第三章(エヴィル)

結局5月は連日会議が続き、ヘサムもグリトラスやラスツェイルたちとテーブルに広げられた地図を囲む毎日だった。
月が変わったころ、また新しい報せが入ってきた。首都ケスマルクの王宮で働く給仕がジムリアのスパイだったのだ。
王の食事に毒を盛ろうとしたところを見つかったらしい。スパイは勿論、即刻処刑された。
グリトラスはこの件に関しては特に何も言わなかった。彼は4月から王の身辺の警備をより厳重にさせており、早晩スパイが見つかるだろうと普段から言っていた。
しかしその翌日に飛び込んだ報せは再び彼の表情を曇らせた。
ケスマルクから東へ少し離れたタールソンのベルンハルト・オーバミニヨン領主が反旗を翻したのだ。

 グリトラス「これで首都への連絡線は首都の東、モンベライターを通る道だけになってしまった。反乱軍の攻撃からなんとしてもモンベライターを死守しなければならない。」
 ラスツェイル「王に遷都をお勧めしては。」
 グリトラス「ケスマルクはエヴィル貿易の重要拠点。そこからの遷都がわが国の経済に与える影響は未知数だ。軽々しく遷都をするわけには行かない。」

もし経済が大きく衰退すれば現在の軍事力を維持することはできない。そうなればジムリア国との戦いに勝つのは到底不可能だ。
早く反乱を鎮圧する以外にこの状況を打開する方法はない。が、ここシュペテルクを空けると隣国に対する防備が手薄になりすぎる。
アットドルが率いる近衛部隊を使って反乱を鎮圧するしかない。
その結論に達したグリトラスは、ケスマルクにいるアットドルに反乱を鎮圧するようにという内容の書状を送った。

その2週間後、返書が届いた。返書には他のスパイの摘発のため多忙で返書が遅れたことをわびる内容の後、できる限り力を尽くすと書かれていた。

 グリトラス「この国の浮沈はアットドルにかかっている。彼が成功するよう祈ろう。」

城を出たヘサムは真夏に向かいつつある季節を肌で感じながら訓練場へ戻っていった。
7月上旬、ウェルハイト軍がシュペテルク付近で越境したという情報が入った。策士のビュバークを失っても懲りないらしい。
グリトラスが準備を整えるよう命令を出そうとすると、アットドルからの使者がやってきた。

 使者「アットドル様の軍勢は反乱鎮圧のためケスマルクを出発いたしましたが、ウェルハイトがわが国に向けて軍を出したのを知り、軍勢の目標をこちらに変更なさいました。」
 グリトラス「オットーの諜報網か。」
 使者「アットドル様はそうおっしゃっておりました。」

オットー・グリトラス少将。彼は息子のないグリトラスが迎えた養子で、甥に当たるらしい。グリトラスも後継者として期待している将器であった。
彼は兵士の中で動きの素早いものを集め、組織して諜報網を構築している。
アットドルの軍勢に従軍しているオットーの諜報網はウェルハイト軍が越境する一昨日にその情報をつかみ、その日のうちに軍勢の向きを変えさせたのである。
夕刻、急行してきたアットドルの軍勢がシュペテルクに入城した。そこでしばらく休息をとった後、戦場に向かう。夜戦だ。
ヘサムはこの戦いには従軍せず、グリトラスたちとともに敵の急襲に備えて城に残った。
敵にはローダン軍の援軍がついているらしい。その中にはあのゲリクもいる。彼はどんな計略を仕掛けてくるかわからない。
緊張した時間が過ぎていった。ヘサムは城壁の上で配下のエヴィル兵とともに見張りをしていた。篭城戦に騎兵は必要ない。
遠くから松明の列が近づいてくるのが見えた。ヘサムが目を凝らすと、松明に照らされていたのは近衛部隊の隊旗だった。戦いには勝ったようだ。
城門を開けてアットドルたちを迎え入れる。アットドルは肩に矢傷を負って包帯を巻いていた。幸い軽傷のようだ。
ヘサムは城に残った兵に負傷兵の手当てをさせ、アットドルらとともにグリトラスの元に集まった。

 アットドル「敵はわが軍の約半数でした。最初ローダン軍が布陣していなかったので本城が包囲されているのではないかと思いました。
       しかし程なくローダン軍は戦場に到着。進軍が遅れていたようです。その時点で彼我の兵力は互角。わが軍がウェルハイト軍を押していましたが、
       夜陰にまぎれたローダン軍の急な到着に対応できず、ゲリクの部隊に本隊への突撃を許してしまいました。彼は恐ろしい男です。この傷もそのときに受けました。
       わが隊は盾を密集させてしのいでいましたが、あわや崩壊寸前というところで敵の本隊が撤退を開始、紙一重の勝利でした。」
 オットー「父上。敵の本隊を崩したのはベイシンツェイ中将です。」
 グリトラス「そうか。王にベイシンツェイ中将の昇進を上奏しておこう。」
 ベイシンツェイ「ありがたき幸せにございます。」

王が特に昇進を認めない理由もなく、こうしてベイシンツェイは大将に昇進した。この年66歳である。

その翌週、シュペテルクの将兵を絶望の淵に追い込む出来事が起きた。イェルグ・ローダンがジムリアの脅迫に屈し、その傘下に入ったのだ。
ローダンはジムリアが不平等な法律を撤廃することを条件に降伏したらしい。

 グリトラス「あのゲリクもジムリア軍に加わったのか。容易ならんことだ。」
 ヘサム「早急に反乱を鎮圧しなければ我々も座して死を待つだけです。」
 ラスツェイル「ウェルハイトがジムリアに降伏する可能性がますます現実味を帯びてきましたな。」
 グリトラス「ああ。アットドルとうまく連携して国を守らなければならない。」

3日後、オルテンボルク国との国境付近、インストラスの領主、ウェシド・ツラフが反乱を起こしたという情報が入った。
エヴィルに不利な法律の撤廃はジムリアの策略をさらに容易にしたようだ。
そしてついに、最も恐れていた報せが舞い込んだ。
シュペテルクとケスマルクを結ぶ唯一の交通路、モンベライターのハインリヒ・オーバフリートが独立を宣言、シュペテルクは孤立した。
オットーの諜報網を利用して情報の疎通はできるが、武将や兵馬の行き来は不可能となった。

 グリトラス「反乱鎮圧にシュペテルクの部隊を使うことはできなくなった。この城の守りを固めて交通の回復を待つしかない。」
 ヘサム「この国の浮沈を握るのは今やアットドル大将ですね。」

その後も会議は続いたが、武将たちはいつもより口数が少なかった。
この反乱から事態は悪化していった。孤立した都市の領主たちが次々に独立を宣言したのだ。
メーメッツ国はもはや領土の回復は望めない状況に陥った。
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最終更新:2008年04月07日 21:08
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