第七章(エヴィル)

ウェスベルクに戻ると、ヘサムはジムローニにオットーの戦死とジムリア軍の敗北を報告しに行った。

 ジムローニ「そうか…あのオルテンスタン王自らが敵ならちょっときつかったかもしれないな。エヴィル騎兵はそれなりに活躍したらしいじゃないか。」
 ヘサム「いいえ。私が至らなかったばかりにグリトラス少将という有能な人材を亡くしてしまいました。」
 ジムローニ「そんなこたぁない。お前が頑張らなかったらもっとたくさんの兵士が死んでただろうよ。グリトラスのことは気にするな。武運が悪かったんだよ。」
 ヘサム「はい…しかし…。」
 ジムローニ「死んだ奴のことでくよくよしてもしょうがないだろ。後悔してるんなら次に勝てるように努力しろ。」
 ヘサム「はい。明日からまた騎兵隊の訓練に当たります。」

2ヵ月後の7月、ウェスベルクに出陣命令が届いた。メーダン国との北の国境ヒクステンが目標である。
会議の席でこの戦いへの従軍を志願したのは、ラスツェイルとディートマール・アットルッツ少将。
アットルッツ家はかなり古い歴史を持つ家で、その一族は大陸中に広がっているが、ディートマールのように貴族として残っている家系はごくわずかである。
この古い一族の歴史は「玄人人形」や「裏声屋敷」などさまざまな奇怪な伝説に彩られており、その先祖は大陸東方の島から来たのではないかとも言われているが定かではない。
ディートマールはこの年60歳。運と家督で地位を築くも今まで鳴かず飛ばずの武将だった。
翌日、彼らはヒクステンに向かった。
やがて、ヒクステン会戦の結果が伝えられた。アットルッツ少将、ラスツェイル准将(注)、戦死。最悪の結果だった。

注:父の方。メーメッツ国降伏に伴い降格されていた。ニコラウスは少将。

このころからジムリア王は人事改革に着手する。自らの帝国構築への布石だろう。
12月、元帥の一人、エバーハルト・ローフェンがジムリア国宰相に任命された。彼はかつてローダンの反乱に参加した猛将であり、幾つもの城を陥落させた実績もある。
また、ローダンに降伏を勧めたのは彼らしく、それと引き換えにジムリアが宰相任命をちらつかせたのではないかという噂も流れているが、真偽のほどはわかっていない。
その翌週、驚くべき報せが入ってきた。イザーク・ブルシーがメーダン国との間に行われた第2次テッセツラフ会戦で大敗し、戦死したのである。
イザークには後継者がおらず、重臣のジークシスク大公家とバートシー伯爵家が領土を二分した。
さらにジークシスク大公家は当主のヨハン大公と息子のアマデウス侯の間の対立が表面化し、さらに分裂した。
ブルシー国の旧領にはジークシスク大公国、ジークシスク侯国、バートシー伯国の三国が成立したことになる。
英雄コンラート・ブルシーの子孫は大陸紀元から101年目にして絶え、一つの時代が終わったと大陸の人々は実感した。
明けて102年1月、ジムリア王はさらに、地元の旧家出身で無名だったマティアス・トゥブルク領主の智謀を見込んで元帥に抜擢した。
ジムリアは彼を新設した軍学校の校長に任命し、貴族の子弟の教育に当たらせた。
人望も厚かったトゥブルクは生徒のみならず、諸将からも「先生」と呼ばれ、すぐに親しまれるようになった。
同じころ、ウェスベルクに数名の武将が新たに赴任してきた。
その中には、先の攻囲戦でトゥリヒトとともに投降した、あのルーベサムソン大将も混じっていた。

ヘサム「ルーベサムソン殿ではありませんか。」
ルーベサムソン「タヴシュ殿ですね、お懐かしい。こちらでも随分と武功をお立てになったようですね。」
ヘサム「いえいえ、あなたこそ。」

聞けばトゥリヒトやルーベサムソンは、包囲戦のさなかジムリア軍に内通していると讒言され、それを信じたオルテンボルク王に見殺しにされたらしい。

ルーベサムソン「もはや祖国に未練はありません。」

きっぱりと言い切った。

5月、首都レクスゲルントを残すのみとなったオルテンボルク国への侵攻計画が発表された。

ジムローニ「敵が動かせる兵力はおよそ3万、こっちは9万だ。楽勝だろう。誰か行くか?」
ルーベサムソン「ぜひ私を。あの匹夫の首を取ってやりたいのです。」
ジムローニ「よし、決まりだ。」

ジムリア軍の司令官は帰り新参のフェルディナンド・ウェルハイト上級大将。参謀にはルーベサムソンが任命された。
オルテンボルク軍はこの攻勢の前にあえなく屈するかと思われたが、王自らが先頭に立つ突撃などでジムリア軍は押され続け、撤退を余儀なくされた。
これを機会にオルテンボルク王は講和を申し出た。ジムリアはやむを得ずその要求をのんだ。
そして、夏。オルテンボルク国と講和を結んでいるジムリア軍は、矛先をメーダン国へと転じた。
しかし、南西部国境のアドリア会戦で16万の兵力でもって12万のメーダン軍を大敗させるも、
北部戦線のヒクステン山の攻防戦では4万の兵力を包囲殲滅されて痛み分けとなり、休戦協定が結ばれた。

それからしばらく大陸各地の国境は小康状態を保った。
やがて秋が訪れる。各地は収穫の喜びに沸き、ウェスベルクでも収穫祭が行われた。そんな中、ジムローニはルーベサムソンを呼び出した。

ルーベサムソン「お呼びですか。」
ジムローニ「ああ、まあ座れ。…さて、ここに赴任してるお前らにはある共通点がある。」
ルーベサムソン「どういうことでしょう。」
ジムローニ「教えてやろうか…お前らは元々この国の人間ではない。」
ルーベサムソン「はい。それが何か?」
ジムローニ「こんな国に忠誠を誓う理由などない。」
ルーベサムソン「滅相もない、我々はこのジムリア国に…」
ジムローニ「その名前を口に出すな!汚らわしい!」
ルーベサムソン「閣下、なんということを…」
ジムローニ「もうあの男には愛想が尽きた。表では君子面してやがるが裏じゃ悪魔だ。」
ルーベサムソン「……。」
ジムローニ「今まで奴がやってきたことを振り返ってみろ。ウェルハイト公国という傀儡国を樹立し、ローフェンやアットドルに裏から手を回してその主君を売らせ、
       傘下におさめた国出身の武将を最前線で戦わせる――、はじめからこの国に仕えてきた俺でも反吐が出る。」

ジムローニは口下手でこそあったが、そのぶん彼の激情は美辞麗句という網にかからずルーベサムソンの心に辿り着いた。

ルーベサムソン「ジムローニ殿、やりましょう。」
ジムローニ「よし、すでにローダン殿などに根回しはしてある。彼らも呼応してくれるはずだ。」

翌日、ジムローニはウェスベルクの武将たちに布告を行った。

ジムローニ「ウェスベルク所属の全将官に告ぐ!これよりウェスベルクはジムリア国より分離し、俺が支配する!」

続いて彼はジムリアの罪状を数え上げ、彼を弾劾した。武将たちのほとんどはジムローニに賛同した。
ヘサムはジムリアのあの言葉を覚えていた。もしここで謀反に加担せずにウェスベルクから脱出すると、ジムリアに死を命じられるか刺客を送られるかどちらかだ。
なにしろこの反乱にはローダンも加担しているということだ。逃げてみすみす殺されるよりは、ジムローニやローダンに命を預け、ルーベサムソンとともに戦ったほうが良い。

ヘサム「私もジムローニ様に従います!」

ヘサムは必ずジムリアを倒すことを自らの心と主君ジムローニ、そして高い秋空のどこかから見守っている父に誓った。

  • ジムローニが反乱とは我ながらまさかの展開。まあ他国を併合しすぎた国によくある弊害ですね。 -- 作者 (2008-06-12 22:04:30)
  • なんという展開…普通にジムリアが統一すると思ってたが…いや、続きが楽しみです -- 名無しさん (2008-06-13 13:27:50)
  • ジムローニ軍は領土が1個しかないので兵力が激減すると思ってましたがジムローニの人望でカバーできてるみたいです。 -- 作者 (2008-06-13 21:06:28)
  • 愚かな管理人よ minatokuの神を崇めよ minatokuの神を畏れよ minatokuの神を奉れよ -- 田中謙介 (2023-06-28 00:37:10)
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最終更新:2023年06月28日 00:37
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