「カードの行方は春の日に」

カードの行方は春の日に

大河内 香



青空が眩しい晴れの日。
風も少ない、そんな絶好のピクニック日和。



「ちょっと早すぎたなぁ」
香は腕時計を覗いてつぶやいた。
時刻は午前11時3分。
いつも時間より早く着いてだいぶ待つ破目になる。
従妹の芽衣子などにはよく早すぎると怒られるが、今更染み付いた習慣はそうそう抜けるものではない。
近くのカフェに入っていてもいいけれど、
「すれ違いになっても困るし」
どうしようかと思案していると見覚えのある横顔が視界を掠めた。
おや?
ベージュの半袖チュニックにカーキの長袖、黒系のチェックのパンツ姿。
いつもと装いはかなり違うが、辺りを見回すその人には見覚えがあった。
「りなさん?」
「え、あの、香さま!?」
りなの驚きように、やはりもう少し服装を考えるべきだっただろうかと苦笑する。
ただでさえ濃緑の制服姿くらいしかお互いに知らないのだ。
黒のジャケットにブラックジーンズ。更に黒っぽいキャスケット。かろうじてインナーは白いTシャツだったが、全身黒尽くめの人間にいきなり声を掛けられたら普通の女子高生はやはり驚くだろう。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
まずはリリアンでの日常挨拶で立て直す。
「早かったんですね。お待たせしてしまいましたか?」
「そんなことないよ。ちょっと早いけど行こうか?」
「はい」
二人は並んで目的地へ歩みだした。
「そういえばりなさん、妹ができたんだって?」
「はい。私、高等部に入学してからずっと妹が欲しくて…だから萌のことがすごく大事で、可愛くてしかたなくて。あ、でもお姉さまも欲しいんです。欲張りでしょうか?」
とろけそうな顔で妹自慢を始めるりなに自然と顔がほころんでくる。
「それが普通だと思うよ。でも今日のこととか萌さんに嫉妬されちゃうかも」
「え、そんな。嫉妬してくれてるんでしょうか。だったら嬉しいんですけど」
赤面して本音を語るりなに思わず笑みがこぼれてしまう。
そんな香にりなはますます顔を赤くしてしまったのだが、香には同じ剣道部の出来立て姉妹の朔耶と彩の二人がどうしてかダブって見えていたのだ。
りなと萌とはタイプの違う二人だが、初々しいというか、なんとも見ていて微笑ましいところは同じだった。


2月に行われたヴァレンタインイベントで知り合った二人は、カードを見つけたりなのリクエストでプチピクニックをしようということになった。
広めの公園には芝生があって、桜の季節には花見客が大勢押しかける。
今はようやく開花が始まった頃。花見にはまだ早いので休日でもそんなに人は多くない。
「晴れてよかったですわね」
りながにこにこしながらバスケットを握る手に力を入れる。
「そうだね。お昼寝したくなるね」
「ふふ、香さまらしいですね」
(どんな人間と思われているんだろう…)


「この辺でどう?」
「ええ、いいですわ」
桜の木から少し離して日陰に入らないようにビニールシートを敷いた。
香曰く、折角の春の光を浴びないなんて勿体無いらしい。
「香さまは日光浴をよくなさるんですか?」
変な質問かもしれないとは思いつつ訊ねてみる。
「ううん。どちらかといえばカーテンも閉めきってるし(笑)」
…やはりよくわからない。

「あ」
今腰を下ろしたばかりだというのに香が立ち上がった。
「どうなさったんですか?」
お弁当を広げようとしていたりなは手を止めて振り仰ぐ。
「お茶、買ってくるの忘れちゃった」
当初の予定では水筒を用意することになっていたのだが、重いし邪魔になるからという理由でその場で用立てることにしていたのだ。
自販機も見当たらないから、公園の外の道路を隔てたコンビニまで行かなければいけない。
「でしたら私が」
「いや、僕が行ってくるよ。もう立ってるしね」
言うや否や早速靴を履き始めている。
「ではお願いします。お茶はなんでもいいですから」
「うん。お留守番よろしく」

香が戻ってくると、既にお弁当が広げられていた。
「ただいま。はい、どうぞ」
ミニペットボトルに入った暖かいお茶を手渡す。
「ありがとうございます」
受け取りながら幼稚園児のおままごとのようだとくすぐったい気分になった。
「あ、お金を」
「いいのいいの」
財布を出そうとするりなの手を押さえて腰をすえる。
「これくらいは払わせてよ」
お弁当まで用意してもらったというのにそれでは情けなさ過ぎる。
「それにしても美味しそうだね。全部りなさんが作ったの?」
「ええ。ピクニックだからと思って気合い入れて作ってきました。
 嫌いなものとかないですか?苦労したんですよ。香さま、好きな物教えてくれないんですもの」
少し拗ねたように言うりなに肩をすくめてみせる。
嫌いなものならあげられるのに、好きな物は?と聞かれると困ってしまうのだ。
「大丈夫、どれも好きなものばかりだよ」
「それならいいですけど」
それもまた本心だったのだが、適当に答えられたと思われただろうか。
「本当だよ。さ、食べよう」
と、割り箸を手に取って促す。
二人で声を合わせて“いただきます”を言って箸を割った。

まずはビシソワーズ。最初に汁物に箸をつけるのも習慣だ。
ポットに入れてきたため温かそうな湯気が立ち上り、クリームの香りが鼻をくすぐる。
「うん、美味しい。冷たいのしか飲んだことなかったけど、温かいのもいいね」
「ええ。我が家ではいつも温かいまま飲むんですよ」
次に俵おにぎりを一つとる。
「あ、それはたらこです。それでこっちがツナです」
炊き込みご飯以外はぱっと見ではわからないが、作った本人には違いがわかるようだ。
「この卵は何が入ってるの?」
「変わりだし巻き卵です。卵の生地に甘しょうゆ味でで煮た椎茸と人参をみじん切りにして混ぜて、真ん中には茹でたほうれん草が入っています。
 それからポテトサラダにはハムの変わりにコンビーフを入れてみました」
目を輝かせて説明する様子を見て本当に料理が好きなんだなと感心してしまう。
野菜の角切りのコンソメトマト煮には赤と黄のパプリカ、大根、椎茸、茄子をダイスのトマト缶とコンソメ、胡椒のみで煮込んだもの。
鶏の竜田焼きは衣の油で手が汚れるのを防ぐために揚げるのではなく焼いたという工夫がされている。
最後に南瓜羊羹。隠し味に蜂蜜を使った甘さ控えめのデザート。
「りなさんはいいお嫁さんになるね」
満腹になり満足顔でそう言うと、りなは少し赤くなりながら、そんなことないですと言うのだった。

「あっと、忘れるところだった」
先ほどのコンビニの袋を漁ったかと思うとプリンを二つ取り出した。
「はい、りなさんの分」
「よろしいのですか?」
「うん。二人で食べようと買って来たんだから受け取ってもらわなきゃ困るな」
「はい。ではいただきます」
お弁当をおなかいっぱい食べたばかりだというのに。やはり別腹というのは存在するようだ。

りなが半分ほど食べ終わった頃に、既に食べ終わった香が小さく切った錠剤のシートを取り出していた。
「風邪ですか?」
無理をさせてしまったのだろうかと心配になって声をかけた。
香は一瞬なんのことかといった風に目を見張り、自分の手の中にあるものに思い当たる。
「ああ、花粉症の薬なんだ。まったく嫌になるよ」
そう言うといっきに口の中に放り込み、お茶で流し込んだ。
水かぬるま湯で、なんて外出先でこだわっていられない。
「香さまもなんですね。私もなんです。くしゃみがとまらなくて困ります」
「そうなんだ。大変だよね、これを除けば春はいい季節なんだけど」
そう言って少し西に傾いだ太陽を眺める。



ほんとうにいい天気だ。
すこし離れたところで兄妹だろうか、小さな子供たちが大きな犬と遊んでいる。
じゃれていると子供たちが食べられてしまいそうだ。
(怖くないのかな?)
犬はかわいいと思う。けれどそれと同時に怖いとも思う。
仰向けになって太陽に手をかざす。
人間っていうのは複雑なようで単純で、やっぱり複雑で。
「眠いかも」
そう呟くとそっと目を閉じた。


りなが戻ると香が横になっていた。
帽子は脱げているし、どうやら眠ってしまっているようだった。
お手洗いを探しに立って、10分も離れていないと思うのだが。
気持ちよさそうに眠っているのを起こすのも忍びないと黙って横に座る。
ほんとうにいい天気だ。
桜がほんの少しほころんでいて、暖かい日差しが降り注ぐ。
もう1~2週間遅らせれば花見を兼ねることも出来ただろう。
「香さまじゃなくてもお昼寝したくなるわね」
自分も段々睡魔に襲われているのがわかる。
もうすこし、このまどろみの中にいたいのに。



「りなさん」
「う…ん、もうちょっと」
「困ったなぁ」
どうやらあのまま眠ってしまったようで、目が覚めたら日が落ちかけていた。
いくら暖かくなったといってもまだ夜は冷えるし、遅くなってはご家族も心配するだろう。
「おーい、りなさん起きて」
「ん……?え、ぇえ??…あ、私、寝てました?」
「うん。でも僕も寝てたし。日も落ちるからそろそろ帰ろうか」
そう言って座り込むりなに手を差し出すと、りなは頷いて遠慮がちにその手をとって立ち上がった。


あとがき



ヴァレンタインイベントにてカードを見つけてくださったりなさんとの半日デートSSです。
拙い駄文ではありますが、楽しんでいただければ幸いです。
最終更新:2006年01月27日 20:29
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