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例えば、こんな日も」(2006/08/28 (月) 17:59:48) の最新版変更点

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開け放った窓から蝉の声が流れ込んでくる。 成歩堂は自宅のリビングの床に寝転がっていた。ぼんやりする頭の中に、微かに車のエンジン音とドアを開閉する音が届く。御剣が来たな、と思った。この状況を見れば彼は怒るだろう。冷房も入れず、いつも通り散らかった部屋の真ん中でだらしなく寝そべる自分。何事もきっちりさせたがる御剣の性格とは正反対の部屋だ。 彼は部屋に入って室内の状態を見るなり何事かイヤミを言って、冷房のスイッチを入れ窓を閉め、寝ている自分を無理矢理引っ張り起こしていつもの小言が始まるのだ。容易に想像できる。そこまで分かっているのなら事前に行動を起こせばいい。今からでも遅くは無い。しかし、成歩堂にそんな気力は無かった。 9月間近の晩夏の土曜日は真夏日らしい。 らしい、というのは成歩堂自身が気温を測って確かめたわけではないから。朝に見た天気予報で今日の予想最高気温は32度だと言っていた。 (そうだ、エアコンのリモコン探してたんだっけ……) 確かここに、と思っていた場所に無かった。だから探した。しかし見つからなかった。仕方ないので窓を開けてみたが、入ってくるのは風ではなく蝉の声。とたんに何だか体中に倦怠感が満ちてその場に倒れるように床に転がった。 「成歩堂……?」 「あ、御剣。いらっしゃい……」 「何をしているんだ。片付いていないのはともかく、冷房すら入っていないぞ」 シャツのボタンを二つ外した御剣が、開けた襟をパタパタやりながら見下ろしている。 「うーん、でもそんなに暑くも無いんじゃない……?」 寝転がったままの成歩堂に御剣の視線が注がれる。しかし成歩堂の想像と違い、それは怒りというより寧ろ、 「……何だよ、その可哀相なものを見るような目つきは……」 「ハッタリの言い過ぎで頭がおかしくなったのではないか?」 「失礼だな……」 「とにかく。リモコンはどこだ?」 「はい……?」 「エアコンの」 そうだそれを探していたんだ、と成歩堂は小さく言った。 「無いのか」 「はい……」 だからいつも片付けろと言っているだろう、とぼやきながら御剣が視界の外へ消える。寝返りを打って成歩堂が再びその姿へ視線をやると、積み上げられた雑誌を踏み台にして、御剣が直接エアコンのスイッチを入れたところだった。 「そうか、その手があったか……」 「いつまで寝ているつもりだ」 窓を閉めながら振り向く姿が、逆行で眩しい。 「ほら、起きろ」 そう言って腕を掴んだ手が、不審そうに動きを止めた。そうして今度は額に当てられる。 「御剣の手、ひんやりしてるね……」 「馬鹿者、貴様が熱いのだ!」 御剣は成歩堂を抱き起こすと引きずるようにベッドまで連れて行き、押し込んだ。 「体温計は?」 「そこの抽斗の中……」 毛布の中からもごもごと返ってくる声。先程から妙に語尾がすっきりしないのは単にだらしなくしている所為ではなかったらしい。 「いつから具合が悪かったのだ」 探し出した体温計を成歩堂に渡しながら聞く。一緒にしまってあった「カゼゴロシZ」はヘッドボードに置いた。 「……昨日……?くらいかなぁ……」 上半身を起こし、受け取ったそれを脇に差し込みながら成歩堂がぼんやり答えた。 「最近、事務所にこもっててクーラーに当たりっぱなしだったからなぁ……」 「夏風邪は馬鹿がひくと言うが……、風邪をひいたことにも気づかないほど馬鹿だったとはな……」 「お前、病人を労わろうっていう気持ち、無いだろ……」 「体調管理は職務の基本だろう」 「……ごもっともです……」 とは言え、恋人の体調が悪ければ心配になるのは当然のことで。 「そういえば、食事はちゃんと摂ったのか?」 「あー、朝は適当に食べたけど……。そういえばちょっとお腹空いたかな」 「よし!では私が作ってやろう」 「あ……うん」 何故か御剣が少し張り切っているように見えた。 食事は消化に良いものを。体を冷やさぬよう薄い布団をもう一枚。熱を吸収するという冷却シートを額に。薬は1回3錠。 御剣は甲斐甲斐しかった。 (こいつ……、ホントは優しいよな) 彼の素直な優しさを享受できるのはこんな時くらいだろう、と成歩堂は思った。 普段は他人にも自分にも厳しすぎるくらいの彼の、甘い側面を自分が独占出来るのはこの上ない幸せ。 「何だ、にやにやして」 「うん。何でもないよ……」 ベッドの端に腰掛けた御剣を抱き寄せた。体温が近づいて安心感が増す。緩やかに倒れこんでくる体を腕の中に収めてキスを――しようとすると顔を押し退けられた。 「やめたまえ。うつる」 「今更だろ……」 「そういえば、熱は?」 押し退けた手が、そのまま頬を撫でる。 「さっきは……38度4分だったかな……」 成歩堂は体温計の小さな電子文字を思い出しながら答えた。 「高いな……。別に私がいるからといって起きていなくてもいいのだぞ。眠った方が早く治る」 「勿体無いだろ。せっかく君が来てくれたのに……」 「焦らなくても良いだろう。明日の夜まではいるのだから」 「え……。今日、泊まってくの……?」 「いつもそうしているではないか。病人を放ってくわけにもいかないしな」 「だって、風邪うつっちゃうかもよ……?」 「今更だろう」 さっきは嫌がったくせに。 しかし、成歩堂は言葉を飲み込んだ。下手なことを言って機嫌を損ねて御剣に帰られてしまってはそれこそ勿体無い。 未だ大人しく成歩堂の腕の中にいた御剣がゆっくりと体を起こす。 「おやすみ」 「おやすみ……」 目を閉じれば、頬に柔らかな感触が降ってくる。 目蓋に微かな西日を感じながら、成歩堂は眠りに落ちた。 ---- <後書> 世話女房な御剣を書きたいなぁ、と。 世話焼き度が足りなかったかしら……? きっと御剣はナルホドくんが寝てる間にちゃっかりうがいとかしてると思います(風邪予防)。 リモコンは多分雑誌に埋もれてるかと。。。
開け放った窓から蝉の声が流れ込んでくる。 成歩堂は自宅のリビングの床に寝転がっていた。ぼんやりする頭の中に、微かに車のエンジン音とドアを開閉する音が届く。御剣が来たな、と思った。この状況を見れば彼は怒るだろう。冷房も入れず、いつも通り散らかった部屋の真ん中でだらしなく寝そべる自分。何事もきっちりさせたがる御剣の性格とは正反対の部屋だ。 彼は部屋に入って室内の状態を見るなり何事かイヤミを言って、冷房のスイッチを入れ窓を閉め、寝ている自分を無理矢理引っ張り起こしていつもの小言が始まるのだ。容易に想像できる。そこまで分かっているのなら事前に行動を起こせばいい。今からでも遅くは無い。しかし、成歩堂にそんな気力は無かった。 9月間近の晩夏の土曜日は真夏日らしい。 らしい、というのは成歩堂自身が気温を測って確かめたわけではないから。朝に見た天気予報で今日の予想最高気温は32度だと言っていた。 (そうだ、エアコンのリモコン探してたんだっけ……) 確かここに、と思っていた場所に無かった。だから探した。しかし見つからなかった。仕方ないので窓を開けてみたが、入ってくるのは風ではなく蝉の声。とたんに何だか体中に倦怠感が満ちてその場に倒れるように床に転がった。 「成歩堂……?」 「あ、御剣。いらっしゃい……」 「何をしているんだ。片付いていないのはともかく、冷房すら入っていないぞ」 シャツのボタンを二つ外した御剣が、開けた襟をパタパタやりながら見下ろしている。 「うーん、でもそんなに暑くも無いんじゃない……?」 寝転がったままの成歩堂に御剣の視線が注がれる。しかし成歩堂の想像と違い、それは怒りというより寧ろ、 「……何だよ、その可哀相なものを見るような目つきは……」 「ハッタリの言い過ぎで頭がおかしくなったのではないか?」 「失礼だな……」 「とにかく。リモコンはどこだ?」 「はい……?」 「エアコンの」 そうだそれを探していたんだ、と成歩堂は小さく言った。 「無いのか」 「はい……」 だからいつも片付けろと言っているだろう、とぼやきながら御剣が視界の外へ消える。寝返りを打って成歩堂が再びその姿へ視線をやると、積み上げられた雑誌を踏み台にして、御剣が直接エアコンのスイッチを入れたところだった。 「そうか、その手があったか……」 「いつまで寝ているつもりだ」 窓を閉めながら振り向く姿が、逆行で眩しい。 「ほら、起きろ」 そう言って腕を掴んだ手が、不審そうに動きを止めた。そうして今度は額に当てられる。 「御剣の手、ひんやりしてるね……」 「馬鹿者、貴様が熱いのだ!」 御剣は成歩堂を抱き起こすと引きずるようにベッドまで連れて行き、押し込んだ。 「体温計は?」 「そこの抽斗の中……」 毛布の中からもごもごと返ってくる声。先程から妙に語尾がすっきりしないのは単にだらしなくしている所為ではなかったらしい。 「いつから具合が悪かったのだ」 探し出した体温計を成歩堂に渡しながら聞く。一緒にしまってあった「カゼゴロシZ」はヘッドボードに置いた。 「……昨日……?くらいかなぁ……」 上半身を起こし、受け取ったそれを脇に差し込みながら成歩堂がぼんやり答えた。 「最近、事務所にこもっててクーラーに当たりっぱなしだったからなぁ……」 「夏風邪は馬鹿がひくと言うが……、風邪をひいたことにも気づかないほど馬鹿だったとはな……」 「お前、病人を労わろうっていう気持ち、無いだろ……」 「体調管理は職務の基本だろう」 「……ごもっともです……」 とは言え、恋人の体調が悪ければ心配になるのは当然のことで。 「そういえば、食事はちゃんと摂ったのか?」 「あー、朝は適当に食べたけど……。そういえばちょっとお腹空いたかな」 「よし!では私が作ってやろう」 「あ……うん」 何故か御剣が少し張り切っているように見えた。 食事は消化に良いものを。体を冷やさぬよう薄い布団をもう一枚。熱を吸収するという冷却シートを額に。薬は1回3錠。 御剣は甲斐甲斐しかった。 (こいつ……、ホントは優しいよな) 彼の素直な優しさを享受できるのはこんな時くらいだろう、と成歩堂は思った。 普段は他人にも自分にも厳しすぎるくらいの彼の、甘い側面を自分が独占出来るのはこの上ない幸せ。 「何だ、にやにやして」 「うん。何でもないよ……」 ベッドの端に腰掛けた御剣を抱き寄せた。体温が近づいて安心感が増す。緩やかに倒れこんでくる体を腕の中に収めてキスを――しようとすると顔を押し退けられた。 「やめたまえ。うつる」 「今更だろ……」 「そういえば、熱は?」 押し退けた手が、そのまま頬を撫でる。 「さっきは……38度4分だったかな……」 成歩堂は体温計の小さな電子文字を思い出しながら答えた。 「高いな……。別に私がいるからといって起きていなくてもいいのだぞ。眠った方が早く治る」 「勿体無いだろ。せっかく君が来てくれたのに……」 「焦らなくても良いだろう。明日の夜まではいるのだから」 「え……。今日、泊まってくの……?」 「いつもそうしているではないか。病人を放ってくわけにもいかないしな」 「だって、風邪うつっちゃうかもよ……?」 「今更だろう」 さっきは嫌がったくせに。 しかし、成歩堂は言葉を飲み込んだ。下手なことを言って機嫌を損ねて御剣に帰られてしまってはそれこそ勿体無い。 未だ大人しく成歩堂の腕の中にいた御剣がゆっくりと体を起こす。 「おやすみ」 「おやすみ……」 目を閉じれば、頬に柔らかな感触が降ってくる。 目蓋に微かな西日を感じながら、成歩堂は眠りに落ちた。 ---- <後書> 世話女房な御剣を書きたいなぁ、と。 世話焼き度が足りなかったかしら……? きっと御剣はナルホドくんが寝てる間にちゃっかりうがいとかしてると思います(風邪予防)。 リモコンは多分雑誌に埋もれてるかと。。。 [[戻る>NOVEL]]

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