基本データ
- 艦級:クレムソン級駆逐艦?32番艦/哨戒艇?
- 建造場所:ウィリアム・クランプ・アンド・サンズ社フィラデルフィア造船所
- 起工:1919年9月9日
- 進水:1920年3月4日
- 就役:1920年9月15日
- 除籍:1942年3月25日 アメリカ海軍より
- 編入:1945年(日付不明) 日本海軍により
- 除籍:1945年10月5日 日本海軍より
- 編入:1945年5月23日 アメリカ海軍により
- 喪失:1946年5月24日 標的艦として沈没
- 除籍:1946年4月17日 アメリカ海軍により
史実情報
第102号哨戒艇となったスチュアートは、DD-224、1919年09月09日に建造された第1次世界大戦型のアメリカの駆逐艦です。平甲板と4本煙突、魚雷兵装もタンデムと古風な駆逐艦が開戦初期に日本の駆逐艦と打ち合いを演じたのは、単に作り過ぎたからでした。
そんなスチュアートですが、バリ島沖海戦で満潮を大破に追い込むも、自身も小破してスラバヤに逃げます。
しかし浮きドックで焦って船体が転げて損傷し、おまけに日本軍の空爆を受け、浮きドックごと自沈処分が行われます。
所がその処置が不十分だったため、日本軍が引き上げて修理し、第102号哨戒艇として再就役します。
さすがに船体そのまま使うとまずいので、識別の為に煙突2本を集合煙突として3本に改めます。
と言ってもそれ以外に大した違いもなかったので度々米軍が目撃しては「なんで自軍の駆逐艦が居るんだ?」と首を傾げられました。
そんな第102号哨戒艇ですが、過酷な太平洋戦争の海上護衛を生き残り、終戦時に健在で米軍は驚きます。
無論、沈んだものと思っていたスチュアートは別の艦の名前となっており、番号のDD-224として本国への帰路に付きますが、途中で機関故障で動けなくなります。
それでも曳航されて金門橋をくぐり、拍手で迎えいれられたものの、機関故障で動かなくなった第1次世界大戦型の駆逐艦は必要ありませんでした。
その後標的艦として撃沈処分されるという、さびしい物でした。
オリジナル艦娘の状況
有名艦なので描いている人が多い
4名
同型艦
第102号型
なし
関連項目
外部リンク
最終更新:2015年08月06日 19:22