「人騒がせな春一番。」

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*人騒がせな春一番。 **私市 朔耶 「や、待たせたね、朔耶。  ……どうしたのさ、いつも以上にボーっとして」 「ねぇ香クン、それって私がいつも……」 「ぼーっとしてるじゃない?」 「う~、否定できない……」 「それで?  だから、どうしたってゆーのさ」  この場所はミルクホール。  私と香クンはその一角に向かい合って陣取り、こうやってよくつかの間の会話を楽しむ。  私はこうやってボーっとしてる理由……先ほどの事件を話し始めた。  それは、ここへ来る途中。  今日は今度の大会へ向けてどう稽古を組もうかとか、大将は誰に任せようかとか。  そんな事を話し合う予定だった。  まぁ、そんな事はほとんどちゃっちゃと決めて、雑談に雪崩れ込むのがいつものパターンなんだけれど。  ミルクホールへ行く道すがら。  私の前を通り過ぎていった、一人の美少女に目を奪われた。  私の前、と言っても、彼我の距離は10メートルはあったから、きっと彼女はこっちに気がついてなかったと思う。  なんて言うか、甘そうな色の髪。  日本人離れした、白くて綺麗な顔立ち、大きな瞳に長い睫毛。  優雅、というか、可憐、というか。  体は全然小さいのに、なにものにも邪魔されない存在感を伴ってて。  その時の私の顔は、鏡がなかったから確認はしてないけど、間抜けだったと思う。  彼女はそのまま校舎の向こうへ消えてしまったけど、私は少しの間、動けないでいた。 「という訳なんですよ」 「へー、朔耶が恋に落ちたわけだ」 「香クン、私、確かに男は好きじゃないですけど、そっちの趣味はないですよ」  正確には『不潔な存在』が嫌いなだけなんだれど。 「でも、惚れた相手が悪かったね」 「ですから、人の話を……」 「それ、きっと一年生の一ノ瀬さんだよ。  聞いたことくらいない?  リリアンのミス・プリンセスで、クラシックバレエ、バイオリンをたしなむ、  いわゆる生粋のお嬢さまで、おまけに貴水朋子さんのプティ・スール」 「え、朋子さんって、あの演劇部のクールビューティー?」 「そう」  ――へぇ、三年生と一年生で姉妹なんだ。  あまり耳にするケースじゃないから、珍しく思った。  ――ん?ちょっと待てよ? 「って、話を挿げ替えましたね!?  さっきから言ってますけど、私は――」 「だって、一目見て、そのまま立ち止まっちゃったんでしょ?」  先ほどの話を否定しようとする私を制止し、駄目押しをする。  この時は、とっても真面目な目に見えた。 「……まぁ、確かに見惚れてましたけど」 「やっぱりねぇ」  溜め息混じりに天井を見上げる香クン。  ああ、私はついにそっちの道へ、しかも手出し無用の人に!?  などと一人で数分あれこれ苦悩していると、香クンは上を向いたまま揺れ始めた。  そして、訝しげな表情を浮かべた私の顔を確認すると、なぜか一気に吹き出した。 「あはははは、あーおっかしー。  正直、その程度なら僕も同類みたいなもんだよ」 「へ?」 「うん、彼女、綺麗だから。  初めて見た人は、たいがい立ち止まっちゃうんじゃないかな?」  最初から話を整理して、ある結論にたどり着いた。  香クンが何をしたかったのかがわかったのだ。 「……つまり?」  こう言ったとき、自分の頬がヒクヒクしてるのがちゃんと自覚できた。 「うん、朔耶は単純だからね。  からかってました、ごめんなさい」 「……香クンっ、そこになおりなさーい!」  この時の私の絶叫は、学園のそこら中で聞こえたという話だ。

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