感情(前編)

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感情(前編)


 D-8エリアに佇む薬局は、一言で表せば寂れていた。
 南の都市部や、東のジャンクション駅周辺の並びとでも比べてみれば、人気の無さは一目瞭然と言うやつだ。
 わざわざこの様な場所を訪れて薬を買っていく人間は多くないだろう。
 都市部にてその存在を誇示している病院の周りには、顧客を取り合う複数の薬局が存在しているのだから。
 ガラス張りの自動ドアによって外部と隔てられた店内には、山と積まれた市販の薬品や、テレビのコマーシャルで一日一度は目にする様なメーカーの栄養ドリンクが並ぶ。

 この店は経営者宅も兼ねていたらしい。店の裏側には一般世帯の住む住宅に見られる基本的な玄関が存在した。
 更にその上部を見上げればベランダが存在し、衣服から下着、バスタオルに至るまで洗濯物が干されたままだ。
 それらから察すると、経営者には妻――経営者が女性ならば、夫――がいたらしい。
 子供も暮らしていた様だ。ワンポイントで飾られた純白の靴下が何組か干されている。
 小学生か、中学生か。参加者へ配られた地図にそれらの通うべき建物の名は明記されていないが。
 都市部に存在こそするものの小規模故記載されていないだけか、あるいは殺し合いの行われている範囲の外に存在しているのか――
 ――主を失った薬局の居住区で看病を続けていた緑川あすかと、その看病によって再起した葦原涼には、関係のないことではあった。


 時は数十分前に遡る。
 不完全である「ギルス」の力を行使した代償で、涼は深い苦しみへと意識を落とした。
 それをデルタへの変身で得た力によって担いだのがあすかだ。
 デルタは涼を担いだまま店内に入り、営業スペースを越えて居住区へ入る。
 直後に目に入った階段を見据え、上り始めると、程なくして二階へと到達した。
 階段が軋んだのに僅かな動揺を覚えながらも、テレビの前に設置されたソファを見つけ、涼を横たわらせる。
 変身を解除すると、土足のままであることに気付き、急いで靴を脱ぐ。
 目に付いた箪笥を手前に引いてタオルを取り出し、涼の額に浮かぶ汗を拭う。
 呼吸の落ち着きを確認すると、必要最低限の処置を行った上でキッチンへと向かった。
 ガラスのコップを取り出し、濯いだ上で改めて水を注ぐ。
 すぐに歩を返すのだが、既に涼はソファに腰を掛け直していた。

「涼、もう大丈夫なの?」
「ああ、何とか……な。 ……すまない、俺が不甲斐ないばっかりに」

 視線をあすかから己の右手へと落とした涼。
 その姿を見るのが辛くて、あすかもまたコップを置いたテーブルに視線を滑らせた。

「涼……謝るのは私の方よ。 ……私の為なんかにこんな風に苦しんで……」
「言ったろ、すぐに収まるって」

 あすかには、涼が見せた笑顔の半分以上が、本心からのものでは無い様に思えるのだ。
 無理をしている。こちらに無理をさせまいと。顔色だって悪いままだ。
 それを受け入れようとあすかは決意した。そうさせることでこれ以上の無理を彼にさせずに済むのであれば。

「そうだ……お腹、空いてない? ……私は大丈夫だけど、涼は戦ったりしてるし」

 涼の顔から笑みが一度失せ、改めて作られた微笑から返答が帰ってくる。

「ここに連れて来られてから、一度食事は取ったんだ。 ……とびきり旨い、カレーをな」
「そう……なら良いんだけど、カレーなんて誰が……あっ」

 純粋な好奇心から、あすかはカレーを作ったのが誰かということを聞こうと思った。
 聞き始めたところで、疑問が一つ発生。こんな場所でカレーを振舞う様な間柄の人が、何故涼に同行していないのか。
 一度言葉を詰まらせて、ようやくその人物がこの場にいない理由を推測することができた。
 思い出を振り返る様な、涼のその微笑の意味も。

「あの人が……立花って人が作ってくれた。 だが、立花さんは奴に……殺された……」

 微笑すらも吹き飛ばして、涼は拳を握り締める。
 その様子を目の当たりにして、あすかは自分を恨めしく思った。
 大切な人を奪われた悲しみは、誰よりも分かっていたつもりだったというのに。
 言葉を掛ける間もあすかに与えず、涼が立ち上がる。

「俺は、仇を取りに行く。立花さんの様な被害者を、増やさない為にも……」

 アンノウン・風のエルの様な巨悪を討つことが、罪の無い一般人を守ることへと昇華されていく。
 心に溜めていた決意を言葉として形作る。今度は間が生まれた筈なのに、あすかは涼の眼差しを前に口を開けない。
 涼は階段を駆け下りて、出口となる玄関を探す。二、三度辺りを見渡してそれを見つけると、音も気にせず外へと出る。
 店前のカブトエクステンダーに座り込み、グリップに引っ掛けられたヘルメットを手に取る。
 アクセルを開き、走らせようとするが、エクステンダーに誰かの手が乗せられる。
 その重さに振り向くと、今にもあすかが後ろへ乗ろうというところであった。
 もはや会話をする必要もなく、お互いを沈黙という形で気遣う二人を乗せてカブトエクステンダーが再び疾走を開始した。


 汚れの無い瞳が見渡したこの空間は、澄み切っていた。
 たった数秒、「見渡す」という行為の最中だけを切り取れば、風谷真魚はこの場に存在し続けていたいとすら思ったかも知れない。勿論、ただの強がりなのだが。
 当然、この場に至るまでの過程が省かれることは無く、彼女が目に、心に焼き付けたいくつかの事実が消え去ることもまた無いだろう。
 それらを考慮した途端、「この場にいても良い」などという考えは朽ち果てた。
 結局のところ、真魚の存在していたい、いたくないという意思に関わらず、空間は彼女に滞在を強要するのだ。
 強要に耐え切れず、「この場から消え去りたい」という思考に走ってもみた。
 結果的に現状考えついた「消え去る」方法が命を絶つ、という以外に存在せず、より心苦しい思いをしただけだったのだが。
 結局のところ、「死」という選択肢を回避した場合、強がらなくては、押し潰されてしまうと気付いた。

 真魚は木にもたれ掛かる男に目を向ける。彼が自分を守ってくれた理由は未だに分からない。
 殺し合いを行っているこの場で、何の戦力にもならない存在の面倒を見る――どこにメリットがあるのだろうか。
 もしかしたら、それもこの状況に抗う為の彼なりの人間としての強がりかも知れない、と僅かな希望を寄せる。
 そしてこう考えた。本当にそうだとしたならば、自分も彼を、彼の場所を守ろう。自らと同様強がっているだけの存在を。
 ――それもまた、澤田が悪意を秘めているという可能性を否定する為だけの強がりだということに、真魚はまだ気付いていないのだが。


 真魚が再び澤田の顔を覗き込む。何度目になるのか本人も意識していない行為だ。
 そろそろ声を掛けてみようかと息を一際多く吸ったところで、閉じられていた瞳が素早く見開かれた。

「もう、移動しても大丈夫?」

 元々疲弊していたのは澤田の方で、真魚はここまで運んでもらった側だ。拒む理由などありはしない。
 真魚が頷いたのを確認すると同時に澤田は背を木から離し、傍らのデイパックに手を引っ掛ける。
 設定時間を知らせる目覚まし時計のベルの如き音を振り撒きながら、飛来したダークカブトゼクターが二人の間を飛び回る。
 ほんの少しその軌跡を追った後、膝を伸ばして立ち上がると、彼は取り出したカイザドライバーを腰に巻き出した。
 移動を再開するにあたり、他の参加者と居合わせた際に先手を取ることができる状態を作るのは重要だ。装着が完了したところで、澤田は西に向けて歩き出す。

 東のジャンクション駅周辺は自分達が引き起こした惨状を考えるに、滞在できる環境に無い。
 列車の利用を始めた新たな参加者と合う可能性は勿論、先程戦った相手と再会してしまう可能性もある。
 澤田には真魚を伴った状態で自分と同等以上の参加者を倒す自信もなければ、先程のライダーとの戦いの際と同様の手段で離脱できるとも思っていなかった。
 既に確定した死者の数から、ゲームに乗っている参加者は決して少なくないと判断できる現状、今は無理をするタイミングとは違う。
 真魚がいる以上、常に爆弾を抱えているのに等しいのだ。自ら進んで導火線に点火する愚を犯す訳にはいかない。
 だからこそ澤田は人気の少ないであろう中央、現在地から西を選択した。


 ――仮に参加者と鉢合わせても、それは脅威と成り得る存在ではないという確信も持っていた。
 第一回放送を終え、各々の参加者が殺し合いに参加させられているということを実感し、それぞれの方針を固めたであろう現状。
 この会場――島から脱出しようとする参加者達。彼らはまず自らを縛り付ける枷である首輪を解かなければならない。
 首輪の解析解除に必要なのは知能だけではないだろう。然る可き施設でなければ、知識も、技術も活きることはない。解析に取り掛かる者は、そのことを良く理解している筈だ。
 そして彼らが選択するであろう施設は、中央に点在する民家や廃墟に非ず。

 闘争を望む者、主催者――スマートブレインに抗う者達は、何れも獲物、協力者に成り得る存在を得る為奔走しなければならない。
 彼らの照準に定まるべき地点は参加者が現れる、或いは滞在している可能性が高い場所。
 則ち――都市部、ジャンクション駅、北部施設……やはり中央には非ず。

 結論として、これから向かう地域に参加者が存在する場合、それらは首輪を解析する知恵も、他者を全て滅ぼそうとする狂気も、主催に立ち向かう勇気も持たない……或いは持てない参加者達であろうと推測ができた。
 そんな者達を脅威と判断する必要はない……いや、してはならないのだ。
 その程度の参加者達を脅威と見なして、この先生き残れるか? 言うまでもなくNOだ。


 ――もう一度、心に刻め。自ら望んでゲームに参加したことを。
 ――更に、思い出せ。一人でも多くの敵を自らの手で討たねばならないことを。
 ――そして、証明しろ。人間の心という呪縛から解き放たれた完全なオルフェノクであることを。

(今は、その時じゃない……)

 澤田が数メートル歩いたところで、真魚もまた歩を進め始めた。
 真魚は無意識の内に握り締めていたライダーパスを、デイパックの中へ戻す。
 マニュアルも付属しておらず、使用用途の一切が不明な物をいつまでも持っていてもどうしようもない。
 澤田に見せることもしない。一々余計な考えを増やさせる訳にはいかない、という考えだろう。

 真魚の考えを知ることもなく、心の底から這い出して来るかの様に語りかける「完全なオルフェノクである自分」を一蹴した澤田。
 彼は気付かない。現状のままでは自分の進路がどの様な結果を向かえるかを。
 感情を捨てたオルフェノクではなく、感情に振り回される人間だと証明してしまうことを。


 道路沿いに木造のベンチが設置されている。
 全部で四つになるそれらは、同じく木造のテーブルを四方から囲み、上部からの過度の光を遮断する屋根と合わせ、一つの休憩所を形成していた。
 道には二台のバイクが横に並んで停められており、再度の始動に備えつつも、それぞれ一つずつベンチを利用しながら会話をしている四人の主を見守る。

「青い薔薇って、一体何々ですかね……何に必要なんだろう」
「知るか。まあ、流れから言えば奴が外したがっている首輪に一枚噛んでいるのだろう」

 四人共通の疑問点である「青い薔薇」に関して最初に口を開いたのは、五代雄介だった。
 交戦時研究所に所在した参加者の中では最も首輪の解除に近かった北條透を得る為に、他の参加者をわざわざ見逃した乃木怜治。
 一刻も早く首輪を解除しようという思惑が透けて見える。そんな彼が「放送」、「首輪」と並べて指示に組み入れた「青い薔薇」。
 放送は地図に示された都市部の放送塔で行うことができる。首輪は既に命を落とした者から拝借するか、……最悪他の参加者から奪えば良い。
 しかし薔薇、それも青となると話は別だろう。通常の薔薇ならば市街地で花屋を見つければ良い話だったのだが。
 何れにせよ、わざわざ戻る時間を遅らせる可能性を高めてまで指定してきた以上、薔薇に乃木の目的である首輪解除との関わりを見出せずにはいられない城光だ。

「……ただ私達が、戻って来れない様にするつもりなのかも……」

 長田結花は誰にも聞かれない様に呟いたつもりだったのだが、予想に反して周りの三人は一時一句零さず耳に入れてしまった。
 敢えて三人とも何かを言ってくることはないが、結花は口を硬く閉じて足元を臨む。
 マイナス思考を繰り返している自分が嫌になっているのが分かる。
 きっと三人も自分に失望しているのだろう、などと抱え込むものだから、尚更手に負えない。
 これ以上雰囲気を悪くする訳にはいかないという局面で、イブキが今度は口を開いた。

「僕があいつを倒せてたら、こんなことにはならなかったんですけどね……」

 口調こそ優しく、いつもの様にマイペースな雰囲気を漂わせての発言だが、僅かに違和感がある。
 結花をこの状況に追い込んだ責任を背負い込んでいるのだ。
 鬼として鍛えてきて、人を守る為の戦闘という面において自信が無いと言えば嘘になる。
 それが二度に渡って視界の左に写っている一般人を守りきれず、正面の青年と右側の腕を組んだ女性に助けられることとなった。
 本来は自分が行うべきその行動を、同じ様に守るべき人達に行われてしまっている事実に悔しさを滲ませる。

「そんなことありません。俺のせいです。 ……俺が、金の力を使えてたなら……」
「金の力?」

 過去の敗北をいつまでも引き摺るつもりなど無い光にとって、前半の部分は必要ない。
 気に掛けたのは、後半の部分。「金の力」の方だ。光が知り得る五代の変身した姿は、緑、赤、紫、青。
 「敵の敵は味方」という理屈から共同戦線を張った僅かな間に、それらの特徴は掴んでいた。

(銃を使う緑。続く赤は、武器を持たないことからおそらくは肉弾戦仕様。事実飛び蹴りが決め技……
 紫は剣を持ち、力に優れている。奴と長時間真っ向から渡り合っていた。青は棒を使い跳躍・瞬発力の強化。
 赤、紫、青を踏まえれば緑に純粋な戦闘力は期待できない。武器からして管制能力か? しかし金となると……)

 金と聞いて思い浮かんだイメージが、カテゴリーキングの力を使い擬似ジョーカーと化したブレイドの姿。
 大剣で持ち、重厚な動きで場を制圧する。暴走したジョーカーを打ち倒す程の戦闘力。
 これに及びこそしないが、五代は紫のクウガ――タイタンフォームで似た戦法をとっている。
 故に光は五代の言う「金の力」がどの様なものか想像できないでいた。

「はい、少しの時間だけですけど、俺……クウガは電気が走ると今までの色に金が混ざって強くなるんです。でもここじゃ使えないみたいで」
「成る程、底上げと言う訳か。」

 光は納得する。確かに五代――クウガは能力をそれぞれ特化させている様に見える割には、それぞれが圧倒的力を誇る、という風には見えなかったからだ。
 それこそ前途のタイタンフォームが、ブレイドのキングフォームに劣ると感じた様に。
 それぞれに「金の力」を使用した上位互換が存在しているのならば、通常状態の四色はあの能力でも十分だろう。
 一つ解決されたところで続く疑問。「何故使用できないのか」。これの解決に関しては多くの時間は掛からなかった。

「……おそらくは、何らかの力で制限されているな」
「どうしてそんなことが分かるんですか?」

 五代よりも早くイブキが返した。強化形態が本当に使えない。
 もしそうならば、同じくこの島に連れて来られている鬼であるヒビキも苦戦を強いられていると想像ができてしまうからだ。
 光は組んでいた腕を解いて、余ったベンチのスペースに置かれたデイパックに手を入れる。
 硬質な二枚の、裏側が同じ柄をしたカードを取り出し、反転させて他の三人に表の絵柄を見せた。

「それは……」
「ブレイド……剣崎も本来これらのカードを使うことで、戦闘力を強化できた筈だからだ」

 スペードのクイーン、アブソーブカプリコーン。同じくスペードのキング、エボリューションコーカサス。
 ブレイドがキングフォームへと成る為にはこれらのカードを必要とするのは光も承知している。
 そして光の知る剣崎はこのカードを保有していた筈なのだ。だが、何故か所有していたのは結花であった。
 このことに先程の五代の発言を絡め、戦闘時における強化形態を持つ参加者は、それを妨げられていると結論づける。

「剣崎……」
「あの、少し話を聞いてもらえませんか」

 結花の表情が一層険しくなったのを見て、五代が口を開く。
 そして話した。葦原涼や城光にして見せた様に。剣崎について、彼の最期について。

 ―――――――――

「…………話した様に、剣崎さんは他人を襲ったりなんかしていません。一体誰がそんなことを言ったのか、俺に教えてください」
「すいません。名前、聞かなかったんです……」

 嘘だ。結花は偽の情報を流した人物の名を知っていた。
 志村純一。漆黒の闇が幅を利かす時間帯だった為にハッキリとした状態ではその姿を結花は見ていないが、彼は間違いなく苦しんでいた。
 今は話す時じゃない。そう心に誓い、「志村純一」の名を奥に潜めておく。勿論逆の様な状況にこれからなったとしても、志村には五代の名を教えない。
 二つの話を聞いただけでは、結花はどちらが正しくてどちらが間違っているか判断のしようがないから。
 真に正しく、信頼できる一方が決した時点でその正しい方に話そう、と。

「それで、まずは何から始めますか? 放送、首輪、薔薇……」
「場所が確定している放送に向かうのが定石だろう。奴の様なことを考えた他の参加者とも接触できるかもしれん」

 少し時期外れの冷たい風が、辺りを吹きぬけていった。四人が立ち上がり、バイクへと歩み出すのは、それから数十秒後のことだ。


 一時間程度歩いてみて、他の参加者との邂逅が一切なかったことは、澤田にとって幸運だったかも知れない。
 進路を定めてすぐ、出鼻を挫かれるということだけは避けたかったからだ。
 左耳に付けたイヤホンの線を辿る様にして、視線は右耳にその片割れを取り付けてい「た」真魚へと滑る。
 ようやく音楽を一人で聴いていたことを実感する澤田。この状態が何分続いていたかは定かではない。
 それでも特に反応を示さない辺り、もう真魚はある程度立ち直った様だ。そう、それで良いのだ。
 真魚の精神面をケアする必要がなくなり、同行者としての最低限の立ち回りさえ習得すれば、澤田は目的へと大きく前進できる。
 その過程・結果が何を起こすというのは別にして、だが。

 更に数分後。
 しばらくipodへと委ねられていた澤田の聴覚に、唐突だが転機が訪れた。
 それまでのものと明らかに異なった様相を呈する楽曲が流れ始めたのだ。
 前奏からある程度の予想がつき、歌声が響いてしばらくすると、その曲のジャンルがいわゆる「ヒーロー」の曲だと判断できた。
 その曲は澤田に冷えついた心には一切届かないのだが、何故か彼は曲をしばらく止めようとしない。
 一番が終わった辺りでようやく曲を止め、ipodをデイパックに戻す。
 その様子に気付いた真魚が画面を目で追う。既に一部が隠れて読みきれなかったが、目を細めた結果辛うじて「BLACK」という文字が見て取れた。
 曲名の一部だろうか。特に聞きたいとも思わないので、それ以上は何かをする訳ではない。

 静かな羽音を立てながら、二人の後方をダークカブトゼクターが舞う。
 参加者ではないが、ゼクターもまた主催者であるスマートブレインの被害者と呼んで良いのだろう。
 ネイティブによって望まずしてワームへと変化し、マスクドライダーシステムの被験者となり、
 ハイパーゼクターの実験を強制され、似た苦しみを背負った少女と共に時空の彼方へ去ったパートナーを、ダークカブトゼクター―― 「彼」 は想う。
 突然そのパートナーから時空を越えて引き離されて、彼を生み出したネイティブやZECTとは別の組織によって放り込まれたこの島。何の不幸か幸福か、彼が最初に目にしたのは一人の人間の死だった。
 その男は偽りの仮面を纏わされた彼のパートナーと瓜二つで、恐らくは男もまた彼と同じ世界から来たのだろう。
 驚くべきことに、男に使役されていた赤のゼクターは、彼の採用型――いわば、兄弟の様なものだったからだ。
 実力も意思も覚悟も信念も勝っていた筈の男は、対峙した灰の異形の力を持つ青年が生み出した偶発的な罠によって敗れたのだ。
 ベルトを得た青年に、赤の兄弟が手を貸すことは無かった。当然だろう、絶対的信頼を寄せていた主の命を奪ったのだから。
 しかし彼は兄弟とは違った。青年へと興味を持ち、その様子をしばらくの間探る。
 彼は知る由も無かったが、青年――澤田亜希が異形の力を手にした経歴も、彼のパートナーに近かったのだ。
 そうして彼は、澤田が接触した一人の少女を手に掛けなかったのを見終わると同時に決意した。

 ――この男の行く末を見てみよう、と。

 同胞――ガタックゼクターの主が、真魚を庇う澤田の姿に男の影を見ず、そのまま攻撃を行おうとしたならば、おそらく彼はその時点で力を貸していただろう。
 結果的に多少遅くはなったものの、彼は澤田へと力を貸すことになった。
 後悔はない。彼…ダークカブトゼクターは、前方を歩く二人の男女の生き様から、帰りを待つパートナー達の行くべき道を垣間見るのみだ。

 二人と一機の視界がやや開けた。その百メートル程先に、小屋の姿が認められた。


 澤田達が目にした小屋の出入り口は、彼ら見える面の反対側に存在していた。
 故に、玄関前へ停められたカブトエクステンダーの存在には気付かない。
 そしてエクステンダーの存在は、小屋の中に彼らとは異なった男女が内在していることを示していた。
 葦原涼と緑川あすか。改めて二人でエクステンダーに乗り込み、風のエルを打倒する為疾走していた彼らもまた、この小屋を見つけたのだ。
 涼からすれば、放送の前に「未確認生命体と戦っている」と話した五代雄介が彼を看病してくれた場所でもある。
 だからこそ涼は一度足を止め、この小屋に立ち寄ったのだ。勿論既に五代はこの場を後にしている。
 ――五代は無事だろうか? 涼は自問するが、すぐに良答を自分へと行う。

(人間でもアンノウンを追い払って、俺を助けてくれた程の男だ、死ぬ筈が無い……)

 自分でも安心したことで、意識が遠のいていくのを感じる。
 気絶などとは違う、純粋な疲れを鎮める為の、戦士の休息。

「涼!? ……そうね、戦ってれば、どんな強くっても疲れちゃうわよね……」

 あすかは涼を起こそうとはしない。それが自分にできる最高の協力だと思ったから。
 ほんの少しだけ、嵐の前の安らぎを。これから、どんな戦いが待ち受けているのかは分からないのだから。
 邪魔をしない様別の部屋に移り、窓の外を見る。視界に写らない太陽が存在を主張すべく、あすかの瞳に広がる景色を照らしている。
 その範囲内に、識別できないものが存在しなくなる程に――だからこそ、彼女は気付いてしまった。

「あれは………………っ!!」

 横に並び、ゆっくりとこの小屋へと向かってくる一組の男女。
 この殺し合いの中で、何とかここまで生き抜いてきた二人の若年者。
 涼の理想通り、彼らのようなか弱い存在は守ろう――本来ならあすかはそう思考していた筈だ。
 それは叶わない。帽子を深く被った青年が腰に巻いていてしまったから。
 あすかの持つそれに良く似た、機械的なそのベルトを。

 否応無しにあすかの中で燻っていた毒が滲み出る。瞳は狂気に染まり、腕は放置されていたデルタドライバーへ迷わず伸びた。
 本来あの二人組の様な形で克彦の横にいる筈だった。何故自分はそうしていないのか。
 どうして克彦を殺した男や偽者が生きているのか。再燃したそれらの怒りを、受け皿と化したギアは吸い取る。
 デルタギアを意識したが故に、涼を守りたいという純粋な気持ちすら狂心へ転化させられた。
 あすかは迷わず小屋の外へと出る。それを止めるべき男は、彼女の気遣いに甘えたまま目を覚まさない。
 直後。狂戦士へと墜ち掛けている女は、小屋の間近に迫っていた二人と相対することとなった。


 「……」

 澤田が警戒態勢をとる。おそらくは眼前の小屋、彼からは臨むことのできない百八十度反対に配置されているであろう出入口から出現したと思われる女に対して。
 顔を見遣る。その両目は、間違いなく自分を狙っているのだと判断できる程に狂気へと染まっていた。
 原因は何か――腰に取り付けられた、ベルトの形状をした凶器の存在一つで、澤田は全ての説明を行うことが可能だと気付く。

 デルタギア。オルフェノクの王を守る為に生み出された最初のベルトだ。使用ウエポンや拡張性においては後続のカイザ、ファイズに劣るが、単純スペックならば上記の二つを凌駕している。
 人間には使用自体不可能のファイズギア、使用は可能だが変身解除後、灰化によって身を滅ぼさせるカイザギア。
 これらと違い、デルタギアは人間でも使用可能に加え、使用に伴い死に至る副作用が埋伏している訳でもない。
 日頃から戦っているとは到底思えぬ、澤田達からも一般人の様にしか見えない女性が使用していたとしても違和感はないのだ。
 腰に巻き付けたデルタドライバーを起動させる為、狂気に己を染めた女性――緑川あすかはデルタフォンを右手に握り締める。

 そのベルトに翻弄され命を落とした過去の同胞達――流星塾生の何人かの顔を思い出しながら、澤田もまたカイザフォンを迷わず取り出した。反対の手では真魚を後ろに下がらせる。
 例え女だろうがただの人間だろうが、先に戦闘態勢を見せたのはあすかの方だ。澤田に容赦の必要は――もっとも、相手に戦意が無くても参加者である以上行動は変わらないが――何一つない。
 右手で押さえたリボルバー式の携帯を左手で回転させ、コード入力の為のボタン群を出現させる。
 続けざまにコードを叩き込もうとしたところで、一瞬澤田がたじろぐ。ほんの一瞬、右手首から先が感覚を失った為だ。
 続けてカイザフォンが弾き飛ばされる。これらの現象の原因が、あすかの左手から放たれた赤い電撃だと気付く。デルタの力に溺れた者が得る特典だ。
 表立つ痛覚こそ無いが、澤田は文字通り威嚇された形となった。

「大人しくしてちょうだい……貴方達は危険。ここで死んでもらうわ」

 澤田は、自分達が標的になった訳を理解した。
 勿論、表面的な理由は既に分かっている。ベルトが与えし力に潜む毒――デモンズ・スレートに犯されているのだと。
 問題はその先にある。
 今まで幾人もの塾生――デルタに溺れし者達を葬ってきた澤田。その彼が見た限りでは、あすかの毒され方はかなりのものだ。
 だがこの島に到着して半日と経っていない。二時間の変身制限を踏まえた場合、仮にデルタギアが初期支給だったとしても、変身回数は最大でも片手で数える程度。
 しかし他者との遭遇回数が少なかったり、途中でギアを入手した可能性を考えれば、実際の使用回数はそれ以下とも見積もれる。
 つまりは直接的な変身以外で、デルタの毒を広げた何かが別に存在している。
 そしてそれが、自分と真魚が同行している現状だと澤田は判断したのだ。
 あすかの狂気に見え隠れする瞳の奥の何かには、間違いなく澤田や真魚を純粋に羨む気持ちが間違いなく顕在した。
 毒に濡れた今となっては、もはや嫉妬の念を引き立てるスパイスとしてしか機能しないのだが。

 しかし狂った理由を推測したことと、止めることはイコールではない。それこそ口にした殺害を達成しなければ、あすかは落ち着かないだろう。
 澤田は唇を噛み締めた。カイザフォンは既に弾かれ、ダークカブトのベルトはデイパックの中、残りの支給品も扱えるものでなく。かと言ってここでオルフェノク化する訳にもいかないのだ。
 頼りは真魚の持つ銃だが、澤田がそれを要求するより早くあすかは握り締めたデルタフォンを口元へと添える。

「変身……………………………………どういうこと?」
「真魚ちゃん、銃を貸して」

 あすかが慌てふためき始めた瞬間、澤田が対象を指定して静かに呟いた。
 真魚がデイパックへと白く細い腕を突っ込み、あすかが澤田の意図を理解する。

「変身!!  ……何で、何でなのよ!」

 同一人物の連続変身へと設けられた二時間の制限時間。
 本来そのシステムによって利を得ることが可能だった筈の一般人だったあすかが、このルールに縛られるのは皮肉だ。
 後数分、この局面へ移行するのが遅れていれば話は違った方向へ進んでいただろう。
 真魚がコルト・パイソンを取り出す。現在の装弾数は最大値の六発である。
 あすかもこれを黙って見ている訳にはいかない。変身を諦め、電撃を再び放つ体勢に入る。狙いは「女から銃を受け取った後の男」だ。
 澤田もまた相手の狙いを読むが、対処法が無い。撃つ為には受け取らねばならないのだ。真魚へと手を動かしながら必死に思案するが――――


 発砲音と共に、二つの思考が停止する。一つは思考継続が不可能となった為。もう一つは思考継続の必要が無くなった為。


 男の真正面に位置していた一人の女は、向かって右、左の胸を撃ち抜かれ、その場に仰向けで倒れこんだ。
 男の左側に位置したもう一人の女は、右人差し指を引鉄に添えていた。
 数十メートル離れた場所で安らぎに身を任せていた男は、未だ目覚めない。
 情事の結果を把握し終えた男は、冷ややかに呟いてみせた。

(ただの人間の癖に、行き過ぎた力を持つからこうなるんだよ……)

「克…………彦……の……………為………に……も……ほん…ご……う………と……に…せ……ものを…………り……ょ…………う……」


 緑川あすかが意識をブラックアウトさせる寸前、最後にどの人物の顔を見たのかは、誰にも分からない。

【緑川あすか@仮面ライダーTHE FIRST 死亡】
【残り38人】


 五代がバイクを止めたのは、前方を疾走していた竜巻の、後部座席に乗り込んでいた結花が頭を突然抱え、それに合わせてイブキが停車を行ったのに合わせての好意だ。
 素早くバイクを降り、光と共に竜巻へと駆け寄る。

「どうしたんですか!?」
「銃声…………が……」

 他の三人が聞き取れなかった銃声を結花が捉えたのは、五感が高まったオルフェノクだと言うのに加え、彼女がここに来る前の状況から発砲を心底恐れていたから。
 今にも泣き出しそうな結花をイブキが必死で宥め、直後光が片膝を付きながら結花に顔を近づけて尋ねた。

「方角は?」
「………………あっち……です」

 俯いたまま結花が指刺す方向へ一同が向き直る。五代がハッとした表情で口を開く。

「このすぐ近くにある小屋は、あの方向でした」
「何故そんなことを知っている?」
「研究所に行く前、俺はそこで傷ついた人を看病していたんです」
「本当なら、誰かがいてもおかしくは無いですよね」

 イブキの言葉を聞いて、結花の言葉を信じる方向で話が固まる。
 光は五代からファムのデッキを受け取ると、結花に向かって差し出した。

「そこへ行けば戦闘になる可能性もある。持っておけ」
「………………」

 首を横に振る訳でも、言葉で拒否している訳でも無いが、その姿にはハッキリと拒絶の意思が示されていた。
 光は説得を続けようともせず、すぐに立ち上がる。態度が癇に障ったのだ。

「イブキ、結花を頼む」
「光さん?」

 思わず五代が光に詰め寄る。この状況でチームを分けるのは、余りにも危険すぎると感じている。
 光は険しい表情を歪めることなく返した。

「そいつは誰が見ても連れて行ける状況ではない。かといって銃声を放置するか? それはお前が一番嫌う展開だろう」

 五代は返さない。確かに放置する訳にはいかない上、この状態で結花を戦闘に成り得る場所へと連れて行くのは危険すぎる。
 意を決して光の背を追いバイクへと向かい、シートに跨る。
 笑顔をイブキと結花に向け、サムズアップしながら話しかけた。

「必ず……戻りますから。何かあったら、連絡してください」

 始動したバイクを見守りながら、イブキは考える。今はただ、結花を落ち着かせることが自分のするべきことだと。


 屋外故に充満はしないが、それでも血の、鉄の匂いは真魚を追い詰めるのに十分な威力を誇っていた。
 声にもならない状態でしゃがんで泣き続ける。ぽろぽろと流れ落ちた涙は、死人の服を濡らしても血を薄くはしない。
 澤田はただ真魚の背中を擦り、落ち着かせようと試みる。
 未だに小屋の中で眠り続ける涼と、その存在に気付かない澤田の姿は、きっとこの島における神である主催者からすれば、さぞ滑稽に映ることだろう。

 それでも、複数の強烈な音を絡みつかせているバイクの接近には、澤田も十分気付くことができた。
 この惨状を拝まれることだけは阻止する。辺りに落ちていたカイザフォンを拾い上げるが、すぐにドライバーと共にそこへ落とした。
 その物音に反応した真魚が見守る中で、澤田は血塗られたデルタドライバーを引き剥がし、腰に巻きつける。
 次いで握り締められたままのデルタフォンも奪い取り、真魚に動かないよう伝えた上でバイクの接近方向へと向かう。
 出入り口の方面だったことが幸いし、真魚達は死角となる。
 到着したバイクから五代と光が降りるのと同時に、デルタフォンへ音声入力。

「変身」

 ――Standing by――

 そして二人が口を開くよりも早く、右腰のムーバーと連結させる。

 ―――Complete―――

 高出力の白銀が体を覆い、澤田を変化させる。
 銃を連想させるフォルムを形成したデルタムーバーを取り外したところで、五代が状況を整理し終え、光の前へ立った。
 デルタの右手が口元へ、五代の両手か腰へ、それぞれ向かい――

「ファイア」
「変身ッ!!」

 ――Burst Mode――

 デルタムーバーからビームが連射され、左腰で両手を重ねた五代を襲う。
 着弾音、小規模の爆発、散る火花。これらの事象が攻撃失敗をデルタに伝える結果となった。
 生身の人間にビームを発射してこの様なことは発生しない。
 案の定そこには、銀の鎧を紫のラインで縁取った戦士クウガが顕在していた。

「チッ…………」
「変身」

 更に響く戦闘規模拡大を示す単語。城光が白のデッキをバイクのミラーに翳し、出現したバックルへとノーアクションで差し込んだ。
 虚像が重なり、ファムへの変身が完了するのに合わせ、デルタは跳躍した。状況不利であろうと、ここで負ける訳にはいかないのだから。
 クウガとファムがそれぞれの剣を構え、迎撃の構えをとり――――



071:希望と絶望と偽りの顔(後編) 投下順 072:感情(後編)
070:裏切りはすぐ傍に 時系列順 072:感情(後編)
067:リング・オブ・ローズ 五代雄介 072:感情(後編)
067:リング・オブ・ローズ 城光 072:感情(後編)
067:リング・オブ・ローズ 和泉伊織 072:感情(後編)
067:リング・オブ・ローズ 長田結花 072:感情(後編)
058:混沌 澤田亜希 072:感情(後編)
058:混沌 風谷真魚 072:感情(後編)
045:狂気と侠気 葦原涼 072:感情(後編)
045:狂気と侠気 緑川あすか 072:感情(後編)
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