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前幕   鶺鴒の女


「“トモオ”さんは無実の人です。」ちょっと編集してみたよ

「彼はきっと帰ってきます。」

そう信じて疑わない彼女の口からはいつも同じ台詞にもかかわらず胸の奥底から搾り出すような、そんな悲痛な表情が漏れる。

まだ世間にもまれるには早すぎる年齢の精一杯の抵抗なのか、それともそれすらも気がつかず少女の思い出としての他者からの不可侵な領域なのかは知る由もないことだが、揺るぎない彼女の対応は今のところ“トモオ”への愛成としてとどめておく。

“トモオ”本人の消息が途絶えて丸三年半。個人の記録を故人にするには洒落が効きすぎているが、こうも簡単に足取りが消えるとは想定外のことである。

「ったくどこ行きやがった?」

訪問した彼女の家から飛ばした黒塗りのハイヤーは絡みつく春霞を払いのけ、手渡された紙切れに残された彼の愛用である校正ボールペンで書かれた文字‘ボスケテ’の真意に迫るべく、春陽の街都を後にした。


 

前一幕   上弦の月


「約束の時間です。」

薄暗く長い回廊を歩む。微かな衣擦れの音を一歩進める程に艶やかな吐息に合わせて奏でながら歩む。

一は円融にして大となり呵々。萬は極微の小として獅子吼。

 

一声目。f 梵鐘が轟の音。 

二声目。mf 暁の調べ。

三声目。mf 緑青の精。

四声目。mf 森羅。

五声目。mf 水晶。

六声目。mf 玲瓏。

七声目。f 磐石。

八声目。mf 吉水の鼎。

九声目。f 勅靜。

十声目。f 往往。

十一声目。mf 四斤の麻。

十二声目。mf 木蘭。 

十三声目。mf 乾坤。

…十四声。p 茲心。

どれくらい歩いたのだろう。大した距離でないのは確かだが悠久とも錯覚し得る程、隔絶された途端に感覚が鈍る。が、その反面より鋭敏に研ぎ澄まされた意識を確認し驚く。

「でも此処にはいない。」

見上げれば暁の空に浮かせ、上弦の月。

 


後序幕   満散


「見つけた!」

とうとう見つけた!彼はこの扉の中にいる。鼻は蠢きにおいを嗅ぎ分け、懐かしくも記憶からは決して消えることのないにおいに反応した。

深く、息を吸う。体の中ににおいが入り往く快感に身悶えする。ああ、居る。そこに居る。早く。早く会わなくては。伝えなくてはならないことがある。どれだけこの時を夢見たことだろう。既に足の感覚は無く、千切れた利き腕は廊下の片隅に出来の悪いオブジェを構成している。あの人の研究室。戻ってくれた帰ってきてくれた。鶺鴒は鳴く。願いを込めて。――――

「私の――――」

鶺鴒は泣く。孤独に耐えて。――――

「彼岸の――――」

鶺鴒は啼く。その全うする誇りに代えて。――――

「――――渡し人よ。」


本幕  序一手 


❘❘❘❘ぽつり❘ぽつり。

どんよりとした空をうつした鉛色の水溜りが波打つ。

「また雨。❘❘なかなか晴れないもんね。」

たいくつそうに空を眺めて、わたしは薄手の肩掛けを羽織った。

白い透き通った爪から覗く半月は健康のしるし。なんて誰が言った言葉だろうか。手をすかしながら見えるその病弱そうな体にはおよそ【健康的な】という形容が全くそぐわない。如月夜季子十七歳。おひつじ座。血液型はA型。

ベッドから見える範囲は限られたもので、窓から見える今にも枯れそうな欅の老木。先ほどの紹介に与ったすっきりしないお空。お世辞にも広いとはいえない部屋にもかかわらず所狭しと飾りつけられた絵画の数々。クラスの友達から届いた前期試験範囲のお知らせプリント、読み散らかした雑誌、お昼に飲む予定だったオクスリの袋。

ある程度のエントロピーを満たした脇机には一輪の花が挿してある。

「いっぱしの女の子がほんと、哀れなもんだわ。」

引き出しから手鏡を取り出し、二次元のワタシにむかって自嘲的に罵ってみる。その行為が一層わたしをどん底に突き落とすわけだけど、もはやそれがやめられない。チラリと目をやれば、先ほどからにこやかに微笑みかけているのは以前のワタシが楽しそうにこちらに向かってまあ、県大会の優勝旗を誇らしげに掲げてるじゃないか。

「はいはい。あんたはそりゃかっこよかったよ。私が言うんだからまちがいない。」

と、記念写真のショートケースをそっと伏せた。もう見たくないとは思ってても、つい立て直してぼんやりと眺めてたりする。未練たらたらのワタシが浮き彫りになったようでそれが周りにわかりやすいジェスチャーになってないかとヒヤリとして伏せる。何回繰り返しても今この体が元通りになるわけないのに、まるでよく利くおまじないのように繰り返しては悦に入る❘❘もとい、鬱に入る。

Jジュニアのいっちゃん。学校のウチキ先輩。花巻みとり。小野塚レイレイ。etc…

あこがれる人はみんな色々だろうけれど、「夜季子さんあなたの憧れは誰ですか?」と聞かれれば、間違いなく「元気な頃のワタシです!文句ある?」と一蹴してやる自信はある。

ん?まてまて。そりゃ相当なナルシーじゃないか。それはそれで恥ずかしいよね、と枕の縁のフサフサをいじくってると、担当のナースさんがやってきた。(普通ならナースで担当なんかつかないけれど、初診の時に出会った八実さんをワタシがえらくお慕いした次第、担当の先生が気を利かせてくれたのだ。)

「夜季子ちゃん、まあたお薬飲んでないでしょ。だめよう?」

と花瓶のお水を替え、ちょっとはみ出しそうなお腹のお肉を気にしながらコップにお水を注いで丁寧にお薬をそえて八寸に乗せて目の前に差し出した。

「はい。どうぞ♪」

八寸越しに目線と目線があう。

「そんな愛嬌振りまかれちゃ、断ったら私、まるで悪者になっちゃうじゃない。」

と、所定のお薬を無造作に口の中に放り込み、ごくごくと一気にコップのお水を飲み干した。

「まずい!もう一杯!」

と勢いよく空になったコップを八実ちゃんに突き出す。

「そんな冗談言う元気があるなら、ちゃんとお昼に飲んどいてよね~?」

と彼女は愉快そうに笑いながら、八寸とコップを片付けた。

「そういう素朴なりアクションを期待してわざわざ待ってたってわけじゃないのよう。」

いたって普通に返されたものだから、こちらとしては心外なので少々突っ込みを入れてみる。

「そんなんじゃ、彼氏に飽きられちゃうぞ。」

「へ~んだ。そんな彼氏からこんなんもらっちゃいました~♪」

とこれ見よがしに見せ付けるその右手には…質素ながら綺麗な指輪が嵌められていた。

ああ、むかつく。神様この小太りナースに何でもいいから天罰が与えられますように。あ、でもとりわけ悪事に無縁な八実ちゃんをいじめる奇特な神様なんかいるわけないか。❘❘訂正。

「で、まあ。綺麗な指輪ね。ちょっと正直うらやましいな。八実ちゃん。式はいつ?」

「えへへ。今年の初夏に。」

「やったわねえ。」

「ええ、そりゃもう。おかげさまで三ヶ月目になります~。」

とぽんぽんとお腹をたたきながら三本の指をびっとたててかっこつけて見せた。

そっちのことは聞いちゃいなかったよ❘❘❘。

いまどき齢二十歳を待たずして結婚するのは私としては考えられないことながら、事実目の前にそれを成し遂げようとする八実ちゃんがいる。まあ、できちゃった婚だけど。

「で、私は式に呼んでもらえるのかな?かな?」

私にしては珍しくおねだりの構えで八実ちゃんにアタックしてみた。

「もちろんよ~。といいたいんだけれど、ごめんね~。ホント内輪でやるから呼べる人少ないのよ~。わかってちょうだいね。」

あえなく玉砕。まあわかっちゃいたけど。相手の彼はあったことはないが、大学生と聞いていた。私としてはすぐさま大学中退して汗水流してはたらかんかい!といってやりたいが、まあ責任取っただけでも及第点かと思いたくなってしまう。いさぎよいというか、なんというかそういう決断をできるということに感心する。二人の年を足してもワタシのお父さんより一回り若い世代になってしまう彼彼女らは今後後悔することなくその伴侶と一生を過ごしていけるのだろうか?それ、ちょっと人生フライングじゃないの?

「でも、ほかならぬ夜季子ちゃんのおねがいじゃねえ?少し時間をくれる?」

お?これはいけるか?

「がんばってそれまでに体治すから!ね?」

「あら、それはいいこころがけね~。」

「もしだめだったらワタシ、八実ちゃんにとってどうでもいい人ってことだわ。そんなどうでもいい奴は病魔に苦しめられて死んじゃえばいいんだわ!」

「ああん、だめよ。夜季子ちゃん。病は気から。ね?わかったからふさぎこまないで~。」

さすがお人よしの八実ちゃん。押しに弱い弱い。

「じゃあ、呼んでくれるの?」

「ホント、他ならぬ夜季子ちゃんのおねがいだからね、これも何かの縁よ。」

「そのかわり、それまでにしっかり体、治すのよ~?」

「うん、ワタシ、がんばっちゃうわ!・・・っていうかもう治ったみたい。退院してもいいかしら?」

と近くに置いてあった雑誌の束を上げ下げして体力復活をアピールして見せた。(けっこう重いのよ、コレ。)

「も~~そういう時だけ元気なんだから~~。」

と、笑いながら八実ちゃんはドアノブに手をかけつつ

「じゃ、またねぇ~~。」と、手だけフリフリ上機嫌でナースセンターに帰っていった...


他者参加型シナリオ可変アドベンチャー 『摂氏38℃の彼』

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いつも一人だった。何をするにしてもただただ一人が好きだった。とくに親しい人がいなかったわけでもなく。
 
 ―― 人のためにこの世界は変わってしまったとでもいうのですか ――――。
車窓から流れ行く景色を見やり、鶺鴒の言葉を思い返す。
「なにを馬鹿げたことを…!」
つい、と右足に力が入る。
「変わってしまっただと?」
生きるために働き、食らい、後はなにも変わりはしない。最近、上司の付き合いで接待するのがいい加減うざったくなりストレスというやつでも溜まっていたのであろう。会食の席で羽目をはずしたのがよくなかった。あんまり覚えちゃいないが、(思い出したくもないが)どうやらその一件のおかげで今のありがたい仕事にありつけたわけだ。
「――クン、次の仕事だが――――」
あからさまに二日酔いの体でよくそんなに動けるものだと感心しながら受け取った書類には“トモオ”とかいう男の身辺調査書だった。
「こいつがどうかしたので?まあ、こんな場末の事務所に依頼が来るくらいだからたいしたことはやってないんでしょうに。せいぜい借金取りに追われてるようなものでしょう?」
「いや。調査書をよく読みたまえ。彼の経歴からみても金に困るような環境ではないだろう。」
「ふ~ん。じゃ、おんな。」
「その辺を調べるのが君の仕事だ。」
「やっぱり浮気調査ですか。しっかし女が怖くて失踪するなんざ。どんな強面の…」
「無駄口はいいから、すぐに調査をはじめてくれ。」
というなり事務所添え付けのソファーにずるずると倒れこんだ。
「――― まったく、いいご身分だ!」
 
「雀ちゃん、こんなのが上司で大変じゃないか?」
脇でこつこつと仕事をこなしているのが受付兼経理担当の子でこの飲んだくれ上司の愛娘。遺伝情報が隔世遺伝であることを大いに喜ぶべき見目よろしく秀麗な子だ。
「あんまり父のことを悪く言わないでください。」
「わかっちゃいるけどさ、雀ちゃんくらいの秀才ならいくらでも他にいい企業があるだろ?」
じと、と視線を感じ罪悪感を覚える。
「い、いや。別にこの事務所がしょぼいなんていってない。現にちゃんと仕事だってはいってきてるんだしなあ…ははは。」
「報告書には前回のような適当なことは書かないでくださいよ。出向先でもちゃんとしていただかないとわが社の品位が問われてしまいますので。」
 
品位!まってくれこの昼間っから酔いつぶれてる上司が存在する会社にどんな品位があるんだよ?
 
「わかってるよ。ほらちゃんと今度は言われたとおりスーツだって仕立てたんだし、ほらばっちりだろ?」
 
雀ちゃんは上から下まで品定めでもするかのように入念にチェックをする…と目線が下に行ったとたんこめかみに青筋が。
 
「…どこの世界にスーツに地下足袋をキメてくるひとがいますか!」
「なにいってんだよ。雀ちゃん、これ“力王”だぜ。こんな職人気質なメーカーはないっての。わかっちゃいないな。」
「わかってないのはあなたです!」
「はあ、なぜ父はあなたのような人を雇ったのかしら?」
「おい、雀ちゃん。聞こえてる。」
「聞こえるようにいったんです!さっさと出向してください!靴は出先で購入してくださいね!当然出張経費にはつきませんからね!」
 
と矢継ぎ早の言葉でまくし立てられ、追い出されるように事務所を後にした。
 
雀はソファーに転がる父にブランケットをやさしくかけ、ひとりごちた。
 
「本当に大丈夫かしら?」