病い風、昏い道(前編)

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病い風、昏い道


舗装された道路の上に注がれている正午の日差しによって、アスファルトに含まれる骨材がきらきらと輝く。
その上を四人は言葉もなく、ただ進む。
先頭を歩いているのはしなやかに鍛えられた身体の女。
やや後ろに荷物を担いだ男。さらに少し後ろに、お互いを支えあうように歩く少女が二人。

男―――五代雄介は少女たちを気遣うように何度も振り返り、前方の光の背中を見る。
迷った挙句、五代は足を速めて光の隣に並び、声をかけた。

「光さん……やっぱり、少し休んだ方が……」

光に言われた通り歩き続けた四人は、どうにか放送局へ続く広い道路まで進んでいた。
だが、ガドル・牙王という強敵との戦いで受けた肉体的なダメージ。
大切な仲間を失った精神的な動揺はその足取りを確実に重たくしていた。
少女たち―――特に結花はショックが大きかったようで、あれから一言も言葉を発していない。
提案する五代を光は横目でねめつける。

「……急ぐ事が最善だと言ったはずだが?」
「でも……!」

五代は食い下がる。目を伏せて足を引き摺り歩く姿が痛々しく、見ていられなかった。
思わず声が大きくなり、光の前に立ちはだかってしまう。

「それではお前は、ぼやぼやしているうちに北條が死んでもいいのか」

光が言う。もしこれが普段の五代であれば、光の声音に苦々しいものが滲んでいるのが察せられたはずだった。
だが余裕をなくした今では、『死』という言葉の苛烈さと、咎めるような印象が五代の心に突き刺さるだけだ。
五代は悲痛な声で否定した。

「! 違います!」
「何が違う。 お前が言っている事は、奴やイブキが開いた道を閉ざすのと同じ事だ」
「俺は……!!」
「光さん、五代さん!」

尚も言い募ろうとする五代を遮ったのは、ハナの声だ。
はっと気付いて振り向くと、不安げに眉根を寄せたハナと、その肩口に顔を埋めて震えている結花の姿があった。
自分たちの言い争いが彼女らを傷付けたと悟った五代は、言葉を飲み込んで光の前から退いた。
ハナは五代と光を気の強そうな大きな瞳で見つめて、静かに、それでも力強く告げる。

「私は、大丈夫。 ……結花ちゃんは?」

ハナが確認を取ると、結花も小さく頷いた。
五代は、本来ならば自分が取り除かねばならない不安を二人に与えてしまった事実に唇を噛んだ。
他者を守る、という大きな決意が圧し掛かり、それを果たせない無力感ばかりが募っていく。
再び歩き出した光は、打ちひしがれた様子の五代の隣を通り抜けざまに囁いた。

「……あの男を助け出せば、二人に戦いを強いる事もなくなる。……行くぞ」

佇む五代の元に、ハナと結花がやってくる。結花が俯いたまま、小さく「ごめんなさい」と呟く。
ハナはそんな結花の肩をしっかりと支えて、気丈に言った。

「行きましょう、五代さん……仲間のためにも、がんばらなくちゃ」


そんなやり取りを背中に受けながら、光もまた、言い表しようのない苛立ちを感じていた。
制限によって自由にならない身体、状況もそうだが、何よりも彼女の胸のうちを波立たせていたのは『死』の概念そのものである。

今までは、戦いに敗れ封印される事こそが、アンデッドである光にとっての『死』であった。
眷属の繁栄を、自らのプライドを賭けて戦い、敗北する事。
しかし、このゲームで示された『それ』は、おそらく違うものであろうと察せられた。
統制者が人間に捕らわれているのをこの目で見た以上、正常なバトルファイトのプロセスが行われているとは思えない。

(それに、こんなものを用意しておいてそれでは、殺し合いと称する意味がない……)

光は首に嵌められた銀の輪に軽く触れる。
牙王たちに何がしかの首輪探知手段が支給されていた事も合わせて、不可解な事が多すぎる。
小さく後ろを振り向くと、三人が並んで歩いているのが目に映った。
結花の白いコートには赤黒く、イブキのよすがが残されている。
守るべきものを同じくしたイブキの死。喉の奥がちりちりと疼くような奇妙な感覚が消えない。

(私は……恐れているのか……?)

全ての生ける者にとって未知の存在、光たちアンデッドのみが抱くのを免れていた『死』への恐怖だった。
イブキに変わり、結花たちを守りながら戦うためには、恐れなど持ってはいけない。光は拳を握り、不安を打ち払おうとする。
だが思えば思うほど、より強く自らの恐怖心を意識させられてしまう。
その事に、ますます光は苛立った。

「光さん、どうかしましたか?」

思いの他近くから男の声が聞こえ、光は驚いて振り向いた。
すぐ後ろに、先ほどよりは幾分冷静になったらしい五代の顔があった。
どうやら考えているうちに歩く速度が落ちていたようだ。ばつが悪くなって、光は顔を背ける。

「……なんでもない。それより―――」

光が言いかけた時だった。四人の耳に、目指す放送局からのメッセージが届いたのは。

―――引きちぎられるように唐突に終わった言葉は、彼の身に何事かが起こったのを如実に物語っていた。
光は手にした携帯電話を強く握り締め、飾り気の無い待ち受け画面に戻った液晶を睨みつける。
放送を行った人物は橘朔也と名乗った。姿こそ見えないものの、声などからも光の知る橘である事は間違いない。
その事はこの際はどうでもいい。問題は放送の内容である。
橘は『このゲームの終了に必要な鍵を所有している』と言った。
無論、何らかの罠の可能性もあるが、たとえそうであっても、目指すべき場所からの穏やかならぬメッセージは強烈に彼らの心をかきむしった。

住宅街を貫く広い車道の果てを見やっても目的地は未だ見えず、どれだけ急いだとて人の足ではもうしばらく掛かる距離だ。
一瞬、カードデッキを使用する事も考えたが、時間制限を考えれば移動だけに使うのは避けたい。
放送を中断させたのが何であれ、警戒するに越した事はないのだ。

橘の言っている事がもし真実だとすれば、殺し合いからの脱出という道は再び遠ざかった事になる。
これ以上急ぐ事も、かといって足を止める事もできない状況に、光は歯噛みした。


「……そんな…!」

搾り出すような呟きを漏らしたのは五代だった。
忘れようもない、剣崎が先輩と呼び慕っていた男、橘が行った放送が、このような形で終えられた事は、五代の動揺を強めた。
剣崎は今際の時に言った。人の笑顔を守れと。それが仮面ライダーだと。それなのに―――

(俺は……また、守れなかったのか……?)

足元から世界が崩れてゆくような錯覚に捉われ、五代は俯く。
地面に落ちた陰りがじわりと広がっていくような気がして、握り締めた拳が解かれる。
強き戦士の優しい心。張り詰めていたそれが緩み、ほんの一瞬だけ、闇に浸かる。

憎悪。
それは不思議な感覚だった。

一条たちと共に、未確認生命体と戦っていたときにはついぞ感じなかった感情。
罪なき人々の笑顔を奪い殺す敵へ五代が感じていたものは、常に怒りと悲しみであった。
本来戦いを好まない五代に決意をさせてくれていたのは、志を同じくする仲間だった。
彼らは五代が拳を振るい、敵を打ち倒す事に苦痛を感じている事を理解した上で、肯定してくれた。
優しく暖かい、世界のあるべき姿を、彼らは五代に教えてくれた。
たとえどんなに辛くても、一条たちが傍に居てくれれば、自分は戦える。五代はそう思っていた。

その一条はもういない。
五代の目には憎しみと恐怖に覆われた、笑顔なき世界が映し出され、信じていたものや守るべきものが崩れ去る。
胸の奥底に封じ込めた感情が沸き上がるのを感じて目を閉じると、黒いクウガがこちらを見つめているイメージが浮かぶ。

―――究極の闇。

五代は急激に覚醒する。
決めたのではなかったのか、誓ったのではなかったのか。どれだけ辛くても、戦い抜くと。
闇に身を委ねることは簡単だ。現に今、自分は全てを諦めようとしていた。

再び強く拳を握り締める。ぐっと顔を上げて、黙り込んだままの三人の顔を見渡す。
闇を覗き見た後の瞳はその色を褪せさせるほど強く輝き、唇は亡くしたものの命を重さを言葉に乗せる。

「……放送局に向かいましょう。 着けば、やれる事がきっと見つかるはずです」

無理矢理にでも、口角を上げて、笑顔を作る。
普段五代が浮かべるような、見る者を安心させられるそれでは到底なかったが。
自らの心の内の危ういバランスを知ってか知らずか、五代は笑った。
そうしなくては闇に打ち負けてしまうような、そんな気がしたからだった。

(自分に負けたりしない。 だって俺は……クウガなんだから!)


※※※


途切れることなく聞こえ続ける風の唸り声が、否応なしに自らの置かれている非現実的な状況を伝えている。
つまり、少なく見積もっても4階はある建物の屋上に据えられた鉄塔の上に吊るされている、という事をだ。
風間はどうする事もできず、眼前の異形を睨む。

言葉を掛ける気にはなれなかった。
話が通じるとは思えなかったし、下手な事を言って刺激するのもご免である。
その異形はといえば、風間に背を向けて猛禽の眼差しを周囲に注いでいる。
血染めの羽衣が高所ならではの強風を孕んでひるがえり、手に携えた極彩の剣を床の照り返しが鮮やかに浮かび上がらせた。

(そういえば、あの剣は一体……)

病院での戦闘で、恐ろしいまでの威力の一撃を放った武器。
まるで元々そうするためにあったかのように合体したザビーゼクター。
あれは自分の知らないZECTの兵器なのだろうか?銀色のカブトムシ型ゼクターと何か関係があるのだろうか。
そこまで思い至って、風間は剣について考える事を中断する。
元よりZECTの内部に大した興味がない以上、考えても何もわからないだろう。
気になる事と言えば、ドレイクゼクターである。風間は顔を上げて、旋回する青い躯体に目をやる。
今の所、ザビーゼクターのようにあの剣と合体する様子はなさそうだ。

少し安堵していると、ドレイクゼクターが目の前まで降りてきて、風間の体を縛るコードを体で押し始めた。
余った電線か何かを使ったのか、ビニールに金属の芯が入ったそれは、硬い角や鋏を持つ甲虫ならともかく、風に乗り早く飛ぶための薄い羽しか持たない蜻蛉には到底断ち切れるものではない。
風間は軽く首を振って、奮闘するドレイクゼクターを止める。
ドレイクゼクターは悲しげに銀色に光る四枚の羽根を震わせて、再び頭上に舞い上がった。

溜息をついて、風間は目を閉じる。
刹那、風の唸りに混じって、硬い物がぶつかり合うような、高い音がした。
慌てて瞠目し、耳を澄ませると、立て続けに似たような音が聞こえる。風間にも聞き覚えがある、紛れもない戦いの音だ。
鉄塔の上は島全体を見渡せるほど眺めがいいが、足元の建物が邪魔で見られない範囲があり、身をよじって周囲を確認するのも限度がある。
音の聞こえ方から言って、放送局に程近い位置で戦闘が起こっているのは間違いない。
もしや城戸たちが助けに来てくれたのでは、と若干の期待と不安を胸にそっと異形の様子を伺うと、気付いているのかいないのか、変わった様子もなく黙って佇んでいる。
他の危険人物と遭遇してしまったのだろうかと仲間の身を案じていると、一際大きな音が―――とはいえ、遠雷のような、不明瞭なそれであったが―――轟き、それきり、風の音以外は何も聞こえなくなった。

風間が身を硬くしていると、鳥の異形は僅かに下を見やり、ひとりごちた。

「あれは、人の子ではない」
「……!? どういう意味だ」

やはり気付いていたのか。風間は驚愕に目を見開く。
呟かれた言葉の意味が気になり、問いただすが、答えはない。
再び彫刻のように微動だにせず佇むその姿に、風間は背筋に薄ら寒いものを感じていた。


※※※


橘朔也はまんじりともせず、放送室の中にいた。
彼がここに閉じ込められてからしばらく経っている。
痺れを切らして戸を少し押し引きしてもみたが、防音処理の施された厚いそれはびくともしなかった。
それで仕方なく、機材の前に置かれた椅子に座り、じっと時を待つ事にしたのだった。
ギャレンバックルは装備したままだが、これだけ強固な扉である。
自分が放送室に居ると分かっても、開かないとなれば侵入者も強硬手段を取らざるを得ないだろう。

警戒しすぎても仕方がないと悟った橘は、再びトランクボックスを取り出して眺めだした。
やはり気になるのはハードポイントである。
ここに鍵となる何かを挿入する事で、トランクボックスの内容を解析する事が出来るのではないか。
ならば自分にトランクボックスが支給されたように、その鍵も
他の参加者の手にある可能性が高い。
もし邪魔が入ることなく、放送が完遂出来ていれば、と橘は歯噛みする。

(しかし―――何故わざわざそんな事を?)

橘は湧き上がってきた問いに、顎に手をやって考える。
これを使って首輪を解除してみせろと言わんばかりのお膳立てをしておいて、放送を中断させるなど、主催者側の意図は読めない。
様々な可能性を考慮するが、どうも決め手に欠ける。今はまだ、答えは出そうにない。

気を取り直して、自らの置かれた状況で何かできる事はないだろうかと思う。せめて外界の様子を知る事ができれば。
ふと思い立って、モニタの前のボタンを確認する。
扉は依然開かないものの、一部の機材には電力が戻ってきていた。直ちに再び放送が行えるような機材を除いて、だが。
探し当てたそれを指で押すと、青い待機画面が切り替わり、放送局内各所の様子が映し出された。
監視カメラからの映像だ。これで危険な侵入者から先手を取る事ができるだろう。
橘は胸を撫で下ろし、椅子の背もたれに体を預ける―――が、次の瞬間跳ね起きてモニタを覗き込んだ。
四分割された映像の右上、玄関ロビーに人影を見たからである。

「志村……!」

その姿は紛れもなく、彼の信頼する部下、志村純一であった。


放送局の内部は、水を打ったように静まり返っていた。
志村は上着のポケットにしまったライアのデッキに触れながら、ロビーへと足を進める。
摩擦によってかつやをなくしたリノリウムの床も、薄くくすんだ白い壁も年輪を感じさせるものの、特に荒れた様子などはない。
ロビーの壁に貼られたインフォメーション・ボードを見ると、三階に『放送室』の名前を見つけた。おそらく、ここから放送を行ったのだろう。
橘本人、または放送を中断させた者と鉢合わせしてしまわないためにもさっさと出て、ヒビキたちと合流し、根回しをしておかなければならない。
裏手に隠しておいたバイクを使えば、そう難しくもないだろう。

そう思い一歩を踏み出した志村の耳に、甲高いコール音が飛び込んできた。
何事かと思い、周囲を見渡すと、音の出所はロビーのカウンターに置かれている内線だった。
覗き込むと、『3-98…島内向け放送室』のランプが赤く灯っている。
このタイミングで、放送室から玄関ロビーへの内線電話―――志村はもしや、と天井を見る。

(監視カメラか……!)

丸い、小さなレンズが志村をあざ笑うように見下ろしていた。
電話の向こうの相手が橘である可能性があり、こちらの様子を見られている以上、電話を取るしかない。
内心苦々しく思いながらも、白い受話器を持ち上げて耳に押し当てる。

『志村、俺だ。 来てくれたのか』

紛れもない橘の声である。志村は監視カメラを見つめ、いかにも安心したかのような声を作った。

「チーフ! 無事だったんですね!」
『ああ。放送を聞いたんだな』
「そうです、あんな終わり方をしたのでチーフの身に何かあったのかと」
『安心しろ。襲撃などは受けていない―――ただ』

言葉を切った橘に、志村は眉をひそめる。
たしかに、無事であるなら自分の姿を確認でき次第出てきてもいいはずだ。

『放送室に閉じ込められている。どうやら制裁のつもりのようだ』

なるほど。これなら先の理由も解る。ということはつまり、橘は今脱出する術を持っていないという事だ。
橘の身を案じる振りをしつつ、何とか橘と合流せずに立ち去る方法を考える。

『変身すれば、扉を蹴破る事ができるかもしれないが……変身が解けてしまえば丸腰だからな』
「……すみませんチーフ、僕も実は敵にグレイブのバックルを奪われてしまっていて……」

そう詫びると、受話器の向こうから、そうか、と苦み走った声が漏れ聞こえる。
ライアのデッキを見せびらかしながら入ってこなくて正解だった、と志村は思う。
さて、どうやって言いくるめようかと再び口を開こうとした瞬間、轟音が鳴り響き、窓ガラスがビリビリと震えた。


志村の姿を確認した橘は、すぐさま放送室の片隅に置かれた内線電話を手に取った。
島外への通信は当然無理だとしても、局内のような限られたネットワークならばと試みた結果、最も信頼する部下と会話が可能になった。
放送室からの脱出が叶わないまでも、自らの計画を託す相手ができたのだ。
無力を詫びる志村に気にするなと言ってから、いよいよ本題を告げようと口を開こうとした瞬間だった。
監視カメラの向こうの志村が弾かれたように玄関を振り向く。その様子にただならぬものを感じ、橘は問うた。

「おい、どうした」
『近くで、おそらく戦闘が……僕の仲間が近くにいるんです』

思った通りだった。グレイブを奪われ変身手段を持たない志村が単独でここまで来られる訳がない。
つまり仲間を伴ってやってきたという事、そして自分の放送を聞いて、危険な思惑を持つ参加者達が集りつつあるという事だ。
橘は受話器を握り締め、奥歯を噛む。モニタの向こうの志村はほんの少し迷いを見せた後、こう言った。

『変身もできない僕に何ができるのかはわかりません―――それでも、誰かが傷つくなら……』
「……お前ならそう言うと思っていた」

行かせてくれ、と言外に訴える志村に、橘は苦笑混じりに答えた。
めったにいないお人よし。今はもういない部下たちが、彼をそう称した事を思い出す。
守るべき相手がすぐそばにいるのならば、今こうして自分と話している間も惜しいだろう。
そう思い、橘は毅然と命じた。

「……行け、志村。但し、死ぬなよ」
『はい、チーフ! きっとすぐに、仲間と助けに来ます!』

受話器を置くやいなや、ロビーを飛び出していった志村の姿を見送って、橘は静かに立ち上がった。

放送室内には低く唸るような空調の音のみが響き渡っている。
未だに、扉が開く様子はない。
自らの腰にはギャレンバックル。
外では戦闘が起こっている。
ようやく再会した部下は今、ライダーになれない。

決断の時が、迫っていた。


玄関の自動ドアをすり抜け、姿を隠すように戸脇の壁に背中を着けて、志村はほくそ笑んだ。
生垣の向こう、住宅街の電線に区切られた空に小さく浮かぶ人外の姿を確認する。この距離であれば気付かれはしないだろう。
そのまま建物の壁沿いに移動し、裏手に止めたバイクへと辿りつく。
このタイミングで事が起こったのは幸運だった。
おそらく厳重な防音処理が施されているのだろう、自分と一文字の戦闘の事も気取られずに済んだ事もだ。
橘にはもうしばらく足止めを食ってもらおう―――元々迎えに来る気などさらさらないのだ。
言い訳ならば幾らでも思いつく。
元々自分に警戒心を持っている人物ならともかく、一度得た信頼と言うものはそう揺らぐ事はないと志村は知っていた。橘は最も御しやすい類の者と言える。
志村はバイクに跨ると、ヘルメットを被った。
南下してくるであろう五代たちと鉢合わせしないためにも、海沿いのルートから病院へ向かう事を決め、もう一度だけ放送局を見上げる。

(しかし……死ぬな、だと? 笑わせる!)

橘の言葉を思い出し、志村はその顔に嘲笑を浮かべた。
スタンドを外して、エンジンを掛ける。
ちらりと、放送で橘が言っていた首輪を解除する鍵、というフレーズが頭を過ぎるが、そんな事は重要ではない。
制限自体は忌々しい事この上ないが、ルールに乗っ取って優勝する事が必要ならば、ためらいはない。

(勝ち残るのは……この俺だ!)


状態表


【G-3 放送局】
【1日目 午後】

【橘朔也@仮面ライダー剣】
【時間軸】:Missing Ace世界(スパイダーUD封印直後)
【状態】:悲しみ。顔・背中・腹部に打撲。生きる決意
【装備】:ギャレンバックル
【道具】:基本支給品一式、ラウズカード(スペードJ、ダイヤ1~6、9)、レトルトカレー、ファイズブラスター
【思考・状況】
基本行動方針:ゾル大佐への責任をとり、主催者を打倒する為、生き残る。
1:放送室からの脱出法を探る。変身は状況次第で使用。
2:信頼できる参加者と大学でトランク(ファイズブラスター)を解析する手筈を整える。
3:死神博士にゾル大佐の遺言を伝える。
4:アンデッドを死亡させたメカニズムの解明。
【備考】
※放送室には個人で参加者の携帯、もしくは全島各所にあるスピーカーへの放送が可能な準備が整っています。
※午後二時に各参加者の携帯へ向けて放送が行われました。
※橘は自身の姿を映して放送を行ったつもりですが、主催者側の介入でスノーノイズが発生しています。ただし、音声はクリーンです。
※放送室のロックがいつ解除されるかは不明です。後の書き手さんにお任せします。


【志村純一@仮面ライダー剣・Missing Ace】
[時間軸]:剣崎たちに出会う前
[状態]:腹部に軽度の火傷(応急手当済、治癒進行中)、胸に中程度のダメージ、強い疲労。一時間半変身不可(アルビノジョーカー)
[装備]:無し
[道具]:支給品一式、ラウズカード(クラブのK、ハートのK)@仮面ライダー剣、蓮華のワイヤー内蔵型指輪@仮面ライダーカブト、
    ライアのカードデッキ@仮面ライダー龍騎、特殊マスク、ホンダ・XR250(バイク@現実)、首輪
【思考・状況】
基本行動方針:人間を装い優勝する。
1:第3回放送前にはヒビキ達との合流し、根回しをする。
2:もう慢心しない。ダグバなどの強敵とは戦わず泳がせる。
3:馬鹿な人間を利用する。鋭い人間やアンデットには限りなく注意。
4:誰にも悟られず、かつ安全な状況でならジョーカー化して参加者を殺害。
5:橘チーフを始め、他の参加者の戦力を見極めて利用する。自分の身が危なくなれば彼らを見捨てる。
6:『14』の力復活のために、カテゴリーKのラウズカードを集める。



※※※


全ての事象には多数の側面がある。
空を、海を、草原を渡り、花々を渡って香りを運び、人の頬を優しく撫でて魅了する朗らかな風。
だがある時は激しく吹き荒れて花を散らし、高波を立て、地上にへばりつくものを引き剥がして巻き上げる。
相反する二つの姿は、表裏に隔てられてこそ本来の姿と呼べるだろう。
しかし風の化身の境界は今や崩れ去り、奔放に快楽を追い求める淫蕩さと嵐のような破壊衝動とを同時に内包した存在となっていた。

風のエルはただ時を待つ。その血の色を主に証するに相応しい生贄が訪れるのを。
―――そしてその瞬間はやってきた。
鷹の瞳が遠く伸びる道路に人の姿を見つけたのだ。
狂った頭で聖地と定めたこの場所に、主に相応しいと作り上げた玉座に向き直って、風のエルは再び礼を施す。

「主よ、刻は来た」

主の顔を見上げる―――実際風間の表情は困惑一色に染められていたが、彼を主と思い込んでいる風のエルには問題にならない。

「万物の源、終焉にて創世なりし者よ、今こそ御身の名の元に人の子の血を流す刻」

手にした剣を眼前に掲げる。遮るもののない陽の光によって、剣身がぎらりと輝いた。
未だ、この体に本来の力は戻ってはいないが、この剣を使いこなせるようになった今、さしたる問題ではない。
風のエルは歓びに打ち震えた。与えられたこの力を再び振るい、愛する主の御心を知る事ができると。
作りものめいた、整ったかたちの唇がつり上がり、鋭く尖った歯が覗く。
凄絶な笑顔を浮かべながら、主の子たる人を殺める許しを乞うためのしるしを、失った手首に右手で刻む。
凝りかけた傷口から零れた血液が、足元におぞましい模様を描いた。

風のエルは屋上からその身を躍らせる。
濁った瞳に、哀れな、自身にとっては誉れ高き、唯一無二の贄の姿を映して。


状態表


【G-3 放送局の屋上】
【1日目 午後】

【風間大介@仮面ライダーカブト】
[時間軸]:ゴンと別れた後
[状態]:鼻痛(鼻血は止まっています)。 全身に大ダメージ。鉄塔に宙づり。ドレイクに30分変身不能。
[装備]:ドレイクグリップ、ドレイクゼクター
[道具]:なし
【思考・状況】早期に殺し合いを止めた上でのスマートブレイン打倒
基本行動方針:打倒スマートブレイン
1:目の前の怪人から逃げて、仲間と合流。
2:協力者を集める(女性優先)
3:謎のゼクターについて調べる。
4:あすかの死に怒りと悲しみ。
5:移動車両を探す。
6:影山瞬に気をつける

【備考】
※変身制限に疑問を持っています。


※※※


放送を終えて再び出発した五代たちは、じきに目的地へ到着するという所までやってきていた。
ハナは建物の間に覗く、高くそびえる電波塔を見上げて、もう一息と足に力を込める。

「大丈夫?」

傍らの結花に声を掛けると、俯きがちだがこちらを見て、小さな声ではい、と答える。
五代と光は歩く速度に随分気を使ってくれたようで、それほど酷く疲労してはいないようだ。
そんな結花の様子にほっとしつつ、イブキのためにも彼女を守らなければ、とハナは思う。
決意を胸にしながらも、戦うことの厳しさを改めて感じたハナは、一抹の不安も覚える。

(もし、あいつがここにいてくれたら……)

一文字隼人。飄々としたあの態度をどこか頼もしく感じていた事を今は思い出す。
どこかぴりぴりとした―――五代などはそれを感じさせないように振舞ってくれてはいるが―――この雰囲気も、一文字なら打ち払ってくれたかもしれない。
だが、今はそんなことを考えても仕方ない。
放送を無事終える事ができたら、病院へ向かう手筈になっているのだ。それまでは。

(自分にできる事を……そうよね、良太郎)

人を救う事ができて、電王になってよかった、と言ってくれた友人の言葉を心に刻み付ける。
戦わなくてはならない。失った仲間の分まで。彼らのように、勇気を持って。


結花の心は、ハナの気遣う言葉に答えてからも、重たく沈んだままだった。
涙はもう枯れ果てたかのように、浮かんでこない。疲労もあまり感じない。
ただ、茫然自失していた。

それでも言われるままにここまで歩いてきた理由はただ一つ、見捨てられたくないがためだった。
もし五代たちに見捨てられれば、結花を守るものはなくなり、たちまち世界は彼女の存在を拒絶するだろう。
結花がもっとも恐れるのはその事だった。
そして、そんな自分に守られる価値などありはしない、とも思う。
保身ために、持つ力を使う事もしない自分。そのためにイブキは命を落とした。
あの暖かい微笑と、頼もしい背中は、もうないのだ。
しかしいくら自己嫌悪に陥ろうとも、そう断じる事はできなかった。
イブキが、光たちが結花を守ってくれている今、それを否定することはどうしても、できなかった。

(海堂さん、イブキさん……私……私は……?)

自らに抱くアンビバレンスな感情に、結花はどうしたらいいか解らず、伏せた睫毛を震わせた。
ひゅう、とにわかに旋風が起こる。
結花は舞い上がった砂塵に目を細めると同時に、風の音に紛れた異音に気付いた。

―――…per Sting---



104:大切な人は誰ですか 投下順 105:病い風、昏い道(後編)
103:牙の本能 時系列順
094:Fatality-Cross(後編) 五代雄介
094:Fatality-Cross(後編) 城光
094:Fatality-Cross(後編) ハナ
094:Fatality-Cross(後編) 長田結花
097:Sturm und Drache 風間大介
097:Sturm und Drache 風のエル
100:流されぬ者は 橘朔也
102:この言葉を知っている(後編) 志村純一

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