柊家の愛情(柊家の掟 続編)


※この作品はSS柊家の掟 の同一世界上の続きです

「うひゃーっ、まいったネこりゃ!」
私は独り言を呟くと言うより、悲鳴に近い声を上げて駆け出していた。
柊家に、というかつかさン家に向かう途中、急に大雨が降り出した。
出掛け際には、春の陽気だったのに、というか何なんだろうこの雨は…
つかさと遊ぶ新作のゲームとかの鞄の中身は大丈夫だけれど傘なんか入れてないよ。
春物の衣服はあっという間に雨を通してしまい身体に貼り付いて気持ち悪い。

けれど、もっと辛いのは髪の毛が雨を吸って重いし躰に纏わり付いて擦れる。
もともとあんまり手入れの要らない髪質(かがみに言わせるとうらやましいらしい)だけれど、あああ流石に毛先が痛むだろうなア。

つかさに濡れ鼠の無様なところなんて見られたくナイけれど、これじゃ出直すにも電車にも乗れないしもう行くしかないよね。

「どちら様?」
インタホンにみきさんの声。
「泉ですけれどつかささんと約束していましたのでお伺いしました」

玄関が開き、出迎えてくださったみきさんは、私を見て開口一番、
「こなたちゃん、まあ大変!こっちが浴室だから、はい、とにかくはやく脱いで!」

あっという間に下着姿にした(私にとってはされた)私を一生懸命拭いてくれているみきさん。
手際よく脱がせた服は乾燥機に。
髪の毛も念入りに拭いて…頭の後ろに手を回されて抱きしめられてるみたい、『おかあさん』ってこんな感じなのかナ。
でも、何かちょっとそれとは違う妙な感じがするんだけれど…
私の躰の大きさを確かめるというか、おなかの辺りを撫でられてるというか、まさかつかさのお母さんがんね、私の勘違いだよね。

「あの!くすぐったいんですけれど、自分で拭けますし」
くすぐったいというより、女の子としてはアブナイ感触なのですヨみきさん。
「あ、ごめんなさい、つい、つかさやかがみのつもりで」
まあ、『小さい頃のつかさやかがみのつもりで』というのが本音だろうけど、それでもつかさやかがみもきっと困っていたんじゃ?
それでも、うらやましいけれどね、『おかあさん』に抱きしめてもらう…そんな記憶ないからね私。

…でつかさがいないのに気付き訊ねてみた。

「ごめんなさい、こなたちゃんが来るのは分かってたけれど、神社の急な用事が出来てかがみと使いにやったの。
あと一時間ちょっとぐらいで戻ると思うの」

一時間か…まあつかさの部屋でいつものように…って考えているとみきさんの言葉、
「そうね、このままじゃ風邪引くかもしれないわね。
ちょうど沸いてるからおふろに入ってらっしゃい、その間に何か着替えを用意するから。
そうね服はつかさのトレーナーで我慢してね、下着もつかさの、あ、もちろん新しいやつね。
あの子、一度も身に着けていないものは分けて置いておく癖があるから」
みきさんに勧められてお風呂に…
え、下着?有難く丁重に辞退して自分で脱ぎましたヨ、残念だったネ。(私誰に突っ込んでるんだろうネ)

湯船に浸かる、なんだかんだ言っても、やっぱり冷えた身体があったまって気持ちいい。
う~ん 付き合ってる相手の家でお風呂ねえ… まあ不謹慎な発想は自重しよっと。
でもこの、カエルのキャラのスポンジはつかさの…って事は、…ふるふるふる、首を振って雑念を払う…
やだ、躰が反応してる…自重してよ私。

あれ、なんか扉の向こうが騒がしいヨ、みきさんの声だ
「まつりそんな格好で、それに今、お風呂は使ってるわよ」
「ん~かがみ?つかさ?お父さんでなきゃ誰でもいいよ、二日酔いには朝風呂、いや昼風呂が一番」

え、柊家の騒ぎ箱のまつりさん?と思った途端、浴室の扉が開いた、
「ん、こなたちゃんとは可愛い先客ねェ、まっいいか、一緒に入ろっ」
いえ!私は『まっいい』コトないんですケドまつりさん、特に今は…だから。

えっと、ゆい姉さんでおなじみのお酒の匂い
「あの、二日酔いって、大丈夫なんですか?」
「平気、平気、気分が悪かったから、ちゃんと迎え酒してきたから」

迎え酒って…二日酔いでなく酔っ払いだよ、まつりさん!
それに酒気を帯びてどころじゃなくって、酔っ払っての入浴なんて危険デスヨ。
ゆい姉さんが一度、ひよりんでも書かない『同人誌も真っ青』の『全裸で救急車』で病院行きになったのですよ。
さいたま広域消防組合(仮名)の不名誉な伝説になってるんだから。

私が湯船にいるのでシャワーで身体を流すまつりさん。
お酒で上気した肌が綺麗、そういやまつりさんって目許はつかさ似なんだなァ。
それにやっぱり年相応にメリハリのある身体つきだし、つかさももしかして二十歳半ばを過ぎる頃にはこれ位になって…

じゃあ端から見たら、私完全につかさの恋人じゃなくて、妹、ヘタすりゃ娘じゃん。
大人びたつかさに抱かれてる私…そんなことを考えてたらますます躰が…だめっ自重できないよ…

ふと我に返るとまつりさんが、ちょっと困ったような顔でこちらを見ているのに気付いた。
私、まつりさんの身体でつかさのことを想像していたっていうか、まじまじとまつりさんの裸身を見つめていたんだ。
まつりさんに変に思われたんだろうかな、そう思うと顔が熱くなった、きっと赤くなってるだろうね、まずいヨ!

「んふふ、どうしちやったのかなァ~♪こなたちゃん?」
気付いたまつりさんが、ちょっと意地悪そうなニヤニヤ顔になった。
ああ、やっぱりかがみのお姉さんでもあるんだ、かがみがつかさの事で私をからかう時にそっくりな笑い方だ。

「つかさのことでも考えてたのかなァ♪あら~?うふふ、また顔が赤くなったわよこなたちゃん♪」
「むうう」
図星なので返す言葉が思いつかないヨ!これじゃあ、はいと言ってる様なもんだよね、恥ずかしい!
顔を見られないように、うつむくしかないじゃん、お腹がムズムズする。
うーん、私がからかった時のつかさの気持ちがちょっと分かったヨ、反省…ってまたつかさのことだよ。

「そういやかがみが言ってたけれど、こなたちゃんって、こういうネタが好きなんだって?」
「ふぇ?」
顔を上げるとまつりさんが、ちょこんと正座している、えっと湯桶を端に置いてって…まさか?
「お客さんは学生さん?こういう処は、は・じ・め・て・かな?くすっ…
カタくならないで、じゃあまず身体洗ってあげようか♪(つかさのモノマネで)こ・な・ちゃん♪」

まつりサン?今の私には洒落にならないです!
あああ、つかさの(自主規制)映像が頭に浮かんで、お腹が熱くなって、ますます躰が反応したのに慌てた。

「なっ、んあ、、アノ!もう、あたたまりましたから、あがらせて頂きますっ!!」
タオルはまつりさんの向こう側に置いたから、手と髪で前を隠して湯船から出た途端、
「まあまあ、こなたちゃん、昔はつかさも洗ってやったものよ、もちろん普通にだけれどね。
でもこなたちゃんは可愛いから、特別サービスよ♪…いいから♪いいから♪」
まつりさんが急に腕をつかんだものだから、正座の片方の太腿の上にぺたんと座ってしまった。

あわてて立ち上がろうと重心を前に移した瞬間!
「「!」」
まつりさんも、私も、気まずい沈黙…

確認したくないヨ、でも自分でも分かる…ぬるり…とした感触、おそるおそる腰を持ち上げると、
まつりさんの脚には、さっきから自重しても溢れていた私のつかさへの想いの雫が零れ落ちて残っていて…

「ひくっ!」
恥ずかしいというより、つかさに申し訳ない気持ちが溢れてきて、気付いたら涙が出ていて、呼吸が苦しくなって…
もうどうしていいか分からなくなって…力が抜けてまつりさんの膝にもう一度へたり込んでしまって…

「こなたちゃん、ごめん!
ねぇ、気にしなくっていいからっ!普通なことなんだから!
つかさのことそんなに想ってくれてるんだから!
姉として嬉しいというか…ほんとにごめん…ふざけすぎた…
つかさにも…なんていって謝ろう…こなたちゃん?こなたちゃん?」
まつりさんまで涙声になってきた…心から詫びている気持ちが伝わってくる。

…でも
「ひっく、うえっ…」
まつりさんのせいじゃないと言おうとしても声にならない…
長湯でのぼせたのも手伝って、どんどん胸が苦しくなって…
「こなたちゃん?えっ?わわわ、おかあさん、いのりおねえさん!大変!早く来て!…」
まつりさんのあわてた声がどんどん遠くなって消えた…

…………
……

気が付いたら、私はみきさんの膝の上に抱きかかえられていて、
いのりさんが心配そうに、私の髪を梳きながら乾かしてくれていた。

つかさのトレーナーに包まれてるから、着せてもらったんだよね…
洗剤の匂いの下からかすかに感じるつかさの匂い…ここにいないつかさがいてくれるようで落ち着く。

みきさんはもちろん、もしかしたらいのりさんにも見られちゃったんだね。
つかさで疼いた躰、あんなはしたない姿。
躰を拭かれた時…こんな子供みたいな体型に不似合いなあの反応のコト…何て思われただろうね。

まつりさんはさばけているし、かがみは応援してくれてるというか、つかさと私のために自分の想いを殺してくれている。
でも、みきさんやいのりさんは?
自分の娘や妹に世間的に認められないような想いを寄せてるなんて許してもらえなくて、もうつかさにも会わせてもらえないかも。
もしかしたら学校でも?もしつかさを転校させるなんて言われたら、私が転校するよ、当然のことだよね。
どんどん悪い予感が頭に浮かんで、みきさんといのりさんの言葉が怖くて、自分からの言葉も見つからなくて…

でも、みきさんの声は最悪の言葉からは始まらなかった。
「こなたちゃん、まつりの悪ふざけで、とても辛い思いをさせてしまったみたいね、ごめんなさい」
「…」
みきさんの腕の中から離れて、向き合って座り直す。

意識がはっきり戻ってきて、思考が回転し始めたので気付いた。
「あの、まつりさんは?ずいぶん酒気を帯びてらっしゃったみたいです。
私のせいでかなり慌ててらしたので、急にお酒がまわったりして危なくなかったですか」
「こなたちゃんは優しいのね、あの子はお酒強いから大丈夫だけれど。
こんな風に人様に迷惑をかけるようじゃあね、当分禁酒させます。本当に、こなたちゃん、ごめんなさい」

「姉の私からも、お詫びするわ、本当なら今すぐまつりをここに呼んで謝らすのが筋なんだけれどもね。
あの子、こなたちゃんと、それにつかさにもあわせる顔がないと言って部屋でふさぎ込んでいるの。
身内を庇うわけじゃないけれど、あの子がふさぎ込むのは珍しいの、それくらい悔やんでるみたいなの。
わかってやってくれる?できれば許してやってほしいな…って無理かな」

「いえ、まつりさんのことはもう…それに普段なら笑って返せる悪ふざけですし…
わたしがつかささんへの、『不純な想い』を胸に抱いていたからこんな事に」

「そうね、そのつかさの事できちんと話しておくべきかもしれないわね」
きたっ、みきさんから最後通牒を手渡されるのか…ああ、つかさごめんね。  

「こなたちゃん、本当に『不純な想い』って思ってるの?」
はっとしてみきさんを見つめると、かがみが真剣に私やつかさのことを心配してくれるときと同じ目つきと表情だ。
でも本当の気持ちなんて言えない…言っていいものかわからないよ、こんなこと。

「…」
「あのね、こなたちゃん、つかさがこなたちゃんを好きなのは私もお母さんも知っているの。
あの子のことだから、友達としてじゃなくて恋愛として好きだと自覚してるかどうかは私たちにはわからないけれどもね」
「ふぇ…」
自分でも呆れる間抜けな声。

「中学校までいつも『おねえちゃんがね』ってかがみのことしか話さなかったのあの子。
でも、高校に入ってから『おねえちゃんとこなちゃんやゆきちゃんと私がね』って自分を交えて楽しそうに話すようになったの。
かがみから聞いたんだけれど、こなたちゃんが契機になってくれたのね」
いのりさんの言葉に、自然に頭に浮かんだ団欒で楽しそうに話すつかさの姿…ああまたつかさだね

「でね、去年だったかな、ある日つかさが本当に嬉しそうに話すのを見て、こなたちゃんを好きなんだなって確信したの。
『こなちゃんて、相手のために心を籠めたお菓子を作ってくれる素敵な女の子なんだよ』ってこなたちゃんのチョコを見せながら言ったの。
『お菓子を通じてでもいいから、私とおねえちゃんみたいに心が通じ合えるかな』って、叶えたい願い事を話すみたいにね」

「で、いのりが今言った、『心が通じ合えるかな』っていう、つかさの願いは、こなたちゃんに通じたのかな」
みきさんが相槌を打つ。

───え?それって私に都合よく解釈していいのかナ───

「あのね、こなたちゃん、本当にその人を想うなら、人を好きになる思いが不純なんて事はないわ。
そりゃ、一番心配していたあの子が家族以外に初めて心を通わせた恋心のお相手が女の子で、
いきなり友情を飛び越えて恋愛感情にまでいっちゃてるなんて母親としては愕いたし、心中穏やかではないけれどもね」

───すみません、みきさん、でも私はつかさを───

「ふふふ、でも一年経って、先々月のバレンタインデーの夜中に近い時間だったわね、
つかさへのチョコを持って飛び込んできたこなたちゃんにはおどろいたけれどもね。
柊家はそんなに厳格ではないけれど、非常識な訪問客を迎え入れたりしないわよ、一応はね」
いのりさんがちょっと呆れた風に話す。

───あの時は、今と同じで二度とつかさに会えないかもと思いましたから───

「でもあの時のこなたちゃんの表情といえば、頬が腫れているのにも全く痛みを感じてないようで、
その上、真剣と言うよりは必死の形相で玄関に出たかがみに『つかさに逢いたい』って訴えていたから、とても日を改めてとは言えなかったわ。
大人には色んな建前があるから、私もいのりも挨拶もしないで、かがみにつかさの部屋に通させたけれどもね。
まあ、あのこなたちゃんを見てるから、つかさの思いが通じてるかなんて聞かなくても分かるけれどね。
だから『不純な想い』何て言う言葉で自分の気持ちを貶めないでね」
諭すように話すみきさんの声と言葉…

「…」
やだ、今日はどうしたんだろうね私、また涙が…

「こなたちゃん?やっぱりまだショックなのね、まつりの悪ふざけ…」
「お母さん、やっぱりまつりにきちんと謝らせないと…ここに来させようか、こなたちゃん」
みきさんと、いのりさんの心配そうな声、すまなそうな言葉、答えなきゃ…

私は、ふるふると横に首を振った。
「いえ、まつりさんのことではありません。
つかささんは、私のことを、はっきりと好きだと…『つまらないことにこだわらないから好きだ』と言って下さいました。
私もつかささんが好きです。そのつかさ、いえつかささんと一緒にいてもいいんだと思ったら何だか気が緩んじゃって。
それに、こんなに気にかけてくださって、優しくって、お母さんやお姉さんっていいなあって思ったら…
おかしいですよね?うれしいのに泣けてきちゃって…こんなの私じゃなくって、もう何だかわからなくって…」

「あのねこなたちゃん、今から話すことを怒らないで聞いてくれる?」
「え、やっぱり…つかさとはもう…」

「ああ、ごめんなさい、そうじゃないの。
実は今日こなたちゃんを呼んだのはね、私といのりなの、つかさに頼んでね。
その上で、急な用事を言いつけてつかさとかがみを人払いしたの、主人は元々出掛ける予定があったし。
出掛けたと思ったまつりが自室で朝寝していたのに気付かなかったのは迂闊だったわ」
「それでね、こなたちゃん、ちょっと話しづらいことだからゆっくり話したいところなんだけれど…
まつりの騒ぎでもうつかさとかがみが帰ってくるまで余り時間がないの。
でもどうしてもこなたちゃんと話したいことなの。
でもこなたちゃんがいやだと思ったら、話の途中でも黙って席を立ってつかさの部屋に行ってね」
いのりさんがみきさんと見詰め合う、何だか本当に言い出しにくそうだから、また心配になってくる。

みきさんが、切り出す。
「あのね、こなたちゃんのお母さんは、かがみとつかさから聞いたんだけれど…」
「はい、私が物心付く前に亡くなりました」
「でね、お父さんとはとても優しい方だと伺ってるわ」
「はい、父のおかげであまり寂しい思いはしませんでした、ただちょっと変わった趣味にそまりましたけれど」
「そうね、こなたちゃんを見てるとお父さんがとても愛情を注いでこなたちゃんを大切に育ててこられたのが覗えるわ」
「いえ、そんなお言葉をいただけるような立派な父ではありませんから」
なんだか気恥ずかしい。

「でもね、やっぱりお父さんには話しにくい心配事とか悩みはない?女の子としてね」
「いえ、今、特にこれでということは…」
私は言葉を濁す、だって女の子らしくないもんね私。
女の子としての悩みっぽいのを、しいて挙げるなら、どうしたらつかさにもっと思いを伝えられるかなんだけれど。
そんな事訊けるわけないよね、つかさのお母さんとおねえさんに。

「あのね、こなたちゃん、つかさがこなたちゃんを好きで、それにこなたちゃんの口から今、つかさのことを好きだといってくれたからね。
つかさの母親としてじゃなくて、こなたちゃんのお母さんのつもりで最初から話すつもりでいた事を落ち着いて聞いてね」
「はい」
膝の上に置いた掌を思わず握り締めた。
「私はここに居るいのりを始めに4人の娘を育てて見守ってきたからね、こなたちゃんの小さな躰を見てずっと思ってきたことがあるの。
もちろん小柄なのはこなたちゃんの個性だからいいのよ、でもどうしても心配なことがあるの。
だから、お風呂の前に脱衣所でちょっとこなたちゃんの躰に触ったの、こなたちゃんからすればいやだったと思うけれど。
にわか雨のお蔭というか、こなたちゃんを抱きしめるなんて二度とない偶然かも知れない機会だと思ったの」

…ああ、そうだったんだ、それで違和感を感じたんだ…じゃあみきさんが言い出しにくくて、それでも話そうとしていることはつまり…

いのりさんが言葉を挟む
「えっと、その後まつりの悲鳴で駆けつけたら、こなたちゃんがまつりに寄りかかって気を失っていたの。
まつりはお酒が残ってるから危ないし、私とお母さんでこなたちゃんを抱えてあげてここまで運んだの。
で、お母さんががこなたちゃんを支えて私が躰を…その、ふ、拭いてあげて、つかさのトレーナーを着せたの」
「ふぇっ!」
いのりさん…そこで噛んだら、私が非常に恥ずかしいんデス!あああ、思い出して、顔から火が出そう、口から炎吐きそうですよ!

きっと真っ赤な顔をして口をぱくぱくしてる私に、いのりさんがあわてて自爆的なフォローを入れる。
「あ、あのねこなたちゃん、私もついこの間まで…といえばちょっと厚かましいけれど、まあ花も恥らう、躰も弾けるこなたちゃんの年頃には
身に覚えがあることだからね、気にしないでね、こなたちゃんも、女の子じゃなくて娘さんなんだなって…あっ!」
余計地雷踏まれた気分なんですケド、まあ、いっか、見られちゃったことは戻らないんだしネ。
なんだか気分が楽になってきたよ。ん~、よし、いつもの私に戻ろう!

話の流れを削がれたみきさんが困った顔をしていますよ、いのりサン。

私が今理解した『みきさんやいのりさんの心配なこと』で、中学時代にはからかう奴もいたし、興味本位な噂話を何度も流されたこともあった。
だから私は中学時代が嫌いで話したくもないし、思い出したくもないんだ…たった一人の友人を除いてね。
でも、今のこれは、母親、姉としての思いやり…そう大好きなつかさやかがみの育った家から溢れる、『柊家の愛情』を私に分けてくれる気遣いなんだね。
そんな素敵な家族の一人だから、海水浴のお風呂でその話題になった時、かがみもきっと心配だったけれど、言葉を濁して私に訊かなかったんだよ。

よしっと、私は決意して周りを見渡す、みきさんの横の壁際の置き棚に置かれている私の鞄を見つける。
急に鞄を取ってくださいと言われて、怪訝な顔のみきさんから鞄を受け取ってその中から『あるモノ』を取り出す。
二人の顔を交互にまっすぐに見つめてから、私はできるだけ落ち着いた口調でゆっくりと言った。

「みきさん、いのりさん、これを見ていただけますか…あの、ご心配下さってるのは『このこと』でしょうか」

二人の前に差し出したのは…ちょっと小さめのポーチというか小物入れ。
何に使うのかは女同士に説明は要らないだろう。

「ありがとうこなたちゃん、でも、ちょっと恥ずかしいでしょ?それでもこちらの気持ちを読み取って見せてくれたのね」
それを見て、『心配なこと』が杞憂だったと安心する、みきさんといのりさん。でもね、むしろ伝えるべきなのは…

「これは手作りです。そしてわたしのためにわざわざ作って下さったのはつかささんです」
手に取ったみきさん、そしていのりさんが覗き込んで見つめている。とても丁寧な造りだと気付いてもらえたかな。
菫色の布に、手首に通す黄色い提げ紐がアクセントのつかさらしい可愛い…というかつかさそのもののデザインだ(意外とつかさって大胆だ)。
もちろん中身を見るような無粋なことはせず私に返してくださった、私は別に構わないけれど。
「今はこの中に収めてあるものを、それ迄私はメーカーの個装の袋のまま通学鞄に入れていました。
ある時手洗いに立つ際に、鞄から制服のポケットに入れるのを見かねたつかささんが作って下さいました。
やっぱり男親にはこんな『たしなみ』レベルまでは教えてもらえませんから、今考えると随分『がさつ』なことをしていたんだなと思います」

「へえ、あの子がね」
「つかさらしいというか」

わたしは、自分のつかさへの思いと感謝を込めて言葉を続けた。
「つかささんは、『つまらないことにこだわらないから私を好きだ』と言ってくれました。
でも、『こだわりのなさ』と、『だらしなさ』は違うということを私に気付かせてくれるんです。
このポーチのように教えてくれたり、あるいは普段のつかささんの振る舞いから。
そういうしっかりした芯の通ったところと、併せ持たれたあののんびりとした雰囲気で私を和ませてくださるのです。
だからつかささんから、色んな事を与えてもらって、その上でつかささんに依存しているのは私のほうです」

いのりさんが言葉を挟むまで、いつになく熱くなった自分に気付かなかった。
「あのね、こなたちゃん、こなたちゃんもつかさに与えてるのよ」
「え…」
私がつかさに与えてるものなんてあるのだろうか。

「あの子はずっとかがみに甘えていて、何か言われるまで自分から行動を起こすことはほとんどなかったの。
どちらがそうさせたという訳でもなく、二人の性格というか個性がいつの間にかそういう役回りを作ってしまったのね。
でもね、こなたちゃんに何かしてあげる時とか、こなたちゃんと何かする時とか、とにかくこなたちゃんと付き合い始めてから、自分で色々始めるようになったの。
だからこなたちゃんは、つかさに行動力を与えているのよ。
まあ、こなたちゃんの好きそうな言い回しで言えば、つかさもこなた色に染まって行く恋する乙女なのかな、にくいねこなたちゃん♪」
「な…」
突然のいのりさんらしくないキャラ崩れな言葉に私はまた少し赤くなって慌てた。

みきさんが優しい笑顔で言った。
「予定通りの電車に乗ったのなら、そろそろつかさとかがみが帰ってくる頃ね。
あ、まつりの一件は内緒にしといたほうがいいわね。
あのねこなたちゃん、つかさとつきあうのなら注意したほうがよいことがあるの。
うちには『柊家の掟』といってね、つかさを本気で怒らせると…」

「ハイ、すでに我が身をもって知りました」

「「じゃあ、バレンタインデーのこなたちゃんのあの湿布はつかさの…」」
わたしが頬を擦る仕草をすると、みきさんといのりさんが声をそろえて言った、ああ親子だね。
「ハイ、『リボン・リミッター』解除のつかささんから受けた痛恨の一撃です」
「ご愁傷様、でも『柊家の掟』に関してはこなたちゃんも柊家の一員、身内ってことね」
「そういうことかしら、うふふ」

あれっ?何かひかっかるヨ…
このとき私はそれが…柊家には『柊家の掟』以外にもいろんな伝説的秘密がある…
という意味合いの言い回しが原因だとは気付かなかった。

「はううううう、びしょびしょだよぉ~!お母さん、お風呂入れる?」
「あ、こなた来てたの?この雨、アンタが降らせたんじゃないの?」
恋人と親友のご帰宅に気を取られていたから。




※つかさとこなたの交際のきっかけについては、柊家の掟 をご覧下さい

『柊家の掟』シリーズは1-724氏作者ページから時系列順にアクセスできます



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  • いいね、こういうの
    てか、かがみんひでー! -- 名無しさん (2009-02-18 22:23:41)








最終更新:2009年05月30日 20:58