ギャクテンクンポケット

ギャクテンクンポケット~南田亭竜二の冒険~

俺の名前は南田亭 竜二(なんだてい りゅうじ)。親切高校の野球部キャプテンであり、甲子園を目指して仲間とともに日々野球の練習に励んでいる。
この日も授業が終わり、いつも通り部活に勤しんでいた。だが、一つだけいつもと違っていることに気づく。
「あれ?岩田がいないな。」
部員が一人来ていない。南田亭と同じ3年で親切高校の打撃の主軸である岩田が、まだグラウンドに姿を見せていなかった。
「あいつのことだし、またどこかで腹を空かして倒れてるんじゃないか?」
「うーん、そうだといいけど。」
他の部員とそんなことを話していると、車坂監督がグラウンドに勢いよく走ってきた。
「大変なことが起きた!今日の練習は中止だ!!」
車坂監督の言葉でグラウンドが静まり返る。スパルタ練習を掲げる車坂監督が練習を中止させるということは、余程のことが起きたということを意味していた。
「な、何があったんですか?」
恐る恐る監督に尋ねる。監督は一呼吸置いてから、衝撃の事実を部員に伝えた。
「岩田が、殺された。」

そして俺は、何やかんやあって行われることになった学校裁判の弁護役に何やかんやあって選ばれた。
親切高校は山の奥深くにあり、交通の便が悪い。しかも色々あって数少ない道が通れなくなってしまって、警察がすぐに来られないというとんでもない状況になっているという。
そこで、警察が来ないなら学校でとっとと裁いちゃったほうがいいという意味不明なノリで学校裁判を行うことになった。
さらに、弁護役と検察役は責任があるから責任感のありそうな各部活の主将から抽選で選ぼうというよく分からない理由で抽選が行われ、見事選ばれたのだ。
「どうしてこんなことに…」
南田亭はため息をついた。岩田が殺されたというショックは大きく、その裁判で弁護をしなければならないことは苦行でしかなかった。
しかし、選ばれた以上やるしかない。意を決して、裁判が行われる会場―特別講義室に足を踏み入れた。既に会場の傍聴席には沢山の先生・生徒が座っていた。検事役と裁判長役はまだ来ていないようだ。
「な、ナンダテさん!」
南田亭に、金髪でツインテールの女の子が話しかけてきた。
「え~と、いつきちゃんだっけ?」
「は、はい!…その、私、何もやってません!信じてくださいっ!」

桜井いつき、俺が弁護を担当するこの事件の被告人だ。学年が違うため、あまり接点はないのだが、高科と一緒にいるところを見かけたことは何度かある。
その時の様子から明るくて元気な印象があるが、流石に今は不安そうな表情をしていた。
「ああ、分かった。やれるだけ頑張ってみるよ。」
「お願いします…ナンダテさんが私の無実を証明してくれるのを、信じてます!」
いつきがそう言った直後、会場のドアが開き、検事役、天月五十鈴が入ってきた。
「検事役の天月だ。南田亭、今日はお互いに頑張ろう。」
「あ、ああ。よろしく。」
天月に挨拶され、ぎこちなく返す南田亭。同じクラスではあるが、天月はクラスの高嶺の花的な存在であり、あまり話したりすることは少ない。
また、野球バカな南田亭とは違い、天月は頭がいい。普通に考えれば南田亭に勝ち目はない。だが、頑張ると言ってしまったからには負けるわけにはいかないと、気持ちを切り替えて裁判長役が来るのを待った。
天月が会場に入ってから数分経った後、生徒会長、神条紫杏が会場に入ってきた。
「裁判長は神条か?」
「いや、最初はそうなる予定だったが、裁判長は私がやるより学校外の第三者がやった方がいいという意見があってな。そこで、たまたま学校の視察に来ていた方に頼むことにした。」
そう言うと、神条の後ろからもう一人、金髪で眼鏡をかけた女性が入ってきた。
「裁判官役を務めるルッカです。ミス神条が ど う し て も 私が裁判に必要と言うので引き受けました。」
何だか凄く小物な感じがする人だという気がしたが、そのことは心の中で言うに留めた。

「オホン、それでは、裁判を開廷します。」
木槌の音が会場に響く。ついに、裁判が開始された。
「ミス天月、事件の概要をお願いします。」
「分かりました。被害者は岩田重機。野球部に所属する3年生です。今日の放課後、中庭で頭から血を流し倒れているのを他の学生に発見されました。死因は頭部からの出血による出血多量。
 また、被害者は5時間目の授業に出席しているにもかかわらず、6時間目の授業には出席していないため、5,6時間目の間の休み時間に殺害されたと思われます。」
天月が淡々と事件の概要を述べる。
「凶器はハンマー。中庭に放置されていたもののようです。凶器についての細かい検証は桧垣先生が行っているので、桧垣先生、説明をお願いします。」
天月に呼ばれ、桧垣が凶器のハンマーが入ったビニール袋を持って現れた。
「どうも、桧垣です。ハンマーには多量の血がついていて、ハンマーの形状と被害者の頭部の傷跡は一致したため、このハンマーが凶器とみて間違いないと思われます。
 また、ハンマーからは指紋らしきものが検出されました。」
「だったら、指紋から犯人が特定できるんじゃないんですか?」
桧垣の言葉を聞き、南田亭が質問する。正直、南田亭にはいつきが岩田を殺したとは思えなかった。そのため、指紋検証をすれば無実が掴み取れると思っていた。
「それは無理です。今ここにある資材での指紋検証ではかなり不正確になるため、証拠として扱うことはできません。分かることは、指紋の付き方から右手で持っていたということぐらいですかね。」
「そうですか…」
証拠を掴めず小さくため息をつく南田亭。気を取り直し、岩田の死因、死亡推定時刻、凶器の情報を記録した。

「ありがとうございました、桧垣先生。それでは、事件についての説明を再開させてもらいます。
 被告人は桜井いつき。今日被告人の所属するクラスは授業が5時間目までであり、5時間目終了後に教室を出るのを目撃された後、事件が発覚した放課後まで被告人を目撃した人はおらず、アリバイはありません。
 被告人は被害者と特に接点はなかったようですが、恐らく何か口論になりカッとなってしまい近くに落ちていたハンマーで殺してしまったのでしょう。」
「待った!天月さん、アリバイがないだけで犯人扱いはあまりにも暴論じゃないか!」
南田亭が待ったをかける。しかし、天月は落ち着いている。むしろ、南田亭の反論も予想通りだ、という様子に見えた。
「証拠はもちろんある。裁判長、この現場写真を証拠として提出します。」
天月が一枚の写真を取り出した。その写真をルッカが証拠品として受理し、会場にあるモニターにその写真が映し出される。その内容に、南田亭は驚いた。


「こ、これは…」
「そう、被害者のダイイングメッセージだ。」
モニターには、血で書かれた『イツキ』の文字がはっきりと映し出されていた。傍聴席がざわつく。
「静粛に!これは決定的な証拠ですね。被告人が犯人であることは間違いないでしょう。」
南田亭はいつきの方を見た。いつきは信じられないといった表情でスクリーンを見ていた。視線に気づいたのか南田亭の方を見ると、犯人でないと言いたげに首を振っていた。
嘘をついているようには見えない。やはり、南田亭にはいつきが犯人だとは思えなかった。
「それでは被告人に判決を言い渡します。有ざ…」
「い、異議あり!」
裁判を終わらせる訳にはいかないため、とりあえず異議を申し立てた。
「ミスター…ナンダッテ。何かこの証拠品に問題がありますか?」
「その通りです。この証拠品には、アキラカにおかしな点があります!あと俺は南田亭です。」
勢いよく言ったが、何がおかしいか今のところ分かっていない。
「ならば、おかしな点を指摘してもらおうか。」
天月に指摘するよう促され、南田亭は頷いた。まだ、おかしな点は分かっていない。額から汗が滲み出る。
(どこか、どこかおかしな所はないのか!?…ん?)
必死にスクリーンに映し出された写真を見ていると、違和感のある部分があることに気づいた。
「イの二画目とキの二本目の横棒、どこかおかしくありませんか?」
「どういうことだ?」
「今言った二か所は他の部分と比べて、線が少し太く、しかも、濃く書かれています。まるで、犯人が書き足したように。」
渾身のドヤ顔で言い放つ。傍聴席がまたざわつき始めた。
「静粛に!ミス天月、何か反論を!」
「単に力が入ったり途中で指に血を付け直しただけじゃないか?」
「異議あり!二か所以外の部分はほとんど線の太さ濃さは同じなのに、この二か所はアキラカに異様です!それに、キには横棒が二か所あるのに、片方だけ力が入るのは妙だ!」
「犯人が書き足されたと思わせるためにダイイングメッセージを上から太く濃くなぞった可能性もあるだろう。」
「確かに、確かになぞった可能性もあるかもしれない。だからといって、上からなぞったという証拠はない以上、書き足された可能性は否定できないはずだ!」
天月の指摘に南田亭が反論する。いつきの無実を証明するためにも、ここで主張を譲るわけにはいかなかった。
「…では、写真からその二か所を除いたものを提示しよう。」
「え?」
天月の冷静な反応に南田亭は驚く。証拠を崩したのだからもっと慌てると思っていたのだが、全く動揺していない。
それに、指摘した二か所を除いた写真を何故か用意している。南田亭は嫌な予感がした。
モニターに二か所を消す加工をされた写真が映し出される。


「これを見ると、書かれた文字は『ノツヤ』か『ノツカ』に見える。しかし、親切高校にそのような苗字名前の人物はいなかった。
 一応『ノツキ』『イツヤ』『イツカ』も調べたが、同様の結果だった。だとすると、やはり『イツキ』である可能性が高いと思うが?」
「な、名前以外のメッセージの可能性もある!」
「つまり、南田亭はあくまでも被害者が書き残した文字が『イツキ』ではない可能性があるから決定的な証拠にはならないと主張するのだな?」
「…ああ、そうだ。」
南田亭が答えると、天月は不敵な笑みを浮かべた。嫌な予感がさらに強くなる。
「そうなると、この証拠では被告人を犯人だと決めるのには不十分だな。だが、検察側にはもう一つの決定的な証拠…目撃証言があるんだ。」
嫌な予感が的中した。天月はダイイングメッセージの不自然さに気づいていた。それを指摘され、十分な証拠にならなくなることも予測済みであった。
そうなっても勝てるだけの証拠があったからこそ冷静さを保っていたのだ。
「ふふふ、目撃者は南田亭もよく知っている人だ。それでは出廷してもらおうか。」
ドアが開き、証人が入ってくる。
「やれやれだぜ。」
「え、越後!?」
証人は越後だった。南田亭もまさかコイツだとは思っていなかった。
「証人の越後竜太郎は休み時間に被害者と犯人が口論になっているのを目撃したそうだ。」
「越後、それは本当なのか?」
「ああ。まあチラッと目に入っただけだけどな。俺が嘘をつくわけないだろ?」
確かに越後が嘘をつくとは思えないし、嘘をつく理由もない。
「じゃあ、岩田と口論してたのはいつきちゃんで間違いないのか?」
「やれやれだぜ。チラッと見ただけでそんなこと覚えてるわけないだろ。」
「・・・は?」
越後の返答に南田亭は困惑した。これでは何の証拠にもならない。
「この通り、証人は被害者が口論していた相手が誰かは覚えていない。」
「じゃあ証人の意味なんかないじゃないか!」
机を叩いて反論する南田亭。しかし、余裕を持った天月の表情は変わらない。
「まあ落ち着け。証人は犯人が誰かは覚えていない。だが、その犯人の特徴を覚えていたんだ。」
「な、何だって!?」
「では証人、犯人の特徴について証言してください。」
天月に促され、越後が証言を始めた。
「おう。俺は6時間目の授業のある教室を間違っちまってて急いで本当の教室を探してたんだ。そん時にチラッと岩田が口論してるのが目に入ったんだ。」
「それで、口論してた相手の特徴は?」
「ああ、そいつは金髪で、それで…」
越後が神妙な顔をして黙り込む。会場全体が静まり返り、緊張感が漂い始める。皆の視線が越後に集まる。ゆっくりと、越後が言った。
「何だっけ。」
思わず皆がずっこけそうになった。今までポーカーフェイスを貫いてきた天月もこれには流石に困り果てた顔になる。
「証人、あなたは聴取のときこう述べました。口論をしてた相手の特徴は金髪と…アクセサリー、だと。」
「おう!それだそれだ!」
「…ッ!」
天月の言葉とそれを肯定する越後の言葉に、南田亭は絶句するしかなかった。金髪とアクセサリー、どちらも完璧にいつきにあてはまる特徴だ。
「もう、決まりのようですね。判決を言い渡しましょう。」
「ま、待った!尋問を、越後に尋問をさせてください!」
「…ミスターナンダッテ、まだ足掻きますか。無駄に時間を長引かせないでください。」
「無駄じゃありません!お願いします!」
「…尋問を認めます。何も変わらないとは思いますが。」
ルッカが判決に移ろうとするのを何とか止めた。しかし、状況はかなり不利だ。額の汗を拭う。会場には空調が効いているはずなのに、汗が止まらなくなっていた。
「越後、金髪とアクセサリーっていうのは本当に合ってるんだな。」
「ああ。合ってるぜ。…ちょっと違うかもしれねえけどな。」
「ちょっと違う?」
「ああ。まあアクセサリーで大体合ってるとは思うんだけどな。」
「大体って何だよ!」
追い込まれているせいか、思わず語気が強くなってしまった。越後が呆れた顔で答える。
「おいおい、そんなことも分からねえのか。大体って言うのはな、ほとんどって意味で…」
「そういう意味じゃねえよ…」
今度は南田亭が呆れ顔になる。

「越後…言葉のキャッチボールくらいちゃんとしてくれ。」
「キャッチボールか?分かったぜ。」
そう言って越後ポケットからボールを取り出すと南田亭に向かって投げた。まさか本当のボールを投げてくると思ってなかった南田亭は当たる寸前で体を捻ってかわした。
「うおっ!?何すんだよ!!」
「証人!何をしているんですか!」
「キャッチボールだよ。」
会話に関してはもはやドッジボールにもなってない気がする。とりあえずボールを探すが見当たらない。壁で跳ね返って遠くに行ってしまったのかもしれない。
「あのー、ボールこっちに来ましたよ。」
答えたのはいつきだった。確かにいつきの足元には越後が投げたボールがあった。
「やれやれだぜ、そのボール投げ返してくれ!」
「あ、はい!」
越後に言われていつきが左手でボールを投げ返す。越後がボールをキャッチしポケットに閉まった後、ルッカが切り出した。
「では、そろそろ尋問を終了して判決に移らせてもらいます。」
「ちょっと待ってください!」
「南田亭、これ以上やったって何も変わらないぞ。」
「でも、越後はアクセサリーとはちょっと違うと言ってる!それに、越後の言ってることは訳の分からないことばかりで」

「訳が分からねえのはどっちだよ!!!」
南田亭の言葉を、いきなり越後が遮った。先ほどまでとは違い、言葉には怒気が込められていた。
「…越後?」
「そもそも、何でお前が弁護してんだよ。」
「それは、抽選で選ばれたから…」
「南田亭…殺されたのが誰か分かってんのか!」
「!」
「何でチームメイトが殺されたのに、お前は殺した奴のことを弁護してんだよ!おかしいだろ!!」
南田亭は黙り込んだ。いつきも顔を俯かせている。越後の怒号が響いた後、会場はしばし静寂に包まれた。
「…信じてくれてるからだよ。」
南田亭が口を開いた。越後の言葉は心に響いた。そして、越後の言葉に答えるため、自分が弁護をしている理由を真剣に考えた。その結果、一つの結論が出た。
「いつきちゃんが俺が無実を証明してくれるって信じてるからだ。だから、俺もいつきちゃんの無実を信じて弁護をしているんだ!」
信じてくれているから信じる。それが南田亭の答えだった。それを聞いて越後はやれやれとため息をつく。表情から怒りは消えていた。

「…多分、お前ってバカだと思うぜ。」
「お前には言われたくないがな。」
越後の言う通り、こんなに不利で追い込まれた状況でも、被告人を信じるのはバカなのかもしれない。だが、そんなバカだからこそ見つけられるものがあるはずだ。
9回裏2アウトで負けていても、諦めずに勝利を信じていれば、大逆転劇だって起こせる。裁判だって同じだと南田亭は思った。
(でも、今までのやり方じゃ、勝てない。発想を逆転させるんだ…いつきちゃんが犯人である証拠を潰すんじゃなくて、いつきちゃんが犯人でない証拠を見つけるんだ…!)
「茶番も終わりましたか。やはり無駄な時間でしたね。」
(この法廷で起きたことを全て思い出すんだ…裁判と関係のなさそうなところにも何か手がかりがあるはずだ…!)
「それでは、判決に移らせてもらいます。」
(………!)
「被告人桜井いつきに、有ざ…」
「異議あり!!!」

異議を申し立てたのは、もちろん南田亭だ。ルッカはうんざりした様子を隠しきれない。
「…ミスターナンダッテ、まだ茶番劇を続けるつもりですか。」
「いいえ、もう茶番は終わりです。俺は、いつきちゃんが犯人でない証拠を提示します!その前に、一つだけ確認のためにやらせてほしいことがあります。」
「何ですか?ふざけたことなら私の右ストレートが貴方の顔面を襲いますよ。」
会場の注目が南田亭に集まる。少し間を開けてから、南田亭は力強く言い放った。
「弁護側は…もう一度、キャッチボールをすることを要求します!」
会場がシーンとなる。南田亭以外が、皆呆気にとられている。
「よほど、殴られたいようですね…」
ルッカが怒りを滲ませながら言葉を発する。
「いや、これはとても重要なことです。越後、ボールを渡してくれ。」
「ほらよ。」
そんなことを気にせず、南田亭はキャッチボールの準備を始める。越後からボールをもらい、それをいつきに渡す。
「いつきちゃん、そのボールを越後に投げてくれ。」
「はあ、分かりました…」
いつきも全く南田亭の意図が分からなかったが、言われた通りさっきと同じように左手でボールを投げた。

「…やっぱりな。」
南田亭は満足げな表情になったが、天月は不満顔だ。
「南田亭、流石におふざけが過ぎるぞ。いい加減にしたほうがいい。」
「いや、大真面目だ。今のキャッチボールが、いつきちゃんが犯人でないことを証明しているんだ。」
「何を言ってるのか、全く意味が分からないな。」
外国人がやりそうな手を広げるポーズをする天月。完全に呆れている。
「まず、事件をおさらいしましょう。犯人は被害者と口論になり、カッとなってその場にあったハンマーで衝動的に被害者を殴り殺してしまった。間違いないですね。」
「ああ、その通りだ。」
「つまり、これは衝動的犯行です。では、何故犯人はハンマーを右手で持ったのでしょう。」
「何を言ってるんだ。それは、右が利き腕だからに決まってる………あっ!」
天月が驚いて口を覆う。
「そう、衝動的に人を殺してしまうとしたら、普通利き腕を使います。では、先ほどのキャッチボールでいつきちゃんはどちらの手でボールを投げていましたか?」
「ひ、左手だ…。」
天月が悔しそうな表情をしながら呟いた。それを聞いてから、南田亭は声高らかに自らの主張を突きつけた。
「そう、いつきちゃんは左利き。いつきちゃんが犯人ならば、ハンマーには左手の握りあとが残っているはずなんです!!!」

「ぐぅ……ま、待った!落ちていたところが右手で取りやすい場所だったのかも…。」
「もしそうなら、利き手に持ち替えるか、両手で持つはず。それに、利き手じゃない腕でハンマーのような重いものを振りかぶって人を殺すのはかなり難しいはずだ!」
「くっ…」
天月がガックリと肩を落とす。だが、無実であるという証拠を出したが、逆に有罪であることを示す証拠が消えたわけではない。
「ミスターナンダッテ、面白い推理ですが、ミス天月の言う可能性も否定することはできません。そもそも他に被告人の有罪を示す証拠があります。」
「はい、確かにそうです。」
ルッカの言葉に南田亭は頷きながら答えた。まだまだ状況は不利なのは分かっている。だが、ここで諦めるわけにはいかない。
「ですが、弁護側は被告人が無罪であるという主張は変えません。それを証明するために…、」
両手で机を強く叩く。いつきの無罪を証明するため、南田亭は最後の大博打に出た。
「弁護側は、真犯人を告発します!!!」

会場が大きくざわつく。ルッカが木槌を何度も叩く。
「静粛に!静粛に!!!ミスターナンダッテ、憶測で告発をするのは許されない行為だと分かっていますか?」
「分かってます。弁護側には、真犯人を示す証拠もあります。」
本当はまだ証拠は掴めていない。しかし、ここはハッタリでも押し切って、足りない頭をフル回転させて推理を展開していくしかない。覚悟は決めていた。
「それでは、真犯人を示す証拠を出してもらいましょう。まあ、出せるとは思いませんが…。」
南田亭は深呼吸して、証拠を見直した。そして、真犯人に繋がる可能性があるとしたら、やはり、岩田が残してくれたこの証拠しかないと思った。
「真犯人を示す証拠は、もちろん、ダイイングメッセージです。」
モニターにダイイングメッセージの写真が映し出される。
「……南田亭。残念だが、もしそれが犯人によって書き足されていたとしても、誰の苗字名前とも一致してないんだ。」
このままでは真犯人を告発できない。だが、やるべきことは分かっていた。必要なのは、発想を逆転させること。もう一度、ダイイングメッセージに目を通す。そして、あることに気づいた。

60 :名無し :2015/08/02(日)22:54:22 ID:GsB ×
「逆…だったんだ。」
「逆?」
「俺も、天月さんも、書き足された部分にだけ目が行って、逆のことに気づいてなかったんだ…消された部分があったことを!」
「消された…部分だと…!」
南田亭の言葉に、天月も戸惑いを隠せない。突然ルッカが話に割って入る。
「ミスターナンダッテ!それ以上の詮索はやめなさい!」
「やめません!ダイイングメッセージの『ノ』の右横の部分の土…少し色が違います!この部分にも岩田の書いたメッセージの一部があったんです!」
ルッカの静止を無視し推理を進める南田亭。脳裏には、一人の人物が真犯人として浮かび上がっていた。
「恐らくそこに書かれていたのは、カタカナの『レ』です!そして、一番下の文字を『カ』だとするならば…」


「そうだとすると…『ルツカ』、いや、『ルッカ』…ま、まさか!」
南田亭は裁判長席を指さして、力強く言い切った。
「そう、ダイイングメッセージは『ルッカ』!俺は裁判長のルッカさんを告発します!!!」

会場が今までで一番大きくざわついた。ルッカは完璧に怒っていて、木槌を力いっぱい叩きつけて大声で怒鳴る。
「シャラップ!ただの学生風情が調子に乗ってふざけた真似を!」
「そう言えば、ルッカさんはふざけたことをすると右ストレートで殴ると言ってましたね。」
「…!」
「ということは、ルッカさんは右利きのはず。つまり、犯人の条件に当てはまります。」
「……フッ」
ルッカを追い詰めた。そう思った矢先、突然ルッカがニヤリと笑った。
「確かに、私が右利きであることは認めましょう。ですが、ミスターナンダッテ、証人の証言を忘れていませんか?」
「ッ!」
「金髪は当てはまりますが、アクセサリーは私には当てはまりません。つまり、私は犯人でないということです。」
「そ、そんな…。」

ここまで来たのに、最後の最後に落とし穴が待っていた。メガネをアクセサリーと言うのは難しい。南田亭は必死に考えるしかなかった。
(越後はアクセサリーで大体合ってるが、ちょっと違うと言っていた。つまり、アクセサリーに近い何かがルッカさんを示しているはずなんだ…!)
「よく頑張りましたが、所詮東洋人ですね。私のようなエリートに勝つには程遠いんですよ。」
(ルッカさんの特徴を思い出せ…越後がルッカさんの何を見てアクセサリーと言ったか考えるんだ……あ!)
「ミスターナンダッテ、貴方の負けです。」
「いや、負けるのはルッカさん、あなたです!」
南田亭が言い返す。ルッカは見下すように言い放った。
「戯言を…下等なジャパニーズの学生にこれ以上何が出来るのですか?」
南田亭は不敵に笑いながら答えた。
「…ジャパニーズだから、勝てるんですよ。」

「何…!」
戸惑うルッカを尻目に、南田亭が天月に質問する。
「天月さん、アクセサリーを、日本語で言うと何ですか?」
「それは…装飾品とか、小物とか…小物…ああっ!」
突拍子もない質問に困惑しながら答えていた天月だが、アクセサリーの意味を理解し声を上げる。
「そう!越後が言いたかったのはアクセサリーではなく、小物!ルッカさんの人間としての小物さのことだったんです!」
「それだそれだ!俺が言いたかったやつ!小物って言いたかったんだよ!」
最後の壁を打ち壊した。それを聞いてルッカは怒りで顔を紅潮させて、木槌を何度も叩きつけている。

「何よ!何で私が小物扱いされなきゃいけないのよ!東洋人ごときに!…あのデカブツだって、あんなことを言わなかったら殺さなかったのに!!!」
「ど、どういうことですか!?」
「フン、あのデカブツは私のことを『おばさん』って呼んだのよ!怒るのを我慢して名前を教えたのに、今度は『ルッカおばさん』って呼んだのよ!だから殺してやったのよ!!!」
「な、なんて器の小さい女なんだ…。」
「それだけの理由で岩田を殺したのか…!」
南田亭の胸に怒りがこみあげてくる。越後も怒りに震えていた。ルッカは開き直って言葉を続ける。
「ええ、そうよ。私が殺したのよ!たまたま学生の名簿一覧で見つけた女に罪を着せようと思ってたのに、貴様らのせいで台無しよ!こうなったからには貴様ら全員(ピー)して(ピー)させて…」
「はい、そこまでよ。」
「そんなことしたらアカンで~」
「な、何!?離しなさい!私を誰だと思ってるの~!」
激昂していたルッカだったが、突然現れた浜野と大江に拘束され、会場の外へ連れ出されていった。

ルッカの自白&退場で一時騒然となった裁判会場も、今はもう落ち着いている。
「さて、大変な裁判になったな。」
裁判長の代役を任せられた神条が話し始めた。
「ルッカについてだが、警察が親切高校に着き次第岩田重機殺害の容疑で逮捕される予定だ。あの態度では、情状酌量される余地もないだろう。…それでは、判決に移る。」
判決はほぼ分かっているとはいえ、会場全体に緊張が走る。南田亭も息を飲んで判決を待つ。
「被告人桜井いつきに判決を言い渡す。無罪!」
会場から歓声が沸き起こる。見事、南田亭はいつきの無実を勝ち取った。

「ナンダテさん!」
裁判会場を出ると、いつきが南田亭のところへ駆け寄ってきた。
「ありがとうございます!ナンダテさんのおかげで無罪を勝ち取れました!」
裁判中は見られなかったいつもの笑顔が戻っている。この笑顔を守れたと思うと、南田亭もなんだか嬉しくなった。
「俺は自分がやれることをやっただけだよ。とにかく、いつきちゃんの疑いが晴れて良かった。」
「本当にナンダテさんには感謝してます。だから、そのお礼に…お弁当を作らせてください!」
「…へ?」
突然の申し出に驚く南田亭。いつきが慌てて続ける。
「わ、私がお弁当を作るんで、一緒にお昼を食べて、お話をしたりとか…その…」
「え~と、もしかして、それってデート?」
いつきは顔を赤くして、俯いてしまう。二人の間に気まずい沈黙が流れる。

「…私、今ズルいことをしましたね。私がしたいことを、お礼って言って押し付けようとしてました。」
沈黙を破ったのはいつきの方だった。顔を上げ、真剣な表情をして言葉を続ける。
「だから、言い方を変えさせてください。……私、ナンダテさんのことをもっと知りたいです。お話もしたいです。だから、今度、お昼ごはんを一緒に食べませんか?」
いつきが自分の思いを伝えた。南田亭は、この思いに自分が応えられるかを自分に問いかけた。そして、出た答えをいつきに伝える。
「俺で良ければ、喜んで。」

一つの裁判という物語が終わり、そこからまた一つ別の物語が始まった―