ノイマン 講演


ノイマン 講演

「数学者の怠慢あるいは犯罪的な無責任さについて」(仮題)

知的作業の性質について議論することは、どのような分野であろうとむずかしい仕事である。
たとえそれが我々人類共通の知的営為で今もありつづけている数学のような分野であってもである。
どのような知的営為の性質についての議論も、本質的に、その特有の知的営為を実行することに比べてよりむずかしい。
飛行機のメカニズムを理解することは、そして飛行機を浮かせて推進させる力の理論は、単純にそれに乗ることや、そして浮き上がり、運搬されることよりも、あるいは操縦することよりも、むずかしい。
あるひとつのプロセスの理解を獲得するためには、あらかじめそのプロセスを運営することや、使うことに深くなじんでおく必要があり、そうすることによってはじめて直観的かつ経験的なやりかたで、それに一体化することができる。


このために、いかなる分野であったとしても、知的営為の性質について議論することはどのような議論であってもむずかしいのであり、議論のためにはその分野について知りつくし、自由自在に使いこなすだけの熟達が前提として求められるのである。
数学において、この制約はきわめて厳格に適用されなければならず、議論が非数学的な水準で終始しないようにとくに気をつける必要がある。
さもないと、議論は非常にいかがわしい特徴を示すようになる。
つまり、指摘された点がけっしてきちんと言語化されないとか、全体的に議論が表面的で上滑りとなることが避けられなくなる。


これから私がお話ししようとすることのなかにも、それらの欠点は含まれているので、どうかご注意ください。
申し訳ありません。
その点を除けば、これから私がお話し申し上げようとする観点は、おそらく私以外の他の多くの数学者にはすくなくとも全部は共有されていないことです。
したがって、皆さんがお聞きになるのは、ある一人の人間の、必ずしもうまく体系化されているわけではない、感想や解釈ということになります。
そして、私は皆さんに対して、私がお伝えすることがどこまで的を射ているのかということを判断するための材料をお渡しすることはできません。


以上申し上げたようにさまざまな障害があるにはありますが、数学における知的営為の性質についていろいろと考えて、皆さんにお話し申し上げるというのは、じつに興味深く、また難しいけれどもやりがいのある仕事であることを認めなければなりません。
私が仮に間違えることがあったとしても、それがひどい間違え方にならないようひたすら祈っているところです。


数学に関するもっとも重要な特徴的な事実は、私の考えでは、自然科学に対する一風変わった独特の関係性にあります。
いや、もっと一般的に、経験を、純粋な記述以上の次元へと解釈するありとあらゆる科学に対してといってよいでしょう。


多くの人々は、数学者であろうとそうでなかろうと、数学は経験的な科学ではないということに同意するでしょう。
あるいは少なくとも、それが経験科学の手法とは、いくつかの決定的な局面で、異なったやり方で実践されているということには同意するでしょう。
そして、しかしながら、数学の発展は、自然科学の発展と非常に密接にむすびついています。
数学の主要な分野のひとつである幾何学は、実際に自然科学、経験科学として始まりました。
現代数学におけるいくつかの最高のひらめき(最高のひらめきと、私が信じているものということですが)は、明らかに自然科学から生まれています。
数学の手法が、自然科学の「理論的」な部分に行きわたり、それを支配しているのです。
現代の経験科学においては、数学的手法あるいは物理学における疑似数学的手法に到達できるかどうかが、成功するかどうかを決定づける分かれ目になってきました。
実際のところ、自然科学全般において、連続的な疑似形態形成の切れ目のない連鎖が、すべて数学へと向かっていて、それらこそが科学的進歩の理念であると信じられていることが、より一層明らかになってきました。
生物学はますます化学と物理学だらけになりつつあり、化学は実験物理と理論物理になっており、物理学はきわめて数学的形態を示す理論物理学になってきました。


実に独特な両面性が、数学の本質にある。
まずこの両面性を理解してそれを受け入れ、続いて、それと同化し、対象について考える枠組みに取り込まなければならない。
この両面性こそが数学の顔である。
ものごとを単純化したりユニタリアン(キリスト教で三位一体説を否定し、神は唯一であると説く一派)にみると、本質的なものを見落としてしまうことになる。


そこで、私は、ユニタリアンな見方はお示ししないようにする。
私は、私の能力の及ぶかぎりにおいて、多面的な現象として数学を描いてみようと思う。

 

数学における最良のひらめきのうちのいくつかは、ここで数学というのは我々が想像できる純粋数学の分野でということですが、自然科学で生まれたということは否定することができない。
もっとも記念碑的な事実を2つ挙げることにする。


最初の例は、当然のことながら、幾何学である。
幾何学は古代数学の主要部分であった。
それらの分岐・派生は今日でも現代数学の主要な分野として残っている。
疑いの余地なく、古代のその起源は経験的なものであり、職務規律(discipline, 測量技師の「職務訓練」?)として始まったところは、今日の物理学と違わない。
ほかにもいろいろと証拠はあるが、「ジオ(大地)・メトリ(測定法)」という名前そのものがそのことを示している。
ユークリッドの仮定的な取り扱いは、経験主義からは大きく乖離していることを示すが、それが決定的で最終的で絶対的な分離を生みだしたのだという立場を擁護できるほど、話は単純ではない。
この点において、ユークリッドの公理主義化というものが、現代の絶対的な公理主義の厳格さの要求に適合していない部分があるということは、それほど重要ではない。
より本質的であるのは、まごうかたなく経験主義的である工学や熱力学などの学問も、通常は多かれ少なかれ仮説的な扱いによって提示されているので、何人かの著者の示し方をみると、ユークリッドの手続きと見分けがつかない。
我らの時代の理論物理学の古典であるニュートンの『プリンキピア』は、文章表現においても、いくつかのもっとも重要な部分の本質も、ユークリッドに似ている。
もちろん、これら全ての事例において、仮説的な提示の背後には、仮説を支える物理学的直観と定理を支えている実験的検証がある。
しかしながら、ユークリッドを同じように解釈することも可能であるといえる。
特に、古代においては、幾何学が今日もっている2000年の安定性と権威を獲得する前であった。
権威という点は、現代の理論物理学体系に、明らかに欠けているものである。


さらにいうと、ユークリッド以来、幾何学の非経験化は徐々に進んできたのだが、それは現代においてもちゃんと完成してはいない。
非ユークリッド幾何学の議論が、このことをわかりやすく示している。
それはまた数学的思考の両面性をも示している。
その議論のほとんどは非常に抽象的な次元で行われていたが、それはユークリッドの「第五仮説」は他の仮説の結果であるのかそうでないのかという純粋に論理的な問題を論じていた。
そして、公式な論争は、F. Kleinの純粋に数学的な事例によって解決がついた。
それは、いくつかの基本的概念を正式に再定義すれば、ユークリッド空間の一部が非ユークリッド化されることを示した。
しかしながら、そこには経験的な刺激が最初から最後まであった。
ユークリッドのすべての仮説のなかで、どうして第五仮説だけが問題にされたかの最大の理由は、そこに介在し、そこだけにしか介在しない無限空間の全体という概念の非経験的な性格によることは明らかだ。
数学的・論理的解析にかかわらず、ユークリッドに賛成か反対かの決定は、少なくともひとつの主要感覚器官において、経験的でなければならないという考えが、偉大な数学者であるガウスの心の中にあったことは間違いない。
そして、ボーヤイの後、ロバチェフスキ、リーマン、そしてクラインが、もっと抽象的な、今日我々が本源的矛盾の形式的解消と呼ぶところの経験則、あるいはむしろ物理学が、それにもかかわらず最後にものをいうということを理解した。
一般相対性理論の発見によって、我々の幾何学の関係性についての見方は、まったく新しい枠組み、そして純粋に数学的な力点のはなはだしく新しい分布へと、見直すことを要求した。
ついに、絵の明暗差を仕上げる最終段階に到達したというわけだ。
この最終的な発展も、同じ時代に起きたが、ユークリッドの公理的手法を完全に非経験化し抽象化した、現代の公理論理数学者たちの手で行われた。
そして、これら2つの見るからに対立する態度は、ある個人の数学的な精神の内部において完全に共存可能なのである。
こうして、ヒルベルトは、公理的幾何学と一般相対性理論との両方に重要な貢献を行なった。

 

第二の例は計算法である。
というよりもむしろ、計算から派生したすべての解析というべきだろう。
計算法は、現代数学が最初に成し遂げたことであるが、その重要性を過大に評価しないわけにはいかない。
計算法ほど明瞭に現代数学の誕生を画定するものはほかにない。
数学的解析のシステムは、計算法の論理的な発展形態であるが、厳格な思考における最大の技術的発展である。


計算法の起源も明らかに経験主義的である。
ケプラーの最初の統合の試みは、「長円測定法(dolichometry)」として形づくられ、樽の測定のように、表面が局面である物体の体積測定法であった。
これは幾何学であるが、ポスト・ユークリッド幾何学であり、その当時は非公理主義的で経験主義的な幾何学だった。
そのことをケプラーはもちろん完全に理解していた。
ニュートンとライプニッツの主たる努力と主な発見は、明らかに物理的起源をもつ。
ニュートンは「流出の(of fluxions)」計算法を生みだしたが、それは本質的には力学のためであった。
実際、計算法と力学というこの二つの学問分野を、彼はほぼ一緒につくりあげたのだった。
計算法の最初の定式化は、数学的な厳格さすらもっていない。
なんと、ニュートン以来の150年間、不正確で、なかば物理的な定式しか存在していなかったのだ。
そして、この期間に、解析学においてもっとも重要な進展のいくつかが、不正確で、数学的に不十分な背景のなかで、生まれている。
この時期の指導的な数学精神のいくつかは、オイラーのようにあきらかに厳格ではない。
しかし、本流においては、ガウスやジャコビがいた。
この発展は、ひどく混乱していて、なおかつ意味が不明瞭であった。
それと経験主義との関係性は、抽象化と厳格性に関する我々の今日の(あるいはユークリッドの)考えに即したものではまったくない。
しかし、数学をこれまでのなかで第一級にした期間の業績から、これを除去しようという数学者が一人もいないのだ。
そして、コーシーによって厳格さの支配が再び確立された後で、リーマンによって疑似物理的な手法へとじつに奇妙な逆戻りをしてしまったのだ。
リーマンの科学的な人格そのものが、数学のもつ2つの性質をみごとに照らし出す。
リーマンとワイエルシュトラスの論争がいい例だ。
だが、この問題の技術的な詳細に深入りするのは、ここではやめておこう。
ワイエルシュトラス以来、解析学は、完全に抽象的で、厳格で、非経験的なものになったようにみえる。
しかし、これとて無条件に真であるというわけではない。
この60年間行われてきた数学と論理学の「基盤」についての論争は、この譜面(score)についてのたくさんの幻想を吹き飛ばした。

 

こうして第三の例を紹介することになるが、それは診断と関係がある。
この例は、しかしながら、これは数学と自然科学の関係というよりは、数学と哲学や認識論との関係性について取り扱っている。
それはじつに衝撃的なやり方で、「絶対的な」数学的厳格性の概念は、不変ではないということを示しているのだ。
厳格性の概念がさまざまであることが示しているのは、数学的な抽象化ではない別の何かが、数学の構築に作用しているということである。
「基盤」についての議論を分析していて、私自身もまだ確信をもつにはいたっていないのであるが、この外部要因は経験主義的な性質をもつと結論づけられるようなのである。
そのような解釈を支持する事例はきわめて強く、すくなくとも議論のいくつかの局面においては。
だが、私は、それが絶対的にもっともらしいというふうには考えない。
2つのことが、しかしながら、明らかである。
第一に、何か非数学的なものが、なんらかのやり方で経験科学または哲学、あるいはその両方と結びついていて、どうしても入ってくるのだ。
そしてその非経験主義的な性格は、哲学(あるいはより具体的にいうと認識論)は、経験から独立して存在できるということを前提にしないことには、成り立たない。
(そして、この前提は、必要条件でしかなく、それ自体は十分条件ではないのだ。
) 第二に、数学が経験主義的な起源をもつということは、さきほど示した2つの例(幾何学と計算法)のような事例によっても強く支持されているが、「基盤」についての議論をどのように解釈したとしてもそうなるのである。


数学的な厳格性の概念の変わりやすさの分析を行なうにあたって、私は主な力点を先に言及した「基盤」の議論におきたいと思う。
私は、しかしながら、まずものごとの第二の局面について簡単に考えてみたい。
この局面も私の議論を補強するものであるが、私はそれを二次的であると考える。
なぜならば、それは「基盤」議論の分析ほどには決定的ではないだろうと思うからだ。
私が言おうとしているのは、数学的な「様式」の変化のことである。
数学的な証明がどのように表現されるかの様式が、かなり変動したことはよく知られていることである。
この変動について論じるほうが、変化の傾向について論じるよりも有用である。
なぜならば、現代の著者と18世紀か19世紀のある著者の間にみられる違いのほうが、現代の著者とユークリッドの間の違いよりも大きいからである。
一方で、他の点においては、かなりの一貫性がある。
違いがある部分では、表現の仕方の違いであり、何か新しい考えをもってこないと解消できないというものではない。
しかしながら、多くの事例において、これらの違いは非常に大きいので、こんなにも発散したやり方で「これらの事例を表現した」著者たちは、様式、嗜好性、教育だけの違いとして分離されてよいものだろうか、彼らは数学的厳格性を構成するものは何かということについて、本当に同じ考えを抱いていたのであろうか、と疑いはじめるようになる。
最終的に、もっとも極端な事例においては(たとえば上で触れた18世紀後半の解析作業の多くが該当する)、違いは本質的であり、もしその違いを解消しようとすれば、まったく新しく深淵な理論の助けがなければ不可能であり、その理論を開発するためには100年くらいかかるというものだった。
そのような非厳格的なやり方で仕事をした何人かの数学者たち(あるいは、彼らを批判している彼らの現代版の数学者)は、彼らが厳格性を欠いていることを重々承知している。
もっと客観的にいうならば、数学的な手順がどのようにあるべきかということに関する彼ら自身の願いは、彼ら自身の行動よりも、現代の我々の考えと一致している。
だが、その時代の偉大なる巨匠、たとえばオイラーは、完全なる善意にもとづいて行動しており、彼ら自身の基準に十分に満足していたようである。


しかしながら、この問題については、もうこれ以上立ち入らないことにしたい。
それに代わって、完全に明晰な事例である、「数学の基盤」についての議論に移りたい。
19世紀後半から20世紀初頭にかけて、抽象数学の新しい部門、カントールの集合論が、むずかしい問題に直面した。
それは、ある論法を用いると矛盾に陥るということだった。
そして、これらの論法は、中心的なものではなく、集合論の中でも「便利な」ものでもなく、さらに、ある定式的な基準によってそれらを見分けることがいつでも容易であるにもかかわらず、なぜそれが他の集合論の「成功した」部分よりも、集合論的ではないと判断されるのかの理由が明らかにならなかった。
それらは実際に大破局をもたらしたという事後の直観を別にすれば、そもそもの動機に問題があるのか、あるいは状況についての認識の統合法に問題があったのか、どうしてそれだけが他の保護されるべき集合理論から除外されてしまうのかが、明らかにならなかった。
本件の真価(merita ラテン語meritus の主格女性単数形)についてより詳細な調査が行われた。
主に関わったのはラッセルとワイルであり、結論を出したのはブラウワーであったが、集合論だけに限らず、ほとんどの現代数学において、「一般的な有効性」や「存在」という概念の使われ方が、哲学的にみていかがわしいということが示された。
これらの望ましくない特徴から免れる数学システムとして「直観主義」*がブラウワーによって生み出された。
(*訳注:直観主義 intuitionism とは、五官に入ってくる刺激それ自体は正しく、そこに論理の判断基準をおく経験主義的な考え方であると考えられる。
言葉以前の数学を目指しているところは禅に近いともいえるだろうか。
) このシステムにおいて、集合理論のむずかしさや矛盾は生まれなかった。
しかしながら、現代数学のざっとみて50%の、もっとも主要な部分、それまで問題にされることがなかった部分が、特に解析の分野で、この「追放」によって影響を受けることになった。
つまり、それらは有効性を失うか、あるいは、非常に複雑な従属的考察によって修正を加えられなければならなくなったのだ。
そして、後者の処理を行なうと、通常は目にみえて一般的な有効性と優美な演繹的結論が失われた。


これらの事件の重要性は、もっと深刻に受け止めなければいけない。
20世紀の第三番目の10年期(1920年代)に、2人の数学者が、どちらも第一級であり、数学とは何か、何のためにあるのか、何を扱うのかということを、誰よりも深くかつ完全に知り尽くしている数学者が、証明を正確に行なうための数学的厳格性の概念は、変わらなければならないと提言したのである。
この後に起きた発展も同様に記憶にとどめておくべきことである。


1.    きわめて少数の数学者だけが、喜んで、この新しくて過酷な標準を日常的に使用することを受け入れた。
しかし、大多数は、ワイルとブラウワーは明らかに正しいであろうと認めながら、彼ら自身は、自分たちの数学は古くて「安易な」流儀でやるという逸脱を続けた。
おそらく、いつか将来、誰かが、直観主義的な批判に対する答を見つけてくれて、事後的に自分たちの仕事を正当化してくれることを期待していたのかもしれない。


2.    ヒルベルトは、以下のようなうまい考えによって、「古典的」(たとえば直観主義以前の)数学を正当化することを考えた。
たとえ直観主義システムにおいても、古典的な数学がどのように作用するのかについて、厳しい基準を与えることはできる。
もちろん、その作用を正当化することはできないが。
もしかすれば、古典的手続きが、直観主義的に表現すると、けっして矛盾や相互対立に陥らないことを示すことができるかもしれない。
それを証明することが非常にむずかしいということは明らかであるが、どのようなやり方をとればよいのかということについては、ある程度の見通しがある。
もしこのやり方がうまくはたらけば、古典的数学を、それに対抗する直観主義システム自体によって、もっとも明瞭に正当化できることになる!。
少なくとも、このように解釈することは、多くの数学者が喜んで受け入れている数学の哲学システムにおいて、合法的なやり方となるであろう。


3.    この試みを実行しはじめて10年ほど経過したとき、ゲーデルがもっとも注目に値する結論を導いた。
この結論を、きちんと正確に表現するためには、いくつか条件や警告を示す必要があり、ここでお話しするには技術的になりすぎるのでやめておく。
重要なことの本質は、しかしながら、以下のようなことである。
もし数学のシステムが矛盾を導かないのであるとすれば、この事実をそのシステム内の手続きによって証明することはできない。
ゲーデルの証明は、数学的厳格性のもっとも厳密な基準、直観主義的な基準を満足させた。
これがヒルベルトの計画に及ぼした影響は、なんというか、賛否両論の物議をかもしたのだった。
その理由は、あまりに技術的になるので、ここでは明らかにしない。
私の個人的な意見は、多くの人々に共有されているものだが、ゲーデルはヒルベルトの計画が本質的に不可能であるということを示したということである。


4.    ヒルベルトやブラウワーやワイルのやり方によって古典的な数学を正当化しようとする大きな希望がなくなったにもかかわらず、多くの数学者はあいも構わずそのシステムを使い続けることにした。
結局のところ、古典数学は、上品で便利な成果を上げ続けている。
たとえその信頼性を絶対的に確かであると思うことが金輪際できないとしても、それはたとえば電子の存在と同じくらい確かな基盤の上に存在している。
それゆえに、もし誰かが科学を受け入れようと思うのであれば、その人は古典的数学システムも同様に受け入れるかもしれない。
そのような考え方は、直観主義システムのそもそもの提唱者たちのなかですら一部で受け入れられたのであった。
現在でも、「基盤」に関する議論は、もちろん結論をみていない。
しかしながら、ごく少数の数学者を除いて、数学者が古典的システムを放棄する見込みはほとんどない。

 

この論争に関するいきさつをかなりこまごまと説明したのは、不動の数学的厳格性をあまりに当然だとして受け取ることに対する、それが最良の注意だからである。
これは私の生きている間に起きたことである。
このエピソードの期間に、私自身、いかに恥ずかしいくらい簡単に絶対的な数学的真実というものについての私の考えが変化したかということを知っている。
そしてそれはなんと三回も続けさまに変化したのだ!。
(訳注:ブラウワーたち直観主義の登場、ヒルベルトによる直観主義的な古典主義の証明の試み、ゲーデルによる不完全性定理の証明ということになるのだろう。
)

以上の3つの事例によって、私の言いたいことの半分を示すことができたと望みます。
つまり、最良の数学的なひらめき(発想)は経験から生まれたということであり、すべての人間の経験から切り離したところに、数学的厳格性という絶対的で不動の概念が存在するとはとうてい考えられないということです。
この点については、かなり俗っぽい言い方をします。
哲学的あるいは認識論的な好みがどのようなものであったとしても、数学者の業界において、数学的厳格性の概念がアプリオリに(無条件に、証明不要の前提として)存在するという考えを支持する人は誰もいません。
しかしながら、私の言いたいことには後半部分があります。
これから第二部に移ろうと思います。


(前半部終了)
id:ShinRai
ShinRai 2012/07/10 13:32:27  Add Star
(後半部)

どのような数学者であっても、数学は純粋に経験主義的な科学であり、すべての数学的な考えが経験的対象から生まれていると信じることは非常につらいものがあります。
まず第二部の主張について考えてみたいと思います。
現代数学のさまざまな重要な部分で、経験主義的な起源の跡をたどることはできません。
あるいは、仮に跡をたどることができたとしても、あまりにかけ離れているために、あきらかにその対象は経験的な起源から切り離されてしまったために完全に変形して元の姿をとどめていない。
代数の記号化は、家庭内での数学的利用のために生み出されたものであるが、それが強い経験主義的なつながりをもっていると断言してもよいだろう。
しかしながら、現代の「抽象」代数は、ますます経験主義的なつながりが少なくなるほうへと発展していっている。
位相幾何学(topology)についても同じことがいえる。
これらすべての分野で数学者の主観的な成功の基準、彼の努力が報われたかの判断基準は、きわめて自己満足型であるとともに審美的である。
そして、経験主義的なつながりを持たない(ほとんど持たない)。
(これについては後でもっと述べることにする。
) 集合論においてこのことはさらに明瞭となる。
無限集合の「指数」と「順序づけ」は、有限の数の概念の一般化かもしれないが、それが無限構造になると(とくに指数において)、この世界とほとんど何の関係ももたない。
技術的なことを厭わないなら、たくさんの集合論の事例を挙げることができる。
「選択の公理」、無限の「次数」の「比較可能性」、「連続体の問題」などなど。
同じことは、実関数理論や実点集合理論にもほとんどあてはまる。
2つの奇妙な例が、微分幾何学と群論によってもたらされた。
これらももちろん抽象的で、実用と無縁の学問であり、一貫してこの考え方にもとづいて発展してきた。
一方では10年が経過したときに、もう一方では100年が経過したときに、これらは物理学において非常に有用であることが明らかになった。
にもかかわらず、これらは依然として、今までどおりの、抽象的で実用性のない精神で研究されている。


これらすべての条件の事例ならびにその様々な組合せは、まだまだ紹介できるが、上で最初に述べた点に戻ることにしたい。
つまり、数学は経験的な科学であるのか、ということである。
あるいは、より正確な言葉を用いるならば、数学は実際に経験科学が実践されているのと同じように実践されているかということである。
あるいは、より一般化された表現を用いるならば、数学者とその研究対象との関係はどうあるべきかということになる。
数学者にとって成功の基準は何か、望ましいことの基準は何か。
どのようなものが影響して、どのような考えが、彼に努力を惜しませないで、彼の努力を方向づけるのか。


ここで、数学者の通常の仕事のやり方と自然科学の仕事のやり方がどのように違うのかということについてみておきたい。
これらかたや自然科学者ともう片方の数学者の違いは、それが理論的学問から実験的学問になるにつれて、そして実験的学問から記述的(観察内容の)学問になるにつれて、はっきりと拡大する。
ということであるから、数学とそれにもっとも近いカテゴリーである、理論的学問と比較することにしたい。
なかでも数学ともっとも近いところにいる自然科学を取り上げることにする。
皆さま、どうかあまり厳しい評価はしないでください。
私は数学的な矜持を制御できなくなって、足すわけではありません。
それはすべての理論的科学の中でもっとも高度に発達した、理論物理学です。
数学と理論物理学はかなりのものを共有しています。
前述したように、ユークリッドの幾何学のシステムは、古典的力学の公理的提示のプロトタイプでした。
また、同様の取り扱いが現象学的な熱力学と、電子力学のマックスウェルシステムと特殊相対性理論のある次元を支配している。
さらにいうと、理論物理学が現象を説明せず、単に分類し関係づけるという態度も、今日ほとんどの理論物理学者によって受け入れられている。
これはつまり、そのような理論にとって成功の基準は、単に、それが単純で優雅な分類および関係づけの構想によって、その構想なくしては複雑で非均質であるとみられた非常に多くの現象を説明できるかどうかということと、その構想が生まれたときには考慮されていなかった、あるいは知られてすらいなかった現象を説明できるかどうかにかかっているということである。
(この最後の2つの命題は、もちろん、理論の統一能力や予言力を表しているのであるが。
)さて、ここに示された基準は、あきらかに審美的な性質を非常に多くもっている。
この理由をもってして、これは数学的な成功の基準によく似ている。
それはほとんど全部が審美的である。
ここで今度は、数学を、それにもっとも近いところにある経験科学、私がすでに示したような理論物理学との共通点をたくさんもっている経験科学と比べてみることにする。
しかし、実際の手続き様式の違いは、大きくて、基本的なところにある。
理論物理学の目的は、主として、「外部」から、多くの場合は実験物理学からの必要性によってもたらされる。
それらはほとんどいつもむずかしいことを解決する必要性にもとづいている。
予言し、統一する業績は、通常、後からやってくる。
直喩表現を用いるならば、(予言や統一といった)発展は、なんらかの既存の難題(通常は既存のシステム内部の明確な矛盾)との戦いが先行して、それに追随する形で生まれる。
理論物理学の仕事の一部は、そのような障害を探すことにある。
それは「ブレークスルー(大発見)」の可能性を約束している。
すでにお話ししたように、これらのむずかしさは、通常は実験結果の中にある。
だが、時として、すでに受け入れられている理論そのものの中のさまざまな部分間の矛盾でもある。
それらの事例は、もちろん、たくさんある。


マイケルソンの特殊相対性へとむすびついた実験や、量子力学へとむすびついたある種のイオン化電離ポテンシャルやある種の分光構造の難題は、はじめの事例である。
特殊相対性とニュートン流の重力理論が一般相対性にむすびついたのは、第二の、めずらしい事例である。
いずれにしても、理論物理学において問題は客観的に与えられる。
そして、成功したかどうかの判断基準は、前述したように、主に審美的なものである。
だが、そもそもの「大発見」を超えているとみなす基準は、厳しい客観的事実なのである。
その結果、理論物理学のとりあげる主題は、ほとんどいつも非常に凝縮したテーマである。
ほとんどいつも、すべての理論物理学の努力は、せいぜいひとつかふたつの厳しく限定された領域の内部に凝縮している。
1920年代から1930年代初期の量子理論、および1930年代なかば以降の素粒子論と核構造論がその例である。


このような状況は、数学においては、まったく異なってくる。
数学は、非常にたくさんの分野に分かれていて、それぞれに性質、スタイル、目的、そして影響が異なっている。
理論物理学が非常に凝縮しているのと、まさしく正反対である。
立派な理論物理学者であれば、今日でも、彼の専門分野の半分以上の業務知識を持ち続けているだろう。
現存している数学者の場合は、四分の一ほどの関連知識も持ち合わせていないだろう。
「客観的に」与えられた「重要な」問題が生ずるとしても、数学の下位専門分化が相当に進んでしまった後であるので、にっちもさっちもいかない泥沼にはまってしまって難題になることができない。
しかし、そのような状態になっても、数学者は基本的にその問題と取り組むも自由、放置して何かほかのことに向かうのも自由なのだ。
理論物理学における「重要な」問題は、通常は論争や矛盾になるために、解決せざるを得ないのと対照的である。
数学者は、(訳注:may turnは以下のように解釈できる:数学者は何か難題にぶつかったとしても)転向する多様な分野をもっていて、かなりの自由裁量でそれらを自分の好きなように楽しむことができる。
これが決定的に重要なことなのであるが、数学者が研究分野を選択する基準は、そして成功の基準は、主として審美的なものである。
このように主張すると、反論を生むかもしれないし、また私の主張を「証明する」ことは不可能である。
仮にそれを徹底的に証明しようとするならば、たくさんの個別の技術的事例を分析しなければならない。
それには高度に技術的な議論が必要となるので、今ここでそれを論ずることはできない。
審美的な性質は、私が理論物理学について述べたことよりも顕著であるとだけ言えば十分であろう。
数学的な定理や理論は、一見すると異質なたくさんの特別の事例を、単純で上品なやり方で表現し、分類することだけを求めているのではない。
「審美的な」、構造的な見栄えの中に「優美さ」を期待しているのである。
問題を語ることは簡単である。
その問題をきちんと理解し、解決するためにあらゆる試みを行なうことは、非常にむずかしい。
すると突然、非常に驚くべきひらめきが生まれて(きっかけを手にして)、その試み、あるいはその試みの一部が、簡単なものになる、などなど。
また、もし演繹が長々となって、複雑になると、そこでいくつかの一般原則が関わってくる。
それは、複雑さや回り道を「説明する」ものであり、見たかぎりでは法則性のないものをいくつかの単純な指導的動機づけに還元するものだ。
これらの基準は、あきらかに、創造的な芸術のすべてに共通のものである。
その下層部には、経験主義的で、世俗的なモチーフ(主題)が背後にあって、それらはしばしば背後といっても非常に縁遠いのだが、審美主義的な展開によって覆い隠され、それをたくさんの迷宮のような変化形がおいかけている。
これらすべては、経験科学よりも、純粋で単純な芸術に似ている。


すでにお気づきのように、私は数学と実験科学や記述科学の比較には一切触れていない。
その比較を行なえば、手法の違いや一般的な雰囲気の違いが、もっとはっきりするだろう。


以上は、真実を比較的うまく近似的にまとめていると思う。
あまりに複雑すぎるから、近似的なまとめ以外に表現のしようがない。
その系図は時として長くてはっきりとした姿を現さないが、数学的な発想は、経験から生まれるのだ。
しかし、いったんそれらの発想が認識されると、対象はそれ自体の独自の生命活動を始めるようになり、芸術的造形と同じようなほとんど完全に審美主義的な動機づけにもとづくようになる。
それ以外に動機はなく、ましてや経験主義科学の影響を受けない。
しかしながら、私は、強調しておくべきことがあると思っている。
数学は経験的起源から遠く離れるにつれて、さらにそれが『現実』から生まれる発想に間接的にしか触発されない二世代、三世代後の世代になると、重大な危険にさらされる。
ますます純粋審美主義的になり、ますます純粋に『芸術のための芸術』に陥る。
これとて必ずしも悪いというわけではない。
もし研究分野が、関係性のある研究対象に取り囲まれていて、より近い経験主義的な結びつきをもっていれば。
あるいは、研究の規律が例外的にセンスのよい人間たちの影響下にあるならばよい。
そうでないと、研究分野は、まったく抵抗をしないまま、あまり重要でないバラバラの領域に分裂し、些事と煩雑さの統制を欠いた集積の学問に堕落する危険性がある。
言葉を変えるならば、経験的起源から遠く離れてしまうと、あるいは、『抽象的な』近親交配が長く続くと、数学的分野は堕落する危険性がある。
はじまったときには、様式は通常古典的である。
これがバロック様式(訳注:バロック様式の過剰な装飾)を示すようになったときが、危険信号の点灯である。
バロック様式と非常に高度なバロックへの独特な進化を、順を追って例示することは簡単である。
しかしこれもあまりに技術的になってしまう。


こうなったときの唯一の治療法は、若返りのために再び起源に戻ることだ。
 多かれ少なかれ、直接的で経験的な発想を再注入するのだ。
 これが学問の新鮮さと活性を保つ必要条件であり、未来においても同じだと私は信じる。