藪をつついて黒龍を出す

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藪をつついて黒龍を出す



人の目から見れば、まるで鏡写しのように全てが反転した世界。ある人間はその世界をミラーワールドと呼んだ。
殺戮の宴が行われている世界と違いそこには生命はなく、不気味なまでの静寂だけが存在している。
……否。反転してもさして変化のない青空に、一つだけ異様な速度で駆ける影があった
黒き巨体は縦横無尽に空を舞い、鋭い刃を持つ尾がその反動と共に辺りの木々を薙ぎ倒す。

蛇のように細長で、鰐のように硬い皮膚を持つそれは、想像上の動物である龍を髣髴とさせた。
血走ったかのように赤いその目は、虚像の世界など目もくれず、何かを探すように鏡の向こう側を見やる。

見ている者こそいないが、誰がが見ても何かを探しているのは明らかである。
また、どこか強く深い執念のようなものを感じさせる目をしていた。
「GUUUUU……」
じっと目を細めていたが、再び何かを求めて動き出す。知性を感じさせない唸り声は、彼が主従の契約から解き放たれた事を示していた。
存在が災厄と謳われた漆黒の龍は、獲物を求めて虚像の空を走り抜けていく。


道路を疾走する真っ赤なバイク。特異な形状をしたそれは、二つの丸い目を光らせてまっすぐ進む。

青空の下を走り抜けるそれは、周りの風景に似合わないほど目立っていた。その理由は、
赤という刺激色でも、
先程述べた特異な形状でも、
ましてや誰もいないという殺風景な情景の所為でもない。
赤いマシンが見せ付ける、風を切り裂くような圧倒的なまでのスピードである。

それもそのはず、このバイクは元は仮面ライダーの愛機として今は亡き立花藤兵衛が開発した物。
太陽の石を動力源に、最高時速は時速300kmを超えるとも言われるスーパーマシン、ジャングラーなのだから。
制限下に置かれ、最高速度を落とされたこの状況でも、その真価は遺憾なく発揮されている。

そして、そのバイクを駆るのはグロンギの中でも特にバイクの扱いに慣れている男。
バッタの能力を持つ未確認生命体第41号。またの名を、脅威のライダー――――ゴ・バダー・バなのだから。


黒龍は今、現実世界ではD-7エリアにあたる場所を旋回していた。
先程の戦闘で食事を取ってから、まだそう時間は経っていない。しかしその目は新たな餌を求めていた。
そう腹が空いているわけでもない。だが今はより多くの命を食べて、より大きな力をつける必要がある。

すべては、かつての主と同様に契約をしておきながら別の契約に現をぬかし、あまつさえ自分に痛手を負わせたあの男への報復のため。

本来なら今すぐにでも噛み千切ってやりたい衝動に駆られるが、今の状態ではそれも叶わぬ願い。
契約していた間の戦闘、自身との戦闘、そして先程居合わせた大人数での戦闘。どの戦いでもあの男は苦戦せずに生き延びていた。
比べてこちらは手負いで契約を交わし男と戦う主もおらずと、互いの力の差は歴然だった。
だから、今は自分を押し殺し餌を探す。自分より相手が強いなら、それを追い抜くまでに強くなればいいだけの事。
手ごろな餌を捕食し、最後に残ったあの男を頭から丸呑みにしてくれる……暗黒龍、ドラグブラッカーの頭にはその事しかなかった。
ドラグブラッカーは空中で停止し、まるで目当ての玩具を見つけた子供のように目を輝かせる。
道路に立っている鏡の向こうに、猛スピードで動く赤い影が映る。動くということは、それすなわち生命の証。

二度三度その長身を翻したかと思うと、鏡面目掛けて急降下していった。


風が肌を突き刺し、それを制して走りぬける感覚。バダーはどこまでもこの感覚を味わいたいと思った。
それを味わえるのも、バギブソンに勝るとも劣らないこのバイクのおかげだと知っている。
あの青いリントの戦士は、このバイクをほとんど使用していなかったらしい。使っていたのならここまで手足のように扱えるはずがない。
やがて十字路に差し掛かる。右か、左か、それとも直線か。バダーは自分の持っている詳細地図を取り出す。
自分が回ったバイクの配置位置に×印をつけていくと、あっという間に島の北東側が埋まっていった。
残りは島の両端と中央部に少し、そして今だ進んでいない南側に限定される。ここから一番近いのは……東の、殆ど海岸線に近い森の中。

どこへと進もうか考えながら、頭の片隅には違和感を感じていた。
先程からずっと、誰かにつけられている気がしていたのだ――――二度目の放送が流れた辺りからだろうか。
呼ばれた名前に見知った名前はなく、禁止エリアだけを頭に叩き込むと共に、違和感は押し寄せてきた。
何かに見られている感覚というのは、気持ちいいものではない。その何者かが見えないのなら尚更だ。
姿を見せないのなら無視して進むか……などと考えつつ、何気なしに傍らに立っていたオレンジ色の鏡、俗に言うカーブミラーを覗くと。

「鏡の中から何かが、大きな口を開いてこっちに向かって突進してきた」。

一瞬面食らったかのように体が動くが、即座にハンドルを握り反応できるのは、ゴの看板は伊達ではないといったところか。


それは、遥か上空からその光景を見ていた。


無意識に何かと反対方向に走り出したため、ジャングラーは島の左端へと向かっていた。

(見られていたのは……あいつじゃない、もう一人、いる……)

走りながらバダーは振り返り、追っ手が何者なのかを確認する。黒くて、大きな、蛇のように長い何か。
確認したらすぐに前を向き、違和感が消えない事に歯噛みしながらも、スピードを上げる。
それに沿うように鏡の中から飛び出した影――――ドラグブラッカーは傷に響くことも省みず追いかけた。
風を切る感覚を取り戻し、頭を冷やして冷静になるととバダーはハンドルを切って方向を変えようとする。
何もバダーはただ闇雲に走り回っているわけではない。この先に何があるかぐらいはもう考えるまでもない。
このまま直進すればいずれエリア外へと出て、その瞬間この首輪が爆発する。そんなのはごめんだ。
道路から外れた先は森の中、しかしジャングラーがその程度で歩みを止めるほど軟でない事はバダーが一番よく知っている。
脅威のライダーにとって、逃げるとなどという選択肢は最初から中に存在していない。
かといって、バイクを駆らない者を自分から仕留めるつもりもない。それも相手は素性もわからない畜生だ。

襲われたら倒すだけ、逃げるなら深追いはせず。バダーの対応はひどく単純なものだった。
走り出してから数分ほど経とうとした頃、追いかけていたドラグブラッカーの方が先に変化を見せた。
その身を蒸発させながら激しく悶え始めたのだ。先行していたバダーもバイクを止め、その様子を見る。
ドラグブラッカーはしばらく悔しそうな目で見ながらも、耐えかねた様にカーブミラーに飛び込む。
サイズに何があったのか、少々手間取ったもののやがて凶悪な頭部から刃のような尾までがすっぽりと鏡の中へ消えてしまった。
「…………」
後には、落胆こそしないが、どこか肩透かしを食らったようなバダーだけが残される事となった。
気を取り直して再び地図を広げる。森が近いことを考えるとどうやらD-8エリアの中ほどにいるらしい。

……森の中にも、配置予定の場所がひとつある。行き先を決めるのはここを確認してからでも遅くはないか。
森に進路を取り、ジャングラーのエンジンを吹かす。走り出す頃には、感じていた違和感などどこかへと消え去っていた。


それは、とても小さく、それでいて力強かった。


結論から言えば、そこにもバイクはなかった。
ここにも誰かがいて、バイクを手に入れて走り去った……バダーはそう結論付けた。
実際は配置案の場所なので元々無かったのだが、バダーは自分の仮説を疑うことをしなかった。いや、むしろ真実だと確信していた。
なぜなら、ここにも人のいた――――もっと鮮明に表現すれば、戦闘の――――痕跡が見受けられたからだった。
力任せに薙ぎ倒された木々、無数に刻まれた強い斬撃の跡、まるで親の敵のように引き抜かれた草木……草木?
それに、決定的なのは足元に転がっている二つの輪だ。拾い上げてよく見ると、片方は自分の知っている中ではベルトに近いものらしい。
しかし煤と灰だらけで使えた物ではない。少し握り締めただけで亀裂が入り、ばらばらになってしまった。
もうひとつの輪は、バダーにも見覚えがあった。今この瞬間もまるで枷の様に自分の首に巻いてあるのだから。
どうにかして首輪を外せれば、自分や、バギブソンも同様に本来の力を取り戻すだろう。その上でこのサンプルがあるのは非常に有難い。

不敵な笑みを浮かべて、バダーは手に持った首輪を――――力いっぱい握り潰した。

首輪を解除する事など、バダーにとってまったく意味を成さない行為だった。
そのような事をせずとも自分のゲゲルを完遂できる自信はある。それにリントの知恵を借りるなど笑い話にもならない。
何より……より重い制限を課したゲゲルは、それだけでやりがいが出てくるというもの。
もうここに用は無い。バダーがジャングラーにキーを差し込んで去ろうとしたとき、何かが草木の中で煌いた。
腕の長さほどあろうかという長身に、銀の装飾と鋭い刃が光る。あれは正しく……

(…………剣?)

認識すると同時に、銀色の剣が吐き気を催すような漆黒に染め上げられた。


それは、まるで機械で出来た生き物のようだった。


瞬間、バダーの姿が消え去った。現れた影の持つ、ナイフのように鋭い牙に突き飛ばされたのだ。
剣の輝きの中から飛び出したのは、言うまでもなく先ほど逃げ出したはずのドラグブラッカー。
森の中へ入ったのは想定外だが、そのおかげでギリギリまで近づき、一度逃げて見せることで完璧に不意を付くことにも成功した。
計画的な作戦にも見えるが、生憎ドラグブラッカーはそこまでの頭を持っていない。ただ獲物が油断していたからそこを襲っただけに過ぎない。
コトリ、と首輪が落下する。少し送れて落下してきたバダーは、突進の衝撃で無残にも首と胴が泣き別れに――――

「……ッ!!」

――――なっていなかった。バッタの脚力を存分に押し出した蹴りが、ドラグブラッカーの額にぶち当たった。
制限を受けていて、なおかつ人間態の状態の蹴りだというのに、その巨体を震わせるには十分すぎるほどの威力だった。
悶絶したドラグブラッカーは、痛みのあまり文字通り飛び上がった。森の上空から悲痛な叫びが聞こえ、木々の間に響き渡る。
飛び降りたバダーは首輪を――――この場で果てた、モモタロスの首輪を踏み潰す。数々の衝撃に耐え切れず、首輪は既に所々拉げていた。
肩で息をしながらも、目はしっかりと敵を捉えている。一度ならず二度も喧嘩を売られたのだ、最早逃がす必要もない。
そして、それは相手も同じらしい。空中でうねりながら視線が交差し、大きな顎から蒸気のような息が漏れ出した。
ジャングラーを立て直し、いつものように右腕を鋭く突き出す。変身ポーズとも言うべきそれは、異形の怪人へと姿を変える合図だ。

(……変わらない?)

だが……その肉体は以前人間態のままだった。何かの間違いではないかともう一度腕を振るが、結果は変わらない。
彼は知らぬ事だったが、参加者には変身可能時間に加え次の変身までの待機時間もかせられていた。
そしてバダーが変身可能になるまでは、まだ三十分以上かかる。つまり、三十分間はバイクと自身の足だけが彼の武器だった。
しかし全てはバダーの知らぬ事。彼がたった今気づいたのは、まだ自分は変身できない。たったそれだけ。
これもリントに対するハンデか……心の中で舌打ちすると、ハンドルを握って森の外へと走り始める。
ドラグブラッカーの尾による攻撃を掻い潜り、ウィリー走行のように前輪を持ち上げて、ジャンプと共に森から抜け出そうとしたその時。

「ッGAAAAAAA!!」

一際大きな唸り声を上げたドラグブラッカーが放ったのは、黒い炎の塊。それはバダーのほんの少し前方に立っていた木々を焼き尽くす。
後一歩ブレーキを切るのが遅かったら、自分の体は先の首輪の持ち主のように消し炭になっていただろう。
無意識に、バダーの体が震える。恐れから来る震えか――――断じて違う、その証拠は胸の奥で熱く沸騰するようなこの感情だ。
その名は怒り。人間だろうが、グロンギだろうが、ミラーモンスターだろうが自分の意思を持つ物は、誰でも持ちえる感情。
上を見上げると、逃がさんとばかりに炎を口に溜めている。その癖、黒炎を発射しようともしないのが癪に障った。
狩人にでもなったつもりだろうか……本来ならばそこは自分がいるべき場所。
しかもどこの馬の骨とも知れない獣風情に、自分が追い詰められているこの現実が、怒りをさらに加速させる。
リントの言葉でいえば「腸が煮えくり返る」といった所だろうか。無意識に、握り締めた拳から赤い血が流れ落ちた。

(……おもしろい)

不思議と口の端がつり上がり、頭が冷えてくる。怒りという感情はそのまま体を動かす糧となり、立ちはだかる物を叩き壊す力となる。
リントですらない物が、グロンギを見下しているのだ、ならばその認識を徹底的に砕いてやろう。そしてこの俺の力を刻み込んでやろう。
そこまでやりたいなら付き合ってやる――――だが勝つのは、俺だ。そう言わんばかりに、ジャングラーの後輪が唸りをあげた。

「第二ラウンド、だ。」


森の中央部、無造作に放置された剣、ディスカリバー。ディスカビル家に代々伝わるそれも今では持つべき主を失ったただの物体だ。
しかし、その輝きは微塵も失われていなかった。特に刀身は覗きこめば下手な手鏡よりも美しく映ることだろう。
まるで鏡のように光っているからこそ、ドラグブラッカーが通り道として選んだ。この近くにこれ以上の鏡はあるまい。

――――ならば、今、ディスカリバーに映っている輝きは一体なんであろうか?

宙を飛ぶ青白い光を放つ何か。しかし輝きの強い部分はそれではでなく、頭部らしき部分から生えた角である。
ちらり、ちらりと揺れ動きながら「輝き」が刀身を見る。それほど大きくない、人の目から見ても、せいぜい虫ほどの大きさしかなかった。
太陽の光とディスカリバーの輝きに照らされた角は、金色に輝いていた。


森の中、ジャングラーが走った場所を後からワンテンポ遅れて黒炎が焼き尽くす。
第二ラウンドを宣言したものの、さっきからこの繰り返しだ。上空から見れば焼け野原の道が刻まれるように見えただろう。
戦いは拮抗していた。ドラグブラッカーは森に追い込む事が目的だったものの、上空からでは位置の捕捉が出来ず攻撃が遅れてしまう。
一方のバダーは飛び道具を持たず、ドラグブラッカーへと攻撃を仕掛けることが出来ない。だから同じ行動をいつまでも繰り返す。
ドラグブラッカーの体が消滅するのが早いか、ジャングラーのガス欠が早いか――――どちらにせよ、先に尽きたほうが負ける。
となれば早期決着を狙わなければならない。ここまで殆ど休まずに走り続けてきたのだ、いつ燃料切れになってもおかしくない。

(引き釣りおろすか)

ジャングラーの前輪を持ち上げ、手近な大樹の幹にぶつける。すると万有引力に逆らうかのように木の側面を走り始めたではないか。
バイクが走るのは地上だけではない、密林の王者であるアマゾンのために作られたこのジャングラーにはそれが顕著に現れていた。
木の幹を疾走している間もスピードを上げ続け、ぐんぐん天へと上る。そしてそのままの勢いをすべて宙へと弾き飛ばす。
瞬間、車体でも特に重い動力部を軸に回転し、行き場を失った力はそのまま回転方向へ向けられる。

そして軸から最も遠く、回転の影響を最も受ける前輪部は――――砲撃並みの威力を持って、ドラグブラッカーの下顎を打ち砕いた。

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOッ!!」

もう顎としての役目をなし得ない部分から、耳を劈くほどの絶叫が轟く。その間にバダーは枝をへし折りながらも着地する。
痛みで何も考えられないのか、今まで以上に暴れまわっている。こうなればもう始末するのは簡単だ。
ハンドルを握り締めて勝利を確信する。しかし同時に、何とも言えない喪失感が襲ってくる……理由は、探すまでもなく見つかった。
ジャングラーから光が、音が、命が失われていた。
すぐに給油したいが、ガソリンスタンドまでドラグブラッカーが見逃すはずがない。かといって、バイクを持ったまま戦えるとも思えない。
(動け、動け、動け!)
何度もキーを回すが、ジャングラーは何の反応も見せず項垂れている。こいつがいないと戦いにすら――――

「ッ、ハァ」

世界が白黒に点滅し、口から赤い液体が噴出した。龍の尾で薙ぎ払われたと気付いたのは、自分の盾となり砕かれたジャングラーのフィンを見てからだった。
短い呻き声が漏れ、森の中を力任せに吹き飛ばされる。勢いが落ちて木にぶつかる頃には、意識など残っていなかった。
……いや、すぐに意識を覚醒させて起き上がった。だが彼には痛みを噛み締めている余裕と、時間はない。

「ッ!」
黒い炎が周辺の草木を巻き込み襲い掛かった。体に活を入れ木の陰に隠れると、ドラグブラッカーは獲物を見失ったことに怒ったのか、滅茶苦茶に火を噴き始める。
脇に目をやると、剣が転がっている。ドラグブラッカーが現れる際に使った物、ということは元の場所に戻ってきたらしい
変身できない状態では、攻撃することもできない、炎を防ぐこともできない……俗に言う、「詰んだ」ということだろうか。
思わず自嘲の笑みを浮かべるバダー。必死にゲゲルを勝ち抜きゴの集団に入ったというのに、最後は何処とも知れぬ辺境の地で獣畜生に狩られて終わるのかと。

――――ふざけるな。

まだ自分の手足は動いて向こうは手負いだ。それにこの剣とて、跳躍して投擲できれば立派な攻撃となる。
必ずどこかに隙ができるはず、そこを突けばまだ勝機はある。最後の最後までゴの誇りにかけて諦めたりはしない。
ふと頭上の影が晴れる、ドラグブラッカーの尾が木の枝を切り裂いたのだ。土を裂きながら、バダーの喉首を掻っ切らんと猛スピードで迫ってくる。

「来いよ……」

構えられていた剣をすり抜け、刃がバダーの喉を切り裂こうとした刹那――――とても小さい何かが、両者の間に割って入った。


その輝きを、彼は見逃さなかった。
命が尽きる寸前。絶体絶命の状況。しかしバダーの目は、体は、精神はまだ生を求めて足掻いていた。
そんな状態でもなお生を諦めないその強さは、とても強い輝きを持っていた。
この強さなら自分を扱うに相応しい――――そう感じ、彼ははバダーを助け、戦いに介入することを決めたのだった。


率直な感想は、奇妙というしかなかった。
目の前の刃が突然弾かれたかと思うと、バダーとは違う何者かの力で持ち上げられ力任せに捻られる。メキメキと罅割れて、尾から全身へとそれが広がっていく。

「OOOOOOOOOAAAAAAAAA!」

耐えかねたドラグブラッカーが自分の尾ごと尾に纏わり付く何かを焼き払う。その間バダーは炎が届かない場所へと避難していた。
(……何かいる……)
なぜかはわからないが、先の攻撃は明らかに自分を助けるための物だった。しかし近くに参加者の姿はない……いや、明らかに独立した意思での攻撃にも見えた。
とはいえ、ほんの少し事態が好転したに過ぎない。それにあの炎を諸に浴びたのだ、それこそ鋼鉄のような身体を持っていない限り即死だろう。

鋼鉄の身体。その単語が頭を過ぎったのと同時に、黒炎の中から輝く何かが飛び出した。

真っ直ぐ、真っ直ぐ。一切の減速をしないそれは、吸いこまれるように、ドラグブラッカーの左の血眼を突き貫く。
最早絶叫すら上げられないのか、その巨体は力なく落下し、辺りには大量の砂煙と轟音が起こす地響きが立ち込めることとなった。
砂煙で視界が遮られる中、一定の間隔で羽音のような音が聞こえる。自らの感覚を研ぎ澄まし、羽音が近づいた瞬間にバダーは手を鋭く突き出す。
恐る恐る見るとそれは、機械で出来た虫で……同じゴであるガドルに似ていた。違いを上げるとするならば、黄金に輝く角が三本あるところだろうか。
(小さい……これがあれを倒したのか)
手の中で小首を傾ける虫に、ふと何故だか笑われたような感覚を覚える。今まで感じていた違和感の正体も、この虫だと直感した。
このまま握り潰してやろうかとも考えたが、それは叶わなかった。何故ならば、

「GUUUUUUUUUUUUUUUOOOOOOOOOOOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAA!!」

本当の本当に怒りが頂点に達したドラグブラッカーの火球が、頭上から降り注いできたからだ。
虫に気を取られすぎた所為でギリギリまで気付くのが遅れてしまった。今から逃げても、灼熱の海は容赦なくその身を蒸発させるだろう。
ここで終わってたまるか――――バダーの目にまごう事無き輝きを見た瞬間、その手に握られた虫が飛び出した。
ジャングラーの荷台に詰まれているデイパックへと飛び、強引に突き破って進入。しばらく中で何かを探した後、それを抱えて飛び出した。
くるりと踵を返しこちらへ向かって飛んできながら、身体全体を使ってそれを投げつけた。黒い、コブシ大の何かだ。
思わず顔を右手で守ると、まるで計算されていたかのようにカチリと子気味いい音を立てて手首に装着された。それは、自分に支給された黒いブレスレットだ。

二度三度旋回しそのブレスレットにはまる虫。少しだけ傾いているのは回せという事だろうか。
大方、何か意味を持つのだろう……ここまで来たら、この虫の誘いに乗るのも悪くない。どちらにせよ頭上には炎、選択肢は一つしか残されていなかった。

バダーが左手で虫――――コーカサスゼクターを捻ると同時に、周囲の空間ごと特大の真っ黒い火球に包み込まれた。


黒い炎が燃やした木々が炭となり、大地も焦土と化す。傍から見れば、吸い込まれそうなほどに黒い海のようにも見える。
ほんのちょっとクールになったドラグブラッカーは、今更になって燃やし尽くしてしまうと食べられないことに気付いた。
ここまで痛めつけられて得るものはなしか、ひどい物だ。ひどく落胆した様子でほんの少し火を噴く。
シュワァァァァァ……と身体が消滅し始める。ここにきて現実世界にいられるタイムリミットが迫ってきていた。
早めに次の餌を見つけなくては……そんなことを考えながら先の剣を探す――――見つからない、あの人間と一緒に溶けてしまったか。
少し面倒だが、最初に男を見つけた場所まで戻るか。深いダメージの残る身体をゆっくりと頭を動かしたその矢先だった。

ふと見上げると、太陽が少し暗いと感じる。程なくして太陽に何かの影が重なっていることに気付き、目を凝らす。
が、その姿を捉えることはできなかった。その影が細かくぶれたかと思うと、少し遅れて何か音声らしきものが聞こえてくる。

――CLOCK UP――

直後、ドラグブラッカーの腹部が爆ぜる。その痛みを知覚する前に、数多くの追撃が押し寄せてきた。
あの男に刻まれた傷が疼き、次の瞬間にはまた新たな傷が刻まれていく。ドラグブラッカーは何が起こっているのかわからず、ただ苦しんでいるしかなかった。
額に傷が刻まれた時、残された右目が、自分の体を駆ける黄金の影を捉えた。異変はこの影が引き起こしているのか。

――CLOCK OVER――

威嚇しようと黒炎を吐き出そうと口を開く。しかし影から電子音声が流れ、それを防ごうと拳を振り上げた。
メギィ、と無理やり何かを砕く音が聞こえる。発生源は戦士の拳先、すなわちドラグブラッカーの上顎であった。

「……OO……A」

開きかけていた口を強引に閉じられたのだ。行き場を失った黒炎が体内に逆流し、傷はおろか無事な部分までをも焼き尽くす。
体中から炎を噴出して、森の中へ墜落した。両顎を砕かれ力なく口を開いており、元の鋭い顔付きは最早見る影すら残っていない。
その体に足をかける黄金の影――――直感的に感じる。この戦士は、間違いなく今しがた自分が焼き尽くしたはずの男だと。
見掛けはまったく違うが、そんなことは異形の戦士と共に戦ってきたドラグブラッカーにとって些細な問題でしかない。
青い眼から見下ろされているだけなのに感じるこのプレッシャー。この戦士は自分に苦渋を飲ませたあの男と同じ世界の住民だ。

楽な狩りだと思っていた、すぐ終わらせるつもりだった――――今更、自分の犯した大きな過ちに気付く。今狩られているのは間違いなく自分なのだ。

彼は気付くのが遅すぎた。時は、よほど大きな力でもない限り決して巻き戻すことはできない。
戦士が剣を振るい、残った右目に突き刺した。もう痛みに声も上げられない、声を上げるべき喉は、既にズタズタに引き裂かれていたのだから。

主を失い、忠実な僕から餌を求めて彷徨う獣畜生に成り下がった哀れな漆黒の龍は、閉じ行く意識の中無慈悲な死刑宣告の声を聞いた。

――RIDER BEAT――


変身をといたバダーの口から、ほう、と息が漏れた。六角形の装甲がバラバラになってライダーブレスに収納される。
コーカサスゼクターが羽音を立てて飛び回り、肩に乗ってきた。いつもなら振り払っているだろうが、今回ばかりは少し疲れすぎた。
羽に刻印された「ZECT」の文字が目に入る。空を飛ぶ昆虫、機械のような体、六角形の装甲、変身――――。
記憶を手繰り寄せて、頭の中のピースを当てはめていく。導き出されたのは、自分が出会った二人の青い戦士。
一人はこの島で二度会った男。精密な機銃を駆使した華麗な戦いで、一度は奪ったバイクを自分から奪い返していった。
もう一人は列車で対峙した男。二本の刀と自分に勝るとも劣らないほど鋭い蹴りを使った戦いぶりは、まるで鬼神のようだった。
そしてその二人は、クウガのような戦士に変身する際、どちらも宙を舞う昆虫を使役していた。
外見の特徴や電子音声からして、おそらく同じものだろう。見よう見まねで使った加速装置が備えられていた事が何よりの証拠だ。
体重をジャングラーに預け、空を見上げる。どこまでも澄み渡るような青空が、今のバダーには眩し過ぎるようだ。
ポケットを漁り、一枚のコインを取り出す。忘れかけていたが、これからどこへいくのかをまだ決めていなかった。
自分の中で表なら南、裏なら西と指定する。北側と東側のバイク配置場所はもう探しつくしてしまったからである。

ピン、と親指でコインを跳ね飛ばす。コインの両面が太陽に煌いて、回転をしながら落下してきたそれは綺麗にバダーの手の甲に収まる。
ゆっくりと被せた手をどけて行くと――――表だ、次の行き先は南に決まった。コインをポケットにしまい込み、バイクに跨った。
コツン、コツンと何かを突く音がする。コーカサスゼクターが、ジャングラーの後部、燃料部がある場所を何度か小突いていた。

(空っぽ、だったな)

どうやら、先にガソリンスタンドへ行くほうが懸命らしい。バダーは仕方なく降りて、地図で道を確認しながら手押しでジャングラーを運んでいった。



状態表


【ゴ・バダー・バ@仮面ライダークウガ】
【時間軸:ゲゲル実行中(31-32話)】
【1日目 日中】
【現在地】D-8 森林
【状態】全身にダメージ、背中や腕部等に多少の火傷、右足にダメージ、二十分変身不能(グロンギ体)、二時間変身不能(コーカサス)
【装備】ジャングラー@仮面ライダーアマゾン(左のフィン破損) ライダーブレス&ゼクター(コーカサス) 
【道具】基本支給品 車両配置図 ラウズカード(ダイヤの7・8・10)ディスカリバー
【思考・状況】
基本行動方針:リントではなく自分の「ゲゲル」を完遂する。
1:ガソリンを給油し、南へ下る。
2:クウガ、イブキ、ガタック、ドレイクはいずれ自分で倒す。
3:(スマートブレイン勢力も含めた)「ライダー」の探索と殺害。
4:グロンギ族に遭遇しても、このゲゲルを終え、ゲリザギバス・ゲゲルを続行する為に殺す。
※バダーは「乗り物に乗った敵を轢き殺す」ことにこだわっています。
 選択の余地がある状況ならば、上の条件に合わない相手は殺せる場合でも無視するかもしれません。
※「10分の変身継続時間」と「2時間の変身不能時間」についての制限をほぼ把握しました。
※用意されたすべてのバイクが出そろったため、車両配置図は詳細地図としての価値以外なくなりました。
 しかしバダーはその事を知りません。
※風見志郎の事を風間大介だと勘違いしています。
※コーカサスの資格者に選ばれました。


【ドラグブラッカー@仮面ライダー龍騎 EPISODE FINAL  消滅】
※D-8の森林エリアが戦闘によりほぼ焼き払われました。またモモタロスの首輪とデンオウベルトは共に破壊が確認されました。
 また、少しばかり高いところからならドラグブラッカーの姿が見えたかもしれません。




100:流されぬ者は 投下順 101:この言葉を知っている(前編)
099:激突! 二人の王 時系列順 104:大切な人は誰ですか
076:キックの鬼 ゴ・バダー・バ 116:鬼飛蝗 二輪走

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