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『いつか』が終わる日」(2010/01/14 (木) 00:02:56) の最新版変更点

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*『いつか』が終わる日 突然目の前に広がった色は、鮮やかな赤だった。 手のひらの上の柔らかいそれに、はっとして顔を上げた。端はほつれ、細い毛糸がマフラーから伸びている。 その先は彼女に繋がっていた。木陰から顔を覗かせた美代子の笑顔は、病室で見た花のように美しかった。 組織からの招待を受け、基地へ向かう三田村晴彦の胸には、恐れや不安は欠片もなかった。 小さく震える、彼女の白い冷たい手を握り締め、暗いトンネルを歩く晴彦の胸には、彼女と共に歩く輝かしい未来しか見えていなかったのだ。 だが、実際はどうだ。ショッカーの命じるままに破壊活動を行い、他者の未来を奪うだけの生。 今思えば、晴彦はそれでもよかったのかもしれない。彼女の側にいる事ができれば、ただそれだけで。 しかし、彼女は———美代子はどうだったのだろう。 塞ぎ込み、事あるごとに癇癪を起こして医者たちを困らせていた自分を慰めようと、花を贈ってくれるような優しい心の少女は。 その事を思うと、晴彦の胸は重たく塞がれる。病に冒された体と引き換えに、本来の彼女を奪ってしまったという罪を償えるのならば、自分は何だってする。 優しく、花よりも美しい、天真爛漫な笑顔を、彼女自身が取り戻せるのなら。 ———たとえその時、彼女の側に自分が居なくても。 (———みよ……こ……さん……) ※ 「……それが君の、『大切な人』の名前?」 低く、呟くような問いかけを耳にした晴彦は、急激に覚醒した。 とっさに身を起こそうとするが、全身を襲う激痛と疲労にそれも叶わず、できたのは小さく呻く事だけだった。 視線を巡らせると、どうやら屋内らしい。埃っぽい、蜘蛛の巣の張った天井板が目に飛び込んできた。 次いで、声の主を見上げる。そこにはいつもと変わらず無表情の東條悟の顔があった。驚愕に目を見開く晴彦の胸の中を見透かしたのか、東條はほんの少し首を傾げて言った。 「どうして自分を助けたのか……って聞きたいの?」 東條の言うとおりだった。 紫のライダーと戦った後の事は、何故かぼんやりと霞が掛かったようで、よく思い出せないが———気を失っている自分などは足手まといにしかならないだろう。 気まぐれに連れ歩いているだけなら、これ幸いと始末されていてもおかしくはない。少なくとも、東條ならやりかねないと晴彦は思っていたのだ。 「なら君は、どうして僕を助けたのかな?」 質問に質問で返されて、晴彦は返答に詰まる。記憶が定かでないとはいえ、戦闘不能になった東條を連れて逃げたのは確かだ。 だからと言って、何故、と聞かれても明確な答えは用意できない。 東條を失い、一人で行動する事のリスクを背負いたくなかったのかも知れないが、わざわざ敵がいる場所へ東條を回収しに向かう事の方がよほど危険のような気がする。 無我夢中のあの状態で、どうしてあのような行動を取ったのか晴彦にも解らず黙り込んでいると、東條が傍らのデイパックを探る。 思わず身を硬くする晴彦だったが、差し出されたのはペットボトルの水だった。 「別に理由なんてどうでもいいけど。……僕は君に死んでもらったら困るんだ。それだけだよ」 今まで晴彦の事に徹底的に無関心だった東條の変わりように呆気に取られつつも、軋む腕を伸ばしてペットボトルを受け取る。 ふと違和感を覚え、手元に目をやると、晴彦はぎょっとした。強化服のグローブの指先がことごとく破れているのに気が付いたからだ。 まるでそこから何か鋭利なものが飛び出したかのようだった。ショッカーの科学力によって作り出された、しなやかで強靭な布をも切り裂く———鉤爪。 瞬間、晴彦の脳裏に、自らの身に訪れた異変が蘇る。 (あれは一体何だったんだ!?) まず思い当たったのは、北崎と戦った時に発生したあの衝撃だった。激しい苦痛に襲われ、血を吐いた。 今回の異変はそれとは逆に、自分自身を制御できないほどの熱が湧き上がり、それからの事はおぼろげにしか思い出せない。 先の衝撃は変化の前触れだったのだろうか。自分が知らなかっただけで、改造されたこの体に元々備わっていた力なのだろうか? ショッカーの元にいた頃の晴彦はそれこそ機械のように、組織の歯車のひとつとして働いていたに過ぎない。内情や技術力については、全く知らないと言っていい。 たった一つだけ、あの場にいた老人の顔に見覚えがあったような気がするが———それも今では状況が見せた幻だったのかも知れない。 正しい答えを導き出す事などと到底できる訳もなく、ようやく上半身を起こした晴彦は、混乱したままペットボトルの水を口に含んだ。 ※ 人心地ついて、改めて周囲を見渡すと、自分たちがいるのは粗末な掘っ立て小屋だった。山林の手入れをする者のために作られたものらしく、小屋のすみには毛布や薪が積んである。 戦闘の舞台となっていた保養所からどこへ向かうともなく走ったため、詳細な現在地は不明だが、東條が自分を小屋に運んでくれたのは間違いない。 俯いて携帯をいじっている東條に目をやると、顔も上げずに「もうすぐ放送の時間だね」と呟く。晴彦がその言葉に生返事を返すと、それきり再び会話は途切れた。 二人じっと黙りこくっている事の居心地の悪さに耐え切れず、とうとう晴彦はかねてからの疑問を口にする。 「なあ……どうしてそんなに『英雄』にこだわるのか、聞いてもいいか?」 途端、東條が顔を上げ、表情の伺えない真っ黒な眼をこちらに向けてきて、晴彦は内心冷や汗を流す。 「べ、別に、文句を付けたい訳じゃないんだ。言いたくなければ言わなくてもいいし———」 理由はわからないが、自分を介抱してくれる程度には好意的になっている相手の機嫌を損ねたのではないかと思い、慌てて取り繕う。 しかし、東條はふいと視線を晴彦から外すと、無機質な、小さな声で、ぽつりと答えた。 「……英雄になれば、みんなが僕を好きになってくれるかもしれないから……」 東條の答えに晴彦ははっとする。 素直に理由を告げた事にも驚いたが、得体が知れないと思っていた東條の本当の望みが人に好かれたいというごく当たり前のものである事も意外だった。 そういえば、最初に話した時にも、みんなに認められる英雄に、と言っていたような気がする。それはもしや、『英雄になる事でみんなに認められたい』という意味だったのだろうか。 確かに、『英雄』という言葉には、偉業を成し遂げ、誰からも慕われ敬われる人物という響きがある。 人に好かれたいが故に『英雄』を目指すのはそれほどおかしいとは思えないが、そのためにどうして大切な人を殺さなければならないのか、大切な人を、美代子を救いたいと考えている晴彦には、理解不能だった。 返す言葉が見つからず口をつぐんだ晴彦に向かって、やや馬鹿にしたような声音で東條が言う。 「……別に、君に理解してもらおうなんて思ってないけどね。でも、三田村君だって、香川先生に会えば解るはずだよ」 ここではないどこかへいるであろう香川を見ているのか、東條の目線は虚空に向けられている。その瞳に狂気がじわりと滲みだしたように感じて、晴彦の背筋に冷たいものが走った。 それでも、ためらいがちにではあるが、質問を重ねたのは、大切な相手を殺す事を是とする理由を知りたかったからに他ならない。 「じゃあ……大切な人を殺せば『英雄』になれるっていうのは……その先生が言ったのか?」 「そうだよ。先生が間違った事を言う筈がないよ―――先生は本当に素晴らしい人だもの」 東條は関を切ったように、いかに『香川先生』が素晴らしい人物か語りだした。 熱っぽい口調ではあるものの、声量が大きくなったり、勢い込んで早口になったりしない所がかえって恐ろしかった。 話を聞いても、大切な人を殺さなければならない理由はよく解らなかったが、晴彦は次第に恐怖以外のものを東條に対して感じ始めていた。 誰からも好かれず、誰からも省みられない。 病室に垂れ込めて、訪れる者がいない現実に絶望していたかつての自分と、今の東條が重なった。 晴彦の元に美代子が現れたように、東條の元に現れたのが香川だったのだろう。そう思うと、目の前で熱弁を振るっているこの男の印象が少し変わった。 北崎と同じく自らの目的以外には目もくれず、他者を踏みつけにする事も――他ならぬ晴彦自身がそうした人物に追従することを望んでいたとはいえ――殺す事さえも躊躇しないような人物だと判断したが、北崎の目的が『楽しむ事』である事に比べれば、東條の目的はずいぶんと人間らしく感じられる。 「……その事を思い出させてくれた君には、ちょっと、感謝してるかも……」 「あ……ああ……」 あまつさえ感謝という言葉まで口にした東條に、晴彦は動揺を隠せなかった。お互いの目的が最後まで生き残り望みを叶える事である以上、仲間意識は無用なはずだ。 その事は目の前の男も重々承知の上だろうに、このような態度を取る真意がつかめず、晴彦は戸惑う。 (でも……もし東條が本当に僕に気を許したとしたら、これはチャンスかもしれない……) 今までのように、心変わりに怯える事がなくなれば、東條の隙を見出すのも容易になる。この状況を利用しない手はない、と思い直す。 無論、こちらから東條への接し方を変えるという訳ではない。どちらにせよ、いつかは倒さなければならない相手なのだから。 元々向こうが気まぐれに同行を許し、晴彦はそれに従っただけである。これからも変わらず、晴彦は東條を利用して参加者を減らす。 「……本当に、感謝してるんだ」 再び小さく呟いた東條に、晴彦は困惑しながらも、彼の変化を内心で喜んでいた。 ※※※ 二人はそのまま、薄暗い室内でそれぞれが壁に背を預け、体を休めていた。 細い桟にはめ込まれた窓ガラスは薪ストーブの煤によってうっすらと曇っており、部屋に差し込む夕日は弱々しく、室内のそこここにうずくまる黒い影を消し去る事は敵わない。 そしてそれは、心の闇も同様と言えるだろう。 荒野で目を覚ました東條が、晴彦が自分を助けた事を理解した瞬間思い出されたのは、傷ついた自分を介抱し、東條にとって『大切な人』となった男、佐野満の顔だった。 敗北の衝撃を癒すべく、晴彦を手にかけようとした時、東條はある事を閃いた。 今ここで『大切な人』である晴彦を殺すより、もっと効果的なシチュエーションがある。 それは、自らが『英雄』である事を証明するために倒さなくてはならない人物。 馬の怪人であり、赤と黒のライダーである男、木場勇治と、恩師、香川英行。彼らの目の前で晴彦を殺し、そしてこう言うのだ――― 自分自身こそが『大切な人』を犠牲にする覚悟と本当の強さを持つ、『英雄』にふさわしい人物なのだ、と。 素晴らしい思いつきをもたらしてくれた晴彦に、東條は心の底から感謝していた。 首を捻って、もう一度窓の外を見ると、赤く染まった稜線が、まるで怪物のように、太陽をすべて飲み込もうとしている所だった。 疲れきった体には、夜になりつつある空の色が心地よく、東條はうっとりと目を閉じて、その『いつか』が叶う瞬間を夢想していた。 晴彦は自分ではなく、東條が変わったと思っていた。 しかし、変わったのは東條ではなく、晴彦自身だった。 晴彦だけがそれを知らなかった。 ※ 幕が下りる。陽の光は姿を隠し、舞台は闇が支配する夜へと変わる。 第二幕の開演のベルが鳴るまで、あと少し――― **状態表 【1日目 夕方 放送直前】 【現在地:C-4 渓谷にある小屋】 【三田村晴彦@仮面ライダー THE FIRST】 [時間軸]:原作での死亡直前から [状態]:全身に中度の疲労、全身に強い痛み、不可解な衝動(リジェクション)への疑問、     北崎に対する強い恐怖 、リジェクション、一時間変身不可(コブラ、実験狼男) [装備]:特殊マスク、鞭 [道具]:飲食物(二人分) 【思考・状況】 基本行動方針:彼女を救うために勝者となる。 1:東條へ若干の同情、共感? 当面は従う。 2:リジェクションへの不安。 狼男になった事と関係がある? 3:いざとなれば迷わない。 4:桐矢、海堂に僅かな罪悪感。 5:自身が改造人間(コブラ)であることは東條に黙っておく。 【備考】 ※変身制限がある事を把握しました(正確な時間等は不明) ※リジェクションの間隔は次の書き手さんに任せます。(現状は頻繁ではない)   また、リジェクションと実験狼男への変化との関係を疑っています。 ※ウルフビールスに感染したことにより、実験狼男に変身が可能になりました。ウルフビールスを媒介できるかは後続の書き手さんに任せます。 【東條悟@仮面ライダー龍騎】 [時間軸]:44話終了後 [状態]:中程度のダメージ、 一時間変身不可(タイガ) [装備]:カードデッキ(タイガ・若干ひび割れ) [道具]:基本支給品×2(飲食物抜き)、首輪(芝浦、金居) 、田所包丁@仮面ライダーカブト [思考・状況] 基本行動方針:全員殺して勝ち残り、名実共に英雄となる 1:『ある程度の力を持つ参加者を一人でも多く間引く』 2:できれば最後の仕上げは先生(香川)にしたい 3:三田村はとりあえず生かしておく。『大切な人』。 5:殺した奴の首輪をコレクションするのも面白い。積極的に外す 。 6:木場(名前は知らない)に自分が英雄であることを知らしめる為、自らの手で闘って殺す。 ※三田村が改造人間(コブラ)であることを知りません。 ※三田村を『大切な人』認定しました。殺害するタイミングについては本文参照のこと。 |114:[[龍は更なる力を手に入れる]]|投下順|000:[[後の作品]]| |~|時系列順|000:[[後の作品]]| |106:[[龍哭(後編)]]|[[三田村晴彦]]|000:[[後の作品]]| |~|[[東條悟]]|000:[[後の作品]]|
*『いつか』が終わる日 突然目の前に広がった色は、鮮やかな赤だった。 手のひらの上の柔らかいそれに、はっとして顔を上げた。端はほつれ、細い毛糸がマフラーから伸びている。 その先は彼女に繋がっていた。木陰から顔を覗かせた美代子の笑顔は、病室で見た花のように美しかった。 組織からの招待を受け、基地へ向かう三田村晴彦の胸には、恐れや不安は欠片もなかった。 小さく震える、彼女の白い冷たい手を握り締め、暗いトンネルを歩く晴彦の胸には、彼女と共に歩く輝かしい未来しか見えていなかったのだ。 だが、実際はどうだ。ショッカーの命じるままに破壊活動を行い、他者の未来を奪うだけの生。 今思えば、晴彦はそれでもよかったのかもしれない。彼女の側にいる事ができれば、ただそれだけで。 しかし、彼女は———美代子はどうだったのだろう。 塞ぎ込み、事あるごとに癇癪を起こして医者たちを困らせていた自分を慰めようと、花を贈ってくれるような優しい心の少女は。 その事を思うと、晴彦の胸は重たく塞がれる。病に冒された体と引き換えに、本来の彼女を奪ってしまったという罪を償えるのならば、自分は何だってする。 優しく、花よりも美しい、天真爛漫な笑顔を、彼女自身が取り戻せるのなら。 ———たとえその時、彼女の側に自分が居なくても。 (———みよ……こ……さん……) ※ 「……それが君の、『大切な人』の名前?」 低く、呟くような問いかけを耳にした晴彦は、急激に覚醒した。 とっさに身を起こそうとするが、全身を襲う激痛と疲労にそれも叶わず、できたのは小さく呻く事だけだった。 視線を巡らせると、どうやら屋内らしい。埃っぽい、蜘蛛の巣の張った天井板が目に飛び込んできた。 次いで、声の主を見上げる。そこにはいつもと変わらず無表情の東條悟の顔があった。驚愕に目を見開く晴彦の胸の中を見透かしたのか、東條はほんの少し首を傾げて言った。 「どうして自分を助けたのか……って聞きたいの?」 東條の言うとおりだった。 紫のライダーと戦った後の事は、何故かぼんやりと霞が掛かったようで、よく思い出せないが———気を失っている自分などは足手まといにしかならないだろう。 気まぐれに連れ歩いているだけなら、これ幸いと始末されていてもおかしくはない。少なくとも、東條ならやりかねないと晴彦は思っていたのだ。 「なら君は、どうして僕を助けたのかな?」 質問に質問で返されて、晴彦は返答に詰まる。記憶が定かでないとはいえ、戦闘不能になった東條を連れて逃げたのは確かだ。 だからと言って、何故、と聞かれても明確な答えは用意できない。 東條を失い、一人で行動する事のリスクを背負いたくなかったのかも知れないが、わざわざ敵がいる場所へ東條を回収しに向かう事の方がよほど危険のような気がする。 無我夢中のあの状態で、どうしてあのような行動を取ったのか晴彦にも解らず黙り込んでいると、東條が傍らのデイパックを探る。 思わず身を硬くする晴彦だったが、差し出されたのはペットボトルの水だった。 「別に理由なんてどうでもいいけど。……僕は君に死んでもらったら困るんだ。それだけだよ」 今まで晴彦の事に徹底的に無関心だった東條の変わりように呆気に取られつつも、軋む腕を伸ばしてペットボトルを受け取る。 ふと違和感を覚え、手元に目をやると、晴彦はぎょっとした。強化服のグローブの指先がことごとく破れているのに気が付いたからだ。 まるでそこから何か鋭利なものが飛び出したかのようだった。ショッカーの科学力によって作り出された、しなやかで強靭な布をも切り裂く———鉤爪。 瞬間、晴彦の脳裏に、自らの身に訪れた異変が蘇る。 (あれは一体何だったんだ!?) まず思い当たったのは、北崎と戦った時に発生したあの衝撃だった。激しい苦痛に襲われ、血を吐いた。 今回の異変はそれとは逆に、自分自身を制御できないほどの熱が湧き上がり、それからの事はおぼろげにしか思い出せない。 先の衝撃は変化の前触れだったのだろうか。自分が知らなかっただけで、改造されたこの体に元々備わっていた力なのだろうか? ショッカーの元にいた頃の晴彦はそれこそ機械のように、組織の歯車のひとつとして働いていたに過ぎない。内情や技術力については、全く知らないと言っていい。 たった一つだけ、あの場にいた老人の顔に見覚えがあったような気がするが———それも今では状況が見せた幻だったのかも知れない。 正しい答えを導き出す事などと到底できる訳もなく、ようやく上半身を起こした晴彦は、混乱したままペットボトルの水を口に含んだ。 ※ 人心地ついて、改めて周囲を見渡すと、自分たちがいるのは粗末な掘っ立て小屋だった。山林の手入れをする者のために作られたものらしく、小屋のすみには毛布や薪が積んである。 戦闘の舞台となっていた保養所からどこへ向かうともなく走ったため、詳細な現在地は不明だが、東條が自分を小屋に運んでくれたのは間違いない。 俯いて携帯をいじっている東條に目をやると、顔も上げずに「もうすぐ放送の時間だね」と呟く。晴彦がその言葉に生返事を返すと、それきり再び会話は途切れた。 二人じっと黙りこくっている事の居心地の悪さに耐え切れず、とうとう晴彦はかねてからの疑問を口にする。 「なあ……どうしてそんなに『英雄』にこだわるのか、聞いてもいいか?」 途端、東條が顔を上げ、表情の伺えない真っ黒な眼をこちらに向けてきて、晴彦は内心冷や汗を流す。 「べ、別に、文句を付けたい訳じゃないんだ。言いたくなければ言わなくてもいいし———」 理由はわからないが、自分を介抱してくれる程度には好意的になっている相手の機嫌を損ねたのではないかと思い、慌てて取り繕う。 しかし、東條はふいと視線を晴彦から外すと、無機質な、小さな声で、ぽつりと答えた。 「……英雄になれば、みんなが僕を好きになってくれるかもしれないから……」 東條の答えに晴彦ははっとする。 素直に理由を告げた事にも驚いたが、得体が知れないと思っていた東條の本当の望みが人に好かれたいというごく当たり前のものである事も意外だった。 そういえば、最初に話した時にも、みんなに認められる英雄に、と言っていたような気がする。それはもしや、『英雄になる事でみんなに認められたい』という意味だったのだろうか。 確かに、『英雄』という言葉には、偉業を成し遂げ、誰からも慕われ敬われる人物という響きがある。 人に好かれたいが故に『英雄』を目指すのはそれほどおかしいとは思えないが、そのためにどうして大切な人を殺さなければならないのか、大切な人を、美代子を救いたいと考えている晴彦には、理解不能だった。 返す言葉が見つからず口をつぐんだ晴彦に向かって、やや馬鹿にしたような声音で東條が言う。 「……別に、君に理解してもらおうなんて思ってないけどね。でも、三田村君だって、香川先生に会えば解るはずだよ」 ここではないどこかへいるであろう香川を見ているのか、東條の目線は虚空に向けられている。その瞳に狂気がじわりと滲みだしたように感じて、晴彦の背筋に冷たいものが走った。 それでも、ためらいがちにではあるが、質問を重ねたのは、大切な相手を殺す事を是とする理由を知りたかったからに他ならない。 「じゃあ……大切な人を殺せば『英雄』になれるっていうのは……その先生が言ったのか?」 「そうだよ。先生が間違った事を言う筈がないよ―――先生は本当に素晴らしい人だもの」 東條は関を切ったように、いかに『香川先生』が素晴らしい人物か語りだした。 熱っぽい口調ではあるものの、声量が大きくなったり、勢い込んで早口になったりしない所がかえって恐ろしかった。 話を聞いても、大切な人を殺さなければならない理由はよく解らなかったが、晴彦は次第に恐怖以外のものを東條に対して感じ始めていた。 誰からも好かれず、誰からも省みられない。 病室に垂れ込めて、訪れる者がいない現実に絶望していたかつての自分と、今の東條が重なった。 晴彦の元に美代子が現れたように、東條の元に現れたのが香川だったのだろう。そう思うと、目の前で熱弁を振るっているこの男の印象が少し変わった。 北崎と同じく自らの目的以外には目もくれず、他者を踏みつけにする事も――他ならぬ晴彦自身がそうした人物に追従することを望んでいたとはいえ――殺す事さえも躊躇しないような人物だと判断したが、北崎の目的が『楽しむ事』である事に比べれば、東條の目的はずいぶんと人間らしく感じられる。 「……その事を思い出させてくれた君には、ちょっと、感謝してるかも……」 「あ……ああ……」 あまつさえ感謝という言葉まで口にした東條に、晴彦は動揺を隠せなかった。お互いの目的が最後まで生き残り望みを叶える事である以上、仲間意識は無用なはずだ。 その事は目の前の男も重々承知の上だろうに、このような態度を取る真意がつかめず、晴彦は戸惑う。 (でも……もし東條が本当に僕に気を許したとしたら、これはチャンスかもしれない……) 今までのように、心変わりに怯える事がなくなれば、東條の隙を見出すのも容易になる。この状況を利用しない手はない、と思い直す。 無論、こちらから東條への接し方を変えるという訳ではない。どちらにせよ、いつかは倒さなければならない相手なのだから。 元々向こうが気まぐれに同行を許し、晴彦はそれに従っただけである。これからも変わらず、晴彦は東條を利用して参加者を減らす。 「……本当に、感謝してるんだ」 再び小さく呟いた東條に、晴彦は困惑しながらも、彼の変化を内心で喜んでいた。 ※※※ 二人はそのまま、薄暗い室内でそれぞれが壁に背を預け、体を休めていた。 細い桟にはめ込まれた窓ガラスは薪ストーブの煤によってうっすらと曇っており、部屋に差し込む夕日は弱々しく、室内のそこここにうずくまる黒い影を消し去る事は敵わない。 そしてそれは、心の闇も同様と言えるだろう。 荒野で目を覚ました東條が、晴彦が自分を助けた事を理解した瞬間思い出されたのは、傷ついた自分を介抱し、東條にとって『大切な人』となった男、佐野満の顔だった。 敗北の衝撃を癒すべく、晴彦を手にかけようとした時、東條はある事を閃いた。 今ここで『大切な人』である晴彦を殺すより、もっと効果的なシチュエーションがある。 それは、自らが『英雄』である事を証明するために倒さなくてはならない人物。 馬の怪人であり、赤と黒のライダーである男、木場勇治と、恩師、香川英行。彼らの目の前で晴彦を殺し、そしてこう言うのだ――― 自分自身こそが『大切な人』を犠牲にする覚悟と本当の強さを持つ、『英雄』にふさわしい人物なのだ、と。 素晴らしい思いつきをもたらしてくれた晴彦に、東條は心の底から感謝していた。 首を捻って、もう一度窓の外を見ると、赤く染まった稜線が、まるで怪物のように、太陽をすべて飲み込もうとしている所だった。 疲れきった体には、夜になりつつある空の色が心地よく、東條はうっとりと目を閉じて、その『いつか』が叶う瞬間を夢想していた。 晴彦は自分ではなく、東條が変わったと思っていた。 しかし、変わったのは東條ではなく、晴彦自身だった。 晴彦だけがそれを知らなかった。 ※ 幕が下りる。陽の光は姿を隠し、舞台は闇が支配する夜へと変わる。 第二幕の開演のベルが鳴るまで、あと少し――― **状態表 【1日目 夕方 放送直前】 【現在地:C-4 渓谷にある小屋】 【三田村晴彦@仮面ライダー THE FIRST】 [時間軸]:原作での死亡直前から [状態]:全身に中度の疲労、全身に強い痛み、不可解な衝動(リジェクション)への疑問、     北崎に対する強い恐怖 、リジェクション、一時間変身不可(コブラ、実験狼男) [装備]:特殊マスク、鞭 [道具]:飲食物(二人分) 【思考・状況】 基本行動方針:彼女を救うために勝者となる。 1:東條へ若干の同情、共感? 当面は従う。 2:リジェクションへの不安。 狼男になった事と関係がある? 3:いざとなれば迷わない。 4:桐矢、海堂に僅かな罪悪感。 5:自身が改造人間(コブラ)であることは東條に黙っておく。 【備考】 ※変身制限がある事を把握しました(正確な時間等は不明) ※リジェクションの間隔は次の書き手さんに任せます。(現状は頻繁ではない)   また、リジェクションと実験狼男への変化との関係を疑っています。 ※ウルフビールスに感染したことにより、実験狼男に変身が可能になりました。ウルフビールスを媒介できるかは後続の書き手さんに任せます。 【東條悟@仮面ライダー龍騎】 [時間軸]:44話終了後 [状態]:中程度のダメージ、 一時間変身不可(タイガ) [装備]:カードデッキ(タイガ・若干ひび割れ) [道具]:基本支給品×2(飲食物抜き)、首輪(芝浦、金居) 、田所包丁@仮面ライダーカブト [思考・状況] 基本行動方針:全員殺して勝ち残り、名実共に英雄となる 1:『ある程度の力を持つ参加者を一人でも多く間引く』 2:できれば最後の仕上げは先生(香川)にしたい 3:三田村はとりあえず生かしておく。『大切な人』。 5:殺した奴の首輪をコレクションするのも面白い。積極的に外す 。 6:木場(名前は知らない)に自分が英雄であることを知らしめる為、自らの手で闘って殺す。 ※三田村が改造人間(コブラ)であることを知りません。 ※三田村を『大切な人』認定しました。殺害するタイミングについては本文参照のこと。 |114:[[龍は更なる力を手に入れる]]|投下順|116:[[鬼飛蝗 二輪走]]| |~|時系列順|~| |106:[[龍哭(後編)]]|[[三田村晴彦]]|000:[[後の作品]]| |~|[[東條悟]]|000:[[後の作品]]|

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