冒頭
それにしても、とジャックは思う。
静かだ。
頬をなでる風の強さは木々を揺らすに至らず、またそこには車の喧騒もない。
ショルダーバックの重みで肩が少し痛いがまだ我慢できる程度だ。…少なくとも彼はそう信じている。
彼は年を感じるのが嫌いだ。退化という言葉も、諦めという言葉も、老化なんてもってのほかだ。
常に前進すること、常に進化すること、常に若くあること。
これが彼の信念であり、ポリシーであり、座右の銘でもある。
(これは肩が痛いからじゃない、この田舎の村の空気をより多く肺に取り込むためなんだ)
ショルダーバックを下ろし、両腕を伸ばし背筋を伸ばす。
深呼吸。
首の付け根を軽く鳴らすとポケットからタバコを取り出した。
きっちり5分。
これが彼のタバコを吸い終える時間だ。
実際に同僚がストップウォッチで計ったので間違いない…はずである。
どんな銘柄、長さであってもジャスト5分経つと吸う気がなくなる、と彼は言うし、実際そう感じている。
あとどれくらいだろう。
これを吸い始めてから今で何秒だろう。
このタバコはいつ自分の口元から離れていくのだろう。
今回も5分で吸い終わるのだろうか、それを確かめる術は今、無い。
バックを開き、地図を取り出すと、自分の今いるであろう位置から『八開村交番』の位置を指でなぞる。
(道は・・・・あってるはずだ)
無意識のうちにで口元に手がいき、それをまだ舗装されていない土の地面へと投げ捨てた。
これが5分なのだ。
彼の5分は短くも長くもないタバコの長さ。
「ガイジンのおじさん」
「・・・」
いつのまにか、少女が立っていた。
「タバコを道端に捨てるのは、関心しないな」
「…こりゃ、失礼」
「うん……わかってる」
「ん?」
「……いとう…この人が………………そう」
「え? い、今なんて?」
「……別に」
少女は空中に顔を向け二言三言小さな声を発したが、思い直したようにジャックの顔を見つめる。
その眼に、強い光はなかった。しかし全く無いわけではない。どこか興味なさげに、しかし鋭く輝いている。
まだ幼いその顔つきからは想像もつかない眼光だった。
正直、彼は意味の分からない不安感に近い恐怖を覚えた。
それが少女の目によるものであるか
それがただの、知らない場所へ来た事への不安なのか
それが、これから起こる惨劇を予知したものであったのか
知る術は無かった。
固まったように動きを止めている二人と相反して、地面に投げ捨てられたタバコはまだ煙を発している。
タバコの5分間は、しばらく終わりそうにない。
最終更新:2008年03月17日 18:11