高温の冷気と溶けそうな白雪
月城 玲
いつだって――ふわりと明るくて、さりげなく優しくて、そして時々脆くて。
私を姉と認めてくれた、
そんな淡雪のような、不思議な存在。
マリア像の前でお祈りをすませ、もう帰ろうと校門へ向かうと、霧のように細かい雨が降ってきた。
雪ではなく、雨だ。もう冬は終わりなのだとあらためて実感する。そういえば中学の頃読んだ枕草子でも、冬のくだりが一等好きだった。どちらかといえば徒然草の方が好みではあったのだが。
やはり雪が降らないことが残念だった。しんと冷えて張り詰めた、あの不思議な強い空気が私は好きだったのだ。
そしてそれ以上に、そんな凛とした空気が生み出す、ふわりとした白雪が私の心を強く惹いてやまない。
「あ、ごきげんよう、お姉さま…!」
突然。
静かなのに確かな明るさを秘めた声が、私の背後から聞こえてきた。はっとして振り返ると、そこにはややクセのあるショートカットの、私の妹が立っていた。コートを羽織っているから、私と同じく、帰宅しようとしているところだったのだろう。
「ごきげんよう…かずら。今日はまだ暖かいようだな」
知らぬ間に、口元に笑みが浮かぶ。これでは姉馬鹿と言われても仕方はないと、内心で苦笑した。
「そうみたいですね。でも、雨ですよ。濡れてしまいます」
かずらは上を向いて、さらさらと降ってくる雨を指ですくうような仕草をした。
「これくらいの雨ならば濡れても平気だ」
「でも、お姉さまは徒歩通学でしょう? 平気ですか。この頃は、暖かくなったからといってもまだ冬なのですし」
かずらは急いで鞄を開け、何かを探し始めた。
「あった!」
その手に握られていたのは、小さな折り畳み傘だった。
「私は電車とバスですから、濡れる心配は無いんです。お姉さま、使ってください」
その純粋な眼差しに思わず頷きそうになってしまう自分が怖い。私は努めて厳しい表情で言った。
「駄目だ。私が使うわけには行かない。電車とバスだと言っても、それに乗るまでに濡れてしまうだろうに」
「いいえ、それくらいなら全然平気ですっ。お姉さま、どうぞ」
そんな押し問答が数回続いた。やがて雨足が強まってくるのに気づく。
「本格的に濡れてしまうな。…では、このくらいで帰るとしよう」
私がため息をつきながら傘を受け取ると、かずらはにっこりと笑った。
私は傘を開くと、かずらの肩をそっと抱き寄せた。
「あっ…!あの、お姉さま?!」
驚いたような表情と赤みがかずらの顔にあらわれる。
「―――二人で一緒に入れば濡れないだろう?」
自分の目元が急速に熱くなって来るのに気づいた。そのせいで怒ったような表情になっているのがよくわかる。ああ、何なのだろう。自分は何か昔と違う。
前はこんな顔をしなかった。いや、できなかったのに。
「…さすがに少し、気恥ずかしいものだな」
少しばかり頬が熱い。隣にあるかずらの顔を見つめたら、やはりその頬も赤くなっていた。
「……あの、お姉さま」
「なんだ?」
かずらは背伸びをして、私の耳元にそっと、内緒話でもするように囁いた。
「―――少し恥ずかしいんですけど、私もお姉さまと一緒に帰れるのは嬉しいです」
そうして私を見て、照れたようにくすっと笑った。
私の頬はますます熱くなった。それを隠すように俯いて歩き出すと、かずらが一歩遅れてついてくる。
私たちのあいだには、少しいびつだけれど、確かに誰よりも負けない強い絆があるのを知った。
…だが、不器用すぎるのは何とかしなければ。私は透明な雨の降り注ぐ空を見上げながら、小さなため息をついた。
あとがき
私とかずらの姉妹のSS。
やはり気恥ずかしいものだな…
あまり多くは書かないが、楽しんでいただけたなら幸いだ。
最終更新:2006年01月27日 20:00