笑顔と君と(前編)

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笑顔と君と(前編)


 田圃が並ぶ農村の中、青年はゆっくりと、しかし傍から見ると速い速度で歩いていた。
 彼の『普通』は人間からみたら『異端』である。肉体的にも、精神的にも、彼に並ぶものは誰一人いなかった。
 同胞といえるグロンギたちでさえ彼に触れることができる者はいない。
 圧倒的、天と地ほどの差を感じさせるほどの存在感。
 究極のグロンギ。破壊の存在。絶望をもたらせる白き闇。
 ン・ダグバ・ゼバ……彼に並ぶものは、究極の白である自分と対の存在、究極の黒いクウガのみである。
 透き通るような空気の中、空には星が綺麗に瞬いている。
 ダグバは元いた場所よりも星が昔みたいに見えるのに気づくが、特に感情の宿らない足取りで先を進む。
 コンクリートでなく、ただ平らにされた土の道路はひたすら長く一直線に伸びている。
 間にはかかしの存在する畑や、古ぼけたバス停、牛舎や家畜小屋が放置されている。
 もっとも、馬のように乗り物になる動物や、ブタや鶏のように食料になる家畜はさすがにいなかった。
 かつて、太古の世界にて馬を乗りこなし、リントと戦い続けた日々を思い出す。
 いや、戦いではない。一方的な虐殺だ。狩るものと狩られるもの、肉食獣と草食獣、ライオンとウサギ、グロンギとリントの関係はまさにそれ。
 もっとも、リントもグロンギの差などダグバにとっては、些細なことだが。
 彼にとっては、他のグロンギ族も、リント族も狩るべき対象でしかない。
 満たすのは食欲ではなく、快楽。
 ゲゲルのように過酷な条件を他のグロンギたちにつけるのは、自分の攻撃に一分、一秒でも耐え抜く力をつけて欲しいからだ。
 なぜそうするのか?
(……すぐ壊れるのはつまらない)
 それが、答えだ。
 ダグバはグロンギの頂点に立ち、圧倒的な力で存在し続けていた。
 傷どころか、触れることさえもできないものが多い。唯一、対抗できたのはリントの戦士、クウガのみ。
 自分と同じく、究極の闇になった存在。そういえば、蘇ったクウガも太古のクウガと同じく、究極の闇へと近付いていったなと考える。
 リントの生み出した発明、『携帯電話』を取り出し、操作。
 ダグバは退屈しのぎにリントの文化にも触れたことがある。携帯の操作くらい、わけがない。
 見つけ出した名簿に、現代のクウガの名を見つけ、ダグバは微笑む。
(あれから強くなったのかな……頑張って僕を笑顔にしてね)
 ダグバは氷のような思考のままに道を進む。
 闇の中に白い姿を晒したままで。


 闇の中、それぞれ正義を胸に進む青年が二人。
 グロンギとの戦いに身を投じ、人の笑顔のために戦う男。
 五代雄介。
 人を守るために仮面ライダーへの道を選んだ男。
 剣崎一真。
 二人の青年はよく似ていた。
 姿形ではない。その信念、人を守ることを己の使命とする精神が、似ていた。


 五代は遺跡で古代のベルトを発見し、未確認生命体の襲撃の際に導かれるように装着して、クウガとなった。
 その後、彼は死闘を続けた。死に掛けたどころか、事実死んでいたときもある。
 電気ショックをベルトの霊石『アマダム』により覚醒を果たさなければ、その命はなかった。
 恐怖を覚え、戦いから逃げても誰も文句を言わないだろう。少なくとも、彼の周囲は。
 特に、五代は暴力が嫌いだ。警察で自分に協力してくれる、相棒とも言える一条にすら明かしたことはないが、未確認生命体を殴るたびに心が軋み、涙がこぼれる。
 クウガという仮面は、五代の泣き顔を覆うためにも存在していた。
 ふと、五代は思う。太古のクウガも、その仮面に泣き顔を隠していたのだろうかと。
 懐かしい周りの田舎風景をまえに、五代は夜空を見つめる。


 駄菓子屋の前で休憩を入れ、ゆっくりする。五代は澄んだ空気を胸いっぱい吸い込む。
 日本の都会では味わうことがない、排気の臭いもしない、人ごみの臭いもしない、懐かしい空気。
 五代はこの殺し合いを止めたのなら、また冒険にでたいと思う。
 彼の本業は冒険家だ。もっとも、未確認生命体の問題をどうにかするまでは、日本を離れることは不可能だろうが。
 五代は自分が冒険家だったところまで思考を進めて、ふと自分の相棒となった青年へと視線を移動する。
 彼の職業は『仮面ライダー』だといった。
 五代の知らない職業だ。好奇心旺盛な性格のため疑問を抑えられない。
 知らないことは知りたい。素直な気持ちで、剣崎に質問する。
「人を守る職業だよ」
「警察とは違うの?」
「ええと……五代も普通じゃないから言うけど、俺はアンデッドという連中と戦ってきたんだ。
警察でも対抗できない、怪物たちとね」
「アンデッド? 未確認生命体じゃなく?」
「アンデッドは……」
 剣崎が少し迷うように、頭を乱暴にガシガシとかく。子供みたいな反応だと五代は少し微笑ましくなった。
 やがて、剣崎は決意したように頷く。
「こういっても信じてくれるか自身はないけど……アンデッドというのは一万年前から存在している、怪物なんだ。
封印されていたけど、そいつらが蘇って罪もない人を傷つけるから、俺たち『仮面ライダー』が封印する。そういう職業なんだ」
「剣崎さんはアンデッドを倒すのは、それが仕事だから?」
 五代の質問に、剣崎は頭を振るう。瞳には、一条たちが未確認生命体の対策を練るときに浮かべる色が濃く映し出されていた。
「俺は火事で両親を失った。もう二度とその気持ちを俺は味わいたくないし、誰にも味わって欲しくない。
だから俺が守るんだ。仮面ライダーだから……だからこそ、アンデッドは放置しておけない。
こんなことを始める村上たちを、スマートブレインを許しちゃいけない! 絶対殺し合いを阻止する!」
「そうか……剣崎さんもか。俺もそうです」
 五代は剣崎に告げ、クウガになってしばらく、人が死んで悲しむ少女を目撃したときの感情を蘇らせる。
 親しい人が死んで悲しまない人はいない。悲しみにくれる人が再び笑顔を取り戻すには、想像を絶する時と苦労を要する。
 人は笑顔でいられる状態が一番、幸せなのだ。未確認生命体もこの殺し合いも、その笑顔を奪う。
 許せない。
 だから戦う。たとえ胸が痛くても。振るう拳より、心が痛んでも。
「俺も……誰かの笑顔を奪うだけのこの殺し合いを止めます!
なんていったって、俺はクウガだから!」
「じゃあ、俺たちのすることは決まっているな」
「もちろんです」
 五代は剣崎にサムズアップを見せる。古代ローマに伝わる、満足できる行動ができたもの、納得ができたものが見せる印。
 恩師から教えてもらった勇気の証と共に、剣崎とお互いの信念を持って力を合わせることを誓う。
 笑顔を守る。人を守る。
 共に、仮面ライダーに相応しい信念だった。


 名簿を確認して、剣崎は見慣れた名前に反応する。
 睦月、始の名前はない。
 アンデッドである始はともかく、自分と橘と同じく『仮面ライダー』である睦月が呼ばれていないことに疑問を持つが、考えてもしょうがないので直接乗り込んで確かめることにする。
 最初に無残にも殺された二人の仮面ライダーを思い出して、剣崎は顔を顰める。
 最初は自分たちと同じく、アンデッドを利用した仮面ライダーだと思ったのだが、五代の変身を見て考えを改める。
 自分たちのシステム以外にも、仮面ライダーとなるものがいる。
 ならば彼らも五代と同じく自分が知らない『仮面ライダー』なのだろう。
 とはいえ、五代の様子を見るに自分たちと戦闘能力は変わらない。
 そして、自分たちと同じく人を守ることに尽力したであろう彼らが命を落としたのは、剣崎にとって耐え難い事実である。
 スマートブレインに対する怒りを持って、Aから9のカードを見下ろす。
 それらだけで戦い抜けるか不安だが、それでも剣崎は前に進む。
 なにより、白と赤のジョーカーが気になるからだ。
 始は黒と緑のジョーカー。友情を感じている彼以外にも、ジョーカーが存在していた。
 始と同じく、ジョーカーの本能に翻弄されて自分たちを襲ったのだろうか?
 それとも、他のアンデッドと同じく、己の意思で襲ってきたのだろうか?
 疑問は尽きない。
 とはいえ、剣崎は考えるのが苦手のためこちらの思考も一旦中止にする。
 ひとまず、橘との合流が先だ。
 五代に確認を取ると、彼の知り合い、一条と言う男も自分たちに協力してくれるはずだ、とのことだ。
 警察官ということなら、問題なく自分たちの助けになってくれるだろう。
 剣崎は自分の先輩、橘のことも話した。
 多少情けない部分があるところはまあ、ぼかして話す。
 抜けているところがあるものの、剣崎にとっては頼れる先輩だからだ。
 変な印象を五代にもたれると、なぜか自分が情けなくなる、ということもある。
 思考を進めていると、橘の安否が気になる。
 実力的には問題ないが、抜けている部分が恐ろしい。
 無事でいてくれるといいが……と考え、剣崎は星空を見つめる。
 いつか、仲間たちとこの光景を見つめたいと思いながら、五代へ向き直る。
 この殺し合いに巻き込まれた人を救うため、ぼやぼやしていられない。
「五代、行こう。俺たちの助けを待っている人の下へ」
 剣崎の言葉に、五代は満面の笑顔でサムズアップを送ってきた。
 つい、剣崎は不器用に真似をする。五代の笑顔は相変わらず、朗らかだった。


 深い闇の道を歩く二人。
 農村であるため、都会のような街灯は期待できない。
 闇に向かう際に、人は恐怖を感じるという。
 太古の昔、人は闇に紛れた獣に痛い目にあってきた。
 ゆえに、本能に闇を恐れる感情を刻み込んでいる。
 しかし、闇を前にしても進む者もいる。闇に紛れた存在に、大切な人々を失ったものたち。
 悲しみを知る者たち。勇気ある者たち。
 五代も剣崎も、瞳に迷いがなかった。
 だからこそ、闇への一歩を踏み出す。現れた、究極の闇を前にしても。


 ダグバはぼんやりと月を見る。
 いくら時を隔てても、空に浮かぶ月は変わらない。その存在は、闇の世を照らすためにある。
 ダグバは思う。弱々しい光だと。
 夜の圧倒的な闇の前に、月の光は弱々しすぎる。太陽の輝きには叶わない。
 まるで、リントにおけるクウガのようだと。
 太古のクウガは瞳を黒く染め、究極の闇に委ねた。
 アマダムのもたらす闇にリントの心という月の光を覆いつくしたのだ。
 人は太陽を胸にもてない。曲がらず、折れない精神をもてない脆弱な存在。
 だからこそ、闇に堕ちれば人は揺らがない。力も自分に迫る。壊れるまでの時間が長くなる。
 退屈だ。傷がつくことのないこの身体も、迫るものがいないこの世も、ダグバにとっては度し難き退屈でしかない。
 虫の音が鳴る道で、ダグバは振り返る。
「やあ、久しぶりだね。クウガ」
 闇を期待した唯一の男、クウガは瞳に光を乗せている。
 空に浮かぶ月のように、淡く、頼りない光を。
 それを蹂躙するのは、とても楽しい。無邪気な、印象は白い、闇の笑顔をダグバは浮かべて、その身に力を漲らせる。
 太古の戦士、グロンギの頂点、未確認生命体0号、ン・ダグバ・ゼバ。
 闇のゲームの始まりだ。


 二人は見かけた青年の姿に、足を止める。
 この殺し合いに乗っていないのなら、一緒に行かないか? そう誘うつもりだった。
 五代が、最初に異変に気づく。
 五代の時間軸では、青年の姿のダグバとであったことはない。
 それでも、警戒心が働き、声をかけようとする剣崎を止める。
 訝しげな表情を浮かべる剣崎を前に、五代の脳にイメージが湧きあがる。

 ―― 逃げ惑うリントの人々を笑いながら殺す。
 ―― グロンギ族すらも手にかけて。
 ―― 黒いクウガと対峙する白き未確認生命体。
 ―― 黒い瞳、黒い身体を持つクウガに対し、白い未確認生命体は目の前の青年に一瞬変化して……

 ―― なれたんだね。究極の力を、持つ者に。


「五代!!」
 剣崎の言葉に、五代はハッと目を覚ます。
 心配そうな剣崎に、無事だと示すために笑顔とサムズアップを見せる。
 それでも、剣崎の表情は戻らない。よほど酷い顔を、自分はしているのだろう、と五代は考えた。
 五代は変身の構えをとる。剣崎が驚いているが、ぼやぼやしていると剣崎が殺されてしまう。
 そうはさせない。五代の眼に怒りの炎が宿る。

「やあ、久しぶり。クウガ」

 躊躇はしない。剣崎の眩しい笑顔を、目の前の『敵』が奪う。
 右腕を勢いよく左前方に突き出し、右側に流す。ベルトのアークルを出現させ、アマダムが五代の変身する気力に答える。

「変身!!」

 同時に、右腕を左腰に当て、五代の身体が光に包まれる。
 身体の外側から、内側へとクウガの身体へと、五代の身体が変転する。
 外骨格が五代の身体を包み終わり、金の二本角、赤い瞳と赤いボディ。
 黒い強化皮膚を身にまとう、古代の戦士、クウガが顕在した。


「五代、あいつは敵なんだな?」
 クウガが頷き、剣崎は青年を睨みつける。
 自分と同じ信念を掲げるクウガを信用する。だから、彼も掲げたのだ。
 己の剣を、ブレイバックルを。
 スペードのAをセットして、腹にブレイバックルをすえると、無数のカードが帯状になりながら剣崎の腰に巻きつき、ベルトを固定する。
 右腕を手の甲を見せながら前に突き出し、右手を左肩並みの高さまで上げる。
 ブレイバックルの待機音がたった一つの街灯を前に、響いている。

「変身!」

 ―― Turn Up ――

 右腕を回し、左腕と入れ替える。
 左腕を前に突き出したまま、バックルのレバーを引き、青い光のゲートが剣崎の前方に浮かぶ。
 剣崎は雄叫び、青い光に全身を潜らせた。
 青い装甲、銀のマスク、赤い瞳を漲らせる、銀の鎧を着る戦士。
 仮面ライダーブレイド、剣崎一真はクウガと共に、目の前の青年へと対峙した。 


 ダグバはクウガがマイティフォームの姿なのに、疑問を感じる。
 彼は自分にズタボロにされ、究極の闇でないと対抗できないことを心と身体に叩き込んだはずだ。
 なのに、究極の闇どころか、黒金の力も、金の力も使わない。
 不可解だ。それに、これではゲームを楽しめない。
 殺し合いとは、ゲーム。自分が他人を狩る一方的なもの。
 たまに他のプレイヤーが自分に挑み、負けていく。クウガも、挑んでくるプレイヤーの一人でしかない。
 しかし、彼は弱くなって自分の前に再び現れた。ダグバは不機嫌になる。
 これでは、クウガは一瞬で壊れてしまう。殴る楽しみを実感できない。
 適当にあしらおうか。そう考えて、身体を変化させる。
 ダグバの身体が光で満ちて、白い外骨格に包まれる。クウガの額の金の角と同等の、そして究極を意味する四本の金の角が生える。
 睨みつける闇の瞳が、クウガを見つめる。
 つまらなさそうに、ダグバはため息を吐いた。


 変身を遂げたダグバを前に、クウガとブレイドは冷や汗を流す。
 発する雰囲気の重さに、何もできない。
 圧倒的な存在、まさにそう告げるのに相応しい。カテゴリーキングと対峙したときほどの重さを感じながらも、ブレイドは一歩前に踏み出す。
「うぉぉぉおぉぉぉお!!」
 ブレイドは風になり、縦に己の角に似ている剣、ブレイラウザーを振り下ろす。
 空振るが、気にせずブレイドは続けて横にブレイラウザーを薙ぎ振るう。
 紙一重で避けるダグバにブレイドは戦慄しながら、三連続で突きを繰り出した。
 一撃目はダグバの右頬を狙い、首を捻るだけであっさりと通り抜けた。
 神速の速さでブレイラウザーを引き、左肩を目掛けてニ撃目を繰り出す。
 ダグバは右膝を軽く曲げて、肩の上方をブレイラウザーは通り抜ける。
 ブレイドは軽く舌打ちして、三撃目をダグバの胸の中央を目掛けて繰り出す。
 この速さなら、逃れることは不可能。ブレイドの確信通りに、ダグバの胸へ目掛けて、ブレイラウザーが突き進んだ。
(いける!)
 しかし、ピタッとブレイラウザーの刃先が止まる。
 ブレイドの視界に、信じられないものが映る。ブレイラウザーの刃を軽々と掴むダグバの姿だ。
 押しても引いてもビクともしない。ブレイドの、アンデッドの力を振り絞っているのに。
「リントも面白い力を見せるね……」
 笑うような、楽しむような、残虐な声が、ブレイドの耳朶を打つ。
 怖気を感じ、退こうとしたブレイドの顔に衝撃が走る。
 殴られた、と感じたときには、すでにブレイドの身体は宙に浮いていた。
 ブレイドは脳がグワングワンと揺れる錯覚を感じながら、身体が崩れ落ち、意識が闇へと落ちはじめた。

「剣崎さん!!」

 クウガの声に、仲間の声に、ブレイドの視界に光が広がる。
 寝ている暇はない。ブレイドは辛うじて踏ん張り、正面を睨みつける。
 ブレイドを守るように、ダグバに向かうクウガの姿を発見した。


 吹き飛ぶブレイドを見て、クウガは自分の予感が当たったことを確信した。
 ブレイドの動きはクウガにも劣らない。むしろ、自分よりも戦いへの訓練を積んでいるように見えた。
 未確認生命体と戦い抜いたクウガだからこそ、ブレイドの動きがいい事に気づいたのだ。
 だが、クウガの見ている前で、ブレイドは十秒も持たずにあっさりと拳を叩き込まれていた。
 続けて、ダグバがブレイドに止めを刺そうと前かがみになる。
 危ない。クウガはそう思うと、思わず叫んでしまった。

「剣崎さん!!」

 振り返らず、ダグバにクウガは対峙する。ブレイドに近づけちゃいけない。
 何かは分からないが、クウガの本能が警戒を呼びかける。
 歯を食いしばり、心を痛めながら、クウガは右拳をダグバに放った。
 あっさりと受け止められるが、予想内。
 顎を目掛けて蹴り上げ、僅かにダグバが揺れる。弱い。マイティキックでも、ダメージを与えられるか否か。
 めげずに、顎を目掛けれ左拳を打ち込む。やはり、形勢は揺るがない。
 ダグバが左手に力を込めて、クウガの右拳に痛みが走る。クウガは短く呻いて、やがて張り裂けんばかりに叫んだ。

「ウェェェェェェェェイ!!!」

 ―― BEAT ――

 電子音と共に、ブレイドの銀の面が燃えるように赤く染まる。
 アンデッドの威力を得た拳が、ダグバの頬を貫く。普段よりも威力の上がった拳がダグバに初めてダメージを与える。
 ダグバは衝撃によろめき、後方に退く。同時に、クウガの右拳も開放される。
 息を荒くするクウガの隣に、ブレイドが心配するように肩に手をやった。
「大丈夫か? 五代!」
「ええ……あいつは強い。力を合わせないと、勝てそうにもありません……」
 いや、合わせても勝てるのだろうか?
 クウガの本能から湧き出る不安を、つい漏らしそうになる。
「……なら、問題ないな」
「え?」
 ブレイドの言葉に、クウガは疑問を上げる。
 仮面の下で、ブレイド……いや、剣崎の表情は分からないが、なぜか力強く微笑んでいるようにクウガは見えた。

「俺たちは、人を守るためにライダーになった。
その俺たちが、力を合わせるんだ。必ず勝つ。いこう、五代!!」

 ブレイドの根拠のない発言に、クウガは一瞬だけキョトンとなる。
 しかしクウガはすぐに立ち上がって、ブレイドの傍に並び、サムズアップを送る。
「なら剣崎さん、見せましょう。俺たちの戦いを!」
「ああ、俺たちは仮面ライダーなんだ! いくぞ!!」
 二人の声に張りが蘇る。恐怖心など、微塵もない。
 ダグバの威圧感が弱まる。いや、二人の闘志がダグバの威圧感に迫るほど、高まっているのだ。
 炎のごとく燃え上がる心を持って、二人は突進する。敵を倒し、人々を守るため。
 仮面ライダーであるゆえに。


「僕が……痛い……?」
 制限と重なり、完全に油断した状態がダグバに痛みを招いた。
 もっとも、蚊に刺されたかのごとく、軽い痛みだったが。
 それでも、久しぶりの感覚だ。
 繰り返すようだが、ダグバは圧倒的な存在だ。リントもグロンギも、クウガすらも圧倒する存在。
 対抗できるのは、同じく究極の闇の存在、黒いクウガだけ。
 痛みも、楽しみも、苦しみも、与えてくれるのは黒いクウガだけだった。
 なのに……
「今だ、たたみ掛けるんだ! 五代!!」
「任せてくださいッ! 剣崎さん!!」
 クウガは地面を蹴り、ダグバに拳の乱打を放つ。
 ダグバの肩、胸、腕、太腿が次々とつるべ打ちされていく。
 痛みは感じないが、さすがに煩わしく、蚊を払うようにクウガに裏拳を放つ。
「超変身!!」
 光と共に、クウガの身体が紫に染まる。ダグバの裏拳に、クウガの鎧にヒビがはいる。
 それでも、クウガはダグバの強烈な拳に耐え抜いた。

 ―― SLASH ―― ―― THUNDER ――
 ―― Lightning Slash ――

 電子音が聞こえる方にダグバが顔を向けると、雷を刃に纏いながら、袈裟懸けに振り下ろすブレイドの姿が眼に入った。
 刹那、ダグバの身体に痛みが走る。傷といえるほどの損傷は見られないが、確実に神経が悲鳴をあげてダグバに伝える。
 振り下ろしたままの姿勢でいるブレイドを見下ろして、ダグバは蹴りを繰り出す。
 蹴りがブレイドに到着する瞬間、横に衝撃を感じ、ブレイドの姿が遠のく。
 クウガ・タイタンフォームがトゥハンドソード・タイタンソードを構えていた。
 ダグバはそういえば、視界の端でクウガがデイバックを漁っていたことを思い出す。
 取り出したのは、リントの戦士――警察と呼ばれる存在――がもつ、警棒だった。
 その警棒をタイタンソードに変えて、こちらを切り裂いたのだ。
 状況を理解と同時に、叫びながらブレイラウザーを振るうブレイドの刃を右腕で受け止める。
 火花が散り、金属がぶつかり合う甲高い音が響く。
 相変わらず、ブレイドの力を貧弱に感じ、ダグバの身体は揺らがない。
 ダグバがブレイドを攻撃しようとして、タイタンソードがダグバの眼前をかする。同時に、手に提げていたデイバックにほころびが僅かにできた。
 クウガが剣を投げたままの体勢で、身体を赤く染め上げていく。
 マイティフォームにチェンジしたクウガの右足に炎が宿る。
 地面を蹴るたびに、炎が地面への残ってクウガの移動の軌跡を作り上げた。
 クウガは跳躍をして、前方宙返りで身体の勢いを増していく。
 矢のごとく、クウガのマイティキックが炎を纏ってダグバの胸部を貫いた。
 炎のエネルギーがダグバの胸に踊る。後方に退くが、痛みはたいしたことはない。
 しかし、一瞬の隙がクウガとブレイドにダグバの懐にもぐりこむ隙を与えた。

「「おぉぉぉぉぉおぉぉぉ!!」」

 二人の声が重なり、ブレイドとクウガがそれぞれ右拳と左拳で、ダグバの顎にアッパーを打ち込む。
 二人分の衝撃にダグバが初めて宙に浮いた。
 再び、封印のエネルギーが炎となり、クウガの右足に宿る。
 ブレイドはブレイラウザーのカードリーダー部に二枚のカードをスラッシュしている。

 クウガは腰を落として地面を蹴る力を溜め。
 ブレイドは剣を地面に突き刺し、宙に浮かぶカードの絵柄の青いエネルギーを身体に収め。

 クウガは駆け抜けて、ダグバに向けて跳び。
 ブレイドはエネルギーを蓄え、仮面を赤く染めて。

 クウガは前方宙返りをして。
 ブレイドは一気にダグバに向かって跳躍して。

 二人の右足が、並びながらダグバの胸を貫いた。


 家畜小屋へと吹き飛び、瓦礫に埋もれるダグバを見届け、ブレイドは安堵のため息を吐く。
 強敵だった。正直、勝てたのが不思議なくらい。
 カテゴリーキングに負けないくらい……いや、カテゴリーキングをも凌駕する敵だといってよかった。
 これで、あの怪人に殺される無残な人を増やさなくてすむ。
 ブレイドがホッとしていると、クウガが前に一歩出て、構えをとった。
「五代……さすがに……」
「まだです……あいつは、死んでいません!」
 真剣なクウガの言葉に、ブレイドは身体を瓦礫の方向へと向ける。
 すぐに瓦礫が吹き飛び、中央に佇むダグバの姿がブレイドの視界に入った。
 ブレイドは仮面の下で歯を食いしばり、残りAPが600しか残っていない事実を認識していた。
 それでも、ブレイドの闘志は揺るがない。ダグバの出方をうかがい、全身に力を漲らせた。


 ダグバは自分の身体を見回し、僅かながら傷がついている事実を認識する。
 神経が悲鳴をあげて、幾らか痛みを走らせていた。
 ダグバは自分が、究極の闇が傷ついている事実に驚いている。
 同じく究極の闇どころか、金の力ももてないクウガ。
 クウガのように変身を果たしたリントの戦士ブレイド。
 二人の力が合わさることにより、一足す一を五にも十にも上げている。
 なぜかは分からない。ダグバには一生理解不能な、団結の力だ。
 だからこそ、ダグバは震えたのだ。未知の力に対して。

「ハハハハハハハハハハハハッッ!」

 そう、喜びに、狂喜にダグバは震えていたのだ。
 自分が力をぶつけても簡単に壊れない玩具に対して。

「もっと僕を笑顔にしてよ……クウガ、リントの戦士『仮面ライダー』」

 ダグバの言葉と共に、瘴気が夜の空間に広まる。
 まるで空気が歪んだかのような錯覚を二人に無意識に与え、ダグバは一歩踏み出す。
 白い仮面の下には笑顔しか浮かんでいなかった。


 ブレイドの拳がダグバに疾風のごとく迫る。
 ダグバはブレイドの拳を右手で横に流し、返す刀で顔にパンチを打ち込む。
 よろけて後退するブレイドと代わるように、クウガがダグバの前に躍り出る。
「はぁっ」
 クウガの拳の連打をダグバはあっさりと躱し、捌き、受け止める。
 諦めず続ける猛火のごとくの連撃を、ダグバはまるでそよ風のように流しきった。
 クウガは身の危険を感じ、後方へと飛ぶ。刹那、クウガのいた空間が燃えあがり、地面に焦げ跡が残った。
 あの炎に巻き込まれたら……とクウガの背筋に悪寒が走る。
「うぉぉぉ!」
 ブレイドが勢いそのままにブレイラウザーを振り下ろす。縦一文字の軌跡が、ダグバの身体に走った。
 とはいえ、火花は散るもの、傷がまったくついていない。残りAPが少なく、今使えるカードでは到底ダグバに通用するとは思えない。
 自分の歯軋りの音を聞きながら、ブレイドの鳩尾に鋭い一撃が入る。
 ブレイドの身体が夜空にくるくると舞い、地面に叩きつけられた。
 衝撃がブレイドの身体を駆け巡るが、じっとして入られない。即座に立ち上がり、ダグバと対峙する。
 間に入るように、クウガがダグバに殴りかかっている。
「超変身!」
 クウガの叫び声と同時に、瞳と身体を青く染めあげ、ドラゴンフォームへと姿を変える。
 民家の物干し竿を手にとって、ドラゴンロッドへと物質変化、ダグバに打ち据え、すぐに跳躍する。
 一撃離脱の戦法、あくまでブレイドが立ち上がる時間を稼ぐためのもの。
 ブレイドは感謝をしながら、ドラゴンロッドを振るうクウガに合わせて、ダグバに斬りかかる。
 ドラゴンロッドの打点と、ブレイラウザーの斬り裂く点が交差して、ダグバが後ろによろめく。
 追撃を開始しようと、ブレイドとクウガはさらに一歩踏み込んだ。
「いいよ、二人とも。結構楽しい」
 ドラゴンロッドとブレイラウザーがダグバに掴まれ、空中で固定される。
 二人が身の危険を感じて手放そうとした瞬間、ダグバに持ち上げられて、武器ごと投げ飛ばされた。
 ブレイドとクウガは地面をボールのようにバウンドし、ニ、三回回転してようやく止まる。
 脅威的な力に戦慄しながらも、体勢を整え、それまで何もしてこなかったダグバに疑問を持つ。
「ねえ、次はなにをするの? 早くしてくれないかな……」
 遊ばれている。彼我の力量差がそこまで開いていることに、ブレイドの心に初めて闇がさした。
(勝てない……)
 二人なら勝てると思った。二人なら届くと思った。
 現実は無情であり、二人はただ圧倒的なダグバの力に押されるだけだ
 渾身の一撃である、ライトニングブラストとクウガのマイティキックを合わせても、動きに支障をもたらさない。
 本気を小出しにして、自分たちを弄んでいる。
 このままでは殺されるしかない。殺し合いの会場にいる、剣崎の仲間たちも。
 絶望に顔を俯かせるブレイド。
 その前に、クウガが静かに立った。


 クウガは再びマイティフォームへと姿を変え、ブレイドを庇うように前に出る。
 自分と同じく、人々を守るために戦う戦士、剣崎一真。
 彼は死ぬべきじゃない。守らなければいけない。彼さえ生きていれば、きっとこの会場で救われる人々は増える。
 クウガは、五代は静かな確信を持って、ダグバに立ち向かうために拳に力を込めた。
「おぉぉぉぉっ!」
 クウガの力を込めた拳がダグバに向かって放たれる。
 ダグバは余裕で受け止め、クウガを殴り返した。吹き飛ぶクウガ。それでも、踏ん張って再び殴りかかる。
 人を殴る音が周囲に響く。クウガが一発殴るたびに、ダグバも殴り返す。
「フフ……ハハハ」
 ダグバは笑い声をあげながら、クウガを殴り飛ばす。
 逆に、殴り返すクウガの、五代の声に、涙が混じり始める。
「うわぁっ!」
 クウガの拳がダグバの胸部を殴りつける。拳が、心が痛む。
 たとえ相手が人を無残に殺す未確認生命体でも、暴力を振るうことはクウガにとって、五代にとって苦痛でしかない。
 それでも振るうのは、暴力を振るう以外に、誰かを守ることはできないからだ。
 クウガの仮面の下で、五代は常に泣いていた。
 それでも、剣崎を守るためにダグバに拳を振るう。
 誰かが傷つくことより、自分が傷つくほうを選択する。
 五代はそういう馬鹿だった。


 一際大きい音が静寂な空間に響いた。
 ダグバの剛拳が、クウガに血飛沫を飛び散らせ、地面に殴り倒したのだ。
 それでも、クウガは立ち上がろうとする。しかし、ダグバが迫ってもクウガはまだ痛みで立ち上がれない。
 無情にも、ダグバは拳を振り下ろす。

「ぐあっ!」

 男の悲鳴があがる。しかし、その声はクウガの発したものではない。
「今度は君が来てくれるんだ。いいよ、遊ぼう。仮面ライダー」
「剣崎さん!」
 ブレイドの胸部の銀のアーマーにひびが入る。構わず、ダグバの腹に蹴りを打ち込み、クウガを抱えて後方に跳ぶ。
 ダグバが余裕ぶって見逃したことに内心冷や冷やしながら、ブレイドはクウガに振り向く。
「すまない。五代。俺は勘違いをしていた」
 ブレイドはゆっくりとダグバに相対し、背中をクウガに見せながら告げる。
 これだけは言わねば行かない。これ以上クウガを、五代を泣かせたくない。
 だからこそ、ブレイドは己の仕事を誇りに思い、信念としてダグバに立ち向かう気概を取り戻したのだ。
 ブレイドは、自分が何者か思い出した。
「カードがあるからライダーなんじゃない。誰かを守るからこそ、ライダーなんだ。
俺にライダーの資格があるなら……お前を倒せる!」
 雄叫びに合わせて、ブレイドはダグバへと迫る。
 頬にダグバの砲弾のような勢いの拳がぶつかるが、怯まない。
 ブレイドの拳が、信念が、魂がダグバの胸部を打ち据える。
 ダグバの身体が泳ぎ、後退している。構わず、ブレイドはダグバの胸に次々と拳を打ち込んでいく。
 マシンガンのごとくの連撃、もちろん、ダグバの反撃はある。それでもブレイドの拳は止まらない。
「ウオォォォォオォォ!!」
 ブレイドの渾身の右ストレートと、ダグバの右ストレートがクロスカウンター気味に入る。
 二人はそれぞれ、後ろに五メートルほど吹き飛ぶもの、地面に倒れるのだけは逃れる。
 パラパラと、ブレイドの仮面が剥がれ落ちて、剣崎の素顔がマスクの半分に露出した。
 ダグバの口元に、僅かに血が流れ落ちる。
「フフフ……くははは……楽しいよ。仮面ライダー」
「黙れ! 俺は、俺たちは決して負けない!」
 ブレイドは叫ぶと同時に、デイバックからサソードヤイバーを取り出し、ブレイラウザーと共に構える。
 突進して、首を捻り、頬の横をダグバの拳が通り過ぎるのを感じながら、両の剣をダグバの胸に突き刺す。
 ダグバが踏み込む力と、クウガを、五代を守ると決意して融合係数を上げるブレイドの渾身の一撃が重なった。
 二つの刃先がダグバの胸に突き刺さり、盛大な火花が散る。
 ブレイドは上下に二つの剣をそれぞれ振りぬき、ブレイラウザーで胸を斬り上げ、サソードヤイバーで腹を斬り裂く。
 横凪に払われるダグバの手刀よりブレイドの左肩の肩アーマーが吹き飛ぶ。
 それでも、ブレイドの剣戟は止まらない。 
 ブレイラウザーを縦に振るい、ダグバの右肩から右太腿まで傷を刻み込む。
 サソードゼクターで衝撃を放ちながら迫るダグバの右拳を裁き、脇腹を突く。
 ダグバの前蹴りをブレイドは身を捻ってかわし、身体をコマのように回転させて勢いをつけた右脚を鳩尾に叩き込んだ。
 咳きこみながらたたらを踏むダグバのデイバックより、カードが二枚舞い落ちる。
 ラウズカードだと判断できたブレイドは跳躍してカードを掴み、絵柄を見つめる。
 ハートのK、始の使うハートのAと酷似したカード。ハートのQ、蘭の絵柄を持つカード。
 カードをラウザーに通すと同時に、親友が自分に力を貸してくれる感覚に包まれる
(始、力を借りる!)

 ―― EVOLUTION ――
 ―― ABSORB ――

 APが回復し、後ろを振り向く。クウガと視線が合う。
 クウガが静かに、頷いた。


 ブレイドはクウガがこちらの意図に気づいたことを確認、カードを三枚取り出す。
 今ブレイドが打ち放つことのできる最強のコンボ、ライトニングソニック。
 決まった打点に、クウガがマイティキックを重ねれば、あるいは。
 ブレイドは祈るようにダグバを睨み、カードをスラッシュする。

 ―― KICK ―― ―― THUNDER ―― ―― MACH ――
 ―― Lightning Sonic ――

 ブレイドの周囲で、三枚の青いカードの絵柄が舞い踊る。
 エネルギーと化した三枚のカードがブレイドの身体に吸収され、仮面が炎のごとく燃え上がる。
 立ち上がるダグバにサソードゼクターを投げ飛ばし、胸に突き刺さった。
 ブレイドはマッハの効果で地面を駆け、右足を向けて跳びあがる。雷が右足より放電され、地面を、民家を焼き飛ばす。

「うぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉお!!」

 気合一閃、ブレイドの最強コンボがダグバの胸を打ち砕き、反動でブレイドは真上に跳ぶ。
 後ろからは、こちらに走り迫る、右足に炎を宿すクウガ。
 ライトニングソニックにより、放電が起こる打点へとクウガは飛び込み、炎を重ねた。
 ダグバの身体が宙に舞い、空中で花火のごとく爆発が上がる。
 轟音が響き、空気が震え、二人は膝をついた。


 炎に包まれるダグバ。
 このまま彼は燃え尽きるだけだろうか? 否。カッと目を見開き、炎を纏いながらダグバが迫る。
 ブレイドはとっさにクウガを跳ね飛ばし、首を締め上げられた。
 そして、ブレイドの全身が炎に包まれる。絶対外さない距離、零距離での自然発火をダグバは使ったのだ。
 叫び声を上げたブレイドの耳朶を、ダグバの笑い声が打つ。
「ハハハハッ、いいよ。二人とも。これなら殺すのも面白い!」
 ブレイドの腕が、だらりと落ち、痙攣を始める。
 死が近付き、もはや動くこともままならない。
 ダグバは興味を失い、クウガに振り向く。いや、振り向こうとした。
「そうは……いくかぁ!」
 もはや、ブレイドの死は確定している。仮面が剥がれ落ちた部分から炎が侵入、剣崎の身体を焼き尽くしていったのだ。
 むしろ、動けることすら奇跡。それでも、ブレイドは一枚のカードをラウザーにスラッシュ、力を振り絞る。

 ―― METAL ――

 トリロバイトアンデッドの硬さの特徴を、エネルギーに変えて吸収。
 身体を硬化させて、ブレイドは炎に何とか耐え、ダグバを羽交い絞めした。
「どういうつもり……?」
「今だ! やれ、五代!!」
 決して離さない、悲壮な決意のままブレイドが叫ぶ。
 受けたクウガは戸惑い、右手を頼りなげにブレイドに向ける。
「で、でも……」
「いいからやれ! お前は、クウガなんだろ!? 人の笑顔を守るんだろ!?」
「俺は……俺は剣崎さんの笑顔も失いたくない!?」
「だったら……」
 ブレイドは声のトーンを落とし、静かにクウガに語りかける。
 死ぬのが怖くないわけではない。むしろ、怖くて仕方がない。
 それでも、人を守りたい、五代に生き延びて欲しい。
 彼が未来で世界を、親友を救うために発揮した感情『献身』を持って、クウガに怒鳴りつける。

「だったら、やれ! お前も、仮面ライダーだろ!! クウガアァァァッァァァァァァッァァァ!!!」

 願うような、祈るような叫びに、クウガが腰を落とす。
 剥がれ落ちた仮面の下、焼け焦げて黒くなっている剣崎の素顔は、満足気に微笑んでいた。


 ブレイドの叫びに答えるようにクウガは腰を落とす。
 ブレイドを自分の手で殺すのは、未確認生命体を殴ることとは比にもならないくらい、苦痛だった。
 心の痛みで人が死ぬのなら、クウガはとっくに死ぬほどの苦しみを味わっている。
 それでも、左足に炎のエネルギーを迸らせる。四回目のマイティキック。もはや、クウガの身体に再び炎を宿す力は残っていない。
 最後の一撃、こいつでダグバを討つ。
 クウガの赤い瞳に、涙が一滴流れ落ちる。仮面の下は泣いていた。微笑んでいる、剣崎とは対照的に。

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 泣き声も混ざった悲痛な叫び声。
 一歩一歩炎が宿る足跡が地面に刻まれる。
 クウガの全力疾走。他の誰かの笑顔を守るために、剣崎の笑顔を犠牲にする。
 その重さを抱えた、クウガの身体が天へと舞う。
 前方に回転、僅かに躊躇いながらも振り払い、右足を真っ直ぐダグバへ向けて伸ばす。
 火炎弾と化したクウガの必殺技が、ダグバに迫り……笑い声が、聞こえた。
「はは、面白いよ、君たち」
 刹那、ダグバはブレイドの腕を振り解き、クウガに向かってブレイドを投げ飛ばした。
 そこで、クウガは気づく。ダグバは動けなかったのではない。
 動かなかった……わざと、相打ちを狙って、動きを封じられた真似をした。
 本当は、抜け出すことなどわけがなかったのに。
 気づくのが遅すぎたクウガの蹴りが、ブレイドをブレイバックルごとを砕いた。
 声にならないクウガの、五代の叫び声が、満天の星空のもと響く。


「何を泣いているの? クウガ」
「う……うぅ……」
 まだ変身時間は数十秒残っているのに、クウガでなく五代の姿に戻っている。
 あちこち炎が燃え広がる田舎町で、ゆらりとダグバは表面上は親切そうに話しかけてきた。
 ダグバはクウガの横を通り過ぎ、腕に持つサソードヤイバーを振り下ろす。
 燃える剣崎の死体から、辛うじて面影の残る剣崎の首が切り離される。
 切り落とされ、転がる剣崎の頭を見つめ、再び五代の心が抉られた。
「ほら、見てよ。楽しかったよ、僕は。だって、こんなにも長い時間遊べたからね。
ハハハハ、ハハハハハハハ、ハハハ!!」
 剣崎の顔を、白い青年となったダグバが押し付けてくる。
 五代を責めるような、黒焦げの顔。肌は炭となり、パリパリと剥がれ落ちていく。
 眼球が沸騰をして破裂し、縮れた髪はあらゆる方向に伸びていた。舌を突き出し、どれほど苦しかったかは想像に難くない。
 己へと死への嫌悪感をもって、五代は俯き、吐しゃ物を地面へとぶちまける。
 憎悪。
 クウガとなった戦士が一番抱いてはいけない感情を、己とダグバに五代は持ってしまう。
 ダグバを睨みつける瞳に、闇の輝きがあった。
 それを認めたダグバは嬉しそうに笑う。
「いいね。もっと僕を楽しませてよ。
だから、また見逃してあげる。今度会うまでに、究極の力を得て僕を楽しませてね。クウガ」
 謳うように告げて、ダグバは踵を返して振り返る。
 荷物もすべて奪われた。剣崎のラウズカードすらもだ。
 欲しければ、奪え返しに来い、ということなのだろう。
 どうしようもない、どす黒い感情が五代の胸を駆け巡る。
 その憎悪を、むしろ楽しみにダグバは去っていく。無防備な背中に、何もできない自分を五代は嫌悪した。


000:牙と知恵 Devil-Action 投下順 026:笑顔と君と(後編)
000:牙と知恵 Devil-Action 時系列順 026:笑顔と君と(後編)
015:蠢く甲蟲 ン・ダグバ・ゼバ 026:笑顔と君と(後編)
012:「誰か」のためのライダー 五代雄介 026:笑顔と君と(後編)
012:「誰か」のためのライダー 剣崎一真 026:笑顔と君と(後編)

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