西山事件


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西山事件
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

西山事件(にしやまじけん)とは沖縄返還協定を巡って、1972年に毎日新聞政治部記者・西山太吉と外務省の女性事務官が逮捕された事件。沖縄密約事件、外務省機密漏洩事件、外務省秘密電文漏洩事件、西山記者事件とも言う。西山記者が女性事務官との不倫関係を利用して外務省の機密情報を入手していた経緯から、被告人側の主張する報道の自由について、いかなる取材方法であっても無制限に認められるかが訴訟上の争点となったが、西山に懲役4月執行猶予1年、女性事務官に懲役6月・執行猶予1年の有罪が確定した。

30年後、米国外交文書の公開で、当時の外務省・大蔵省高官の偽証と、検察官の証拠隠しが明らかになったとして、国家賠償請求訴訟が提起されたが、一審・二審とも民法の除斥期間を適用され、請求は棄却された。(2008年2月20日現在)

事件の経過

  • 1971年5月18日 西山記者が知人の外務省女性事務官を飲食に誘い出した。2人はそれまで特に親しい間柄ではなかったが、この時飲酒の上で半ば強引に肉体関係を結んだ。さらに5月22日にもホテルで情を通じた後、「取材に困っている、助けると思って安川審議官のところに来る書類を見せてくれ。君や外務省には絶対迷惑をかけない。特に沖縄関係の秘密文書を頼む。」と要求する。女性事務官が一応はこれを承諾したのに対し、西山はその後電話で同様の趣旨をさらに念押しした。その後も肉体関係を続けていくうちに「5月28日愛知外務大臣とマイヤー大使とが請求権問題で会談するので、その関係書類を持ち出してもらいたい。」と西山の要求は具体的なものになった。一方、女性事務官は西山との肉体関係により西山の依頼を拒み難い心理状態に陥っており、西山は結局それに乗じて十数回に渡って機密文書を持ち出させることに成功した。しかし、6月17日に沖縄返還協定が成立して問題が収束していくと、西山は女性事務官に対して次第によそよそしい態度を見せるようになり、西山が6月28日に渡米、8月上旬に帰国した後は、女性事務官との関係を完全に絶っている。
  • 1972年3月27日 衆議院予算委員会で社会党の横路孝弘議員・楢崎弥之助議員が外務省極秘電信を暴露した。
暴露されたのは1971年5月28日付で愛知揆一外相が牛場信彦駐米大使に宛てた、愛知外務大臣とアーミン・マイヤー駐日大使会談の内容及び、同年6月9日付けで福田赳夫外相臨時代理と中山駐仏大使の間で交わされた井川外務省条約局長とスナイダー駐日公使との交渉内容の合計3通だった。
この電信内容は、返還に伴う軍用地の復元補償で、米国が自発的に払う事となっている400万ドルを実際には日本が肩代わりする旨の密約の存在を露呈させるものだった。
これらは西山が横路に手渡したものであり、当然ながら野党は大きく問題にしたが、政府側では「政争の具にした」と認識し、誰が・なぜ・いかなる目的を持って機密文書を漏洩したのか、その背後関係を調べようとした。
  • 1972年3月30日 外務省の内部調査で、女性事務官は「私は騙された」と泣き崩れ、ホテルで西山に機密電信を手渡したことを自白した。西山は、電信内容から個人情報の手がかりを消すことなく横路に手渡したため、決済欄の印影から文書の出所が判明した。
  • 1972年4月4日 外務省職員に伴われて女性事務官が出頭、国家公務員法100条(秘密を守る義務)違反で逮捕。同日、同111条(秘密漏洩をそそのかす罪)で西山も逮捕される。逮捕された西山は情報源が女性事務官であることを特に秘匿せず供述している。
  • 1972年4月5日 毎日新聞は朝刊紙上に「国民の『知る権利』どうなる」との見出しで、取材活動の正当性を主張。政府批判のキャンペーンを展開した。
  • 1972年4月6日 毎日新聞側は西山が女性事務官との情交関係によって機密を入手したことを知る。しかし、この事実が世間に公になることは無いと考えて、「言論の自由」を掲げてキャンペーンを継続。
  • 1972年4月15日 起訴状の「女性事務官をホテルに誘ってひそかに情を通じ、これを利用して」というくだりで、被告人両名の情交関係を世間が広く知るところとなる。ちなみに、この起訴状を書いたのは当時東京地検検事の佐藤道夫(のちに第二院クラブ、民主党参議院議員)であった。こうして、世論は問題の中心をスキャンダルと認識し、密約の有無から国民の目はそれていった。また、政府は国家機密法案の制定を主張した(ただし、2008年現在も成立していない)。
ここに及んで毎日新聞は夕刊紙上で「道義的に遺憾な点があった」とし、病身の夫を持ちながらスキャンダルに巻き込まれた女性事務官にも謝罪したが、人妻との不倫によって情報を入手したことを知りながら「知る権利」を盾に取材の正当性を主張し続けたことが世間の非難を浴び、抗議の電話が殺到。社会的反響の大きさに慌てた毎日新聞は編集局長を解任、西山を休職処分とした。
  • 1974年1月30日 一審判決。事実を認めた女性元事務官には懲役6月執行猶予1年、西山には無罪の判決が下される。検察側は西山について控訴した。
ここまでの過程で、核心の「密約」に関するマスメディアの疑惑追及は完全に失速。草の根的不買運動と石油ショックで経営不振に見舞われた毎日新聞は翌年に会社更生法適用を申請することになる。
  • 1976年7月20日 二審判決。西山に懲役4月執行猶予1年の有罪判決。西山側が上告。
  • 1978年5月30日 最高裁判所が上告棄却。西山の有罪が確定。
最高裁は、密約の内容は「秘密として保護するに値するものと認められる」とした。その上で、報道機関が取材目的で公務員に対し国家機密を聞き出す行為が、正当業務行為と言えるかに付き「報道機関といえども、取材に関し他人の権利・自由を不当に侵害することのできる特権を有するものでないことはいうまでもなく、それが真に報道の目的から出たものであり、その手段や方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会観念上是認されるものである限りは、正当な業務行為というべきであるが、その方法が刑罰法令に触れる行為や、取材対象者の個人としての人格の尊厳を著しく蹂躙する等、法秩序全体の精神に照らし社会観念上是認することのできない態様のものである場合には、正当な取材活動の範囲を逸脱し違法性を帯びる。」とし、取材の自由が無制限なものではないことを示した。
西山は一審判決後に毎日新聞を退職し、女性元事務官は失職、さらに離婚にまで追い込まれた。一方で、政府による密約の有無について、判決でも密約そのもの真偽については全く言及されておらず、人々の関心から遠ざかっていった。


事件のその後

2002年、米国公文書館の機密指定解除に伴う公開で日本政府が否定し続ける密約の存在を示す文書が見つかったとし、西山は「違法な起訴で記者人生を閉ざされた」と主張して、2005年4月、政府に対し3300万円の損害賠償と謝罪を求めて提訴した。国側は、密約の存在自体を否定しつつ、たとえ密約が事実であっても、西山の有罪は変わらないと主張した。2007年3月27日、東京地裁(加藤謙一裁判長)は「起訴から20年以上が経過した後の提訴で、原告の損害賠償請求権は消滅している」と、民法の除斥期間を適用し、密約の有無については判断を示さず請求を棄却した。2008年2月20日、東京高裁(大坪丘裁判長)は一審・東京地裁判決を支持し、控訴を棄却した。西山は上告する方針。

2006年2月8日、対米交渉を担当した当時の外務省アメリカ局長吉野文六が、「復元費用400万ドル(当時の換算で約10億円)は、日本が肩代わりしたものだ」と発言したと北海道新聞が報じ、同日の共同通信の取材に対し「返還時に米国に支払った総額3億2000万ドルの中に、原状回復費用400万ドルが含まれていた」と述べ、関係者として初めて密約の存在を認めた。また24日、朝日新聞の取材に対し、当時の河野洋平外相から沖縄密約の存在を否定するよう要請されたと証言。これに対し河野元外相は「記憶にない」とコメントした。

2007年10月6日、密約を裏付ける内容の別の公文書が、米国立公文書から発見された(「72年沖縄返還時、「核密約」示す米公文書を発見」『讀賣新聞』10月7日号)。同新聞によれば、内容は、1969年11月12日、13日付のニクソン大統領へのメモ。表題は「沖縄返還後の米国の核持ち込みと繊維問題に関する秘密交渉」で、「核抜き・本土並み」の沖縄返還を決めた同月19日からの日米首脳会談に先立ち、当時のキッシンジャー大統領補佐官が、首脳会談の進め方を説明する資料としてニクソン大統領に渡したという。この内容は、交渉で佐藤栄作の私的な密使であった若泉敬が1994年に著書『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』(文藝春秋)で暴露した内容を裏付けるものだった。ただし、いずれも密約の存在は明記されているが、内容までは記されていない。
この公文書は、2005年に機密指定が解除されていたもので、日本大学法学部の信夫隆司教授が、米国立公文書館から入手した。外務省は、同文書の発見について「文書がどんなものか定かではないのでコメントする立場にない。核の『密約』は存在しない」と従来の主張を繰り返し、高村正彦外相は『毎日新聞』の取材に対し「密約はなかった」と言った。


事件の影響

  • 毎日新聞の取材方法が国民的不信を買い、同社が経営不振に陥るほどの影響が出たため、他社も密約そのものの追及に及び腰になり、密約事件は尻すぼみに終わった。そもそも、密約が存在するのではないかとの疑惑は事件以前から指摘されていたため、世論はそれ程衝撃を受けていなかった。
  • 毎日新聞社の取材方法について、密約問題よりも男女関係のスキャンダルが注目されてしまった。日本政府は米国公文書の米国法に基づく情報公開以後今も密約の存在を認めていない。
  • 西山が情報を入手したことについては擁護、あるいは積極的に評価しても、横路に文書を手渡す段階で、文面から取材源を秘匿する配慮を怠ったこと。さらに、女性事務官が誰であるかを認めてしまったことを批判する者は多い。取材行為で手に入れた情報を新聞紙上ではなく、政争の道具となることを承知の上で横路議員に手渡したことが新聞記者の本業から大きく逸脱していること、さらに結果的に病身の夫を持つ女性事務官との不倫の結果、離婚という事務官の家族という第三者の人生をも狂わせてしまったためである。
  • このことは、密約の一方の当事者であったアメリカのニクソン大統領が、1972年のウォーターゲート事件で辞職に追い込まれたこと、「ディープ・スロート」と称された取材源について、『ワシントン・ポスト』紙の記者は最後まで明かさなかったことと、いずれも好対照である(2005年になって、当時のFBI副長官だったマーク・フェルトが取材源は自分だと名乗り出た)。フェルトの評価は毀誉相半ばするが、女性元事務官のように、犯罪者として扱われてはいない。
  • 取材で知り得た情報を西山が取材目的外に安易に流出させたために起きた事件であったが、毎日新聞は2007年2月にも、糸川正晃議員に対する取材で同様の事件を起こしている。
  • 事件後30年を経て「米国立公文書館保管文書の秘密指定解除措置」で公開された「ニクソン政権関連公文書」の中から密約の存在を示す文書が見つかった。しかし政府は今も密約の存在を認めていない。
  • マスメディアが金科玉条の如く唱えてきた報道の自由が、決して無制約なものではないということを自ら明らかにしてしまった。
  • マスメディアの間にも思惑の違いがあった。事件に及んで報道の自由を主張するよりも、毎日新聞を批判することに多くのメディアは力を入れた。新聞系メディアへの対抗意識もあり、週刊誌、特に『週刊新潮』は川端康成の「美しい日本の私」に掛けて「機密漏洩事件 ―美しい日本の美しくない日本人」と題した記事など、大々的に西山と毎日新聞を批判するキャンペーンを行い、毎日新聞社の内情などが次々に暴露記事にされた。
  • 『週刊新潮』は西山の責任を徹底して追及する反面、密約自体の是非については徹底して争点から避けた。「密かに情を通じたこと」で情報を得たことや、新聞記者が紙上で密約の存在を明らかにせず野党議員に機密文書を渡したことに対する批判があったためである。
  • 事件から経営危機に陥った毎日新聞は、日本共産党と創価学会との「和解」(宮本顕治委員長と池田大作会長の会見)を仲介することを手土産に創価学会機関紙「聖教新聞」の印刷代行を受注して糊口を凌ごうとした。そのためこれ以後、創価学会の影響を強く受けることとなった。
  • 毎日新聞は経営難から1977年に東京放送(TBS)の株式を手放し、TBSは新聞社系の安定株主がいない放送局となってしまった。西山事件はTBSが楽天の買収攻勢を受ける遠因になったとも言える。

総評

密約があったとする立場から見ると、日本政府が密約の存在自体を否定し続ける背景ならびに根拠については全く不明となっている。すなわち、密約を否定する理由についても日本政府は一切明らかにしていないのである。この事をマスメディアから追及された際にも、日本政府及び外務省は「とにかく無いから無いのだ」と同語反復によって否定し、回答拒否を貫いている。識者などを中心として実態を明らかにしようとする努力は続けられているが、根拠となる文書は全て米国側が公開した文書であり、日本政府はこれらの文書は捏造であるとしている。

こうした状況から、敢えてそれ以上の追及を続けるマスメディアも少なくなっている。事件を政治的陰謀に対するマスメディアの敗北と捉えるマスメディア関係者も少なからずいる反面、西山がみずから墓穴を掘った形になったため、それ以上触れたくはないと考える関係者が増えてきているためである。また、『週刊新潮』など、“政府に逆らうべきではない”という逆の「教訓」を与えようとしたマスメディア関係者も数多く存在する。この結果近年では、政府の全面否定に対してのマスメディア側の対応は簡潔な批判にとどまっている。

この事件はマスメディアが唱えてきた報道の自由が、決して無制約なものではないということを自ら明らかにしたばかりか、報道被害に対しての責任追及もまた不可避の存在であることをも明白にした。実際、名誉毀損その他の報道被害に対しての訴訟がこの事件以降相次ぐようになっている。西山事件はマスメディアが政府機関のみならず、一般読者に対しても脇を見せてしまった最悪の事例という側面も持ち合わせているのである。

一方、政府の説明責任については、“虚偽の発言を繰り返しても誰一人責任を問われることは無い”という事実上の免責を許してしまった。また、政府による名誉毀損についても、マスメディアに責任追及をする権限が無い、または極めて及び腰であることが明らかになってしまった。加えて、この事件以降も、2007年に問題となったテロ対策特別措置法に基づく自衛隊の給油問題、2008年4月に明らかになった砂川事件でのアメリカ政府の外交圧力、同年5月に明らかになった、重要な案件を除く在日米軍関係者犯罪の裁判権放棄、6月に確認された、朝鮮有事における在日米軍の軍事行動に関するフリーハンドを容認した藤山・マッカーサー秘密覚書など、日本政府が沈黙または否定している事柄について、米国側の情報公開によって明るみに出た事例は少なからず存在する。


事件を題材とした作品

  • 『密約 外務省機密漏洩事件』澤地久枝/岩波現代文庫(中公文庫版は絶版)
  • 『密約 外務省機密漏洩事件』(上記のテレビドラマ化作品、のちに劇場公開)goo映画より[1]
  • 『運命の人』山崎豊子/文芸春秋
  • 運命の人(テレビドラマ)
  • 『加治隆介の議 12巻』弘兼憲史/講談社ミスターマガジンKC
  • 『沖縄密約―「情報犯罪」と日米同盟』西山太吉/岩波新書新赤版

関連項目

  • 外務省 - 佐藤栄作
  • 知る権利 - ジャーナリズム - 情報公開 - 報道におけるタブー
  • 日米地位協定 - 非核三原則 - 思いやり予算

外部リンク



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