リリアン女学園付属図書館 「はちみつ色の幸福論」(京&慧理奈さん姉妹)

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はちみつ色の幸福論

月城 玲



どうしてだろう。気分が晴れない。いつもの自分じゃないみたいに苛立つ。素直に笑うことができない。


 2年松組の五条慧理奈は、放課後珍しく居残って課題を仕上げていた。
 別に、テストの結果が悪かったのだとか、何かリリアンの生徒にふさわしくない行いをしたとか、そういうことではなく。単にこの、少しばかり体が弱いということが祟ったのだ。体調が悪化して休んでしまった昨日の分を取り戻すべく(本当はそこまでしなくとも成績が落ちることはないのだけれど)、とりあえず居残りして課題を仕上げていた次第だった。
 が。
 それが裏目に出たのだというか、なんと言うか。いや、裏目に出たという表現自体、このできごとに使うのは変なのだが。
 それは、課題を終えた慧理奈が松組の教室を出た直後に起こった。
慧理奈の目に、とんでもないものが飛び込んできたのだ。

「京さまったら、お上手ですこと」
「え? 違うよー。本当に可愛いよ」
「うふふふ。まあ、お噂は本当でしたのね」
「京さまって、面白い方」

 慧理奈の最愛の従姉にして、姉妹制度の姉である常盤京が、楽しげに幾人かの下級生と談笑していた。
 しかも、にっこりして「可愛い」なんて言葉を連発しながら。

(ひどい…! お姉さまなんて、大嫌い!)

 慧理奈は楽しげな姉に近寄ることはせず、衝撃に耐えかねて教室を飛び出した。

 いつもより感情的になっているのだ。ただ闇雲に校舎内を走り続けながら、慧理奈は妙に冷静にそう思った。
 普通より弱い自分の体は、ハイペースな移動に悲鳴を上げ始める。
 変だった。お姉さまは変だった。それに自分も、変だった。
 どうしてこんなに胸の奥が痛いんだろう。
 いつもなら、お姉さまがどんなに他の子に笑いかけたとしても平気でいられた。お姉さまの一番近くにいるのはいつだって自分だったから。従姉というその言葉は、そして姉妹というその言葉は、いつでも慧理奈の支えとなった。
 でも。今は?
 お姉さまは私に飽きていらっしゃるのかもしれない。いつでも私ばかりと居ては疲れるのかもしれない。近くに居るから。近くに居すぎるから? だから、お姉さまは?
 そんな悪い考えばかりが慧理奈の頭の中を巡った。そんな筈はないと願っているのに。そんな筈はないと知っているのに。

 ぐるぐるぐるぐるぐる。
 螺旋のような思いに巻き込まれて、慧理奈はどこまでも走った。
 この寂しさを埋めて欲しかった。誰かに追いかけてきて欲しかった。
 ―――誰よりもお姉さまに、追いかけてきて欲しかったのに。


「ああ、こんなところにいたんだね。慧理奈」
 唐突に――慧理奈の背後から、慣れたその少年めいた声がかかった。
 思わず足を止めて振り返る。
 そこにはお姉さまが―――いた。
 いつもと同じように、自分だけに見せる優しい笑みを浮かべて。

 京は呆然としている慧理奈に難なく近寄り、よしよし、とでも言うように髪の毛を撫でてくれた。慧理奈のこわばった表情に気づいてか、「慧理奈、私は浮気してないよ」と、額をくっつけて笑う。
「どういう・・・・こと、ですの?」
「え。慧理奈、見てたでしょ。知ってるんだよ。私が慧理奈の足音、間違えたりするわけないのに。慧理奈の足音って、他の人のよりちょっと小さくて、とん、って響くんだ。優雅な音がする」
「そうじゃなくて、どうして。どうして私が、その・・・怒っている、って知っているんです?」
 慧理奈がゆっくりと京を見つめると、京ははあっと大きくため息をついた。
「だから。慧理奈が教室出てきたから。私にはそれがわかったの。だけど、急にどこかに走って行っちゃったでしょ? 何か起こってるって、普通なら気づくよ」
「じゃあ、何故私が怒っているか当ててくださいます」
「浮気したと思ったんでしょ。私が。あの子達に『可愛い』って言ったの聞いてたんだね」
 京にはちっとも悪びれるそぶりは無かった。
 信じたかったけれど。今の言葉はどう聞いたって、浮気を認めたものとしか思えない。
「可愛い、って・・・言ったのですわね? じゃあ、浮気じゃないですかッ―――」

 言っているうちに涙がこぼれてきた。
 鼻の奥がつんと痛くて、目の奥が熱くて。大好きなお姉さまだけに、ひどく切なくて。

「え、えっ、慧理奈! 泣かないで。違うの。私は、慧理奈のことを話してたの」
 京は慌てて慧理奈の涙を拭う。
「嘘」
「嘘じゃない。私、ほら、姉馬鹿だって有名でしょ? だからあの子たちも一度噂を確かめたかったらしくて。慧理奈さんは京さまにとってどんな方ですの、って訊かれたの。それで色々答えてたわけ。『慧理奈は本当に可愛くてね』って話してたら、あの展開になったの。だからあのときの『可愛い』は、あの子達じゃなくて慧理奈のことなの」

――京さまったら、お上手ですこと。
――え? 違うよー。本当に可愛いよ。
――うふふふ。まあ、お噂は本当でしたのね。
――京さまって、面白い方。

――え? 違うよー。本当に可愛いよ。
慧理奈は本当に、可愛いよ。

「そう、でしたの」
「そう。だから泣かないで」
 慧理奈は頷いた。安堵感と暖かさが、胸いっぱいに染み渡っていく。
 やっぱり私にはお姉さまが必要だ。
 慧理奈ははちみつのように甘い京の笑みを見つめながら、そう思った。

「ありがとうございます。お姉さま」
「ううん、元は問いえば勘違いさせた私が悪いんだし。いいよ」
 そんな京に、慧理奈はひとつだけ尋ねた。
「お姉さま、『慧理奈さんは京さまにとってどんな方』って訊かれたときに、なんて答えましたの?」
「え?決まってるじゃない」
 京は驚いたように目を丸くした。本当に、何故そんな質問をするのかとでも言うように。

「私の世界で一番大事な人って、答えた」

 その瞬間、慧理奈の胸に圧倒的な蜂蜜色の幸福が満ちた。自分たちの周りだけに薔薇の花びらが振ってきているような錯覚。そして、今まで見てきた数々の京との思い出が一瞬にしてフラッシュバックした。もう一度泣いてしまいそうな気がして、答えられずに頷くと、京は慧理奈の髪をそっと撫でる。

「泣かないでね。私は、慧理奈の笑った顔が一番好きなんだから」

 慧理奈はただ、大好きな人へと思い切り頷き返した。

「はい、お姉さま・・・・・!」


あとがき



私から見た、京と慧理奈さん姉妹のイメージはこんな感じ、なのだが。
京の妹溺愛ぶりにはこちらも頭が下がる(苦笑)
口調や行動など「これは私じゃない!」という点もあるかもしれないので、何か訂正したい点があったら、遠慮なく言いつけてくれ。
それでは。楽しんでいただければ幸いだ。