香川教授の事件簿

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

香川教授の事件簿


「こんな所かな……」

 ホテル従業員用の休憩室。
 質素なソファに腰掛け、見つけた救急箱の中身を使って応急処置を済ませた香川は独りごちた。
 打撲も裂傷もたいしたものではなく、十分処置できたはずだ。
 とりあえず彼自身に関しては状態は悪くない。
 だが状況はかなり悪い。
 侑斗とはぐれてしまい、荷物は全て川に流された。
 時計がないから分からないが、もう正午は回っているはずだ。第2回放送がすで行われたはず。
 だが携帯も流されたため彼はそれを聞く事ができなかった。
 侑斗や海堂が無事かどうか、次の禁止エリアがどこかわからない。
 別の参加者に聞くしかないが、協力的な人物にそう巡り会えるだろうか。

「…………」

 ネガティブに考えてはいけない。
 そう思い、脱いでいたシャツに袖を通しながら立ち上がり、部屋を出る。
 廊下を進むと、右手のドアに従業員用更衣室と書かれた扉がある。
 先ほどここで服を拝借して、現在それを身に着けている。着ていた服はずぶ濡れだったので着替えたのだ。靴も脱いで今はスリッパだ。
 その際、この部屋で気になった事があった。
 改めて更衣室を見回す。

(……やはり妙ですね)

 そう思うのは、ロッカーの大半が開け放たれたままだからだ。
 更にそのほぼ全てに服や私物が入ったままなのが見てとれる。埃も少し積もっていた。
 全ての閉じたロッカーを調べる。鍵がかかっていたのは数ヶ所のみ。
 開閉問わずほぼ全てのロッカーに服が入っており、バッグは少ない。
 そこで香川はある事に気づく。
 開いたロッカーを次々に覗きこんでいき、やがて目当てのものを見つけて手に取る。
 ハンガーにかかっているボーイの制服だった。
 肩の辺りに埃が積もっている。これも同時期に放置されたのだろう。そのロッカーにはボーイの帽子もある。
 他のロッカーも調べるが、制服はほとんどなかった。
 私服はあるが制服はない。

(つまり、ここの従業員達は……)

 ホテルの従業員達はある日、姿を消した。
 その際荷物は持って、しかし着替えず制服のままホテルから出たのだ。
 ロッカーのほとんどが開きっぱなしだった事から、急いでいたのだろう。

(しかし……)

 この状況を説明するのに納得のいく推測はできた。
 だが、それが事実ならこのホテルには従業員達が慌てて出て行かなくてはならないような事態が起こった事になる。

(では、何が起こったと?)

 これ以上は考えてもラチが明かない。
 とりあえず、使えそうなものがないか物色してみる事にした。



 サイズの合う運動靴と靴下が見つかり、それを履いた。
 今後どれだけ歩かねばならないか見当もつかないため、なるだけ足に負担がかからないようにした方がいい。
 ソファで少し休もうとその足でホテルの玄関ロビーへ向かった。
 従業員用入り口の扉を開けると受付カウンター内に出た。
 玄関の外に人影など見えないのを確認するとカウンターを出る。
 ロビーは白を基調とした内装が施されており、豪華というほどではないが高級感を演出していた。
 床は薄汚れてはいるが埃などなく──

(埃がない?)

 床にかがみこみ、指で触れてみる。
 やはり汚れているが埃は先ほどのロッカーに比べればはるかに少ない。
 そういえば更衣室の床も埃はほとんどなかったように思う。

(誰かが掃除しているという事ですか?)

 有り得るとすればスマートブレインか。
 この島を殺し合いの会場にした以上、このホテルもその舞台となる。
 そのために最小限の手入れはしていたという事か。
 もしかすると、そのためにスマートブレインがこのホテルの従業員を退去させたのか。

(さすがに考えすぎでしょう……ん?)

 顔を上げた時、受付カウンターの向かいの白い壁に黒い点があるのに気づいた。
 玄関の外に人影がないのを確認してロビーを横切り、近づいてみる。

「これは……」

 点に見えたそれは銃弾だった。壁に突き刺さっている。
 指でつまんで引き抜く。
 つい先刻まで自分が持っていたライフルの弾丸と同じ口径だろう。彼の記憶力は超人的である。
 なぜここに銃弾が打ち込まれているのだろうか。
 壁際には台が置いてあり、銃弾がめり込んでいたのは台の真上十数cmほどの所だ。
 台の上には何もない。何かを乗せるためにここにあるはずなのにだ。
 床を見るが何も落ちていない。台をどけると、小さい破片と枯れた花びらが落ちていた。破片は陶製のようだ。

(花瓶か……)

 台の上に花瓶があり、それを銃弾が貫き壁に命中したのではないか。銃弾と台の位置関係はちょうどそれくらいだ。
 破片と花びらはその時に床に落ち、台の下に入ったのだろう。
 花瓶を狙ったのか、それとも誰かを狙って放たれた弾丸がはずれて花瓶に命中したのか。
 外を警戒しながらロビーを調べるが、戦闘があった痕跡も他に壊された物もない。
 それに、花瓶に入っていただろう花や他の破片は床にない。水がこぼれた痕跡さえなかった。
 となると殺し合いの参加者が今日壊したわけではない。かなり以前に壊され、誰かが片づけたのだ。
 ここで香川は先ほどの、スマートブレインがホテルを殺し合いの会場として使うために従業員を退去させたという仮説を思い出した。
 もしや、この銃弾はそのための強制力の誇示として発砲されたのではないか。銃で花瓶を破壊するのは脅しには有効だろう。

(やはり……?)

 性急に結論づけるのは危険だ。しかし、そういう可能性は否定できない。
 また外を確認してからロビーを横切り、受付カウンターに入るとパソコンを立ち上げ宿泊客管理ソフトを起動させる。
 ログイン画面が表示され、IDとパスワードの入力を要求される。
 それらを素早く入力しログインする。
 先ほど更衣室を物色していた際に、このソフトのIDとパスワードが書かれたメモを見つけていた。
 香川は見たもの全てを完璧に覚えてしまう記憶力を持っており、その内容を一字一句違わず記憶していた。
 余計なものを見てしまったと思ったが、かえってツイていたようだ。
 宿泊状況を確認すると、宿泊客が最後にチェックアウトしたのは3ヶ月前だった。
 それより数日前からチェックインしたままになっているデータもある。
 先の仮説と合わせるなら、3ヶ月前に従業員と宿泊客が銃で脅され退去させられたとも考えられる。

「…………」

 ただ、疑問が残る。台の下の破片や花びらは見逃したものとしても──
 なぜ、更衣室の床はそれなりに掃除していたのにロッカーは開けっ放しにしていたのか。
 なぜ、壁の弾丸はそのままになっていたのか。
 なぜ、宿泊客のデータは残ったままなのか。

(発見できるように、あえて残しておいた?)

 とするなら、それはなぜか。
 考え始めて程なく、一つの推測が浮かび上がった。
 自分の仮説が真実だったとしても、それはこの殺し合いの促進にも解決にも全く影響がない。むしろそういう事を考える時間を使うだけ行動にロスを与える事になる。
 という事は、ホテルに入ってからの自分の行動も主催側の予測の範疇だろう。

(ならば)

 ここで香川は行動の方針を固めた。
 とにかく海堂や侑斗と合流する。そのためにまずはホテルを出て行動するための準備をする。
 ここで得た情報は必要な時が来れば考えればいい。
 とりあえず思考は打ち切り、従業員用入り口の奥へと向かった。



 数十分の探索後、まとめた荷物を確認する。
 非常用防災用品の袋が見つかり、保存食や懐中電灯や水、軍手などが入っていた。
 更衣室にリュックがあったので荷物はそれに入れ、軍手は手につけた。応急処置に使った救急箱の中身も入れておく。
 観光マップもあった。支給された地図ほど詳細ではないが、ホテルから動物園への道筋はわかった。
 支給品の地図の内容は持ち前の記憶力で事細かに覚えているが、それにはホテルは載っておらず自分の現在位置がわからなかった。
 マップによるとホテルから動物園は近い。
 侑斗と共に動物園へ向かう予定だったし、海堂にも動物園で合流しようと伝えてある。
 二人とも無事に動物園にいる事に望みをかけるしかない。
 彼らでなくても協力的な参加者に会えればいいが、あまり期待できないだろう。
 武器になる物も探したが、そういった物だけは主催側が持ち去っていったようだ。
 客室も調べてみたかったがカードキーによるロックがかかっており、そのカードキーが見つからなかった。
 それから、壁から発見した弾丸も一応持っていく事にした。ホテルで起こった出来事の重要な証拠品だ。



 ホテルを後にし、動物園を目指して丘の斜面を道路沿いに歩く事にした。
 丸腰の自分では変身能力を持った参加者と鉢合わせた場合、抵抗する術がない。
 かといって侑斗達とすれ違って気づかなかった、という事態は避けたい。
 だから道路は避け、自分は木などでなるべく姿を隠しつつ道路が見えるように丘を歩く事にした。
 合理的な選択のはずだったが、斜面を歩くのは案外疲れる。
 汗をぬぐいながら、じきに動物園が見えてくるだろうと考えていると。
 斜面の上の方に家が見えた。
 正確には“家だったもの”だろう。朽ち果て、崩れていた。
 庭が見えるが、かなりの期間手入れされていないようだ。
 この家も強制退去で人がいなくなったのかもしれないが、家が壊れているのはなぜだろうか。
 気にはなったが、今は先を急いでいる。
 再び歩き出し、林に入っていく。
 道路と正面へ交互に顔を向けながら歩いていると、やや開けた日当たりのいい場所に出た。
 そこで香川は“あるもの”を見つけ、自分の目を疑った。

「これは……」

 彼の目の前には、レンガを円形に並べて作られた小さい花壇があった。さっきの庭同様、手を加えられなくなって久しいようだ。
 その中央に、青いバラが咲いていた。
 たった一株、花の数は5輪だけだが圧倒的な存在感を放っていた。
 その可憐な形と青色の美しさに思わず見とれてしまっていた。
 しかし少し時間を置き冷静になると、それどころではないと思い直す。
 青いバラなど存在しない。
 古来から青いバラを作り出そうと様々な品種改良が重ねられてきたが、いまだに──少なくとも香川の世界では──作られていない。青いバラが不可能の代名詞となってさえいる。
 それが今、目の前にある。
 よく見ると茎に接ぎ木の跡がある。つまり、この青いバラは人工的に開発されたものだ。恐らくスマートブレインだろう。
 そうだとするなら、スマートブレインはまさに不可能を可能にするほどの技術を持っている事になる。
 この分だと、他にもどんな技術を持っているのか想像もつかない。その生成物の美しさにかえって敵の恐ろしさを痛感する。
 だが、そんなものがなぜこんな所で栽培されているのか。
 何者かが隠れて栽培していたとしか考えられない。さっきの崩れた家の住人だろうか。周囲にはこの一株以外に青いバラはない。

「…………」

 ここで時間を喰っているわけにはいかない。立ち上がり、その場を後にした。目的地の動物園まであとわずか。
 しかし、青い花は香川の記憶の中に確かにその姿を残した。

状態表

【香川英行@仮面ライダー龍騎】
【1日目 現時刻:日中】
【現在地:E-6・動物園近くの丘】
【時間軸】:東條悟に殺害される直前
【状態】:深い後悔、強い決意。全身に中程度のダメージ(応急処置済み)、軽い疲労。
【装備】:なし
【道具】:リュックサック、保存食2日分、ペットボトル500ml(水入り)、懐中電灯、軍手(使用中)、医療品(消毒薬、包帯、ガーゼなど少量)、観光マップ、弾丸(発砲済み)
【思考・状況】
基本行動方針:殺し合いの阻止
1:木場勇治の抹殺。
2:木場勇治を抹殺後、海堂及び侑斗と合流。
3:東條は必ず自分が止める。
4:ガドル(名前は知らない)、北崎を警戒
5:五代雄介に一条薫の死を伝える。
6:侑斗を生存させるため、盾となるべく変身アイテム、盾となる参加者を引き入れる。
【備考】
※変身制限に気づきました。大体の間隔なども把握しています。
※剣世界の事についておおまかな知識を得ましたが、仮面ライダーやBOARDの事など金居が伏せた部分があります。
※木場からオルフェノク・スマートブレイン社についての情報を得ました。
※死者の蘇生に対する制限について、オルフェノク化させる事で蘇生が可能なのではと思いはじめました。
※ショッピングセンター・動物園あたりの川に香川の支給品が流されました。川のどこかにあるかもしれません。
※第2回放送を聞き損ねています。脱落者・新しい禁止エリアがわかりません。
※3ヶ月ほど前にスマートブレインによってホテルの従業員と宿泊客の強制退去が行われたと推測しています。
※ホテルの宿泊客管理ソフトのIDとパスワードを記憶してしまいました。忘れる事ができません。
※観光マップは南北C~H、東西1~6の範囲まで載っています。道路や駅、観光地とホテルの位置がわかります。
※E-6動物園付近の丘で崩れた家を、林の中で青いバラを発見しました。家の正体については他の書き手の方々にお任せします。


106:龍哭(前編) 投下順 108:男二人、虫二匹――――はぐれ虫
104:大切な人は誰ですか 時系列順 100:流されぬ者は
078:零れ落ちる闇 香川英行 109:Traffics(前編)

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー