2体の石像
ボボッ
霧香「NOIR。 そは 古(いにしえ)よりの定めの名
死を司る2人の乙女
黒き御手は嬰児(みどりご)の
安らかなるを守りたもう」
ブシュッ
ヒュゥゥゥゥ
バン!
バン!
ドサッ
カチッ
バン!
ゴー。キキッ
ミレイユ「ん……」
霧香「よいしょ」
ガチャ
ミレイユ「行くわよ」
霧香「あ」
ニャー
ミレイユ「何してるの。チェックイン、済ませたわよ」
霧香「うん」
男「おい、何してるんだよ、ちゃんと並べ!」
カチャカチャ
老女「ありがとうございます・いつも私達のためによくしてくださり」
老人「うん、うん」
ミレイユ「彼の名前を知るものは誰もいない。一切の報酬を求めず、ただひたすら人のために尽くしてきた。何年も、何十年も、大勢の人が彼を聖者と呼んで慕っているわ。
元KGBのユーリ・ナザーロフ、それが、彼の正体。旧ソ連の強制収容所で少数民族のタシキール人が虐殺された。その実行を指示したのがナザーロフよ。その後、彼はKGBを辞め、全てを捨てて姿を消した。理由は分からない。そして今は、難民達の聖者様。依頼人は生き残りのタシキール人達。本人は罪滅ぼしのつもりなんだろうけど、殺された者の恨みはそんなことでは消えはしない、ってとこかしら。簡単な仕事よ」
霧香「うん」
ニャッ
霧香「あっ」
カチャ(PCを開ける音)
カタカタ
霧香「ミレイユ」
ミレイユ「なに?」
霧香「ちょっと散歩してくる」
コツコツコツコツ
ガラン!
ニャー
ガチャ
霧香「んっ?」
霧香「ただいま」
ミレイユ「遅かったわねー」
霧香「うん」
ミレイユ「何それ、夜食でも買ってきたの?」
ガサガサ ニャー
ミレイユ「あんたねえ、何考えてんのよ」
ニャニャー
霧香「うん」
(笑い声)
ミレイユ「本当に、何考えているのよ」
霧香「うん」
ミレイユ「その猫、まさかパリまで連れて帰るわけじゃないでしょうね」
霧香「この子の名前」
ミレイユ「えっ」
霧香「もし、もしこの子に名前があるのなら、私とは違う。ただ迷子になっただけ。
私には名前がない。夕叢霧香という、嘘があるだけ」
ミレイユ「はあ……私には同じよ。あんたが大きな嘘の一部であることには変わりはないわ。でも、あたしだってあんたと似たようなもんよ。暗闇の中をいいように引きづり回されてる。本当の答えは、奴らに、ソルダに聞くしかない」
バンッ
男「うっ……フッ」
バサッ
オルゴール音
ミレイユ(人の中の人、愛の中の愛、罪の中の罪。隠者は罪人(つみびと)に告げた。ソルダは真実と共にあると。……ソルダ)
ミレイユ「どういう意味だか、全然分からない。でも、必ず突き止めてみせる」
霧香「うん」
ニャー
霧香「あなた、本当に何て名前なの?」
老人「ムイシュキン侯爵」
霧香「あっ。
ムイシュキン侯爵?あっ」
ニャー
老人「そう、ムイシュキン侯爵。この子の名です」
ニャゴニャゴ
霧香「あなたの猫だったんですか」
老人「何日か前にいなくなってしまってね。お嬢さんがこの子を世話してくれたんですか」
霧香「そんな。世話だなんて」
老人「とにかく、礼を言わせてください。ありがとう。では」
霧香「さようなら、ムイシュキン侯爵」
ニャー
老人「侯爵は、さみしいと言っているようだ。
では
うっ」
ニャオ
霧香「あっ。どうしたんですか?おじいさん?しっかり、しっかりしてください。
おじいさん、しっかりしてください。おじいさん!」
アイキャッチ
老人「はあ……はあ……」
ニャァ
医者「長い間無茶をしすぎたんだ。
私は何度も忠告したんです。だが、自分の体のことなど考えもせずひとのために働いて、もう手の施しようがない。この先、長くはないでしょう。長くは」
ガチャン
ニャ
ガチャ
霧香「あっ
バルクーツク、1951年」
トントン
霧香「あっ?」
ガチャ
老女「スベンソン先生に伺いました。このお方を助けてくださったとか。ありがとう。ありがとうございました。本当にありがとう、ありがとう。助けてくださってありがとう」
霧香「あっ?」
ニャア
霧香「やっぱり、今しかない。今やらなければ、私には、もう」
スタッ
霧香「はあ、はあ」
男の子「体、大丈夫?」
女の子「大丈夫?」
男の子「早くよくなってね」
女の子「うん」
男の子「また遊んでね」
霧香「ハッ」
カチャ(銃を構える)
女の子「遊んでー、またお料理を作ってよー。食べたいなー」
男の子「おいしいよー」
女の子「早くよくなってね。ねぇ、あのさ……ん?」
男の子「なーに、どうしたの?」
ミレイユ「うーん、どう見ても家族の写真よね。感じからすると、この男の子がナザーロフかしら。51年だと、ちょうどこれくらいのはずよ。
バルクーツクの地名で検索してみる。でも、これでまたあんたのことが少し分かったわ」
霧香「えっ?」
ミレイユ「殺しの技術に長け、裏社会の事情に精通し、あらゆる言語を話す。でもロシア文学については、知識を持たない」
霧香「ロシア文学?」
ミレイユ「ムイシュキン侯爵は、ドフトエフスキーの白痴の主人公よ。純粋で、無垢な魂の象徴なの」
霧香「純粋で、無垢な魂」
ミレイユ「変ねえ。バルクーツクなんて地名は、どこにもないわ」
霧香「そう……」
ミレイユ「言っとくけど、ナザーロフがどんな人間だったとしても私達には関係ない」
霧香「うん」
ミレイユ「ナザーロフは、馬鹿よ。難民にいくら親切にしたってなんの解決にもならない。ただの自己満足よ。難民の方だってそれは……」
霧香「分かってる。分かってると思うナザーロフも。でも、どうしようもないの。ただずっと雪を待っているだけ」
ミレイユ「雪?」
霧香「そう。雪が降り積もるのを」
ニャー
老人「うん……」
バンッ
少年「あっハアハアハア
バンッ
バンッバンッ
少年「……あっうっ!」
ミレイユ「バルクーツクはノルガ人の故郷だった。スターリンの時代、村はタシキール人に襲撃され、今は地名も残っていない」
霧香「ナザーロフは、ノルガ人ね」
ミレイユ「同じ少数民族でありながらノルガ人とタシキール人は古くから憎み合ってきた。時代が変わっても、ずっと互いに殺し合ってきたのよ。こうなると、どっちが原因でどっちが結果か、もう分からないわね。収容所での虐殺から今日まで長い長い年月だわ。彼が心の奥で何を考えていたかは想像も出来ない。
どうする?この仕事。後味の悪い思いをするのもちょっとね。それに病気で死にかけているなら、わざわざ……」
霧香「やるわ。
ガタッ
霧香「この仕事……やるわ」
ザク、ザク、ザク
カチャ(扉を開ける)
ニャ
カツカツ
カチャ(銃をかまえる)
霧香「くっ」
ドンッ
ニャウッ
最終更新:2015年07月30日 07:20