プレイレポート > エーインランス帝国正史 > 第7章

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ハスリアの乱

ハスリアの乱が始まって以来、帝国という重石が取れた群雄は動きを活発にし、大陸は再び群雄割拠の時代に戻りつつあった。

115年

9月
ラウジェン皇太子の本拠地、ブラウラークにジークバーク軍1万5千が侵攻。殿下は2万4千の兵をもってこれを迎撃し、ひたすら守りを固めて敵を寄せ付けず、勝利。

10月
ジムリヒトで反乱を起こしていたビュメッツ地方司令が天の声に命じられてラウジェン殿下に降伏を申し出る。
ラウジェン殿下と弟ダンベスター殿下は合流を果たし、ダンベスター殿下は兄ラウジェン殿下に、
今こそ帝位に就いて自らが先帝の正式な跡継ぎであることを世に示すべきだと進言する。
ラウジェン殿下はこれを受け入れ、ミットダン朝第5代皇帝ラウジェン・ミットダンとしてブラウヒルトの地で即位した。
これ以降のミットダン朝はブラウヒルト帝国とも呼ばれる。
第5代皇帝ラウジェン・ミットダン戴冠

11月
ダンベスター殿下が帝国宰相に任命される。
帝国宰相ダンベスター・ミットダン

ローフェン軍に仕えていたアルフェルトのケンプラーニ地方司令が帝国への帰属を表明する。

116年

1月
帝国の権威が健在であることを諸国に示すべく、ラウジェン陛下はジークバーク軍を逆賊として討伐令を諸国に飛ばす。諸国はこれに応じてジークバーク軍に宣戦を布告した。

一度は帝国に帰属したアルフェルトのケンプラーニ地方司令だったが、エーインランスの変以来の戦乱に不満を持つ地主たちに推戴されて反乱を起こす。
3月
ラウジェン陛下は皇帝として即位したとはいえいかんせん家臣団が貧弱であり、准将が3人のみという有様であった。
そこでそのうちの一人、カリムラーク准将を少将に昇進させる人事を発表するが、当然他の二人からの反感を買うことになった。

9月
ジークゲルト少将の暫定自治領土であったラインツラフがタスクベルク軍によって陥落、ジークゲルト少将らは戦死する。
サンジュハルトの独立以来内政に専念してきたタスクベルク軍は昔日の勢いを取り戻しつつあった。

117年

ラスケルン軍の領内で反乱が頻発し、かつて勢力を誇ったラスケルン軍は崩壊した。
これはタスクベルク軍のように回復の余地を残した崩壊ではなく、ただの反乱軍にさえ太刀打ちできるか危ぶまれるほどであった。
勢力の空白ができた西方では反乱軍が合流していくつかの中堅勢力が成立しつつあり、彼らのうちのいずれかが西方を統一すると思われる。

118年

2月
陛下は、この新天地で勢力を拡大して帝国を復活させ、大陸を再び統一するためジークバーク軍領への侵攻を決意、
カリムラーク少将率いる帝国軍1万9千はフラドディーにて敵軍1万3千と交戦する。
帝国軍は丘陵地に敵軍を誘導して、高台に布陣することに成功し、帝国軍は初めのうちは高さを活かした突撃でジークバーク軍を圧倒していた。
しかし左翼の騎兵隊が敵軍の槍隊に側面を攻撃されて退却すると全軍が動揺をはじめ、敵軍を追撃していた本隊も退却を迫られて帝国軍は撤退を余儀なくされた。

4月
ジークバーク軍から名将クリスミズ・オービメッツ元帥が使者として訪れ、両国が争うことの無益を説いて講和を持ちかける。陛下はこれを受け入れ、停戦が成立した。

6月
ジークバーク軍の部隊が国境を侵犯し、ジークバーク軍との停戦が破棄される。これを受けた陛下は再びジークバーク軍討伐令を出し、諸国もそれに従った。

8月
帝国は反乱軍、サット軍の支配下となっていたアルフェルトを攻撃。
あらかじめ陣地を築いて防備を固めていた敵軍の前に帝国軍は敗退し、サット軍の提示する停戦条約を受け入れなければならなかった。

9月
驚くべきことに、先月帝国と講和条約を結んだばかりのサット軍の首領、ファヴァン・サットが帝国への臣従を申し出た。
サットは帝国の地方貴族から身を起こし、110年にジムウィルの地方司令に任命された経歴を持つ人物であった。
ハスリアの乱ではローフェン中将に味方するが、民心を失った彼に失望して独立、そのまま勢力を保ち、周辺の反乱軍を味方につけたものの、
北のアドルッツ軍、西のジークバーク軍に独力で対抗することは不可能と考え、復興した帝国に再び仕えることを望んだらしい。
陛下は彼とそれに従う4万の兵を快くお迎えになり、帝国軍の兵力は再び100年当時の10万人にまで回復した。
サットを忠臣として褒め称えた陛下は彼にジムウィル伯と上級大将の位を授与なさった。

12月
サット軍を臣下として組み入れた陛下は再び帝都を取り戻すべく、北のアドルッツ軍をハスリアの乱に便乗して帝国領を荒らす叛徒として糾弾し、討伐令を出す。
一時は風前の灯とさえ思われていた帝国の兵力は今や大陸最大のものとなっており、群雄の中にこれを無視するものはいなかった。
アドルッツ軍と境を接する逆臣ハスリアさえもアドルッツ軍攻撃の口実としてではあるがこの檄文に従った。

画像、能力値など

▲中将から出発し、優れた才覚によって連勝を重ねて元帥にまで昇進した名将。まさにジークバーク軍の屋台骨である。
▲サットは運に恵まれて一度は自分の勢力を築きながらも帝国への忠誠心を忘れなかった。彼がいなければ帝国は力を取り戻せなかっただろう。
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