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ワインディング・ロード」(2008/06/16 (月) 00:02:41) の最新版変更点

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*ワインディング・ロード 「ひぃ……ふぅ……はぁ……そろそろ町かなにかないかな」 「距離からして無理だろ、常識的に考えて」  実は問題は距離そのものではない。  仲間になってくれそうな参加者を捜すため、とりあえず山を下りることにしたデネブと加賀美。幸い、さほど高くないその山は元々が行楽地だったらしく、緩やかに西の斜面を下る遊歩道が麓まで続いている。  おかげで足への負担はさほどなかった、のは良いのだが。 「たけのこだ!おいしそうだなあ……今夜は侑斗に若竹煮作ってあげよう」 「ていうかさ、なんでこの暗さで見つけるんだよ、そういうもんを」 「おっ、こういう水の綺麗な所には……ほらあった。芹だ!香りも良いぞ!!」  夜明けどころか丑三つ時を過ぎたばかりの山中で、もそもそと指で地面を掘り始める黒装束の怪人。普通に見りゃ殺した女子高生の死体を遺棄してるとか、そんな感じの光景だが、やってることがたけのこ掘りに山菜摘みと来た。  寝不足のせいで突っ込む気力ゼロの加賀美をよそに、デネブはいらんことに感心している。 「このデイパック、たくさん入るなあ。これで、今夜のおかずは十分だ!」 「……今夜のおかずとか言う前に、死んだらどうする」 「ああッ!!そういえば!!」  デネブがはっと身を起こす。 「侑斗が危険な目に遭う前に、探し出さなきゃ!ゆうと、ゆうと〜!!」 「あっ、こら自分のデイパックは自分で持ってけよ!おい!」  そんなわけで、絶賛山狩りーーじゃないやピクニックーーでもなくて、ええとなんだっけ?そうそう、下山だ下山。下山中の二人である。 「この状況、なんか結構やばい気がすんだよなあ……」  二つのデイパックを背負ってよろめきながら、加賀美は呟いた。           *   *   *  深く木々の茂った急斜面。細い道路はそこで途切れることを腐りかけた丸太の柵だけが無愛想に語っている。  北條はため息とともに腕を組んだ。 「放送が聞こえて来た方向はこの先のはずですが、道がありませんね」 「大丈夫です」  イブキは答え、携帯電話を取り出した。GPSと地図を照らし合わせて西側の坂を見上げる。 「こっちに向かえば、最短距離で山頂に出るはずです」 「……だから、道がないでしょう」 「見つければいいんですよ」  さっと携帯を閉じてある方向を見つめる青年の視線に、迷いはない。 「鍛えてますから。こういうの、慣れてるんです」  そう答えると北條には一向に構う様子なく、ずんずんと下生えを踏み分けて進んで行く。北條は慌ててその後を追った。 「自分がどこに向かってるか、わかってるんですか?」 「わかりますよ。じゃなきゃ、困るじゃないですか」  今ひとつ要領を得ない威吹鬼の答えだったが、当人は極めて普通に応じているつもりである。  表向きとはいえ猛士はオリエンテーリングやキャンプ用品を手がける団体ということになっている。加えて、魔化魍が出ればその場所に直行する必要があるのだ。夜の闇ごときで迷っていては務まらない。  一方、エリートである北條は山狩りなどの地道な作業にはあまり従事したことがなかった。怖じ気づくわけではないが、勝手が知れないという不安はある。  さしあたりここは、イブキを信じるしかあるまい、が――――。  目の前で急に足を止めて身をかがめられ、思わずぶつかってしまう。 「困るなあ、コンビニの袋とか、こんなとこに捨てて……」  威吹鬼は白いビニール袋をつまみ上げると、それを丸めてデイパックに押し込んだ。 「何やってるんですか」 「ゴミは持ち帰る。基本じゃないですか」 「それはそうですが、今は非常事態なんですよ」 「だからと言って、マナーをないがしろにしていいとは、僕は思いません」  極めて正論ではある。良識人の発想と言える。優等生ならではの物言いであろう。 「ひどいなあ、こんな所掘り返したりして……」 「良いじゃないですか、誰がタケノコ取ろうが松茸取ろうが」 「ここ、杉林ですよ?」 「その杉林で、我々は殺し合いを強いられてるんですよ?今」  戒めたつもりのその台詞を、イブキは露とも顧みなかった。 「どんなときも自然を大切に。山歩きの基本です」  頑なのか、それとも緊迫感がないのか。計りかねる北條をよそに、イブキは続ける。 「山に物を捨てるなんて、吉野の家では絶対に許されませんでしたよ。父も、兄たちも厳しかったですし」  ああ、これは完全に後者だ。北條の口から思わずため息が漏れる。 「京都のボンボンか……」 「奈良ですけど」 「正直、どちらでも変わりません」  北條は滲み出して来た額の汗を拭いた。普通の汗と冷や汗と脂汗とがないまぜになった、何とも言えない汗だった。           *   *   *  どうにかこうにか山を下り、道らしい道にたどり着いた時刻は午前三時過ぎ。加賀美はガードレールに腰を下ろして大きく息を吐いた。  と、道の向うの少し低くなった辺りから、デネブが大きく腕を振って彼を呼ぶ。 「加賀美!これを使おう!!」  なにごとかと近づいた加賀美が覗き込むと、デネブは川縁に繋がれたボートの縁を盛んに叩いていた。 「……船、漕ぐのか」  どこか不安を感じて呟いた加賀美をよそに、デネブが側につり下げられた裸電球に近づいて地図を確かめる。 「ほら、これ見ると、ちょうど町の方に向けて川が流れてる。だから流れに乗って行けば、歩くより速く町まで行ける!」 「地図だけ考えれば確かにそうだけど……なんか罠があるような気がするんだよなあ」  不安の言葉を漏らしながらも、加賀美はボートに足を踏み入れた。揺れることは揺れたが、ボートなんて所詮こんなもんだろう。たぶん。うん。そう思わなきゃやってらんない。  荷物とともにボートの真ん中に腰を下ろすと、加賀美は念のために船縁に手を置いた。 「それじゃあ、出発だ!」  デネブがいそいそともやいを解く。  船がひときわ大きく揺れたような気がしたが、考えるのはやめた。           *   *   *  あえて市街地に向かわなかったのは、心の何処かに人間に対する恐怖があったからだろう。  長田結花は人も通らないような細い小径を、流されるように東へ、東へと進んで行った。彼女は意識していなかったが、その方向には一つの施設がある。  動物園。人の頸城に繋がれ、冷たい滅びを強いられた獣たちの墓場だ。彼女を引き寄せていたのは、人に対する怨嗟の思いだったのかもしれない。  彼女の歩む径が、北へと抜ける広い道路と交差する。怯えた目で辺りを確認した彼女は、向うを歩く人影に気づいた。  やり過ごそうとしばらく木の陰で待ってみたが、一向に行き過ぎる様子はない。おそるおそる道路に出てみると――――目の前に、いた。  大型のバイクを押して、ゆっくりと道を歩む、長身の美女が。 「どけ。ただの人間に興味はない」  女は言い捨ててそのまま先を急ぐ。ただし、バイクがあるせいで牛の歩みで。  なんとなく圧倒されてその場に立ち尽くした結花に向かい、女は冷たい視線を浴びせた。 「どうした、何を見ている」  結花は別にこの女を意識して『見ていた』わけではない。だから理由を問われても答えることなどできない。  代わりに、彼女は素朴な疑問を口にした。 「それ、動かないんですか」 「押せば動く。見てわからないか?」  素っ気ない返事だが、内容が微妙にずれている。 「……ひょっとして、盗んで来たんですか?」 「だったらどうする?」  どうする、と言われても困る。思わず口ごもった結花に向かい、女はぶっきらぼうに告げた。 「自由に持って行けと書かれていた。だから持って来た」 「ええと、じゃ、あの……鍵は、どこですか?」 「知るか」  実に漢な切り捨て方ではあった。とはいえ、この場合は当人の立場を悪くするだけだ。必ずしも悪党と言う意味ではない。どちらかというと、少しばかり情けない、といったところか。  だが、その浮世離れした悪びれなさに、結花はかえって安堵した。自分でも理由はよくわからない。 「ちょっと、いいですか?」  女が不振な顔をするのをよそに、バイクの後部車輪のあたりに膝をつく。  彼女自身が車やバイクを運転し慣れているわけではないが、回りには運転する人間が幾人もいた。いつも彼らが運転したり、手入れをしたりするのを見ていたせいで、なんとなく想像のつくことがある。  たとえば……この辺に物入れ、とか。  手探りで弄ると工具箱の蓋が開き、中からキーリングが出て来た。 「ありましたよ、鍵」  結花はそれを取ってメインスイッチに挿した。くい、と回すとヘッドライトが点灯して目の前の道を照らし出す。 「それから?」 「え……?いえ、わかりません」  女にじっと見つめられ、彼女は困ったように視線をそらした。 「たぶん、どこかにマニュアルあるはずですよね……」  十五分後。  どうにかエンジンのかかったバイクを前に、結花はマニュアルとにらみ合っている。 「ええと……バイクのアクセルって、確か右でしたよね……」 「これか?」  無造作に右手のグリップをがちゃがちゃと動かした途端、バイクが走り出し――――。  バランスを失って、見事にこけた。  さすがに見よう見まねでバイクを運転しようと言うのが無理なのかも知れない。不安に駆られながら、結花は女に駆け寄った。 「大丈夫ですか?」 「これくらい、何でもない」  立ち上がって服を払う手には黒いかすり傷がつき、僅かに血がにじんでいる。  鮮やかな――――緑色の。  結花ははっと顔を上げて相手を見た。           *   *   *  いまだ辺りは暗く、見えるのはかすかに流れて行く河畔の風景だけだ。  にも、関わらず。 「うおおおおおおおおおおおおおおおはえええええええええええええ!!!!!」 「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば!!!!!」  ボートは揺れる。そして、激しい揺れと襲い来る水しぶきのおかげで、自分たちが急流を流されているということは加賀美にもはっきり実感出来た。  よく考えりゃ渓流なんざ急流で当たり前じゃないか。よくカヌーとかやってるし、何となく響きも似てるし。なんでこんなことに気づかなかったんだ……。 「でええええええええねええええええええええぶううううううううう!!!!!」 「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば!!!!!」 「かかっかかくかかくせいきいれるなああああああああああああああ!!!!!」  激しい水音、そして沈黙。  揺れる水面に星だけがちらほらと舞っている。           *   *   * 「今、なんか聞こえませんでしたか?」 「ええ、ほんと困りますよ。登山をしに来てビールの空き缶とか捨てていく人は」 「聞いてないわけですね。よくわかりました」  北條はため息とともに夜空を仰いだ。どうやらこの青年、氷川の頭の固さと津上の掴みがたい天然ボケ、両者の悪い所を兼ね備えた困り者らしい。  ならば、戦力としてどちらかに比肩する力を持っていてくれれば良いのだが。           *   *   *  どうにか走らせる、に到達するまで小一時間。それでもド素人としては飲み込みの早い方といっていいだろう。それまでに幾度となく転び、かすり傷は数知れず、だが、目の前の女はさほど気に掛ける様子はない。  一旦エンジンを止め、サドルバッグに入っていた包帯を手に巻いている女に結花はおそるおそる訊ねた。 「なんだ」 「あの、一緒に行ってもいいですか……?」  上目遣いの彼女に、女が突き刺すような視線と言葉を返す。 「ただの人間に興味はない、と言ったはずだ」  それ以上食い下がれずに唇を噛んだ結花に向かい、女は続けた。 「が……私の邪魔をしないなら構わん。乗れ」  結花は慌ててリアシートに飛び乗った。そっと女の身体に腕を回すと、相手がびくりと身を固めたのがわかる。 「お名前、聞いてもいいでしょうか」 「聞いてどうする?」  女は短く答えてエンジンをかけ直した。幾度かアクセルを吹かしながら、言葉を継ぐ。 「城光だ。そう呼べばいい」 「あ、はい。私は……」  結花の言葉を聞かずに、バイクは走り出す。行方すら、彼女に告げぬままに。  それでも少しだけほっとしているのはなぜだろう。           *   *   *  見晴らしのよい山頂。方角としては、最初に声の響いて来た方向はこちらになる。山という障害物がある以上、ここより大幅に先の地点から訴えたと言うことは考えにくいだろう。  なにより、その場の状況が北條の注意を引いた。 「あきらかに、ここで争った形跡があります」  彼は身をかがめ、折れた枝や踏みしだかれた下生えを確かめた。 「ということは、デネブという人物は、すでに……」 「ええ、可能性は高いでしょう」  深刻な顔で周囲を見渡す北條に、イブキが眉をひそめて答える。 「もう下山してしまったようですね」 「そう来ましたか」  先ほどは実に戦い慣れていると思ったが、ひょっとしたら戦いと日常の区別がつかないだけかも知れない。 「どうします?ここで待ってても、戻って来るとは思えませんけど」 「たしかに。ここは、一旦戻りましょうか」  見解だけは同意して、北條が今一度辺りを見渡す。  踏破を許可されたエリアの最北端に近いこの場所からならば、移動するのは確実に南。それも、ある程度移動しやすい道の辺りだろうか。ひょっとしたら入れ違いになったのかも知れない。  せめて、互いの場所を知らせる手段があればこういうことも避けられるのだが。  ――――しかし、それは同時に、戦いを辞さない者に己の居場所を知らせる危険をも孕んでいる。そのことは、彼自身もよく理解していた。           *   *   * 「いやあ大変な目にあったなあ。溺れるかと思ったよ」 「むしろ禁止区域に突っ込みそうで恐かったよ!俺は!」  場外直前でボートを捨て、どうにか川岸にたどり着いた加賀美は、その場にしゃがみ込んだまま携帯を取り出して現在地を確認した。  あとほんの数百メートルでエリア外。どうにか命拾いしたが、かなりきわどい位置だ。  しかしあれだけずぶぬれになっても問題なく機能している携帯は実に立派なもんである。よく見ると、ちゃんと裏にWaterproofとかShockproofとか書いてある。こういう事態も想定して、アウトドア向けの奴を支給してくれたわけだ。すごいなあの会社。 「……って、感心するとこじゃないよなあ」  ため息をついて河川敷を仰ぐと、向うになにやら明かりが見える。高く競り上がったプラットホームからして、駅だろうか。 「なあデネブ、あれ……」  水のした足る腕で示した方向を見て、デネブが飛び起きる。 「ああ!電車だ!」 「いや、それはわかる」 「行こう!早く他の人の所につけるかも知れない!」 「いや、だからそれは……って人肩に担ぐなよ!ずだ袋じゃないんだぞ!!」  加賀美の抗議の声を無視して、デネブはのしのしと河原を歩いてゆく。この辺は、腐っても見かけ通りの怪人といったところか。  意外にも大きな駅のホームまで這い上がると、デネブはベンチに加賀美を下ろした。どうやら自動車道のジャンクションとも繋がる大規模な駅らしく、幾つも連なる線路のなかには貨物列車が停まっているものもある。  加賀美は若干期待しつつ時刻表に歩み寄った。  が、そこに貼られているのは手書きの時刻表一枚きりだった。 ご丁寧に丸文字でハートやら星やらちりばめてあるのが微妙に腹立たしい。 「三十分に一本……しかも始発が六時過ぎかよ……」  ぐったりとうなだれる加賀美。ただでさえ冷え込む春の夜明け前、ぬれねずみには吹き抜ける風がひときわ辛い。  とりあえず鍵の開いていた駅員室を借りることにして、加賀美は中にあった石油ストーブをつけた。近くの椅子に水も滴る背広を掛けると、ポケットから鮎が一匹飛び出し、床でぴちぴち跳ねた。  その様子を眺めながら、加賀美は思いを巡らせる。  ゼクトの一員としてワームを狩る者。はっきりとではないが、彼の中では自分をそう認識して来た。それが、天道がゼクター狩りを始めた時点で決定的に狂い始めた気がする。  そもそもゼクトがライダーシステムを占有しようとすることにも、そのため時にはワームと手を組みさえすることにも、怒りに近い違和感はあったのだ。  そして今、人間もワームも関係ない殺し合いのフィールドに放り込まれ、戦いそのものに疑問を抱かずにはいられない。  自分は何のために戦うのか、誰のために戦うのか。そもそも、戦うべきなのか。  床に座って考え込んだ彼の傍らに、デネブがかがみ込む。 「加賀美、ほら……これを食べて、元気だせ!」  そう言って差し出されたものを、加賀美は何の気なしに受け取り、まじまじと眺めた。  実に見事なスルメだった。 「何なのコレ」 「キオスクにあった」  デネブが指差す方向を見ると、針金入りの強化ガラスの向うに明かりのついた商品棚が見て取れた。 「使い捨てカイロとか、替えのシャツとかなかった?」 「ええ?気がつかなかったなあ」  緊迫感のない口調に、期待するだけ無為と悟る。 「いいよ、自分で探してくる」  加賀美はデネブを置いて、改札の向こう側のキオスクに足を運んだ。  商品を失敬するのは少しだけ躊躇われたが、状況が状況だ。緊急避難ということで許されるだろう。あ、代金請求されたらちゃんとあの会社が払ってくれるんだろうか。帰ったらバイトちゃんとやらなきゃ……。  替えのシャツと下着を確保して駅員室の扉を開けると、何やら奇妙な臭いが漂って来た。 「デネブ、何かしたのか?」  訊ねて部屋を見渡した加賀美に、デネブが煙をたなびかせて駆け寄って来る。 「焦げた焦げた焦げた焦げた!!!!」 「むしろ燃えてる!燃えてる!!!!」  加賀美はデネブの背後に回り込むと、手にしていたシャツでデネブの服の裾についた火を叩いて消した。おそらくはストーブに近づきすぎたのだろう。 「自分が燃えてて、焦げたどころじゃないだろ……」 「いや、焦げたんだ」  デネブは申し訳なさそうに、胸の辺りにそれを握って俯いた。 「スルメが」 「そうか、スルメか」  加賀美は両手をデネブの肩に置いた。 「スルメなんてどうでもいいからッ!!」           *   *   * 「なぜ、ここに?」 「なんとなく、だ」  研究所の入り口をやや通り過ぎた所にバイクを止めると、光はさっさと建物の中へと歩を進めた。  正確には、ただなんとなくと言うだけではない。つい先日、トライアルと言う名の人口アンデッドが作られている様を目にして、人間の狡猾な知恵を印象づけられていたというのがある。  この首輪とて、実際に人間の浅知恵が生んだ代物だ。ならば解除出来るのはやはり人間だろう。  無機質な機材の並ぶ建物内に人の姿はないが、待っていれば誰か現れるだろうか。あるいは何か手がかりがあるかもしれない。彼女はロビーに戻ると、そのままテーブルに腰を下ろして腕を組んだ。 「あの……このまま、ここにいるんです、か?」 「嫌ならどこにでも行くがいい」 「いえ、そういうわけじゃ、ありません……」  結花は近くにあったパイプ椅子を引き寄せた。片方に腰を下ろし、膝に荷物を抱える。 「あの、城さんは何を貰ったんですか?」 「何の話だ」 「さっきの人が、便利グッズとかいったもの……ですけど」  光は無言で自分のデイパックをテーブルに置いた。 「見て、いいですか」 「好きにしろ」  結花は壊れ物に触るようにそっとデイパックを開いた。ジッパーの金具が擦れる音が、切れかけた蛍光灯の雑音に混じって耳障りに響く。  自分のものよりもずっと重い荷物の中身は、トランシーバーが三個。そして黒い機械の部品がついたバングル――――。 「ケタロス……?」  聞き覚えのない名前のはずだった。が、その音の並びはある人間を思い出させる。  『死ぬ』までにたったひとり、自分の言葉を聞いてくれた人のことを。 「啓太郎さん……」  呟いてそのバングルを握りしめた彼女を、光が不思議そうに見下ろす。 「どうした。それが欲しいのか?」 「えっ?」 「欲しければくれてやる。私には必要ない」  結花は手の中のバングルをじっと見つめた。これが何かの役に立つかどうかはわからない。それでも、なんとなく啓太郎さんが自分の側にいてくれるような気がする。 「ありがとうございます。じゃあ、代わりに何か……」  自分のデイパックを漁り始める結花の姿を、光は面白くもなさそうに見ていた。その表情が、出て来たものを目にして瞬時に変わる。 「お前、そのカードは……!」  半ばひったくる形で奪った大きめのカードには、異形の怪物たちの図案が描かれている。それがかすかに動いたような気がしたのは勘違いだろうか。 「封印された敗者たちが、なぜ、ここに……?」  その顔には、微かに畏れすら浮かんでいるように思える。結花は小声で訊ねた。 「あの、そのカードがどうかしたんですか」 「これは私が貰う。いいな」 「え、はい。どうぞ……」 「そうか」  短いやりとりの間、光は一切カードから目を離さなかった。しばらくしてようやく顔を上げ、カードを荷物に押し込む。  蛍光灯の一つが今一度ちりちりと呻くと、弾けるような音とともに消えた。わずかに陰った明かりに、女の顔はやや蒼ざめたように見える。           *   *   *  帰り道は下り坂の分、行きよりはいくらかましだったような気もする。三時間近くの山歩きを終えて腿に疲れを感じかけている北條をよそに、イブキは吹っ切れたような顔をしていた。 「結局、無駄足でしたね」 「いい運動になりましたよ……ああ、あれ!」  北條の遠回しの嫌みをのほほんと受け流したイブキが、ふと何かを見つけて素っ頓狂な声を上げる。 「僕の『竜巻』じゃないですか!」  人が変わったように勢い込んで、イブキはバイクに走りよった。 「鍵がついてないなあ。でも、まだマフラーが熱い。誰かが乗って来たみたいですね。ああ、もう……こんなに傷だらけにして、人のバイクをなんだと思ってるのかな」  かなりの確率で貴方のバイクじゃないでしょう、この島にある時点で。北條の心の中での突っ込みに、イブキは全く気づく様子がない。  北條は、改めて一つ咳払いをした。 「だれかがそれをここに乗り捨てたということは、いまこの研究所に我々以外の人間がいるということです。注意してください」 「え?あ、そうですね」  生返事とともにイブキが立ち上がる。彼らが去ったときと違い、煌々と明かりのついた研究所の廊下は、明らかに人の気配を伝えている。  イブキは手首につけた陰陽環を、一度軽く握りしめた。鬼となるべく生まれ、幼いころから鬼の技に慣れ親しんで来た彼ほど、式神の扱いを知り尽くしている者はいない。  一方、手元に銃一つない北條にも不安がないはずはない。それでも心を奮い立たせてイブキに続く。  まぶしいほどに照らされた廊下を、息を殺して進む。ロビーと交わる直前、窓ガラスに映った影に、北條はイブキを腕で遮った。  振り返ったイブキが、仕草に状況を理解する。  口を噤んでパイプ椅子に腰掛けていた結花は、ふと僅かな音に気づいて顔を上げた。側に立ったままの光の袖を引いて知らせる。  光はすぐに目を細め、窓ガラスの方向を睨んだ。 「出てこい」  ガラスに僅かに映る男二人を睨み据えて命じる。 「嫌なら、引きずり出してやってもいいぞ」  好戦的なその台詞に、ガラスの中の影がかすかに動く。続いて、冷静な声が聞こえて来る。 「言っておきますが、変身には何らかの干渉が働いているようですよ。あなたがライダーなのか、怪人なのかは知りませんけどね」 「お前たち人間ごときを相手に、変身する必要などない」  光は答え、胸元で拳を構えた。その様子に鍛えられた獣の本能を感じ、イブキもまた身構える。  二つの影が互いに弧を描いて爆ぜたのは、次の瞬間だった。  ロビーの鉢植えが弾き飛ばされ、飾り砂がリノリウムに広がる。結花が悲鳴を上げて窓際まで退いた。  続けざまの高い回し蹴りを避けてイブキが身をかがめる。床をかする低い一閃で椅子ごと蹴り払うと、光はトンボを切って側のテーブルに飛び乗った。すぐにテーブルを蹴倒しながら跳躍し、鋭い膝を相手の顔面に叩き込もうとする。  イブキは素早く身体を開いてそれを避けた。  光は爪先が床を捕えたと思った刹那、逆足で素早く切り返して唐竹蹴りを叩き込む。イブキの両腕が交差してそれを受け止め、力強く振り払う。  四肢を打ち付ける音と備品が崩れ落ちる音。噛み締められる息と砕け散る硝子。耳をなぶるようなその騒音を追い出そうとでも言うのか、結花は両耳を手で覆って窓に張り付いている。  無為な争いだ。北條はそう結論づける。  お互いが牽制し合っているに過ぎないことは、動きの鋭さが逆説的に証明していた。どちらも、本気で潰す気ならば変身を試みれば良いはずだ。この女が変身できるということは、先ほどの返答からして間違いない。  ならば。 「なぜ!」  彼は己の言葉に力を込め、つぶてのように投げつけた。  唐突なその言葉に、一瞬彼らの動きが止まる。 「なぜ、あなたはこの場所まで来たのですか」  怯むことなく、たゆむことなく、北條はまっすぐにその問いを叩き付ける。これが今の彼の、唯一にして最大の武器なのだから。 「他の参加者を殺すつもりなら、警告など口にはしないはずです。そもそも、待ち伏せならばあのバイクだって隠しておくべきだった。それをしなかったと言うことは、あなたに殺意はないか、もしくは――――あなたは底抜けに愚か、ということです」 「この忌々しい首輪を外すためだ。これさえなければ,くだらないゲームとはおさらば出来る」  吐き捨てる女の態度と口調を、彼は冷静に分析する。彼女は『駒』だ。戦う力はあるが、指し手の前では無力な存在。  それを見極めると、北條はゆっくりと女に歩み寄った。 「では、取引をしませんか」  ――――駒ならば、誰かが代わりに指してやればいい。 「あなたの言葉からすると、どうやらあなたはスマートブレインの言う『人智を超えた存在』に当たる。違いますか。ということは、他の未確認生命体を相手に、それなりに戦い抜く術もご存知でしょう」  ――――駒を指す者に必要なのは、知恵。 「私は、これでも人間の中では頭がキレる方で通っています」  これは北條にしては最大限の謙遜だったろう。 「その私が、首輪を解除するための手段を探すお手伝いをしましょう。そこの彼、イブキくんもあなたと同じように戦える身ですが、私だって護衛が一人きりよりは、二人いてくれた方が心強い」  ――――そして必要な時に駒を捨てるのも、指し手の知恵。そのためには、駒は一つでも多い方が良い。  手元にはV1システムはおろか、銃一つない。この状況で彼が出来ることは、使える限りの駒を動かし一手でもはやく勝利を得ることだろう。  奇しくもそれは、彼が最も忌み嫌う人物・小沢澄子の、G3ユニットにおける立ち位置と似ている。  ……あなたよりも、私の方がはるかに優秀であることを証明してみせますよ、小沢管理官。彼は内心そう呟いて続けた。 「それに、そちらの戦えないお嬢さんを守るにも、一人よりは三人のほうが確実でしょう」  北條の視線に晒された結花が思わず身ぶるいする。純粋に、警官独特の雰囲気に怒りと嫌悪を覚えたせいだが、回りの三人はそうは捉えない。自分の弱さに怯えている――――一見普通の少女を見てそう考えたのは、ごく自然なことだろう。  実際には、オルフェノクの力に加えカードデッキとゼクトマイザー、さらには使えるかはわからないライダーブレスを持つことで、彼女はイブキや光よりも有利に戦える立場にあるのだが。  北條は言葉を切り、答えを待つ。光は彼を睨みすえた。 「私は首輪が外れたら、すぐにお前たちを殺すぞ。それでも構わないのか」  勝った、と彼は確信した。相手に譲歩の意識はないだろうが、こちらが弱みを掴んだことには違いないからだ。 「結構ですよ。それができるものなら、どうぞ」  満足してそう返し、視線を窓際に移す。 「そちらは」 「知るか。そいつは勝手について来ただけだ」  北條はいまだに窓に張り付いて怯えている少女に歩み寄った。 「お名前を、御聞きしてもいいですか」 「長田……結花、です」 「長田さん、ですか」  値踏みするような北條の視線に、結花は思わず顔を背けた。男の声か、振舞いか、何かしらに恐怖を覚えていたが、それが何なのかすら自分でもわからない。  距離を置いてその様子を見守っていた光が、ぶっきらぼうに言い放つ。 「あまりそいつを脅かすな。お前と同じ、軟弱な人間だぞ」  投げやりな態度の割には、随分と優しい心遣いである。北條は失笑を押し殺して身を引いた。  それまで黙々と倒れた備品を起こしていたイブキが、椅子の一つを引いて促した。おそるおそるそこに腰を下ろした少女に訊ねる。 「大丈夫?怪我とかはしてない?」 「あの……はい。平気です」 「そう。よかった」  先ほどとは打って変わって気の抜けた笑顔を向けられて、結花はまた別の意味で怖じ気づく。 「な、なんですか……?」 「うん?僕にも君よりちょっと小さいくらいの弟子がいるんだ」 「弟……子……?」 「だから、ちょっと思い出しちゃってね」  のほほんとした人間だけに、穏やかな表情をしていればおっとりとした良家の坊ちゃんで通る。普通に考えて二枚目の部類に入るであろうイブキに間近から見つめられて、どぎまぎするなというほうが年頃の少女には無理だろう。  まったくこの青年、やることなすことずれている。北條は呆れながらも、別の椅子を引いて腰を下ろした。 「ところで、ここまでに何か、あなたが見たり聞いたりしたことがあれば、話してくれませんか」  北條の声に結花は今一度びくりと震え上がるが、やがてぽつぽつと話し出した。  彼女も聞いた放送の内容と北條たちの記憶、それと山頂の様子を改めて吟味し、桜井侑斗が少なくとも要注意人物であろうことを確認する。  続いて出て来た名前に、離れたテーブルに腰を下ろしていた光が反応した。 「剣崎?ブレイドか」 「知っているんですか」  北條の問いに、光は直接的には答えない。 「目的のために手段を選ばぬ奴なんだろうが……」  その言葉を、他の者たちは剣崎の凶暴性の肯定と受け取った。  筆記用具を取り出し、ひとしきり状況を整理した北條が呟く。 「まずは、首輪を調べることですね。そのためには……できれば、実物のサンプルが欲しい所ですが」  その言葉が指し示す意味の重さに、他の三人はまだ気づいていない。 **状態表 ■チーム「おかあさんといっしょ」 【デネブ@仮面ライダー電王】 【1日目 黎明】 【現在地:D-9 ガソリンスタンド近くの駅】 [時間軸]:28話開始時辺り(牙王戦終了辺り) [状態]:健康。 [装備]:拡声器 [道具]:基本支給品一式 ファイズアクセル 不明支給品x1 [思考・状況] 1:侑斗と合流し、この殺し合いを止める。 2:加賀美とともに、殺し合いに反発する仲間と合流 3:牙王の名前がある事に疑問 [備考] ※能力発動時以外は指からは一切の銃弾類は出せません。また、その事に気づいていません ※朝穫りたけのこと山菜はちゃんとデイパックに収まりました。新鮮です。 【加賀美新@仮面ライダーカブト】 【1日目 黎明】 【現在地:D-9 ガソリンスタンド近くの駅】 [時間軸]:34話終了後辺り [状態]:健康。 [装備]:ガタックゼクター、ライダーベルト(ガタック) [道具]:基本支給品一式 ラウズカード(ダイヤQ、クラブ6・10、ハート6)不明支給品(確認済み)2個。 [思考・状況] 1:この殺し合いを止め、スマートブレインを倒す 2:デネブとともに、殺し合いに反発する仲間と合流 ※友好的であろう人物と要注意人物について,ある程度の見解と対策を共有しています。 味方:天道総司、桜井侑斗(優先的に合流) 友好的:風間大介、影山瞬、モモタロス、ハナ(可能な限り速やかに合流) 要注意:牙王(警戒) ■チーム「過保護トライアングル」 【北條透@仮面ライダーアギト】 【1日目 早朝】 【現在地:B-7 研究所】 [時間軸]:最終話 [状態]:健康。 歩き疲れた。 [装備]:なし。 [道具]:携帯電話・地図・マグライト [思考・状況] 1:首輪について調べる。 2:城光を警戒。戦力として抱き込むか、必要であれば排除。 3:長田結花を保護すべき民間人と認識。 3:友好的な参加者と合流、敵対的な参加者を警戒。 4:無事に戻った暁にはスマートブレインを摘発する 【和泉伊織(威吹鬼)@仮面ライダー響鬼】 【1日目 早朝】 【現在地:B-7 研究所】 [時間軸]:35話付近 [状態]:元気。のほほん。いい感じにリラックス。 [装備]:変身鬼笛・音笛、陰陽環 [道具]:携帯電話 [思考・状況] 1:デネブって人、どこにいったんだ? 2:長田結花を庇護対象の未成年者と認識。 3:友好的な参加者と合流。 [備考] ※陰陽環の式神(火の鳥)は使用者から数メートルの距離までしか飛べません。また殺傷性能が低く制限されています。 ※なぜか変身しても服が消えません。 【城光@仮面ライダー剣】 【1日目 早朝】 【現在地:B-7 研究所】 [時間軸]:40話、トライアルについて知った後 [状態]:膝などに軽い擦り傷。 [装備]:なし [道具]:基本支給品・トランシーバー(3つ組)・「竜巻」(HONDA Shadow750)・ラウズカード(スペードQ/K) [思考・状況] 基本行動方針:このゲームから脱出し、金居とは正統なバトルファイトで決着をつける。 1:首輪解除のために北條を利用。 2:他の参加者とは必要以上に関わる気はない。邪魔ならば排除するが基本的に放置。 3:長田結花は別について来てもいい。 【長田結花@仮面ライダー555】 【1日目 早朝】 【現在地:B-7 研究所】 【時間軸】本編第41話終了直後(武装警官を一掃する直前) 【状態】健康、人間への不信感・憎悪(軽度) 【装備】カードデッキ(ファム) 【道具】支給品一式、ゼクトマイザー、 ライダーブレス(ケタロス:資格者不明) 【思考・状況】 基本行動方針:木場、海堂と合流する 1:「人間ではない」城光に若干の好意。「人間」の「警官」北條には強い警戒心。 2:イブキさん……(どきどき) [その他共通事項] ※以下のアイテムがB-7エリアの研究所に隠されています。 北條透のデイパック:携帯電話・地図・マグライトを除く基本支給品、ディスクアニマル(アサギワシ) 和泉伊織のデイパック:携帯電話を除く基本支給品 ※敵対的であろう人物と友好的であろう人物について,ある程度の共通見解が生まれました。 敵対的:風のエル、剣崎一真、「白い怪物」、橘朔也(優先的に排除) 友好的:風谷真魚、日高仁志、桐矢京介、木場勇治、海堂直也 要注意:金居、桜井侑斗、葦原涼(警戒) ただし、友好的な相手に対する方針は統一されていません。 |032:[[クライマックスは終わらない(後編)]]|投下順|034:[[不屈]]| |032:[[クライマックスは終わらない(後編)]]|時系列順|034:[[不屈]]| |008:[[Action-DENEB]]|[[デネブ]]|039:[[太陽背負う闘神]]| |008:[[Action-DENEB]]|[[加賀美新]]|039:[[太陽背負う闘神]]| |009:[[それが仕事な人たち]]|[[北條透]]|000:[[後の作品]]| |009:[[それが仕事な人たち]]|[[和泉伊織]]|000:[[後の作品]]| |016:[[囚われの虎と蛇]]|[[城光]]|000:[[後の作品]]| |017:[[白い悪意]]|[[長田結花]]|000:[[後の作品]]|
*ワインディング・ロード 「ひぃ……ふぅ……はぁ……そろそろ町かなにかないかな」 「距離からして無理だろ、常識的に考えて」  実は問題は距離そのものではない。  仲間になってくれそうな参加者を捜すため、とりあえず山を下りることにしたデネブと加賀美。幸い、さほど高くないその山は元々が行楽地だったらしく、緩やかに西の斜面を下る遊歩道が麓まで続いている。  おかげで足への負担はさほどなかった、のは良いのだが。 「たけのこだ!おいしそうだなあ……今夜は侑斗に若竹煮作ってあげよう」 「ていうかさ、なんでこの暗さで見つけるんだよ、そういうもんを」 「おっ、こういう水の綺麗な所には……ほらあった。芹だ!香りも良いぞ!!」  夜明けどころか丑三つ時を過ぎたばかりの山中で、もそもそと指で地面を掘り始める黒装束の怪人。普通に見りゃ殺した女子高生の死体を遺棄してるとか、そんな感じの光景だが、やってることがたけのこ掘りに山菜摘みと来た。  寝不足のせいで突っ込む気力ゼロの加賀美をよそに、デネブはいらんことに感心している。 「このデイパック、たくさん入るなあ。これで、今夜のおかずは十分だ!」 「……今夜のおかずとか言う前に、死んだらどうする」 「ああッ!!そういえば!!」  デネブがはっと身を起こす。 「侑斗が危険な目に遭う前に、探し出さなきゃ!ゆうと、ゆうと〜!!」 「あっ、こら自分のデイパックは自分で持ってけよ!おい!」  そんなわけで、絶賛山狩りーーじゃないやピクニックーーでもなくて、ええとなんだっけ?そうそう、下山だ下山。下山中の二人である。 「この状況、なんか結構やばい気がすんだよなあ……」  二つのデイパックを背負ってよろめきながら、加賀美は呟いた。           *   *   *  深く木々の茂った急斜面。細い道路はそこで途切れることを腐りかけた丸太の柵だけが無愛想に語っている。  北條はため息とともに腕を組んだ。 「放送が聞こえて来た方向はこの先のはずですが、道がありませんね」 「大丈夫です」  イブキは答え、携帯電話を取り出した。GPSと地図を照らし合わせて西側の坂を見上げる。 「こっちに向かえば、最短距離で山頂に出るはずです」 「……だから、道がないでしょう」 「見つければいいんですよ」  さっと携帯を閉じてある方向を見つめる青年の視線に、迷いはない。 「鍛えてますから。こういうの、慣れてるんです」  そう答えると北條には一向に構う様子なく、ずんずんと下生えを踏み分けて進んで行く。北條は慌ててその後を追った。 「自分がどこに向かってるか、わかってるんですか?」 「わかりますよ。じゃなきゃ、困るじゃないですか」  今ひとつ要領を得ない威吹鬼の答えだったが、当人は極めて普通に応じているつもりである。  表向きとはいえ猛士はオリエンテーリングやキャンプ用品を手がける団体ということになっている。加えて、魔化魍が出ればその場所に直行する必要があるのだ。夜の闇ごときで迷っていては務まらない。  一方、エリートである北條は山狩りなどの地道な作業にはあまり従事したことがなかった。怖じ気づくわけではないが、勝手が知れないという不安はある。  さしあたりここは、イブキを信じるしかあるまい、が――――。  目の前で急に足を止めて身をかがめられ、思わずぶつかってしまう。 「困るなあ、コンビニの袋とか、こんなとこに捨てて……」  威吹鬼は白いビニール袋をつまみ上げると、それを丸めてデイパックに押し込んだ。 「何やってるんですか」 「ゴミは持ち帰る。基本じゃないですか」 「それはそうですが、今は非常事態なんですよ」 「だからと言って、マナーをないがしろにしていいとは、僕は思いません」  極めて正論ではある。良識人の発想と言える。優等生ならではの物言いであろう。 「ひどいなあ、こんな所掘り返したりして……」 「良いじゃないですか、誰がタケノコ取ろうが松茸取ろうが」 「ここ、杉林ですよ?」 「その杉林で、我々は殺し合いを強いられてるんですよ?今」  戒めたつもりのその台詞を、イブキは露とも顧みなかった。 「どんなときも自然を大切に。山歩きの基本です」  頑なのか、それとも緊迫感がないのか。計りかねる北條をよそに、イブキは続ける。 「山に物を捨てるなんて、吉野の家では絶対に許されませんでしたよ。父も、兄たちも厳しかったですし」  ああ、これは完全に後者だ。北條の口から思わずため息が漏れる。 「京都のボンボンか……」 「奈良ですけど」 「正直、どちらでも変わりません」  北條は滲み出して来た額の汗を拭いた。普通の汗と冷や汗と脂汗とがないまぜになった、何とも言えない汗だった。           *   *   *  どうにかこうにか山を下り、道らしい道にたどり着いた時刻は午前三時過ぎ。加賀美はガードレールに腰を下ろして大きく息を吐いた。  と、道の向うの少し低くなった辺りから、デネブが大きく腕を振って彼を呼ぶ。 「加賀美!これを使おう!!」  なにごとかと近づいた加賀美が覗き込むと、デネブは川縁に繋がれたボートの縁を盛んに叩いていた。 「……船、漕ぐのか」  どこか不安を感じて呟いた加賀美をよそに、デネブが側につり下げられた裸電球に近づいて地図を確かめる。 「ほら、これ見ると、ちょうど町の方に向けて川が流れてる。だから流れに乗って行けば、歩くより速く町まで行ける!」 「地図だけ考えれば確かにそうだけど……なんか罠があるような気がするんだよなあ」  不安の言葉を漏らしながらも、加賀美はボートに足を踏み入れた。揺れることは揺れたが、ボートなんて所詮こんなもんだろう。たぶん。うん。そう思わなきゃやってらんない。  荷物とともにボートの真ん中に腰を下ろすと、加賀美は念のために船縁に手を置いた。 「それじゃあ、出発だ!」  デネブがいそいそともやいを解く。  船がひときわ大きく揺れたような気がしたが、考えるのはやめた。           *   *   *  あえて市街地に向かわなかったのは、心の何処かに人間に対する恐怖があったからだろう。  長田結花は人も通らないような細い小径を、流されるように東へ、東へと進んで行った。彼女は意識していなかったが、その方向には一つの施設がある。  動物園。人の頸城に繋がれ、冷たい滅びを強いられた獣たちの墓場だ。彼女を引き寄せていたのは、人に対する怨嗟の思いだったのかもしれない。  彼女の歩む径が、北へと抜ける広い道路と交差する。怯えた目で辺りを確認した彼女は、向うを歩く人影に気づいた。  やり過ごそうとしばらく木の陰で待ってみたが、一向に行き過ぎる様子はない。おそるおそる道路に出てみると――――目の前に、いた。  大型のバイクを押して、ゆっくりと道を歩む、長身の美女が。 「どけ。ただの人間に興味はない」  女は言い捨ててそのまま先を急ぐ。ただし、バイクがあるせいで牛の歩みで。  なんとなく圧倒されてその場に立ち尽くした結花に向かい、女は冷たい視線を浴びせた。 「どうした、何を見ている」  結花は別にこの女を意識して『見ていた』わけではない。だから理由を問われても答えることなどできない。  代わりに、彼女は素朴な疑問を口にした。 「それ、動かないんですか」 「押せば動く。見てわからないか?」  素っ気ない返事だが、内容が微妙にずれている。 「……ひょっとして、盗んで来たんですか?」 「だったらどうする?」  どうする、と言われても困る。思わず口ごもった結花に向かい、女はぶっきらぼうに告げた。 「自由に持って行けと書かれていた。だから持って来た」 「ええと、じゃ、あの……鍵は、どこですか?」 「知るか」  実に漢な切り捨て方ではあった。とはいえ、この場合は当人の立場を悪くするだけだ。必ずしも悪党と言う意味ではない。どちらかというと、少しばかり情けない、といったところか。  だが、その浮世離れした悪びれなさに、結花はかえって安堵した。自分でも理由はよくわからない。 「ちょっと、いいですか?」  女が不振な顔をするのをよそに、バイクの後部車輪のあたりに膝をつく。  彼女自身が車やバイクを運転し慣れているわけではないが、回りには運転する人間が幾人もいた。いつも彼らが運転したり、手入れをしたりするのを見ていたせいで、なんとなく想像のつくことがある。  たとえば……この辺に物入れ、とか。  手探りで弄ると工具箱の蓋が開き、中からキーリングが出て来た。 「ありましたよ、鍵」  結花はそれを取ってメインスイッチに挿した。くい、と回すとヘッドライトが点灯して目の前の道を照らし出す。 「それから?」 「え……?いえ、わかりません」  女にじっと見つめられ、彼女は困ったように視線をそらした。 「たぶん、どこかにマニュアルあるはずですよね……」  十五分後。  どうにかエンジンのかかったバイクを前に、結花はマニュアルとにらみ合っている。 「ええと……バイクのアクセルって、確か右でしたよね……」 「これか?」  無造作に右手のグリップをがちゃがちゃと動かした途端、バイクが走り出し――――。  バランスを失って、見事にこけた。  さすがに見よう見まねでバイクを運転しようと言うのが無理なのかも知れない。不安に駆られながら、結花は女に駆け寄った。 「大丈夫ですか?」 「これくらい、何でもない」  立ち上がって服を払う手には黒いかすり傷がつき、僅かに血がにじんでいる。  鮮やかな――――緑色の。  結花ははっと顔を上げて相手を見た。           *   *   *  いまだ辺りは暗く、見えるのはかすかに流れて行く河畔の風景だけだ。  にも、関わらず。 「うおおおおおおおおおおおおおおおはえええええええええええええ!!!!!」 「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば!!!!!」  ボートは揺れる。そして、激しい揺れと襲い来る水しぶきのおかげで、自分たちが急流を流されているということは加賀美にもはっきり実感出来た。  よく考えりゃ渓流なんざ急流で当たり前じゃないか。よくカヌーとかやってるし、何となく響きも似てるし。なんでこんなことに気づかなかったんだ……。 「でええええええええねええええええええええぶううううううううう!!!!!」 「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば!!!!!」 「かかっかかくかかくせいきいれるなああああああああああああああ!!!!!」  激しい水音、そして沈黙。  揺れる水面に星だけがちらほらと舞っている。           *   *   * 「今、なんか聞こえませんでしたか?」 「ええ、ほんと困りますよ。登山をしに来てビールの空き缶とか捨てていく人は」 「聞いてないわけですね。よくわかりました」  北條はため息とともに夜空を仰いだ。どうやらこの青年、氷川の頭の固さと津上の掴みがたい天然ボケ、両者の悪い所を兼ね備えた困り者らしい。  ならば、戦力としてどちらかに比肩する力を持っていてくれれば良いのだが。           *   *   *  どうにか走らせる、に到達するまで小一時間。それでもド素人としては飲み込みの早い方といっていいだろう。それまでに幾度となく転び、かすり傷は数知れず、だが、目の前の女はさほど気に掛ける様子はない。  一旦エンジンを止め、サドルバッグに入っていた包帯を手に巻いている女に結花はおそるおそる訊ねた。 「なんだ」 「あの、一緒に行ってもいいですか……?」  上目遣いの彼女に、女が突き刺すような視線と言葉を返す。 「ただの人間に興味はない、と言ったはずだ」  それ以上食い下がれずに唇を噛んだ結花に向かい、女は続けた。 「が……私の邪魔をしないなら構わん。乗れ」  結花は慌ててリアシートに飛び乗った。そっと女の身体に腕を回すと、相手がびくりと身を固めたのがわかる。 「お名前、聞いてもいいでしょうか」 「聞いてどうする?」  女は短く答えてエンジンをかけ直した。幾度かアクセルを吹かしながら、言葉を継ぐ。 「城光だ。そう呼べばいい」 「あ、はい。私は……」  結花の言葉を聞かずに、バイクは走り出す。行方すら、彼女に告げぬままに。  それでも少しだけほっとしているのはなぜだろう。           *   *   *  見晴らしのよい山頂。方角としては、最初に声の響いて来た方向はこちらになる。山という障害物がある以上、ここより大幅に先の地点から訴えたと言うことは考えにくいだろう。  なにより、その場の状況が北條の注意を引いた。 「あきらかに、ここで争った形跡があります」  彼は身をかがめ、折れた枝や踏みしだかれた下生えを確かめた。 「ということは、デネブという人物は、すでに……」 「ええ、可能性は高いでしょう」  深刻な顔で周囲を見渡す北條に、イブキが眉をひそめて答える。 「もう下山してしまったようですね」 「そう来ましたか」  先ほどは実に戦い慣れていると思ったが、ひょっとしたら戦いと日常の区別がつかないだけかも知れない。 「どうします?ここで待ってても、戻って来るとは思えませんけど」 「たしかに。ここは、一旦戻りましょうか」  見解だけは同意して、北條が今一度辺りを見渡す。  踏破を許可されたエリアの最北端に近いこの場所からならば、移動するのは確実に南。それも、ある程度移動しやすい道の辺りだろうか。ひょっとしたら入れ違いになったのかも知れない。  せめて、互いの場所を知らせる手段があればこういうことも避けられるのだが。  ――――しかし、それは同時に、戦いを辞さない者に己の居場所を知らせる危険をも孕んでいる。そのことは、彼自身もよく理解していた。           *   *   * 「いやあ大変な目にあったなあ。溺れるかと思ったよ」 「むしろ禁止区域に突っ込みそうで恐かったよ!俺は!」  場外直前でボートを捨て、どうにか川岸にたどり着いた加賀美は、その場にしゃがみ込んだまま携帯を取り出して現在地を確認した。  あとほんの数百メートルでエリア外。どうにか命拾いしたが、かなりきわどい位置だ。  しかしあれだけずぶぬれになっても問題なく機能している携帯は実に立派なもんである。よく見ると、ちゃんと裏にWaterproofとかShockproofとか書いてある。こういう事態も想定して、アウトドア向けの奴を支給してくれたわけだ。すごいなあの会社。 「……って、感心するとこじゃないよなあ」  ため息をついて河川敷を仰ぐと、向うになにやら明かりが見える。高く競り上がったプラットホームからして、駅だろうか。 「なあデネブ、あれ……」  水のした足る腕で示した方向を見て、デネブが飛び起きる。 「ああ!電車だ!」 「いや、それはわかる」 「行こう!早く他の人の所につけるかも知れない!」 「いや、だからそれは……って人肩に担ぐなよ!ずだ袋じゃないんだぞ!!」  加賀美の抗議の声を無視して、デネブはのしのしと河原を歩いてゆく。この辺は、腐っても見かけ通りの怪人といったところか。  意外にも大きな駅のホームまで這い上がると、デネブはベンチに加賀美を下ろした。どうやら自動車道のジャンクションとも繋がる大規模な駅らしく、幾つも連なる線路のなかには貨物列車が停まっているものもある。  加賀美は若干期待しつつ時刻表に歩み寄った。  が、そこに貼られているのは手書きの時刻表一枚きりだった。 ご丁寧に丸文字でハートやら星やらちりばめてあるのが微妙に腹立たしい。 「三十分に一本……しかも始発が六時過ぎかよ……」  ぐったりとうなだれる加賀美。ただでさえ冷え込む春の夜明け前、ぬれねずみには吹き抜ける風がひときわ辛い。  とりあえず鍵の開いていた駅員室を借りることにして、加賀美は中にあった石油ストーブをつけた。近くの椅子に水も滴る背広を掛けると、ポケットから鮎が一匹飛び出し、床でぴちぴち跳ねた。  その様子を眺めながら、加賀美は思いを巡らせる。  ゼクトの一員としてワームを狩る者。はっきりとではないが、彼の中では自分をそう認識して来た。それが、天道がゼクター狩りを始めた時点で決定的に狂い始めた気がする。  そもそもゼクトがライダーシステムを占有しようとすることにも、そのため時にはワームと手を組みさえすることにも、怒りに近い違和感はあったのだ。  そして今、人間もワームも関係ない殺し合いのフィールドに放り込まれ、戦いそのものに疑問を抱かずにはいられない。  自分は何のために戦うのか、誰のために戦うのか。そもそも、戦うべきなのか。  床に座って考え込んだ彼の傍らに、デネブがかがみ込む。 「加賀美、ほら……これを食べて、元気だせ!」  そう言って差し出されたものを、加賀美は何の気なしに受け取り、まじまじと眺めた。  実に見事なスルメだった。 「何なのコレ」 「キオスクにあった」  デネブが指差す方向を見ると、針金入りの強化ガラスの向うに明かりのついた商品棚が見て取れた。 「使い捨てカイロとか、替えのシャツとかなかった?」 「ええ?気がつかなかったなあ」  緊迫感のない口調に、期待するだけ無為と悟る。 「いいよ、自分で探してくる」  加賀美はデネブを置いて、改札の向こう側のキオスクに足を運んだ。  商品を失敬するのは少しだけ躊躇われたが、状況が状況だ。緊急避難ということで許されるだろう。あ、代金請求されたらちゃんとあの会社が払ってくれるんだろうか。帰ったらバイトちゃんとやらなきゃ……。  替えのシャツと下着を確保して駅員室の扉を開けると、何やら奇妙な臭いが漂って来た。 「デネブ、何かしたのか?」  訊ねて部屋を見渡した加賀美に、デネブが煙をたなびかせて駆け寄って来る。 「焦げた焦げた焦げた焦げた!!!!」 「むしろ燃えてる!燃えてる!!!!」  加賀美はデネブの背後に回り込むと、手にしていたシャツでデネブの服の裾についた火を叩いて消した。おそらくはストーブに近づきすぎたのだろう。 「自分が燃えてて、焦げたどころじゃないだろ……」 「いや、焦げたんだ」  デネブは申し訳なさそうに、胸の辺りにそれを握って俯いた。 「スルメが」 「そうか、スルメか」  加賀美は両手をデネブの肩に置いた。 「スルメなんてどうでもいいからッ!!」           *   *   * 「なぜ、ここに?」 「なんとなく、だ」  研究所の入り口をやや通り過ぎた所にバイクを止めると、光はさっさと建物の中へと歩を進めた。  正確には、ただなんとなくと言うだけではない。つい先日、トライアルと言う名の人口アンデッドが作られている様を目にして、人間の狡猾な知恵を印象づけられていたというのがある。  この首輪とて、実際に人間の浅知恵が生んだ代物だ。ならば解除出来るのはやはり人間だろう。  無機質な機材の並ぶ建物内に人の姿はないが、待っていれば誰か現れるだろうか。あるいは何か手がかりがあるかもしれない。彼女はロビーに戻ると、そのままテーブルに腰を下ろして腕を組んだ。 「あの……このまま、ここにいるんです、か?」 「嫌ならどこにでも行くがいい」 「いえ、そういうわけじゃ、ありません……」  結花は近くにあったパイプ椅子を引き寄せた。片方に腰を下ろし、膝に荷物を抱える。 「あの、城さんは何を貰ったんですか?」 「何の話だ」 「さっきの人が、便利グッズとかいったもの……ですけど」  光は無言で自分のデイパックをテーブルに置いた。 「見て、いいですか」 「好きにしろ」  結花は壊れ物に触るようにそっとデイパックを開いた。ジッパーの金具が擦れる音が、切れかけた蛍光灯の雑音に混じって耳障りに響く。  自分のものよりもずっと重い荷物の中身は、トランシーバーが三個。そして黒い機械の部品がついたバングル――――。 「ケタロス……?」  聞き覚えのない名前のはずだった。が、その音の並びはある人間を思い出させる。  『死ぬ』までにたったひとり、自分の言葉を聞いてくれた人のことを。 「啓太郎さん……」  呟いてそのバングルを握りしめた彼女を、光が不思議そうに見下ろす。 「どうした。それが欲しいのか?」 「えっ?」 「欲しければくれてやる。私には必要ない」  結花は手の中のバングルをじっと見つめた。これが何かの役に立つかどうかはわからない。それでも、なんとなく啓太郎さんが自分の側にいてくれるような気がする。 「ありがとうございます。じゃあ、代わりに何か……」  自分のデイパックを漁り始める結花の姿を、光は面白くもなさそうに見ていた。その表情が、出て来たものを目にして瞬時に変わる。 「お前、そのカードは……!」  半ばひったくる形で奪った大きめのカードには、異形の怪物たちの図案が描かれている。それがかすかに動いたような気がしたのは勘違いだろうか。 「封印された敗者たちが、なぜ、ここに……?」  その顔には、微かに畏れすら浮かんでいるように思える。結花は小声で訊ねた。 「あの、そのカードがどうかしたんですか」 「これは私が貰う。いいな」 「え、はい。どうぞ……」 「そうか」  短いやりとりの間、光は一切カードから目を離さなかった。しばらくしてようやく顔を上げ、カードを荷物に押し込む。  蛍光灯の一つが今一度ちりちりと呻くと、弾けるような音とともに消えた。わずかに陰った明かりに、女の顔はやや蒼ざめたように見える。           *   *   *  帰り道は下り坂の分、行きよりはいくらかましだったような気もする。三時間近くの山歩きを終えて腿に疲れを感じかけている北條をよそに、イブキは吹っ切れたような顔をしていた。 「結局、無駄足でしたね」 「いい運動になりましたよ……ああ、あれ!」  北條の遠回しの嫌みをのほほんと受け流したイブキが、ふと何かを見つけて素っ頓狂な声を上げる。 「僕の『竜巻』じゃないですか!」  人が変わったように勢い込んで、イブキはバイクに走りよった。 「鍵がついてないなあ。でも、まだマフラーが熱い。誰かが乗って来たみたいですね。ああ、もう……こんなに傷だらけにして、人のバイクをなんだと思ってるのかな」  かなりの確率で貴方のバイクじゃないでしょう、この島にある時点で。北條の心の中での突っ込みに、イブキは全く気づく様子がない。  北條は、改めて一つ咳払いをした。 「だれかがそれをここに乗り捨てたということは、いまこの研究所に我々以外の人間がいるということです。注意してください」 「え?あ、そうですね」  生返事とともにイブキが立ち上がる。彼らが去ったときと違い、煌々と明かりのついた研究所の廊下は、明らかに人の気配を伝えている。  イブキは手首につけた陰陽環を、一度軽く握りしめた。鬼となるべく生まれ、幼いころから鬼の技に慣れ親しんで来た彼ほど、式神の扱いを知り尽くしている者はいない。  一方、手元に銃一つない北條にも不安がないはずはない。それでも心を奮い立たせてイブキに続く。  まぶしいほどに照らされた廊下を、息を殺して進む。ロビーと交わる直前、窓ガラスに映った影に、北條はイブキを腕で遮った。  振り返ったイブキが、仕草に状況を理解する。  口を噤んでパイプ椅子に腰掛けていた結花は、ふと僅かな音に気づいて顔を上げた。側に立ったままの光の袖を引いて知らせる。  光はすぐに目を細め、窓ガラスの方向を睨んだ。 「出てこい」  ガラスに僅かに映る男二人を睨み据えて命じる。 「嫌なら、引きずり出してやってもいいぞ」  好戦的なその台詞に、ガラスの中の影がかすかに動く。続いて、冷静な声が聞こえて来る。 「言っておきますが、変身には何らかの干渉が働いているようですよ。あなたがライダーなのか、怪人なのかは知りませんけどね」 「お前たち人間ごときを相手に、変身する必要などない」  光は答え、胸元で拳を構えた。その様子に鍛えられた獣の本能を感じ、イブキもまた身構える。  二つの影が互いに弧を描いて爆ぜたのは、次の瞬間だった。  ロビーの鉢植えが弾き飛ばされ、飾り砂がリノリウムに広がる。結花が悲鳴を上げて窓際まで退いた。  続けざまの高い回し蹴りを避けてイブキが身をかがめる。床をかする低い一閃で椅子ごと蹴り払うと、光はトンボを切って側のテーブルに飛び乗った。すぐにテーブルを蹴倒しながら跳躍し、鋭い膝を相手の顔面に叩き込もうとする。  イブキは素早く身体を開いてそれを避けた。  光は爪先が床を捕えたと思った刹那、逆足で素早く切り返して唐竹蹴りを叩き込む。イブキの両腕が交差してそれを受け止め、力強く振り払う。  四肢を打ち付ける音と備品が崩れ落ちる音。噛み締められる息と砕け散る硝子。耳をなぶるようなその騒音を追い出そうとでも言うのか、結花は両耳を手で覆って窓に張り付いている。  無為な争いだ。北條はそう結論づける。  お互いが牽制し合っているに過ぎないことは、動きの鋭さが逆説的に証明していた。どちらも、本気で潰す気ならば変身を試みれば良いはずだ。この女が変身できるということは、先ほどの返答からして間違いない。  ならば。 「なぜ!」  彼は己の言葉に力を込め、つぶてのように投げつけた。  唐突なその言葉に、一瞬彼らの動きが止まる。 「なぜ、あなたはこの場所まで来たのですか」  怯むことなく、たゆむことなく、北條はまっすぐにその問いを叩き付ける。これが今の彼の、唯一にして最大の武器なのだから。 「他の参加者を殺すつもりなら、警告など口にはしないはずです。そもそも、待ち伏せならばあのバイクだって隠しておくべきだった。それをしなかったと言うことは、あなたに殺意はないか、もしくは――――あなたは底抜けに愚か、ということです」 「この忌々しい首輪を外すためだ。これさえなければ,くだらないゲームとはおさらば出来る」  吐き捨てる女の態度と口調を、彼は冷静に分析する。彼女は『駒』だ。戦う力はあるが、指し手の前では無力な存在。  それを見極めると、北條はゆっくりと女に歩み寄った。 「では、取引をしませんか」  ――――駒ならば、誰かが代わりに指してやればいい。 「あなたの言葉からすると、どうやらあなたはスマートブレインの言う『人智を超えた存在』に当たる。違いますか。ということは、他の未確認生命体を相手に、それなりに戦い抜く術もご存知でしょう」  ――――駒を指す者に必要なのは、知恵。 「私は、これでも人間の中では頭がキレる方で通っています」  これは北條にしては最大限の謙遜だったろう。 「その私が、首輪を解除するための手段を探すお手伝いをしましょう。そこの彼、イブキくんもあなたと同じように戦える身ですが、私だって護衛が一人きりよりは、二人いてくれた方が心強い」  ――――そして必要な時に駒を捨てるのも、指し手の知恵。そのためには、駒は一つでも多い方が良い。  手元にはV1システムはおろか、銃一つない。この状況で彼が出来ることは、使える限りの駒を動かし一手でもはやく勝利を得ることだろう。  奇しくもそれは、彼が最も忌み嫌う人物・小沢澄子の、G3ユニットにおける立ち位置と似ている。  ……あなたよりも、私の方がはるかに優秀であることを証明してみせますよ、小沢管理官。彼は内心そう呟いて続けた。 「それに、そちらの戦えないお嬢さんを守るにも、一人よりは三人のほうが確実でしょう」  北條の視線に晒された結花が思わず身ぶるいする。純粋に、警官独特の雰囲気に怒りと嫌悪を覚えたせいだが、回りの三人はそうは捉えない。自分の弱さに怯えている――――一見普通の少女を見てそう考えたのは、ごく自然なことだろう。  実際には、オルフェノクの力に加えカードデッキとゼクトマイザー、さらには使えるかはわからないライダーブレスを持つことで、彼女はイブキや光よりも有利に戦える立場にあるのだが。  北條は言葉を切り、答えを待つ。光は彼を睨みすえた。 「私は首輪が外れたら、すぐにお前たちを殺すぞ。それでも構わないのか」  勝った、と彼は確信した。相手に譲歩の意識はないだろうが、こちらが弱みを掴んだことには違いないからだ。 「結構ですよ。それができるものなら、どうぞ」  満足してそう返し、視線を窓際に移す。 「そちらは」 「知るか。そいつは勝手について来ただけだ」  北條はいまだに窓に張り付いて怯えている少女に歩み寄った。 「お名前を、御聞きしてもいいですか」 「長田……結花、です」 「長田さん、ですか」  値踏みするような北條の視線に、結花は思わず顔を背けた。男の声か、振舞いか、何かしらに恐怖を覚えていたが、それが何なのかすら自分でもわからない。  距離を置いてその様子を見守っていた光が、ぶっきらぼうに言い放つ。 「あまりそいつを脅かすな。お前と同じ、軟弱な人間だぞ」  投げやりな態度の割には、随分と優しい心遣いである。北條は失笑を押し殺して身を引いた。  それまで黙々と倒れた備品を起こしていたイブキが、椅子の一つを引いて促した。おそるおそるそこに腰を下ろした少女に訊ねる。 「大丈夫?怪我とかはしてない?」 「あの……はい。平気です」 「そう。よかった」  先ほどとは打って変わって気の抜けた笑顔を向けられて、結花はまた別の意味で怖じ気づく。 「な、なんですか……?」 「うん?僕にも君よりちょっと小さいくらいの弟子がいるんだ」 「弟……子……?」 「だから、ちょっと思い出しちゃってね」  のほほんとした人間だけに、穏やかな表情をしていればおっとりとした良家の坊ちゃんで通る。普通に考えて二枚目の部類に入るであろうイブキに間近から見つめられて、どぎまぎするなというほうが年頃の少女には無理だろう。  まったくこの青年、やることなすことずれている。北條は呆れながらも、別の椅子を引いて腰を下ろした。 「ところで、ここまでに何か、あなたが見たり聞いたりしたことがあれば、話してくれませんか」  北條の声に結花は今一度びくりと震え上がるが、やがてぽつぽつと話し出した。  彼女も聞いた放送の内容と北條たちの記憶、それと山頂の様子を改めて吟味し、桜井侑斗が少なくとも要注意人物であろうことを確認する。  続いて出て来た名前に、離れたテーブルに腰を下ろしていた光が反応した。 「剣崎?ブレイドか」 「知っているんですか」  北條の問いに、光は直接的には答えない。 「目的のために手段を選ばぬ奴なんだろうが……」  その言葉を、他の者たちは剣崎の凶暴性の肯定と受け取った。  筆記用具を取り出し、ひとしきり状況を整理した北條が呟く。 「まずは、首輪を調べることですね。そのためには……できれば、実物のサンプルが欲しい所ですが」  その言葉が指し示す意味の重さに、他の三人はまだ気づいていない。 **状態表 ■チーム「おかあさんといっしょ」 【デネブ@仮面ライダー電王】 【1日目 黎明】 【現在地:D-9 ガソリンスタンド近くの駅】 [時間軸]:28話開始時辺り(牙王戦終了辺り) [状態]:健康。 [装備]:拡声器 [道具]:基本支給品一式 ファイズアクセル 不明支給品x1 [思考・状況] 1:侑斗と合流し、この殺し合いを止める。 2:加賀美とともに、殺し合いに反発する仲間と合流 3:牙王の名前がある事に疑問 [備考] ※能力発動時以外は指からは一切の銃弾類は出せません。また、その事に気づいていません ※朝穫りたけのこと山菜はちゃんとデイパックに収まりました。新鮮です。 【加賀美新@仮面ライダーカブト】 【1日目 黎明】 【現在地:D-9 ガソリンスタンド近くの駅】 [時間軸]:34話終了後辺り [状態]:健康。 [装備]:ガタックゼクター、ライダーベルト(ガタック) [道具]:基本支給品一式 ラウズカード(ダイヤQ、クラブ6・10、ハート6)不明支給品(確認済み)2個。 [思考・状況] 1:この殺し合いを止め、スマートブレインを倒す 2:デネブとともに、殺し合いに反発する仲間と合流 ※友好的であろう人物と要注意人物について,ある程度の見解と対策を共有しています。 味方:天道総司、桜井侑斗(優先的に合流) 友好的:風間大介、影山瞬、モモタロス、ハナ(可能な限り速やかに合流) 要注意:牙王(警戒) ■チーム「過保護トライアングル」 【北條透@仮面ライダーアギト】 【1日目 早朝】 【現在地:B-7 研究所】 [時間軸]:最終話 [状態]:健康。 歩き疲れた。 [装備]:なし。 [道具]:携帯電話・地図・マグライト [思考・状況] 1:首輪について調べる。 2:城光を警戒。戦力として抱き込むか、必要であれば排除。 3:長田結花を保護すべき民間人と認識。 3:友好的な参加者と合流、敵対的な参加者を警戒。 4:無事に戻った暁にはスマートブレインを摘発する 【和泉伊織(威吹鬼)@仮面ライダー響鬼】 【1日目 早朝】 【現在地:B-7 研究所】 [時間軸]:35話付近 [状態]:元気。のほほん。いい感じにリラックス。 [装備]:変身鬼笛・音笛、陰陽環 [道具]:携帯電話 [思考・状況] 1:デネブって人、どこにいったんだ? 2:長田結花を庇護対象の未成年者と認識。 3:友好的な参加者と合流。 [備考] ※陰陽環の式神(火の鳥)は使用者から数メートルの距離までしか飛べません。また殺傷性能が低く制限されています。 ※なぜか変身しても服が消えません。 【城光@仮面ライダー剣】 【1日目 早朝】 【現在地:B-7 研究所】 [時間軸]:40話、トライアルについて知った後 [状態]:膝などに軽い擦り傷。 [装備]:なし [道具]:基本支給品・トランシーバー(3つ組)・「竜巻」(HONDA Shadow750)・ラウズカード(スペードQ/K) [思考・状況] 基本行動方針:このゲームから脱出し、金居とは正統なバトルファイトで決着をつける。 1:首輪解除のために北條を利用。 2:他の参加者とは必要以上に関わる気はない。邪魔ならば排除するが基本的に放置。 3:長田結花は別について来てもいい。 【長田結花@仮面ライダー555】 【1日目 早朝】 【現在地:B-7 研究所】 【時間軸】本編第41話終了直後(武装警官を一掃する直前) 【状態】健康、人間への不信感・憎悪(軽度) 【装備】カードデッキ(ファム) 【道具】支給品一式、ゼクトマイザー、 ライダーブレス(ケタロス:資格者不明) 【思考・状況】 基本行動方針:木場、海堂と合流する 1:「人間ではない」城光に若干の好意。「人間」の「警官」北條には強い警戒心。 2:イブキさん……(どきどき) [その他共通事項] ※以下のアイテムがB-7エリアの研究所に隠されています。 北條透のデイパック:携帯電話・地図・マグライトを除く基本支給品、ディスクアニマル(アサギワシ) 和泉伊織のデイパック:携帯電話を除く基本支給品 ※敵対的であろう人物と友好的であろう人物について,ある程度の共通見解が生まれました。 敵対的:風のエル、剣崎一真、「白い怪物」、橘朔也(優先的に排除) 友好的:風谷真魚、日高仁志、桐矢京介、木場勇治、海堂直也 要注意:金居、桜井侑斗、葦原涼(警戒) ただし、友好的な相手に対する方針は統一されていません。 |032:[[クライマックスは終わらない(後編)]]|投下順|034:[[不屈]]| |032:[[クライマックスは終わらない(後編)]]|時系列順|034:[[不屈]]| |008:[[Action-DENEB]]|[[デネブ]]|039:[[太陽背負う闘神]]| |008:[[Action-DENEB]]|[[加賀美新]]|039:[[太陽背負う闘神]]| |009:[[それが仕事な人たち]]|[[北條透]]|050:[[指し手二人(前編)]]| |009:[[それが仕事な人たち]]|[[和泉伊織]]|050:[[指し手二人(前編)]]| |016:[[囚われの虎と蛇]]|[[城光]]|050:[[指し手二人(前編)]]| |017:[[白い悪意]]|[[長田結花]]|050:[[指し手二人(前編)]]|

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