金曜の動揺

    

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成歩堂の事務所に向けて車を走らせていると、ふと歩道を歩く見覚えのある姿が目に入った。二つの輪に結った髪、個性的な服装。大きなスーパーのビニール袋を引きずるようにして歩いて行く。
時刻は七時を過ぎたところ。子供が一人で出歩くには充分に遅い時間帯といえる。
御剣は車を車道の脇に寄せ、助手席側の窓を開けてその少女に声をかけた。
「春美くん」
「あ、みつるぎ検事さん!こんばんは」
愛らしい笑みを返した少女の名は綾里春美。従姉の綾里真宵と共に成歩堂法律事務所に出入している。
「こんな所で何を?」
「はい、おつかいです。これから事務所に戻るところです」
「では乗りたまえ。私も成歩堂の所へ向かっていたのだよ」
「ありがとうございます!」
御剣は一旦車を降りて、助手席のドアを開けて春美を乗せてやった。
「わたくし、どなたかの車に乗せていただくのは初めてです!」
と、はしゃぐ春美を微笑ましく思いながら車を発進させる。
「ところで、成歩堂と真宵くんは?」
子供一人で夜に買い出しに行かせるとは、成歩堂法律事務所の常識はどうなっているのか。
「事務所にいらっしゃいますよ。わたくし、お二人の時間を邪魔してはいけないと思いまして、おつかいの時間を少し長くしていたのです」
「……二人の時間?」
何だかひっかかる単語だ。
「はい。わたくし、真宵さまのお供をさせていただいてなるほどくんの事務所に伺っていますけど、いつもわたくしがいたのでは愛を確認しあう時間が無いと思っ……きゃ!?」
春美の小さな悲鳴に鋭いブレーキ音が重なり、その後に衝撃が続いた。
「み、みつるぎ検事さん!?」
「し……失礼した」
春美が発した「愛を確認しあう」という言葉に思わずブレーキを踏み込んでしまった御剣は、後続車がいなかったことに安堵した。
しかし、
「その……成歩堂と真宵くんが?」
車を再び発進させながら恐る恐る聞いてみる。
「ふふ。みつるぎ検事さん、知らなかったのですか?あのお二人は運命の恋人同士なのです……」
春美はうっとりと溜息を吐いた。
(こんな子供の話に……)
御剣は身構える自分を意識しながら、少女の言葉を聞いた。
「千尋さまが亡くなられた事件で、悪い検事さんに捕まってしまった真宵さまを救ってくださったのが、なるほどくんなのです。まさに王子様なのです!」
「そ、そうなのだろうか……」
「はい!」
すっきりしない御剣の相槌に、春美は無邪気な笑顔を返した。
自分が「悪い検事さん」扱いされたことも引っ掛かるが(恐らく春美は、それが御剣だと知らないのだろう)、それよりも成歩堂と真宵が恋人同士とはどういう事なのか。あの青い弁護士の恋人は自分だけだ。少なくとも御剣はそう思っていた。
春美は、推測にしては随分と自信有り気に話す。では事実なのか。
確かに、御剣と真宵ではどちらが成歩堂と過ごす時間が多いかと問われれば、答えは真宵に決まっている。普段から事務所に頻繁に出入していて、助手として何かと彼と行動を共にする。明るくて気が利く。何より真宵は女だ。
一緒に過ごす時間といえば週末くらいで、立場上それすら叶わない、連絡を取る事すら侭ならない時がある同性の御剣と比べれば、成歩堂の心が真宵へと傾いてしまうのは自然なことかも知れない。
(お前だけ、とか言ってたくせに……)
怒りと不安が混ざって、心臓のあたりが重くなる。
次の交差点を右に曲がれば、すぐに成歩堂の事務所が入っているビルがあった。


「もう、はみちゃんたら!あんまり遅いから今探しに行こうと思ってたんだよ!」
事務所の前で真宵と鉢合わせた。
「うう。ごめんなさい……」
「御剣検事が通りかかって良かったですよ。はみちゃんたら一時間半も帰ってこなくて……。あ、なるほどくんならもうちょっとで仕事、片付くみたいなんで待っててあげて下さいね」
そう言って、御剣が春美の代わりに持っていたビニール袋を受け取った真宵が春美と共に給湯室へ消えるのと同時に、成歩堂が所長室から顔を出した。
「あ、御剣。悪いけど、あと三十分だけ待ってて!真宵ちゃーん、ぼくにもお茶ー」
用件を伝えるとすぐにデスクへ戻っていく。
いつもと何ら変わりのない雰囲気の成歩堂法律事務所。けれど御剣には居心地が悪かった。
あの二人が……、そう思うと今すぐにでも立ち去りたくなる。
今日は金曜日だ。先週は御剣が公判準備のために一緒に過ごせなかった。二週間ぶりの成歩堂との逢瀬。しかし、甘いものにはなりそうにない。
「はい、どうぞ」
目の前に紅茶が差し出された。
「ム……すまない」
「どうしたんですか?難しい顔して」
真宵が向かい側のソファに座った。テーブルの上に置かれたトレイにはもう一つカップが乗っているが、それを持って希望者のもとへ行く気は無さそうだ。
「いや、何でもない……」
「いやー、でも、なるほどくんにも時には「難しい顔」ってしてもらいたいですね。いっつも締まりが無くて。時々思い出し笑いなのか何なのか、にやけたりして……」
「そういうのは本人に聞こえない所で言ってくれよ」
「なるほどくん、お茶入ってるよ」
「できれば持って来てくれると嬉しかったんだけど……」
覇気の無い足取りで成歩堂が所長室から出て来て、御剣の隣に腰を降ろす。
「仕事は終わったのか?」
「うん。あとはプリントアウトするだけ。真宵ちゃんも春美ちゃんも、もう帰っていいよ。悪かったね、遅くまで」
「ほんと?じゃあ、お先に失礼します」
真宵はぴょこんと頭を下げた。給湯室にいるらしい春美に声をかけて、身支度を始める。帰り際にもう一度顔を覗かせてから、二人は賑やかに事務所を後にした。
「さて……、どうしてお前はそんなに不機嫌なんだ?」
成歩堂は御剣の頬に手を添えて、ゆっくりとこちらを向かせた。
「仕事をしろ……!」
「もう終わったってば」
「別に不機嫌ではない」
図星を指されて目をそらす。
「お前くらい分かり易いやつはいないよ。何があったんだよ?」
穏やかな口調。そのくせ視線は真っ直ぐで有無を言わせない力がある。御剣は、成歩堂のこの瞳に弱かった。それに、嫌でもこの事は確認しなければならないのだ。
「……君が、その……真宵くんと、恋人同士だと……」
「は?何でそんな事思う……」
わけ、と続けようとして成歩堂は気づいた。そんなことを言う人物は一人しかいない。
「ああ、春美ちゃん?」
「……そうだ」
「えへ。御剣は可愛いなぁ」
言葉と同時に御剣は抱きしめられた。
「離せ!可愛いとは何だ!」
「春美ちゃんは勘違いしてるんだよ。ぼくと真宵ちゃんがそんなんじゃないってのは御剣が一番知ってるじゃないか」
一旦体が離れて、御剣の頬に再び成歩堂の手が添えられた。その親指が唇を撫でる。
「信じられないなら、今夜一晩かけて証明してあげるよ。明日は休みだからね」
黒目がちな瞳が、いたずらっぽく笑った。




fin.






(後書)
1234HIT・緑青レノ様より『ナルマヨを主張する春美に動揺する御剣』というリクエストを頂きました。
動揺というか…いじけてるというか(苦笑)。
ご期待に添えているかドキドキです><;
素敵な萌えをありがとうございましたー!!

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