え」


「わたしがこなちゃんを好きになったきっかけはね、去年くれたチョコなの」
「ふぇ?」


「わたしはいつもお菓子を作っているから、手作りのお菓子をくれる人はいなかったの。
もらってもそれは味見して出来の悪いところを教えてってノリなの、わたしのためにじゃないの」
「…」


「こなちゃんは、わたしにくれたのは、わたしのために作ってくれたんでしょう?
おねえちゃんのとひとかけら交換したら、きちんとわたしたち一人づつの好みに合わせて味を変えてあったから。
チョコって後から味付けできないから、殆ど二度手間なのにね…ゆきちゃんの分も入れたら三度かな?
こころが籠もっているって言うのかな、本当にうれしかった」
「…」


「それに、私は自分と人のお菓子の出来を比べるなんて事考えないのに、みんなひいてしまうの。
でもこなちゃんはそんなつまらないことにこだわらない人なんだとおもったの。
だから、わたしのペースにも、あわせてもらえるかなとおもったの。
こんなわたしとつきあってくれる?こなちゃん」
「つかさ…」


返事はもちろん…




おまけ


後日、白石のチョコのことをつかさにたずねたら、つかさはすまなそうないつもの笑顔で言った。
「白石君から『あきら様に焼餅妬かせて逆告白させたいから、無敵のチョコを作ってくれ』って頼まれたの。
こなちゃんが、あんまり薄情なこと言ったから、思わずあんな風にいったけれど。
はううう、あの時はごめんね、こなちゃん。一週間も湿布貼っていたものね、痛かったでしょう」
あああ、自分の本命チョコより、頼まれごとを優先するなんて、つかさらしいね。


白石の思惑が成功したかどうかは、翌日から彼がこなたよりもさらに一週間長く湿布を両頬に貼っていたことから察するべきだろう(ゴメンネ)。




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