「blood」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

blood」(2009/03/01 (日) 19:18:49) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

*blood 「……………………」  H-5――市街地の一角にてその存在を誇示する港エリア。  一部を除き昏睡状態へと追い込まれた参加者達をこの島へと連行した船が、僅かの間だが停泊したのもここである。  ゲームのステージとして定められた範囲の中央付近を流れる大抵の河川はここへと辿り着き、海へと流れ込む。  ショッピングセンター付近を流れるそれも例外ではない。  そんな港の隅で、力無く座り込む左手を欠いた異形の姿があった。  人類にとって脅威と成り得る「アギト」の芽を刈り取る為に暗躍する、神からの使者「アンノウン」。  その中でも最上位に位置する「エルロード」にあって、「風」を司る存在。  それこそが異形――風のエルである。  もっとも――風の如く天を舞う地位にあったその威厳も、今となっては文字通り地に落ちたと言っても語弊は無いだろう。  手首から先を失った左手からは、今となっても血が少量ながらポタポタと音を立て地面に流れ落ちている。  本来全ての参加者へと平等に支給されている筈のデイパックは彼の周辺には存在しておらず、代わりに黄金の剣が右腕に握られているだけだ。  左手首の切断――風のエルの主が愛し、恐れるただの人間であれば、早急に処置をしなければならないレベルの負傷と言える。  いや、彼が人外の異形であっても、切断という事象に加えて、複数要因の関わり方次第では即死に至ったのは間違いない。  風のエルがこうして「生存」という名の二文字を掴んでいるのは、「彼の意識を何が支配していたか」という問題に起因していたと見るのが最良だろうか。 ◆  風のエルがこの港へと流されたのは、言うまでも無く彼が川へと投げ出されたからだ。  まず、風のエルは何処からその川へ投げ出されたのか。そして、そこでどの様な事態に彼は関与していたのか。  ショッピングセンター。店内外合わせて彼を除いても七人の参加者が犇めき合ったこの建造物内で、彼もまた交戦に入っている。  店内三名の参加者の内、殿として風のエルに立ち塞がった人間の変身した仮面ライダー、ゼロノス。  そのゼロノスを追い詰めたエルの左手首を狩った、人間で無ければ、アギトでも無いエルから見て正体不明の異形、ホースオルフェノク。  左手首を切断された時点でエルが力尽きなかったのは、それら敵対参加者への闘争心が精神や思考のほぼ全域を支配していたからだろう。  戦意を持っていなければ、そこで終わっていたかも知れない。  しかし、それで傷が治まるなどということは決してない。継続された戦闘の最中も、エルは出血を続けていたのだから。  やがてエルはゼロノスの連続攻撃によって、腹部を深々と切り裂かれる結果を迎えた。  更なる痛覚に伴って発生した出血は、いかに強靭な精神を持った存在にであろうと「絶望」の二文字を叩き付けるのに十分な効果を秘めていたであろう。  その様な状況において、何故エルが「絶望」や「死」に魂を売らず、「生」をその身に宿したままでいることができたのか―― 「ククク……なるほど、な」  エルは微苦笑を浮かべながら、左手首の断面を見やる。  黒に近い赤で血塗られたその部位は、天高く昇った太陽の光を明るく照り返す白を基調としたボディと鮮やかなコントラストをなすのに一役買っている。  その、血――そこにエルの生存の訳が示されていた。  そう、誰もが「絶望」「敗北」「脱落」「死亡」といった言葉を脳裏へ浮かべるべき場面で、彼は「歓喜」していたのだ。  激痛に悶え叫んだ裏で、血に飢えるモンスターと既に化していたエルは心からの喜びに身を支配させて。  川へと落ちて意識を手放すその瞬間まで、己が血を啜る時を心待ちにしていたのだ。  その執念に身を任せていたから、今こうして笑みを浮かべている。風のエルはそう判断した。  一連の思考整理によって、風のエルはようやく現在の己が立場を把握し終えた訳だ。  左手の出血は既に止まっている。制限されているとはいえ、これも常軌を逸した者のなせる技だろう。 「これも、悪くは……ないな」  口元に左手を這わせながら、エルは不敵に感想を漏らす。  ホース・オルフェノクによって左手首を撥ねられ、ゼロノス・ゼロフォームに腹部を切り裂かれたあの時まで、エルは一つの事実を忘却の海から引き上げずにいたのだ。  「仲間」こそ、この地においては持たない風のエルだが、彼もまた「強き者」だということを。  意識を手放す直前までは、ただ新たな血を得た事実が思考回路を支配し、彼を生存に導いた。  そして今、彼自身の血でコーティングされた左手首は、風のエルの想像を超えた濃厚さと、甘味を錯覚させている。  まだ生きている人外の自分でこれなのだ。  何処までも上を目指し、慕うべき主へと集団で抗おうと立ち上がる人間や、それに近い存在が息絶えた際に残す血液とはどれほどの物なのだろうか。  欲しい。  確かめたい。  本当の絆、真実の強さを。  そして理解したい。  近付くためにも。  主が人間共に抱く恐怖、愛情の意味を。  その為にするべきことは何か――  答えとなるべき選択は唯一つ。「戦うこと」だ。  最早エルの欲求は、敵を傷つけるだけでは満たすに至らない。  殺さなければ始まらないのだ。欲求も確認も、理解も接近も、全て他者を殺さなければ成し得ない。  邪魔なのは全力の発揮に歯止めを掛ける正体不明の制限。  大体の間隔こそ分かるが、今現在はどの程度の時間が最後の戦闘から経過しているのか。  制限の掛かる時間帯では、エルの持つ優位性は失われ、人間達と大差無い存在まで自身は落ちぶれる。  その危険性から目を背けない程度には冷静になっている風のエルは、右の握力を強めながら立ち上がった。  制限が掛かっている時の自分は、人間と大差がない。  全力を出せる状態でも、傷ついた今の自分と互角かそれ以上に戦える参加者が複数存在している。  今のエルはそれら突きつけられた現実を否定することをしない。  実の所、否定する必要がない、が正しいか――  本人は気付いていないが、今の彼は遂行することができるのだ。  「敵集団が迎撃態勢を整える前に遠距離から大火力による奇襲」や、「なんらかのトラブルで混乱に陥った集団の中心に切り込み、白兵戦で殲滅」といったミッションを。  パーフェクト・ゼクター。エルが右手に携える黄金の剣は、例え持ち主が首輪の制限を受けていようと、単体で前途のミッションを両立させるポテンシャルを秘めている。  ……もっとも、見かけはただの大振りな剣でしかなく、マニュアル無しでその事実を認識するのには運を必要とするが。  参加者においてパーフェクト・ゼクターの性能を知る者はゲーム開始当初二人のみで、今となっては唯一人だ。  エルがその力の片鱗に触れることが出来たのは、偶然の産物としか表現のしようがないだろう。  パーフェクト・ゼクターの柄に設けられた赤、黄、青、紫の計四色にそれぞれ塗られた四つのボタン。その中の何れかを押すことで、電子音声が鳴り響き、トリガーを引くことで発光、力を発揮する。  エルは無我夢中で行っていた、ショッピングセンター内での使用手順に誤りがないか、確認を開始。  まずはボタンを押す。握り直した結果親指が引っ掛かったという理由から、正面から見た場合左下に位置することとなる紫色を押す。 「……これは違う、という訳だ」  反応が、無い。黄色や青色も押して見たが、やはり同様の結果が生み出された。  ここでエルは、赤色こそが前回使用したボタンだと確信を持つ。  「正解」と思われる残された赤のボタンを押すという用意されたテンプレート的な考えよりも、剣について詳しく知りたいという欲求が勝った為か、風のエルは左腕でグリップを抱え込み右手先で刀身に触れ始める。  弄ってみるが、水に流されて何処かが故障した、とは違うらしい。ならばやはり赤い――  ――GUN MODE――  突然の物音に、思わずエルは硬直を見せた。  それは戦闘中であれば即命失に繋がり、危険人物との邂逅中であれば、間違いなく隙を突かれるであろうことが容易に推測出来るほど、分かりやすいリアクションだ。  心中で己の油断を叱り飛ばすと同時に、双眼は一つの事実を受け入れる。左腕から開放されたグリップが、折れ曲がっている――  注意深く観察せずとも、「曲がるべくして曲がった」ことを推察するのは容易い。曲がった部分を戻すと、再び元の通り大刀の出で立ちが出現。  しかし、「曲がるべくして曲がった」のならば必ず理由が存在する。風のエルは変化した外見からそれを導くことを即座に決定し、再度の形状変化を求めた。  グリップが曲がった姿は、人間達の用いる射撃武器「銃」をどこと無く連想させ、トリガーは剣状だった先刻に比べて明らかに存在感を増している。  そうは言うものの、完全に剣として成立していて、あれだけの威力を誇ったものが折れ曲がっただけで銃として利用できるものなのだろうか? 風のエルは自問を余儀無くされる。  銃に見られるトリガーは、引いたところでエネルギーを刀身に纏わせるだけだ。パーフェクト・ゼクターが先の交戦で纏った輝きからも、風のエルは剣の腹から離れ出る気配を感じられなかった。  実際問題、剣として利用するだけでも十分な成果が挙げられるだろう。エルはそれを良しとしないのだが。  主が恐れる人間の技術が何処まで発展しているのか――それを確かめたいと思う。  現状エルが知るパーフェクト・ゼクターの情報は、以下の三点。 ・グリップの変化で「ソード」「ガン」というモードにそれぞれ切り替わる。 ・「ソード」の状態において、ボタン入力→トリガーを引く、という行程を踏むことで刀身が光で強化される。 ・「ソード」の状態では黄・青・紫のボタンは反応しない。  エルは迷わず、先程の三色に輝くボタンを力任せに押し込んだ。  先程これらが反応しなかったのは、「ソード」ではなく「ガン」に対応しているからではないか、という見解が根拠だ。  今度こそ、という思いが先行したものの、やはり結果は変化を見せない。  続けて指は赤のボタンへと駆けた。他三つが共通して「間違い」なら、無試行とはいえおそらくは「ソード」の「正解」もまた共通している筈――  ――KABUTO POWER――  当たりだ。安堵が一時的にエルの体を駆け巡る。続けて、視界をフル活用しながら周囲を探索。  もしパーフェクト・ゼクターが射撃兵装と化したのであるならば、闇雲に空へ先端を向けて撃つ訳にはいかない。  威力を確認するのに適した、手頃な的が欲しいと考えるのは道理だ。  そしてその希望は、頑丈に閉じられた扉を持つ小倉庫という形で叶うことになる。一度己の手で開けようと試みるが、全く開く気配が感じられず。  待機音が鳴り響く中で、ゆっくりと銃口として機能するであろう先端を倉庫の扉に向け距離を広げていくエル。  右手でしっかりと握ったグリップのトリガーに指を引っ掛け、左腕の間接周辺を抑えとして狙いを定め。  ――Hyper Cannon――  トリガーを引く音、「ハイパーキャノン」と技名を公表する電子音声、以前は刀身の全体を纏っていたエネルギーが先端に集中する音。  それら三様の音色全てが次の瞬間向かうのは、頑強な倉庫の扉だ。  爆発。エルの視界の正面に位置した扉が一瞬見えなくなり、次の瞬間にはその残骸がまるで、紙吹雪の様に舞う。その外観が段々と遠くなっていった様に思えたのは、反動で思わず後ずさってしまった為だろう。  刹那、爆発、炸裂、倉庫内の物音――組み合わさった奇妙な複合音が空気を震わせ、最短ルートでエルの聴覚を捉えた。  倉庫が想定以上に頑丈だった為か、完全に破壊とはいかなかった。それでも対人戦では十分過ぎる威力、射程を備えているのは明白である。  更に、喜ばしい知らせが脳内に舞い込むのをエルは把握した。  エル自身の力は未だ使用可能な状況に戻っていないのを肌で感じるのに対し、最期の能力行使時期が重なっていた筈のパーフェクト・ゼクターは使用が可能――  この事実から能力制限が個人個人に掛けられているものとエルは確信を持つ。  詰まる所、能力が制限されていようとパーフェクト・ゼクターの行使には何の問題も存在しない。  勿論接近戦は、体の強度が強制劣化させられている制限状態の場合リスクが伴うが、先程の砲撃を駆使した戦いならばそれをもカバーできる。  エルは中破した倉庫へと歩を進めた。厳しい目つきを崩してはいない。が、内心ではほくそ笑んでいる。  材質不明の頑強「だった」扉の破片を踏みしめ、窓の存在しない薄暗い室内へと入り込む。  そうは言っても、パーフェクト・ゼクターの黄金が目立つ程度には光が入り込んでいる。  扉を突破した閃光は、向かい側の壁は破壊出来なかったらしい。跡が付いているものの、そこまでだ。  ただ黙々とひしげたケース群や、衝撃でバランスが崩れて中身を飛び散らせながら崩れたダンボールをその目に捉えるエル。  大方、島外から島内の各施設へ輸送される品々の保管庫、とでも言うべきだったのだろうか。  転がってきた小瓶を右足で蹴り払うと、既に皹の入っていたそれは簡単に音を立て割れる。  その過程を眺めていたエルは、他にも似た瓶が多数散乱していることに気付く。  更に――――灰。既に蓋が開けられていたいくつかの瓶の付近に、灰がある。密閉されていた為か、山となった形は崩れていない。  ここで死んだ参加者がいたのだろうか? エルは一瞬頭を捻るが、直に思考からそれを排除する。  これからの戦いに役立つ様なものは確認されず、灰などあったところで弱者が脱落したことを示すに過ぎないのだ。   「人間も、ここまで来たか……」  改めてパーフェクト・ゼクターを臨むエル。この人間の技術結晶は、狂気に染まった神の御使いに何を拝ませるのか? それは彼の望む、人間の血だけが知ることだ。 **状態表 【H-5 港】【昼】 【風のエル@仮面ライダーアギト】 [時間軸]:48話 [状態]:頭部にダメージ。全身に大程度の負傷・行動原理に異常発生。左手首欠損。十分間能力発揮不可。 [装備]:パーフェクトゼクター [道具]:なし [思考・状況] 基本行動方針:優勝して帰る。 帰還した暁には、主に未知の力を報告。 1:「仲間」を持つ「強き者」を殺す。容赦する気はない。 2:人を殺すことに、快楽を覚えた。 3:人間の血から、主の人間へ抱く感情の一端を知りたい。 4:パーフェクトゼクター(名前は知らない)を有効活用したい。 [備考] ※デネブの放送、および第一回放送を聞いていません。 ※首輪の制限時間に大体の目星を付け始めました。 ※ショッピングセンター内に風のエルの左手首が落ちています。 ※パーフェクトゼクターの使用法を理解しました。 |076:[[キックの鬼]]|投下順|078:[[零れ落ちる闇]]| |076:[[キックの鬼]]|時系列順|078:[[零れ落ちる闇]]| |070:[[裏切りはすぐ傍に]]|[[風のエル]]|000:[[後の作品]]|
*blood 「……………………」  H-5――市街地の一角にてその存在を誇示する港エリア。  一部を除き昏睡状態へと追い込まれた参加者達をこの島へと連行した船が、僅かの間だが停泊したのもここである。  ゲームのステージとして定められた範囲の中央付近を流れる大抵の河川はここへと辿り着き、海へと流れ込む。  ショッピングセンター付近を流れるそれも例外ではない。  そんな港の隅で、力無く座り込む左手を欠いた異形の姿があった。  人類にとって脅威と成り得る「アギト」の芽を刈り取る為に暗躍する、神からの使者「アンノウン」。  その中でも最上位に位置する「エルロード」にあって、「風」を司る存在。  それこそが異形――風のエルである。  もっとも――風の如く天を舞う地位にあったその威厳も、今となっては文字通り地に落ちたと言っても語弊は無いだろう。  手首から先を失った左手からは、今となっても血が少量ながらポタポタと音を立て地面に流れ落ちている。  本来全ての参加者へと平等に支給されている筈のデイパックは彼の周辺には存在しておらず、代わりに黄金の剣が右腕に握られているだけだ。  左手首の切断――風のエルの主が愛し、恐れるただの人間であれば、早急に処置をしなければならないレベルの負傷と言える。  いや、彼が人外の異形であっても、切断という事象に加えて、複数要因の関わり方次第では即死に至ったのは間違いない。  風のエルがこうして「生存」という名の二文字を掴んでいるのは、「彼の意識を何が支配していたか」という問題に起因していたと見るのが最良だろうか。 ◆  風のエルがこの港へと流されたのは、言うまでも無く彼が川へと投げ出されたからだ。  まず、風のエルは何処からその川へ投げ出されたのか。そして、そこでどの様な事態に彼は関与していたのか。  ショッピングセンター。店内外合わせて彼を除いても七人の参加者が犇めき合ったこの建造物内で、彼もまた交戦に入っている。  店内三名の参加者の内、殿として風のエルに立ち塞がった人間の変身した仮面ライダー、ゼロノス。  そのゼロノスを追い詰めたエルの左手首を狩った、人間で無ければ、アギトでも無いエルから見て正体不明の異形、ホースオルフェノク。  左手首を切断された時点でエルが力尽きなかったのは、それら敵対参加者への闘争心が精神や思考のほぼ全域を支配していたからだろう。  戦意を持っていなければ、そこで終わっていたかも知れない。  しかし、それで傷が治まるなどということは決してない。継続された戦闘の最中も、エルは出血を続けていたのだから。  やがてエルはゼロノスの連続攻撃によって、腹部を深々と切り裂かれる結果を迎えた。  更なる痛覚に伴って発生した出血は、いかに強靭な精神を持った存在にであろうと「絶望」の二文字を叩き付けるのに十分な効果を秘めていたであろう。  その様な状況において、何故エルが「絶望」や「死」に魂を売らず、「生」をその身に宿したままでいることができたのか―― 「ククク……なるほど、な」  エルは微苦笑を浮かべながら、左手首の断面を見やる。  黒に近い赤で血塗られたその部位は、天高く昇った太陽の光を明るく照り返す白を基調としたボディと鮮やかなコントラストをなすのに一役買っている。  その、血――そこにエルの生存の訳が示されていた。  そう、誰もが「絶望」「敗北」「脱落」「死亡」といった言葉を脳裏へ浮かべるべき場面で、彼は「歓喜」していたのだ。  激痛に悶え叫んだ裏で、血に飢えるモンスターと既に化していたエルは心からの喜びに身を支配させて。  川へと落ちて意識を手放すその瞬間まで、己が血を啜る時を心待ちにしていたのだ。  その執念に身を任せていたから、今こうして笑みを浮かべている。風のエルはそう判断した。  一連の思考整理によって、風のエルはようやく現在の己が立場を把握し終えた訳だ。  左手の出血は既に止まっている。制限されているとはいえ、これも常軌を逸した者のなせる技だろう。 「これも、悪くは……ないな」  口元に左手を這わせながら、エルは不敵に感想を漏らす。  ホース・オルフェノクによって左手首を撥ねられ、ゼロノス・ゼロフォームに腹部を切り裂かれたあの時まで、エルは一つの事実を忘却の海から引き上げずにいたのだ。  「仲間」こそ、この地においては持たない風のエルだが、彼もまた「強き者」だということを。  意識を手放す直前までは、ただ新たな血を得た事実が思考回路を支配し、彼を生存に導いた。  そして今、彼自身の血でコーティングされた左手首は、風のエルの想像を超えた濃厚さと、甘味を錯覚させている。  まだ生きている人外の自分でこれなのだ。  何処までも上を目指し、慕うべき主へと集団で抗おうと立ち上がる人間や、それに近い存在が息絶えた際に残す血液とはどれほどの物なのだろうか。  欲しい。  確かめたい。  本当の絆、真実の強さを。  そして理解したい。  近付くためにも。  主が人間共に抱く恐怖、愛情の意味を。  その為にするべきことは何か――  答えとなるべき選択は唯一つ。「戦うこと」だ。  最早エルの欲求は、敵を傷つけるだけでは満たすに至らない。  殺さなければ始まらないのだ。欲求も確認も、理解も接近も、全て他者を殺さなければ成し得ない。  邪魔なのは全力の発揮に歯止めを掛ける正体不明の制限。  大体の間隔こそ分かるが、今現在はどの程度の時間が最後の戦闘から経過しているのか。  制限の掛かる時間帯では、エルの持つ優位性は失われ、人間達と大差無い存在まで自身は落ちぶれる。  その危険性から目を背けない程度には冷静になっている風のエルは、右の握力を強めながら立ち上がった。  制限が掛かっている時の自分は、人間と大差がない。  全力を出せる状態でも、傷ついた今の自分と互角かそれ以上に戦える参加者が複数存在している。  今のエルはそれら突きつけられた現実を否定することをしない。  実の所、否定する必要がない、が正しいか――  本人は気付いていないが、今の彼は遂行することができるのだ。  「敵集団が迎撃態勢を整える前に遠距離から大火力による奇襲」や、「なんらかのトラブルで混乱に陥った集団の中心に切り込み、白兵戦で殲滅」といったミッションを。  パーフェクト・ゼクター。エルが右手に携える黄金の剣は、例え持ち主が首輪の制限を受けていようと、単体で前途のミッションを両立させるポテンシャルを秘めている。  ……もっとも、見かけはただの大振りな剣でしかなく、マニュアル無しでその事実を認識するのには運を必要とするが。  参加者においてパーフェクト・ゼクターの性能を知る者はゲーム開始当初二人のみで、今となっては唯一人だ。  エルがその力の片鱗に触れることが出来たのは、偶然の産物としか表現のしようがないだろう。  パーフェクト・ゼクターの柄に設けられた赤、黄、青、紫の計四色にそれぞれ塗られた四つのボタン。その中の何れかを押すことで、電子音声が鳴り響き、トリガーを引くことで発光、力を発揮する。  エルは無我夢中で行っていた、ショッピングセンター内での使用手順に誤りがないか、確認を開始。  まずはボタンを押す。握り直した結果親指が引っ掛かったという理由から、正面から見た場合左下に位置することとなる紫色を押す。 「……これは違う、という訳だ」  反応が、無い。黄色や青色も押して見たが、やはり同様の結果が生み出された。  ここでエルは、赤色こそが前回使用したボタンだと確信を持つ。  「正解」と思われる残された赤のボタンを押すという用意されたテンプレート的な考えよりも、剣について詳しく知りたいという欲求が勝った為か、風のエルは左腕でグリップを抱え込み右手先で刀身に触れ始める。  弄ってみるが、水に流されて何処かが故障した、とは違うらしい。ならばやはり赤い――  ――GUN MODE――  突然の物音に、思わずエルは硬直を見せた。  それは戦闘中であれば即命失に繋がり、危険人物との邂逅中であれば、間違いなく隙を突かれるであろうことが容易に推測出来るほど、分かりやすいリアクションだ。  心中で己の油断を叱り飛ばすと同時に、双眼は一つの事実を受け入れる。左腕から開放されたグリップが、折れ曲がっている――  注意深く観察せずとも、「曲がるべくして曲がった」ことを推察するのは容易い。曲がった部分を戻すと、再び元の通り大刀の出で立ちが出現。  しかし、「曲がるべくして曲がった」のならば必ず理由が存在する。風のエルは変化した外見からそれを導くことを即座に決定し、再度の形状変化を求めた。  グリップが曲がった姿は、人間達の用いる射撃武器「銃」をどこと無く連想させ、トリガーは剣状だった先刻に比べて明らかに存在感を増している。  そうは言うものの、完全に剣として成立していて、あれだけの威力を誇ったものが折れ曲がっただけで銃として利用できるものなのだろうか? 風のエルは自問を余儀無くされる。  銃に見られるトリガーは、引いたところでエネルギーを刀身に纏わせるだけだ。パーフェクト・ゼクターが先の交戦で纏った輝きからも、風のエルは剣の腹から離れ出る気配を感じられなかった。  実際問題、剣として利用するだけでも十分な成果が挙げられるだろう。エルはそれを良しとしないのだが。  主が恐れる人間の技術が何処まで発展しているのか――それを確かめたいと思う。  現状エルが知るパーフェクト・ゼクターの情報は、以下の三点。 ・グリップの変化で「ソード」「ガン」というモードにそれぞれ切り替わる。 ・「ソード」の状態において、ボタン入力→トリガーを引く、という行程を踏むことで刀身が光で強化される。 ・「ソード」の状態では黄・青・紫のボタンは反応しない。  エルは迷わず、先程の三色に輝くボタンを力任せに押し込んだ。  先程これらが反応しなかったのは、「ソード」ではなく「ガン」に対応しているからではないか、という見解が根拠だ。  今度こそ、という思いが先行したものの、やはり結果は変化を見せない。  続けて指は赤のボタンへと駆けた。他三つが共通して「間違い」なら、無試行とはいえおそらくは「ソード」の「正解」もまた共通している筈――  ――KABUTO POWER――  当たりだ。安堵が一時的にエルの体を駆け巡る。続けて、視界をフル活用しながら周囲を探索。  もしパーフェクト・ゼクターが射撃兵装と化したのであるならば、闇雲に空へ先端を向けて撃つ訳にはいかない。  威力を確認するのに適した、手頃な的が欲しいと考えるのは道理だ。  そしてその希望は、頑丈に閉じられた扉を持つ小倉庫という形で叶うことになる。一度己の手で開けようと試みるが、全く開く気配が感じられず。  待機音が鳴り響く中で、ゆっくりと銃口として機能するであろう先端を倉庫の扉に向け距離を広げていくエル。  右手でしっかりと握ったグリップのトリガーに指を引っ掛け、左腕の間接周辺を抑えとして狙いを定め。  ――Hyper Cannon――  トリガーを引く音、「ハイパーキャノン」と技名を公表する電子音声、以前は刀身の全体を纏っていたエネルギーが先端に集中する音。  それら三様の音色全てが次の瞬間向かうのは、頑強な倉庫の扉だ。  爆発。エルの視界の正面に位置した扉が一瞬見えなくなり、次の瞬間にはその残骸がまるで、紙吹雪の様に舞う。その外観が段々と遠くなっていった様に思えたのは、反動で思わず後ずさってしまった為だろう。  刹那、爆発、炸裂、倉庫内の物音――組み合わさった奇妙な複合音が空気を震わせ、最短ルートでエルの聴覚を捉えた。  倉庫が想定以上に頑丈だった為か、完全に破壊とはいかなかった。それでも対人戦では十分過ぎる威力、射程を備えているのは明白である。  更に、喜ばしい知らせが脳内に舞い込むのをエルは把握した。  エル自身の力は未だ使用可能な状況に戻っていないのを肌で感じるのに対し、最期の能力行使時期が重なっていた筈のパーフェクト・ゼクターは使用が可能――  この事実から能力制限が個人個人に掛けられているものとエルは確信を持つ。  詰まる所、能力が制限されていようとパーフェクト・ゼクターの行使には何の問題も存在しない。  勿論接近戦は、体の強度が強制劣化させられている制限状態の場合リスクが伴うが、先程の砲撃を駆使した戦いならばそれをもカバーできる。  エルは中破した倉庫へと歩を進めた。厳しい目つきを崩してはいない。が、内心ではほくそ笑んでいる。  材質不明の頑強「だった」扉の破片を踏みしめ、窓の存在しない薄暗い室内へと入り込む。  そうは言っても、パーフェクト・ゼクターの黄金が目立つ程度には光が入り込んでいる。  扉を突破した閃光は、向かい側の壁は破壊出来なかったらしい。跡が付いているものの、そこまでだ。  ただ黙々とひしげたケース群や、衝撃でバランスが崩れて中身を飛び散らせながら崩れたダンボールをその目に捉えるエル。  大方、島外から島内の各施設へ輸送される品々の保管庫、とでも言うべきだったのだろうか。  転がってきた小瓶を右足で蹴り払うと、既に皹の入っていたそれは簡単に音を立て割れる。  その過程を眺めていたエルは、他にも似た瓶が多数散乱していることに気付く。  更に――――灰。既に蓋が開けられていたいくつかの瓶の付近に、灰がある。密閉されていた為か、山となった形は崩れていない。  ここで死んだ参加者がいたのだろうか? エルは一瞬頭を捻るが、直に思考からそれを排除する。  これからの戦いに役立つ様なものは確認されず、灰などあったところで弱者が脱落したことを示すに過ぎないのだ。   「人間も、ここまで来たか……」  改めてパーフェクト・ゼクターを臨むエル。この人間の技術結晶は、狂気に染まった神の御使いに何を拝ませるのか? それは彼の望む、人間の血だけが知ることだ。 **状態表 【H-5 港】【昼】 【風のエル@仮面ライダーアギト】 [時間軸]:48話 [状態]:頭部にダメージ。全身に大程度の負傷・行動原理に異常発生。左手首欠損。十分間能力発揮不可。 [装備]:パーフェクトゼクター [道具]:なし [思考・状況] 基本行動方針:優勝して帰る。 帰還した暁には、主に未知の力を報告。 1:「仲間」を持つ「強き者」を殺す。容赦する気はない。 2:人を殺すことに、快楽を覚えた。 3:人間の血から、主の人間へ抱く感情の一端を知りたい。 4:パーフェクトゼクター(名前は知らない)を有効活用したい。 [備考] ※デネブの放送、および第一回放送を聞いていません。 ※首輪の制限時間に大体の目星を付け始めました。 ※ショッピングセンター内に風のエルの左手首が落ちています。 ※パーフェクトゼクターの使用法を理解しました。 |076:[[キックの鬼]]|投下順|078:[[零れ落ちる闇]]| |076:[[キックの鬼]]|時系列順|078:[[零れ落ちる闇]]| |070:[[裏切りはすぐ傍に]]|[[風のエル]]|095:[[完璧の名の下に]]|

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示:
目安箱バナー