「温室の歌姫」

温室の歌姫

中司 春菜



 授業の終了の鐘が鳴り、昼休みがやってきた。春菜はお弁当を出しながら、どこで食べようかと思案する。芽衣子は山百合会のご用とかで、既に教室を出てしまっている。何となく他のグループに混ぜて貰う気にもなれず、何とも無しに外を見る。澄んだ青空を見て外で食べることを思いつく。程なく、すごく良い思いつきのような気がして、春菜はそそくさと教室を出て行った。
 いつも通りおにぎり主体のお弁当を食べ終えると、ゆっくり立ち上がる。天気が良いものだから、このまま散歩でもしようと春菜は思った。弁当箱をさげてゆっくりと歩き出す。行き先は特に無い、でもそれが良い。気ままに歩いていると今まで来た事の無い方にたどり着いた。かすかに音が聞こえてきて、春菜はそれに引き寄せられるようにその場所へと歩いていった。
 春菜がたどり着いた先にあったのは古びた温室だった。かすかな音はしっかりとした歌声に変わっている。
「ラ、ララーラ、ララーラ。ラララーラ、ララ、ラーララ……」
 春菜は誰が歌っているのか気になり、温室の中に入っていった。
 温室に居たのは背の低い少女。少女は春菜から見て後向きだからか、全く春菜に気がついていない。天使の歌声を髣髴させる声に春菜は聞きほれる。
 彼女が歌い終わると、つい春菜は拍手をしてしまった。彼女は始めて春菜に気づいたのか、かなり驚いた顔で春菜に振りかえる。
「ごめんなさい、おどかしちゃった?」
「あ、誰か来てるなんて思わなかったから」
「本当に、ごめんなさい」
「気にしないで、えーと」
 少女は途中まで離しかけて口篭もる。口篭もった理由に思い至った春菜は、
「あ、あたし春菜。中司春菜です。はじめまして」
「あ、うん。始めまして春菜…さん?1年の葉月聖愛です」
「あ、同級生なんだ」
「そうみたいですね」
「えーと、なんと言うかすごく気持ち良い歌声だったです」
「ありがとう」
「それで、つい歌声に誘われてきちゃったんだけど…」
「ええっ!そうなの?」
「そうだったりして……」
「なんか、嬉しいな。そうだ!春菜さんの好きな聖歌は何?」
「うーん、聖歌といわれても良くわからないのよね」
 小首をかしげながらそう言う春菜に、聖愛は驚きながら、
「ええっ!リリアンの生徒なのに……あ、もしかして高等部入学組?」
 聖愛のせりふに春菜はうなづく。
「そうなんだ。じゃあ、曲は決まりね」
 その聖愛のせりふに、また小首を傾げる春菜。
「ずっとリリアンにいる生徒なら絶対知ってる歌を歌うね。曲名は『マリア様の心』」
 すぅっと一息、息を吸うと聖愛は歌い出す。
「マリア様の心 それは青空」
 その歌声はマリア様の心のような青空に響いていった……
最終更新:2006年01月26日 17:55
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。