リリアン女学園付属図書館 「体育祭準備SS」

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体育祭準備SS

一ノ瀬 ひめ乃



入学してから、早5ヶ月。
楽しかった夏休みも終わり、イベントが目白押しな2学期に突入した。
わたしも周りのお姉さま方のように高等部に慣れてきたかしら。
……どうだろう―――。まだ不安が残っている。
リリアンでの2学期で、まず最初のイベントは体育祭だ。

そういう訳で、ちょうど今一年桃組はHRの時間を使って誰がどの競技に出るか話し合っていた
ところだった。
わたしの一年桃組は運動部の人もおらず、なかなか話がまとまらずにいた。
それでも少しでも早く帰宅したい、または部活に行きたいなどの理由で早く終わらせたいため、
それぞれ仕方なく楽そうな競技に立候補していく。

このままの調子でいつまでもぽーっとしていると、いかにも残りそうなリレーに出なければいけ
なくなってしまうかもしれない。
リレーはバトンタッチが苦手なので絶対に避けたい競技なのだ。
であるからわたしが出来るとは思えない。

これまでわたしは何故だか勝手に自分は足が速い方だと勘違いしていた。
では、なぜそれを勘違いだと気付いたかというと、先日廊下で会った松組の黒崎望さんに、女
子高生の平均タイムを聴いてしまったからだ。
50mの平均が8.9秒……そのときのわたしはサンタクロースが本当はお父様だった、と初め
て知ったときのようにショックを受けた。
正直そんなに皆が速いとは思っていなかった。
わたしの中では9秒台なら速い、9秒前半はすごいのだから。
こんなことがあって、自分は足が速いはずだ、という幻想は消えたのだった。

一年生の出られる種目は2人3脚と障害物走で、あとは各学年共通では袴競争と大縄跳び。
多分、これならなんとか……と言う事で、大縄跳びに出場することになった。
頑張って飛び続けることができれば、大縄跳びはそう難しくないだろう。たぶん。
―――やっぱりこんなことは安易に考えすぎかもしれない。
足が速い方だと思っていた勘違いのように、どんな競技でもそんなに簡単なものじゃないとも思
う。
体育測定の垂直飛びのようにただ飛べばいいってわけでもないし、
クラシックを聴くようにリズムを取るだけでもいけない。
メトロノームの振り子に乗って、飛ばなければいけないようなものなのだ。
それでも今のところは足をひっかけないことだけが心配ではあるけれど。

障害物走もただ走るだけではない、という理由から出ることに決めた。
もしかしたら多少皆より遅くても、障害物を越えるのは得意かもしれない。
なんて理由もやっぱり勘違いかもしれない。

隣の席の志保子さんがそっと耳打ちしてくる。
「ひめ乃さん、障害物走、多分向いてないわよ。あぶないわ……」
わたしは特に危ないとも思わずに志保子さんにこう返した。
「大丈夫よ、志保子さん、わたし自信あるんだから^^」
日ごろのわたしをよく知っている志保子さんは閉口してしまった。
それを見たわたしは、「具合でも悪いんじゃないないですか?一緒に保健室に行きましょう
か?」
と言ったが、志保子さんは更にくらくらしつつ、
「いえ、大丈夫ですわ。ただ……あまり無理しないでくださいね……」
とだけ言ってくれた。

やっぱり、行事は楽しまなくちゃ♪と思いつつ、障害物走で大勢のギャラリーの中、
派手に転んだりしたらどうしようかしら、なんて思いもあったりする。
なにしろ何もないところでもいつも転ぶのに、障害物を飛び越えて走るのだから、
確率は更に高くなるわけで。

こう考えるとやっぱりさっきの理由も勘違いだったかな、と強く思ったりもする。
勘違い、と言うよりは楽天的過ぎる、って言った方が正しそうだ。
「得意かもしれない。」という根拠のない自信はまた崩れるかもしれないが、
でも出ないより出た方がきっと楽しい。たぶん。
リリアンでの生活もそう長くはないのだから。
どんな小さなことでも、どんな些細なことでも、
この胸に残しておける思い出はあまさず残しておきたい。

袴競争も、一般部門で二年藤組の葛城かずらさまと一緒に出ることになった。
それにしても袴競争というのはどうやって練習したらいいものだろうか。
かずらさまと一緒に放課後練習すると言うのもいいけれど、
それは迷惑なような気がするので出来ない。それに練習用に使えるような袴もないのだ。
そうは言ってもリリアン高等部で初めての体育祭ということもあり、当然気合も入る。
それよりもまずかずらさまに恥をかかせないようにしないと、という思いもあった。

HR終了後、部活もないのでまっすぐ帰宅しようとしたところ、
廊下でばったり椿組の春菜さんに出会った。春菜さんは今年の体育祭実行委員だ。
お互いごきげんよう。と挨拶を交わし、一緒に下校する事にした。
時期が時期なだけに体育祭の話になる。
「ねぇ、春菜さんはなんの競技に出る事になさったの?」
少しだけ身長の高い春菜さんを見上げながら聞くと春菜さんは、
「ん~、あたしはほとんど出るけど・・・あとは芽衣子さんと一緒に二人三脚に出るよ」
芽衣子さんと二人三脚。うん。と思わず納得してしまった。
春菜さんと芽衣子さんは同じクラスでとても仲がいい。

それから少し雑談して、ごきげんようと挨拶をし、M駅でそれぞれの帰路に別れた。

とりあえず、わたしの走る速さが望さんに教えられた平均タイムに少しでも近づけるように、夕
方走りこみをしようかなと思って、典型的な日本人のような発想で、
学校指定のジャージがあるにも関わらず、SSサイズの薄いピンクの上下のジャージを購入することにした。
SやMは大きいので、探すのに苦労したけれど、それはそれで楽しい。
薄ピンクのジャージを選んだ理由は、なにしろ桃組はピンクチームだから、
やっぱり練習着とは言えピンク色に統一したかったのだ。
形から入ろうとするあたりがいかにも典型的な日本人だなと思って少し自分に笑ってしまった。

出場競技が決まり、自宅の重い扉をあけると妹も母もいない。
妹はバレー部で母はきっとお琴にいっているのだろう。
二人が帰宅してから、体育祭でわたしが出る競技について報告したところ、
母親と妹はなんともひどい事をいってくれた。

第一声はまず母親からだった。
「ひめ乃ちゃんが障害物走なんて、ただ怪我するだけでなんの貢献にもならないわよ?
それなのに、ジャージまで買い込んできて、しかも子供服じゃないの?それ。
それくらいならレオタードに上着をきて、バレエのホットパンツでもはけばいいのに。」

続いて妹のゆき乃。反抗期なのだかなんなのだか、いつも手厳しい。
「ひめ乃ちゃん、自分の運動神経わかってるの?
同じ学校なんだからあまりわたしのところにまで噂がくるようなことはやめてよね。」

……お母様、ゆき乃、あんまりいじめないで下さい。
……そしてお母様、申し訳ありませんが、そんな痴女みたいな真似はできません。
わたし、仮にもリリアンの生徒なのですよ?
泣きたくなるような言われようだった。
わざわざ学校指定のジャージがあるにも関わらず桃組ファイト~^^というつもりで、薄ピンクの
ジャージを購入したというのに……。

リリアンはクラスごとの色別が、李(桜)組が白、菊組が黄色、藤組が紫、桃組がピンク、松組が
緑で、椿組が赤だ。
その色ごとに学年関係なく色で競い合う。
普通は4色くらいのものらしいので、他の学校より色が多いだけの話なのだが、色にこだわりが
あるわたしには、来年もまた桃組がいいな。なんて思ったりしてしまう。
子どもっぽい発想だが、本当にそう思うのだから仕方がない。

明日は何もお稽古事がない日だから、さっそく夕方走ってみようと思う。
いろいろと走る道順を決めて、危なくないように、それでいて効率のいい道を探しながら走らな
いといけないなあ、と思う。
速くなるといいなぁ。どうか三日坊主になりませんように。
マリア様どうかご加護を。
ついマリア様にお祈りしてしまうのは、もう幼稚舎から変わらない。
でもマリア様もさすがにわたしの運動神経まではどうにもできないかもしれない。
それでもマリア様に祈ってみる。それがわたしだから。

体育祭まであと数日。わたしは体育の時以外履きなれないスニーカーの紐をきゅっと結び、
茜さす道を走る。
 この道はどこに続いているのだろう。そんなことを考えながら、
わたしはまっすぐに前に向かって進み続けていった―――。