恋しい夜

    

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事務所を閉めたのは午後九時を過ぎてからだった。
外に出たとたん冷たい空気が身を包み、吐く息が白く暗闇に咲いた。
冬の寒さはじわりと体に染みる。自転車を漕ぎ出しながら、
(こんな日は鍋が良いな・・・・・・)
と、成歩堂龍一は思った。
鍋といえば複数人数でやるものだ。
すぐに二人の人物が浮かんだが、一人は彼女と一緒だろうし、もう一人は仕事が忙しいのか、最近ろくに連絡も取れない。そもそも「これから一緒に食事でも」と誘うにはすでに遅い時間だ。
(御剣・・・・・・)
二人目の人物を思い浮かべる。
(ちゃんと食ってんのか、あいつ・・・・・・?)
そういえば、二、三日メールも電話もしていない。
『仕事に目途がついたらこちらから連絡する』
確か、最後に送られてきたメールはそんな内容だった。
成歩堂の方も暇とはいえない状況だったから、今の今まで恋人から何の音沙汰もないことは気にも止めなかったのだが。
(会いたいな)
一旦思い出すと、それまで気が回らなかった分勢いづいて気持ちが溢れ出す。
せめて声だけでも、と思う。しかし、声を思い出すと顔を思い出し、顔を思い出すと、その肌の滑らかさと温かさを思い出し、連鎖反応的に夜の熱まで思い出してしまい、寂しさは募る一方だった。
沸き起こった感情を抑えようと、成歩堂は思考を夕食に切り替えようとしたが、疲労と冷気に満たされた脳は十分に機能せず、冷蔵庫の中身も思い出せなかった。
仕方なく、無心で自転車を漕いで家路を辿る事にした。

マンションの前で成歩堂は立ち止まった。来客用の駐車スペースに目を奪われ、一瞬後、慌てて屋内駐輪場へ向かう。自転車を止め、入ってきた扉とは反対側のドアからマンション内に入る。エレベーターのボタンを押し、その扉が開くまでの僅かな時間ももどかしく感じた。
ナンバーを三度確認した。間違いなく、あれは御剣の車だった。
しかし、普段ならば御剣は訪れる前には必ず連絡を入れる男なのに。
オートロック式のドアを急いで開ける。
「御剣!?」
リビングのテーブルにカセットコンロを載せ、それを前に彼は一人、鍋をつついていた。
(何でちゃんと食ってんだよ!)
成歩堂の突っ込みは、辛うじて心の中に留まった。
「遅かったな、成歩堂。先に食べていたぞ」
「・・・・・・いや」
そんな事は見れば分かる。
「何で?」
「腹が減っていたからだ」
そうじゃなくて。
「何でここにいるか聞いてるんですが・・・・・・」
「うム。仕事が片付いたから久しぶりに夕食を一緒に食べようと思ってな。・・・・・・電話したのだが出なかったから忙しいのかと。一応メールもしたのだが・・・・・・見てないのか?」
「え・・・・・・?」
慌てて携帯電話をスーツのポケットから取り出す。着信を知らせるライトが点滅していた。
(・・・・・・そういえば、事務所では上着、脱いでたんだっけ・・・・・・)
確かに、御剣からメールが届いていた。用件だけの無駄のない文章。
「何時にきたの?」
ようやく落ち着きを取り戻して、成歩堂はコートを脱ぎ、鞄と一緒にソファに放り投げた。
「一時間くらい前だな」
「連絡してくれれば、もっと早く帰ったのに」
「出なかったのはそっちだろう」
「うっ・・・・・・。すいません。そうでした」
フッと御剣から笑みが漏れる。
「早く来たまえ。私が全部食べてしまうぞ」
鍋の中ではメインの鱈が食べごろになっている。
「待てよ。お前食べるの早いんだから・・・・・・」
部屋着に着替えた成歩堂は、御剣の向かい側に座りながら、ふと思った。
いつもの御剣ならば、連絡が取れなければそのまま自分の家に帰るのに。
今日は何故、成歩堂の家で待っていたのだろう・・・・・・。
(ああ、そういえば、寒がりなのは御剣の方だっけ)
そう、寒い夜は鍋も良いが、人肌も恋しくなるものなのだ。








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