アットルッツ興亡期

100年11月 

・アットルッツが城を圧倒的兵力で落とすことに成功(33386VS1900野戦もなし) 

・アットルッツ1人が病死(残り10匹)ついに帝国から3匹のアットルッツが消える(その後アットルッツが居なくなったため帝国は躍進) 

 

101年1月 

・アットルッツが首都防衛戦に参加、敵の計略に引っかかり敗北するが辛うじて首都は落城せずにすむ 


101年2月 

・アットルッツ元帥が病死(残り9匹) 

・実兵力が2位だが3匹アットルッツを抱えているためジークデルン国の勢力が伸び悩む 

・アットルッツ少将が大失政を行う 

・アットルッツ総大将のカルザルツ軍25740VSアーケイセント軍63000が激突しアットルッツは大敗し将兵を多数失うも自らは撤退に成功する 


101年3月 

・敵国の侵攻を食い止められず首都と拠点が分断されアットルッツが暫定統治の君主になる 


101年4月 

・アットルッツが野戦に参加、アットルッツ参加のバルベルク軍34153VSカーフェン軍34379が激突しバルベルク軍は苦戦するもの 

のカーフェン軍を撃退しその後アットルッツは病気のため同月永眠する(残り8匹) 


101年5月 

・名前を変え忘れたヨーツェリ・アットルッツ元帥が圧倒的兵力を駆使して城を攻め落とす 


101年6月 

・暫定統治のアットルッツ領にアットルッツを3人抱える(ただしこの戦いに3人のうち誰もアットルッツは戦いに参加していない) 

ジークデルン国が侵攻しジークデルン軍63342VSアットルッツ軍40565が激突する 

当然アットルッツ軍が敗北、籠城するものの城門を突破されアットルッツ君主が処刑される(残り7匹) 

・同月戦いに参加できなかったことを拗ねたのかジークデルン国の3人アットルッツの1匹が病死(残り6匹) 


101年7月 

・アットルッツ元帥が攻城戦を行うも兵力が足らずに制圧できず包囲する 

・名前を変え忘れたヨーツェリ・アットルッツ元帥が第2位の勢力ルクセンボルク国の宰相に任命される 

・一揆を止めたアットルッツ元帥が失政をし10カ月の謹慎処分を受ける(謹慎処分を受けているはずだがなぜか3カ月後 

また赴任する。謹慎も無視!流石はアットルッツ元帥!) 

101年9月 

・大失政を行ったアットルッツ少将がまたもや軽微な罪人を重罪を科すなどの大失政を行い3カ月の謹慎処分に 
 

101年10月 

・ジークデルン国のアットルッツ少将が戦闘に参加し活躍はなかったものの名声が高いため中将に昇進 
 

101年11月 

・包囲を行っていたアットルッツが急襲を受ける。ジークデルン国アットルッツ元帥26800VSヒクスレン軍42013人が激突し 

アットルッツを除くすべての部隊が壊滅するものの自らは993の兵力を残し撤退に成功する 
 

101年12月 

・ジークデルン国のアットルッツ中将が総大将として出陣、アットルッツ軍48638VSルクセンボルク軍79915が激突しやはりアットルッツ軍が敗北 

アットルッツ中将は捕虜となり処刑された(残り5匹) 

・ジークデルン国の分断された拠点にルクセンボルク軍が侵攻しアットルッツ元帥は抵抗もせずに降伏し処刑される(残り4匹) 

・かつてアットルッツを3人抱えていたルクセンボルク国は全てのアットルッツを失ったうえ急激な衰退をとげる 

・ルクセンボルク軍のヨーツェリ・アットルッツ宰相も戦闘に参加し地味な武功を立てる 

 
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。