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ふたり暮らし~百合色の日々~_2」(2006/04/22 (土) 03:18:45) の最新版変更点

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*11話「翌朝見たら拾われて行った後だった」 「ね~ね~彩ちゃん」 「ん?」   ハマグリの身を貝殻から剥がしながら答える。 「……また、見つけちゃったの」 「何を?あむっ」   土鍋からあがる湯気の向こうで志穂が少しうつむく。 「あのね……猫ちゃん」 「ダメだからね、ミルクだけで手一杯なんだから」 「にう?」   ご飯を食べていたミルクがこちらに向かって歩いてきた。 「こらこら、呼んだんじゃないって」 「にぃ~」                     ■ 「ほら、これ見て」   パジャマに着替え終わった彩ちゃんに写メ見せてあげたの。 「あ、さっき言ってた捨て猫?」 「うん」   彩ちゃんが携帯見てる間に志穂もパジャマに着替えたの。色違いのお揃いの柄だよっ! 「それじゃ、歯磨いてくるね」 「あ、うん」   洗面所から帰ってきたら、彩ちゃんまだ写メ見てたの。 「彩ちゃ~ん、歯、磨かないの?」 「ん~」   ――1時間後 「あ~や~ちゃ~ん~、寝ようよぉ~」 「ん~」   腕掴んで揺すっても猫ちゃんの写メに釘付けなまんま。志穂怒るよ? 「にぅぅ……」   ほらミルクも眠いって……あ、そうだ。ミルクおいで~。   よし抱っこして……いけ、ミルク! 「うにっ」   ぷすっ 「ぎゃー!」 *12話「カップうどんもあったのに……」   小腹空いたなぁ~……   彩ちゃんはお出かけ中だし。   とりあえずうどんでも作ろっと。   冷凍うどんと、粉末だしの元……うん、これならいくらなんでも失敗しないよね。   ふんふ~ん♪   うどんを茹でて~、だしの元どば~♪   あ、そうだ。とろみ付けたらいい感じになりそうだね。志穂あったまいい!   片栗粉、片栗粉っと……確かきゅっきゅって感じの白い粉……あったあった。   何でトウモロコシの絵が描いてるんだろ……まぁいいや、気にしない。   どばっ。                     ■ 「――で、コーンスターチ全部入れちゃったのね」 「うん……」   買い物から帰ってきたら、志穂がまた得体の知れない物を作っていた。   鍋の中で薄茶色の物体が固まっていて、   そこからぴょこんぴょこんと白い物体が飛び出している。 「おうどんにね、とろみ付けようと思って……」 「はぁ……」   さすがに食べられないよね、このうどんモドキは。 「……志保がしとくね、片付け」 「いいよ、アタシも手伝う」 「彩ちゃん……やさしいね、チュッ」   いや、これ以上台所荒らされても困るから。 *13話「デートで一回使ったきりなのにぃっ!!」 「それじゃマユちゃん、お願いね」 「は~い、お二人ともゆっくりして来て下さいね」 「ごめんなさいね……ミルク、いい子にしてるのよ」   彩さんがケージの中を覗き込む。   それにしても毎度の事ながら綺麗だなぁ、彩さん。 「に~」   ミルクちゃんのか細い声を後にして、   二人がウチの玄関から出て行った。   何でも志穂さんが久々に有給取れたとかで、   一泊二日の温泉旅行に行ってくるそうな。 「よろしくね、ミルクちゃん」 「に~」   ケージと、志穂さんから預かった   ミルクちゃんお泊りセットの入ったバッグを抱えて   部屋へと戻った。                     ■ 「ミ~ルクちゃ~ん」 「に~……」   ケージのフタを開けて呼びかけるが、   隅っこでへばりついて出てこようとしない。 「ほらおいでおいで~」   お泊りセットに入っていたねこじゃらしを   顔の前で振ってみせるが、反応しない。 「参ったなぁ……ん?」   プルルル……がちゃっ。 「はい、木戸です……あ、大泉君?」   彼氏からの電話でした。休日の朝っぱらから何用なのやら。 「ん~ゴメン、今日はちょっと出かけられないや。 志穂さんから猫預かってて」   ちらっとケージの方を見る。相変わらず引きこもってるっぽい。 「真っ白な子猫ですごく可愛いの。 あ、来る?じゃ折角だしお昼ウチで食べなよ」   またまたちらっとケージを見る…… 「お?猫ちゃんケージから出てきた。 いやさぁ、ウチ来たの初めてだから怖がって出てこなくって……」   ん?丸めて置いといたストールの上乗っかっちゃった。 「ありゃ、さすが志穂さんとこの猫ちゃんだわ。 カシミアのストールの上に……」   そして、フルフルと震えて…… 「げっ!ちょ、ちょっと!ダメだって!」   受話器から顔を外してミルクちゃんの方へと悲鳴をあげる。   その声に反応してひょいとストールから飛びのく。 「……やられた。いや、ウンチはしてない。 ……うん、ホワイトデーに貰った……ごめん……」 「にぃ~」   悪びれもせず、私の方へと歩いてきて足にしがみついて来…… 「ぎゃーっ!」   爪刺さったー! *14話「志穂と彩」   お弁当、お弁当~ふんふふ~ん♪ 「もう……まだ乗って三十分も経ってないでしょ」 「だって志穂、お腹空いちゃったんだもん」   シート備え付けのテーブルを開いてビニールごそごそやってたら、   彩ちゃんがあきれたように言ったの。   名古屋まで新幹線で二時間、さらに特急に乗り換えて一時間。   今の内にお弁当食べておけば、向こう着く頃には   丁度いい腹具合になってるはず。志穂やっぱり頭いいね。 「はい彩ちゃん、あ~ん」 「まったく……」   シューマイあげるから機嫌直してね。   ……彩ちゃんの唇可愛いなぁ。 「うん……おいひいわね、このシューマイ」 「志穂のちゅーとどっちがおいしい?」 「……バカ」   うん、照れた所も可愛いよ。   それにしてもまだまだ窓の外ビルだらけだなぁ。 「ねぇ志穂ぉ」 「ん~?」 「ミルクちゃんといい子にしてるかなぁ、お泊りするの初めてだし……」 「きっと大丈夫だよ、マユちゃんしっかりしてるし」   あ、だいぶ緑が増えて来た。 「ほら彩ちゃん、見て見て」 「わぁ、綺麗なお花畑~」   彩ちゃんが通路側の席から私の方へと身を乗り出して来たの。   えい、むぎゅーっ! 「こ、こらっ、やめなさいこんな所でっ!」 「だって彩ちゃん可愛いんだもん」 「もぉ……」   抱きしめたついでに頭なでなでしてあげるね。   ん~、そろそろ静岡かな。 「ちょっとトイレ行ってくるね」 「うん、分かった」   彩ちゃんが席を立ったの。   それにしても緑がキレイだな~、年取ったらこういう所で暮らすのも…… 「あぁ!?ざけんなよ!」   ひぃっ!な、何? 「立場分かってんのかオイ、絶対に明日までに……」   電話……?やだ、そんな大声出さないで…… 「目処が付かねぇだぁっ!?」   ごめんなさいっ!お願いだから殴らないでっ!   助けてっ!   彩ちゃん助けてぇっ!!                     ■   トイレから出て車両へと戻ると、男の怒鳴り声が聞こえて来た。 ――まずい!   大急ぎで座席へと戻る。   途中でちらりと声の主を見る。   二十代ぐらいのチンピラ風の男が座席で携帯に向かってがなりたてている。 「志穂!」   思った通りだ。   座席で体を抱え込むようにしてうずくまりながら、ガタガタ震えている。 「大丈夫だよ、もう大丈夫だから」 「彩ちゃん、彩ちゃん、彩ちゃん……」   荒い呼吸でアタシの名を呼び続ける志穂をぎゅっと抱きしめる。   幸いにも電話が終わったらしく、男の声が途絶えた。 「誰も志穂の事傷つけたりしないから、大丈夫だから」   徐々に呼吸が落ち着いてきた。だが、震えが一向に治まらない。 「彩ちゃん」 「なぁに、志穂」 「ごめんね、ごめんね……」 「いいんだよ、志穂は何も悪く無いんだから」   しっかりと抱きしめたまま頭を撫でてやる。 「志穂、大好きだよ」 「ごめんね……ごめんね……」 「アタシが付いてるから、大丈夫だから」   だんだんと震えも治まってきた。 「落ち着いた?」 「うん……ありがとうね、彩ちゃん」 「名古屋着いたら少し休もっか」 「うん、ごめんね」 *15話「出来るものなら分けて欲しい」   彩ちゃんの腕にしっかりしがみ付きながら、   休めそうな所を探して駅構内を歩き回ったの。 「やっぱり改札から出ないと駄目っぽいね」 「う~ん、土産物屋しか無いなぁ……」   ん?何かおいしそうな匂い…… 「どうしたの?」   彩ちゃんを引っ張って匂いのする方向に向かったの。 「あら、食堂街」 「よし大当たり!」   壁に張り付いている案内板を見上げる。   全部で六店舗入ってるんだね。 「どこにしよっか」 「ん~……」   洋食、うどん、イタリアン、カレー専門店……   あ、そうだ。名古屋と言えば…… 「ここにしよ!」                     ■   確か二時間ぐらい前にお弁当食べたのよねぇ、この子……   しかも、発作まで起こしたって言うのに…… 「ねぇ、志穂……」 「ん~?ずるずる」 「よく食べられるわね……」   味噌煮込みうどん大盛り。   ウチのどんぶりの倍は入ってるだろうし、この土鍋。 「うん、別腹別腹」 「初めて聞いたわ、うどん別腹って」   ホント、このちっこい体のどこに収まってんのか不思議でならないわ。   あ~見てるだけでお腹ふくれてきた。 「ふぅ~、美味しかった」   キレイにおつゆまで全部飲んじゃって…… 「満足した?」 「うんっ!」   まぁでも元気になってくれてよかったわ。 「あ、すいませ~ん、みつ豆一つ追加で~」 「……太るよ?」 「大丈夫大丈夫!」   そう言いながら手で胸をぽよんぽよんとさせてみせる。 「養分全部ここに詰まってるから」   そういう問題じゃ無いだろ。 「……彩ちゃんにも分けたげよっか?」   名古屋に来てまでそれかぁぁぁぁっっ!!!   ってか哀れそうな視線で見るなぁぁぁぁあっっ!!!   ……ぐすん。 *16話「のぞき大観音」 「それではこちらの方に記帳を」 「はい」   旅館の係員に促され、宿泊手続きを取る志穂の後ろ姿を   ぼんやりと眺める。   ふわふわした絨毯、細かい飾り細工が施されたきらびやかな天井。   志穂が言うには、何でも大正から続く老舗旅館で   地酒やら源泉を利用した化粧品やらにも力を入れているんだとか。 「彩ちゃ~ん」 「ほいほい」   呼ばれ、ひょこひょことカウンターの方へと歩いていく。 「はい、記帳お願いね」   ボールペンを受け取り、カウンターの上に広げられた帳面へと視線を移す。   んっと、住所は同上でいっか。   名前……ん?   !!   ポーカーフェイスのまま、『神戸彩』と名前を書き入れる。 「書けた?」   志穂が横から覗き込んできた。   ちらりとその笑顔を一瞥し、さっと視線をそらす。 「……バカ」 「んふふ~」   『神戸彩』と書かれているすぐ隣に、アタシとは比べ物にならないような   きれいな字で『神戸志穂』と。   あ~もう何書いてんのよこの子はもぅっ!   そう書くならそう書くと言いなさいよまったくっ!   ……もぅ~、バカバカっ!                     ■ 「到着ぅ~」   係員に案内され、五階の客室へと通された。   さらっとしたさわり心地の、金糸銀糸で飾られたふかふか座椅子が   まさに高級旅館といった風情をかもし出している。 「ほら彩ちゃん、見て見てっ」   志穂が奥の障子を開け、その向こう側から顔をのぞかせながらはしゃぐ。 「へぇ、これが言ってた露天風呂?」   畳が敷かれた客室の奥の板張り部分より、障子で隔たれたさらに奥。   石作りの床の上にすのこが引かれ、脇に焼き物で作られた風呂が備え付けられていた。   ざらっとした風呂の縁をコンコンと叩く。 「一緒に入ってもゆっくり出来そうだねっ、こんだけ大きいと」 「うん。ウチのバスタブだと志穂、アタシの足の上に座らないと一緒に入れないもんね」   まぁそれはそれでぴったりくっつけて嬉し……いやいや何でもない。   竹で作られたついたての向こう側を見上げる。   青々とした山がいくつも連なる様がはっきり見て取れる。   心なしか、空気も透き通って見える。 「ここからも見えるね~」   志穂の声に振り向き、今まで見ていたのとは真逆の方角を見る。   金ぴかの仏像の上半身が衝立の向こう側ににょっきりと生えていた。 「大っきい観音様だね」   あの観音像の足元に、今回ここに来た理由がある。   志穂の隣に立ち、そっと手をつなぐ。 「……大丈夫だよ、彩ちゃん。もう、十年以上前の事だし」   いつもと変わらない笑顔で答えた。   脳裏に数時間前の、震えながら謝り続けていた姿が浮かぶ。 「無理しなくてもいいんだよ、志穂」 「うん……大丈夫だから。ありがとう、彩ちゃん」 *17話「二人の誓い」   荷物を宿に置き、徒歩で観音様の方へと向かう。   志穂は温泉行くついでに折角だからと言っていたが……   手をつないだまま、志穂にぴったりと寄り添う。 「ん~?」   微笑みながらアタシを見上げる志穂に微笑みを返し、正面へと向き直る。   観音様が段々と近づいてきた。   水子供養で有名だと言うお寺の御本尊である、大観音像が。   ふとあの日の事を思い出した。   志穂に過去を打ち明けられた、あの日の事を。                     ■   あれは志穂と付き合うようになって二年目の事だった。   よく晴れた秋空の下、アタシが作った弁当を持って公園でデートをしていた。 「ほんと彩ちゃんて料理上手だね」 「いやいや~、それほどでも」 「……お嫁さんに欲しいな~」 「ぶっ!!」   たわいの無い会話を交わしながら、備え付けのテーブルで弁当を食べていると   コロコロと足元にボールが転がってきた。   志穂がそれを拾い上げ、こちらへと走ってきた   三、四歳ぐらいの女の子へと渡してあげる。 「ありがとぉ~」 「どういたしまして、ばいば~い」 「ばいばい、おばちゃん」   目を細め、走り去っていく女の子の背中を眺めている。 「おばちゃん、ねぇ……」 「しょうが無いよ。あの子の母親と、そう歳も変わらないだろうし。私達」 「志穂っていいお母さんになれそ……」 「無理だから」   今までに聞いたことも無いような冷たい口調ではき捨てるように言った。   気まずい雰囲気が広がる。   場を取り繕えそうな言葉を必死に探す。   だが戸惑うアタシをよそに、小さくため息をついて   志穂がいつもの柔らかな口調で話し始めた。 「……もう、子供産めないから」 「えっ」 「大学行ってた時付き合ってた彼が全然避妊してくれなくて、三回妊娠したんだ」   普段と変わらない口調で、淡々と、うつむきながら続ける。 「一回目と二回目は堕ろせって言われて、中絶手術を受けたの。 三回目はこっそり隠れて産もうとしたんだけど……」   ポットから紙コップへとお茶をそそぎ、一口飲み込む。   両手で紙コップを持ち、ため息をついてアタシへと寂しげな笑顔を投げかける。 「四ヶ月目だったかな。彼に見つかって、お腹蹴飛ばされて……流産しちゃった」   言葉が出なかった。   志穂のほほえみが涙でにじんだ。 「もう彩ちゃんたら、泣く事無いのに」   いつもと変わらない笑顔のまま、ハンカチでアタシの涙を拭こうとする。 「なんで、なんで、アンタが、ぞんな目にっ」 「ほらいい子だから泣かないの、志穂は大丈夫だから」   高校時代にこの子をいじめていた事を思い出してしまった。   罪悪感で胸が締め付けられそうだった。   そして誓った。   これから先、ずっとこの子の支えになって行こうと。                     ■   三体の水子観音様に合掌し、目を閉じる。   ちゃんと産んであげられなくて、ごめんね。   守ってあげられなくて、ごめんね。   心の中で、何度も何度も謝り続ける。   最後の妊娠から十一年と八ヶ月、やっとあの子達を弔ってあげる事が出来た。   もう子供を産む事の出来ない、女とは言えないような私。   我が子を三度も見殺しにした、人間失格としか言えない私。 「彩ちゃん、お待たせ」   そんな私を何も言わず抱きしめてくれる、最愛の人。   ぺたんこの胸に顔を埋め、私も抱きつく。 「辛かったら泣いてもいいんだからね、アタシは一生アンタの味方なんだから」   脅迫まがいの事をして無理やり付き合わせたと言うのに。   あれから七年、ずっと私の事を支えてきてくれた。   気が付いたら、十年ぶりに目から涙が溢れ出していた。   もう枯れ果てていたと思っていたのに。 「ありがとう、彩ちゃん。ありがとう……」   彩ちゃんが一緒に暮らそうと言ってくれたあの日、私は誓った。   私の生涯を賭けて、彩ちゃんを守っていこうと。   ううん、たとえ彩ちゃんを残し、先立つ事になったとしても、ずっと、ずっと…… *18話「飲ますな危険」 「あ゙~極楽極楽」 「彩ちゃん、おっさん入ってるからそれ」   部屋備え付けの露天風呂に彩ちゃんと一緒に入ってるの。   ウチの風呂と違って、二人で入っても足が伸ばせるぐらい大きいんだ。 「それにしても夕焼け綺麗だね~」 「ホント、やっぱり都会と違って空気が澄んでるわ」   焼き物で作られた浴槽の縁に寄りかかって空を眺めてたの。   薄暗い山の向こうに、オレンジから濃紺色へと移り変わっていくグラデーション。   ちぎれちぎれに浮かぶ雲の合い間に輝く光の粒。   ……今度、真珠の粉を混ぜ込んだマニキュアでも作ってみようかな。 「はぁ……」   背後からかすかに聞こえた小さなため息に、ちらりと後ろを伺う。   後ろを振り返る……放置モードになってた彩ちゃんが寂しそうにしてた。   しょうがないからいつもみたいに伸ばしている足の上にまたがって座ったの。 「もぅ、こんな広いんだからわざわざアタシの足の上に乗っからなくてもいいでしょ」   そんな事を言いながらも、表情はうれしいって言ってる。体は正直だね。 「だってこれが一番落ち着くんだもん」 「はいはい」   背後の縁によりかかりながらまたため息。 「彩ちゃぁん」 「ん~?」 「すっぴんだと、ホント地味だね」   彩の心の中”うわぁぁぁんっ!!” 「……これでも、可愛いとか言ってくれる人だっていたんだから」 「高校の時付き合ってた彼?」 「うん」 「男の人のそういう台詞ってあてにならないからなぁ、下心あったりするし」   彩の心の中”うわぁぁぁぁぁんっ!!……否定出来ないけどさ” 「……まぁ、いい加減な奴だったけどね」 「でも志穂も可愛いと思うよ、彩ちゃんの事」 「もぅ……」   顔を横に向けてなんかゴニョゴニョ言ってる。 「ん~、聞こえ無いよ?」 「アンタの方が可愛いって……ちょ、そんな見つめないの」   ゆでダコみたいに真っ赤になって、口元半笑いになりながら困った顔になって……   あ~もう彩ちゃん可愛い~!大好き~!むぎゅ~っ!! 「こ、こらっ!」 「やっぱり彩ちゃんのが可愛いよ~」 「もぅっ!」   ぴたっと張り付いたおっぱいから、いつもより大きな鼓動が伝わってくる。   ホント、こんな可愛い人と一緒になれて志穂、最高に幸せっ!                     ■ 「わかさぎの天ぷらなんてすっごい久しぶりだね」 「うん……あ、この鯛の下に敷いてるの桜の葉かな?」 「ホントだ、湯気に混じって桜の匂いがする~」   お風呂から上がって浴衣に着替えて、部屋に運ばれてきた会席料理を堪能してるの。   伊勢の魚介類を中心にしたお刺身や桜の花びらを散らしたお吸い物、   炊き合わせのお麩も桜の花びらの形をしてて、ピンク色で可愛らしいんだよ。 「この茶巾、中アナゴだぁ。あむっ……うん、玉子とすごいマッチしてる……」 「じほ……ごくっ。まだしゃぶしゃぶも来るんだからね」 「うん、彩ちゃんも飲みすぎないようにね」                     ■ 「志穂ぉ~」 「ん~」   蛤茶漬けを食べている私によりかかりながら、彩ちゃんがぐでーんてなってるの。もぅ。 「だ~~~~いすきっ」 「はいはい、志穂も大好きだよ……ずずっ」   抱きつきながらほっぺにチュッチュッ。   ……せめてお茶漬け食べ終わるまで待っててくれないかなぁ。   はぁ~あ、両極端なんだよねぇホントにもぅ……   こういう彩ちゃんも可愛くて大好きなんだけども。 「あ~っ!」 「どうしたのよ彩ちゃん」 「ミルミルどうしてるかなぁ、ちゃんとご飯食べてるかなぁ」   う~ん、マユちゃんなら多分大丈夫だと思うけど……   ちょっと電話してみよっと。ピッピッピ。 「もしもしマユちゃん、ゴメンね、ご飯食べてた?」 『いえいえだいひょうぶでふ……あ、ありがと……ゴクン』 「あ、もしかして彼と一緒だった?」 『あ~気にしないで下さい、丁度洗い物してもらう所だったし』 「ホントゴメンね。ところでミルク、いい子にしてる?」 『……ええ、いい子にしてますよ。ほらミルクちゃん、お母さんから電話だよ~』 『にぅっ!』 「ミルク~、志穂だよ~。いい子にしてたぁ?」 『に~っ!』 「何?ミルミル?アタシも話す~っ!」   もぅしょうがないなぁ、はいどうぞ。 「ミルミルぅ~、お母さんですよ~。ちゃんとご飯食べた~? よしよしミルミルもご馳走だったんだね~」   いや、いつものネコ缶だし…… 「ミルミル寂しくない~?……あ、マユちゃん?うん、彩さんですよぉ~」   ……志穂ちょっぴり反省。やっぱり飲ませなかった方がよかったかも。 「そうなのぉ、さっきも一緒にお風呂に入って……え、マユちゃんも?」   一体どういう会話してんのよ、もぅっ。 「あ~彼って男?あ、そうなの……やめときなさいってぇ! 男なんてさぁ、ちょっと乳デカい子いたらす~ぐそっちの方に」   げ、やばっ! 「だ~か~らぁっ、さっさとわか……」 「もしもしマユちゃんっ!?ゴメンね、彩ちゃん酔っ払っちゃってて」   マッハで携帯奪い返したわ。彩がなんかウ~ウ~言ってるけど気にしない。 『はは……まぁ、その、気にしてませんから』 「ゴメンね……こら、ダメっ!あ、ゴメンね、彩ちゃんが携帯取ろ……もぅ!志穂、本気で怒るよっ!」 『え~と、他に何も無いようでしたら切りましょうか?』 「うん、ホントゴメンね」 『いえいえ、あまり彩さんしからないで下さいね。それじゃ、また明日』   ピッ。 「あう~、切れちゃったの?もっとお話したかったのにぃ……」 「……志穂が切れよっか?」 *19話「エビ好き彩ちゃん(特にフライ)」 「彩ちゃん、あ~や~ちゃんっ」   何やら体をゆすられている。   目を、開く……蛍光灯の光がストレートに飛び込んできた。   眩しさに思わずまぶたを狭めたが、見慣れたシルエットがそれをさえぎった。 「こんな所で寝てたら風邪ひいちゃうよっ」 「あ、志穂……」   ぼやけ、芯がどんよりと痛む頭をどうにか回転させ状況を確認する。   どうも寝てたらしい。   その前は……しゃぶしゃぶ、ポン酢で食べて……志穂が電話して…… 「……ごめん」   思い出した。また、やっちゃったんだ…… 「明日帰ったら、ちゃんとマユちゃんに謝ろうね」   志穂の柔らかく、少しひんやりした手が頬を撫でてくれる。   火照った体温と一緒に、頭の痛みも取り去らわれていく。 「うん。ごめんね」 「マユちゃんにあんな事言っちゃったのはよくないけど…… 彩ちゃんも、男の人には嫌な思いさせられちゃったからね。気持ちは分かるよ」   そう、バレンタインデーのあの日、アタシの目の前で、他の娘と腕を組んで歩いていたアイツ。   初めてを捧げ、体を許した、志穂以外の唯一の存在。   高2の時の事だと言うのに、今でもあの野郎の事を思い出すと腹が立ってくる。 「志穂……」   両手を左頬を撫でる手に添える。   思えば、あの浮気もこの子をいじめた原因の一つだっけな。   ただ、彼を奪った娘と同じように胸が大きいってだけで、教室で全裸同然にして…… 「……ごめんね」   どこまで迷惑かければ気が済むんだろう……   ちゅっ。   軽く唇が触れ、すぐ目の前から志穂が柔らかな視線で見つめてきた。 「いいから、何度も謝らないで。一緒に寝よ?」 「……うん」   志穂が立ち上がり、部屋の真ん中に敷かれた2組の布団に乗っかる。   そして、一方の枕をもう一方の隣にひょいと移動させた。 「おいで、彩ちゃん」   明かりを落とし、1組の布団の中でいつものように志穂にしがみつく。   そしていつものように志穂が頭を撫でてくれる。 「ねぇ、志穂」 「ん?」 「……大好き」 「志穂も大好きだよ、彩ちゃん……」   背中に手を回し、しっかりと抱きしめる。   志穂も、同じようにしてしっかりと抱きしめてくれている。                     ■   チェックアウトを済ませて旅館のお土産コーナーを物色してたの。   あ、朝ごはんの焼き魚が何だかよく分からなかったけど美味しかったよ! 「ね~ね~志穂ぉ、これアンタの職場の子にいいんじゃない?」 「どれどれ~?」   温泉饅頭20個入り…… 「平凡すぎ。駄目」 「う……じゃあこれなんかどうっ?」   伊勢海老…… 「……彩ちゃん落ち着いて、エビちゃんはいくらなんでも無理だから」 「うぅ~……」   そんな泣きそうな顔しないの。ほら彩ちゃん頑張って。 「じゃ、じゃあこれ……」   伊勢うどん…… 「……うん、悪くないね」 「ホントっ!?」 「お昼にみんなで食べられるだろうし……」   かなり微妙な気もするけど、これ以上突っぱねたら彩ちゃんかわいそうだし。志穂、優しいね。   マユちゃんには……オリジナル麦焼酎かぁ、あの子けっこういける口だしこれにしよっと。   あとは研究用に源泉使用の化粧品買って……ん? 「……それ、欲しいの?」 「あ、いや、そういう訳じゃ無くて、動いてるな~って」 「……家でさばける?」 「……無理」   とりあえず彩ちゃんは置いといて買い物続行……あ、赤福。職場の子に買ってこっと。   うん、こんなもんで……えっと、これとこれは宅配便で……化粧品は別会計で、領収書を……   はい、彩りに中華の華に……そうそう、彩華堂。   さてっと、彩ちゃんは……はぁ、やっぱり水槽前にへばりついてる。 「……彩ちゃん」 「あ、志穂」 「買い物終わったよ」 「うん」 「……ほら、エビちゃんにさよならして」 「うん……エビちゃん、ばいばい……」 *20話「2ヶ月目の告白」 「う~ん、右上のパネルが邪魔だな……何だろ……」 「にぃ~!」 「ん、ミルちゃんどしたの?」   休日の昼下がり、クイズ番組のモザイク画像当て問題を   わりとマジになって見ていたら、白いポワポワちゃんが玄関に向かって   早足に歩いていくのが視界の端に映った。 「そっか、そろそろお母さん達帰ってくるね」 「にうっ!」 「ってかどっちがお母さんで、どっちがお父さんなのやら…… それとも両方お母さん……?」   ミルちゃんの後を付いていき、靴箱の前で抱っこしつつ微妙な問題に頭を悩ませる。   ピンポーン。 「ありゃ、ミルちゃん帰ってくるの分かってたの?」 「うにぃっ!」 「よしよしすごいね~、いい子いい子……はいはい今開けますってば」   片手で抱っこしたまま、もう一方の手で鍵を外しドアを押し開ける。 「ミルクただいま~!あ、マユちゃんもただいま」   ドアを押さえている私と彩さんの間で、   志穂さんが抱っこされているポワポワへと手を伸ばしてきた。   うんうん、ミルちゃん嬉しそう。 「おかえりなさい、ゆっくり出来ました?」 「いたたた、噛んじゃダメだって……あ、うん。ゆっくり出来たよ」 「……とりあえず部屋入ります?」 「ほらほら~、コショコショ~……あ、うん。そうしよっか」   そうだね志穂さんアナタはそう言う人だもんね。   ……2人を部屋に通し、志穂さんがミルちゃんとゆっくり遊べる環境を整えてあげた。 「ごめんなさいね、あの子ったらもう……」 「いえいえいいんですよ、慣れてますから」   カーペットの上で丸まってにぅにぅうにぃ言ってる志穂さんを尻目に、   彩さんと2人テーブルを囲みお茶をすする。 「ミルク、昨日はいい子にしていた?」 「……ええとてもいい子にしてましたよ」 「よかった。慣れない環境だから、お漏らしとかしちゃわないかって 心配だったんだけど」   いや、まぁ、あの後すぐ大泉君がクリーニング持ってってくれたし   ノープロブレムノープロブレム。   それにしてもホント美人だなぁ……   うん、昨日の事は忘れといてあげよう。そうしようそうしよう。 「ところで木戸さん、昨日の……電話の事なんだけど……」 「うぇっ、あ、あい」   そちらから来るとは思いませんでした……   はいはい、いつものようにキョドってますよ。 「その……ごめんなさいね、変な事、言っちゃって」 「いやいや気にしてませんから、それに何かああいう彩さんも可愛いなぁとか……」   !!   な、なんか、左の方からすごい殺気が…… 志穂の心の中”ちょっとなに人の嫁さん口説いてるのよ人間魚雷の餌食になりt(ry” ミルクの心の中”いつものママじゃないにぅーっ!!” 「どうしたの木戸さん、顔色悪いみたいだけど」 「や、な、何でもないです……まぁその、そんな気を使ってもらわなくても大丈夫ですから。 むしろ気軽に愚痴の一つも言ってもらえた方が嬉しいですし。それに……」   ちらっとさっき殺気を放っていた方を見下ろす。   志穂さんが床の上でひっくり返ってミルちゃんをお腹に乗っけて……   あ~あ~パンツ見えてるって。黒。 「……振り回されたりするのには慣れてますから」 「……ホント、ごめんなさいね」 「にぅにぅ~、うにゃにゃにゃぁ!」 「うにぃっ!にぃ~!」                     ■ 「でさ、ホントお似合いだな~って思う訳よ。あの2人。ほらこれ見て」 「どれどれ、こっちが河部チーフで……この人が、えっと……奥さん?」 「そそ、彩さん」   大泉君と2人、デジカメで記念撮影した志穂さん彩さんミルちゃんの   写真を肴におみやげの焼酎を酌み交わしてる訳なのよ。   大泉君お手製トマトと牛肉の炒め物も美味しいし、マユミ、しあわせ!   ……ゴメン、私にはやっぱりあのテンションは無理だわ。 「俺には分からない世界だけど、すごい仲良さそうだね」 「でしょ?も~見てるこっちが恥ずかしくなってくる位でさ……あむっ」 「そろそろデザート持ってこようか?」 「うん、ありがふぉ」   1人台所にたった大泉君をよそに、カメラの液晶に映る   ツーショット(&ミルちゃん)をぼんやり眺める。   やっぱり仲いいよなぁ、この2人。   ウチらもこんな風になれたらいいんだけど……   お、あんみつ来た来た。 「いつもすまないねぇ~」 「それは言わない約束だろ、おっかさん…… それに、木戸さんが喜んでくれるのが何より嬉しい事だし」 「いや、いきなりそういうキザな事言わないで下さいってば」 「ははは、ごめんごめん」 「別にいいんだけどさ……その、何て言うか……」 「ん?」 「そうやって言ってくれるの……嬉しいしさ」 「……木戸さんも、たまには思ってる事とか口に出してみたら? 結構言いたいこと言わないで済ませちゃう事多いし、 見ていればある程度は分かるけどそれにも限度があるし」 「そうだね……」   とりあえず深呼吸……よし、ちょっとは落ち着いてきた。 「……あのさ」 「ん?」 「考えてみたら、まだちゃんと言ってなかったんだけど……」 「うん」 「大泉君……好き……です……」   はぁ、心臓口から飛び出しそうだわやっぱり。   さて……   隣に座って欲しいし、手、握って欲しいし、マユミって、呼んで欲しいし……   何から言えばいいのやら……   ありゃ、テーブルの向かい側から隣に移動してきましたよ。   ってこら、どさくさに紛れて手、握らないの、もぅ。 「俺も好きだよ、木戸さん」 「あのさ……マユミって……呼んで……私も、純平て呼ぶから……」 「分かったよ、マユミ」   ゴメン、ちょっと死にそうなんですけど。鼓動ヤバいんですけど。   あ~もう、これ以上は無理。何も言えません。   とりあえず目つぶって、唇差し出しますんで。   その、まぁ、アレです。いつものように、察してやってくださいませ。 [[<<前へ>ふたり暮らし~百合色の日々~_1]]
*11話「翌朝見たら拾われて行った後だった」 「ね~ね~彩ちゃん」 「ん?」   ハマグリの身を貝殻から剥がしながら答える。 「……また、見つけちゃったの」 「何を?あむっ」   土鍋からあがる湯気の向こうで志穂が少しうつむく。 「あのね……猫ちゃん」 「ダメだからね、ミルクだけで手一杯なんだから」 「にう?」   ご飯を食べていたミルクがこちらに向かって歩いてきた。 「こらこら、呼んだんじゃないって」 「にぃ~」                     ■ 「ほら、これ見て」   パジャマに着替え終わった彩ちゃんに写メ見せてあげたの。 「あ、さっき言ってた捨て猫?」 「うん」   彩ちゃんが携帯見てる間に志穂もパジャマに着替えたの。色違いのお揃いの柄だよっ! 「それじゃ、歯磨いてくるね」 「あ、うん」   洗面所から帰ってきたら、彩ちゃんまだ写メ見てたの。 「彩ちゃ~ん、歯、磨かないの?」 「ん~」   ――1時間後 「あ~や~ちゃ~ん~、寝ようよぉ~」 「ん~」   腕掴んで揺すっても猫ちゃんの写メに釘付けなまんま。志穂怒るよ? 「にぅぅ……」   ほらミルクも眠いって……あ、そうだ。ミルクおいで~。   よし抱っこして……いけ、ミルク! 「うにっ」   ぷすっ 「ぎゃー!」 *12話「カップうどんもあったのに……」   小腹空いたなぁ~……   彩ちゃんはお出かけ中だし。   とりあえずうどんでも作ろっと。   冷凍うどんと、粉末だしの元……うん、これならいくらなんでも失敗しないよね。   ふんふ~ん♪   うどんを茹でて~、だしの元どば~♪   あ、そうだ。とろみ付けたらいい感じになりそうだね。志穂あったまいい!   片栗粉、片栗粉っと……確かきゅっきゅって感じの白い粉……あったあった。   何でトウモロコシの絵が描いてるんだろ……まぁいいや、気にしない。   どばっ。                     ■ 「――で、コーンスターチ全部入れちゃったのね」 「うん……」   買い物から帰ってきたら、志穂がまた得体の知れない物を作っていた。   鍋の中で薄茶色の物体が固まっていて、   そこからぴょこんぴょこんと白い物体が飛び出している。 「おうどんにね、とろみ付けようと思って……」 「はぁ……」   さすがに食べられないよね、このうどんモドキは。 「……志保がしとくね、片付け」 「いいよ、アタシも手伝う」 「彩ちゃん……やさしいね、チュッ」   いや、これ以上台所荒らされても困るから。 *13話「デートで一回使ったきりなのにぃっ!!」 「それじゃマユちゃん、お願いね」 「は~い、お二人ともゆっくりして来て下さいね」 「ごめんなさいね……ミルク、いい子にしてるのよ」   彩さんがケージの中を覗き込む。   それにしても毎度の事ながら綺麗だなぁ、彩さん。 「に~」   ミルクちゃんのか細い声を後にして、   二人がウチの玄関から出て行った。   何でも志穂さんが久々に有給取れたとかで、   一泊二日の温泉旅行に行ってくるそうな。 「よろしくね、ミルクちゃん」 「に~」   ケージと、志穂さんから預かった   ミルクちゃんお泊りセットの入ったバッグを抱えて   部屋へと戻った。                     ■ 「ミ~ルクちゃ~ん」 「に~……」   ケージのフタを開けて呼びかけるが、   隅っこでへばりついて出てこようとしない。 「ほらおいでおいで~」   お泊りセットに入っていたねこじゃらしを   顔の前で振ってみせるが、反応しない。 「参ったなぁ……ん?」   プルルル……がちゃっ。 「はい、木戸です……あ、大泉君?」   彼氏からの電話でした。休日の朝っぱらから何用なのやら。 「ん~ゴメン、今日はちょっと出かけられないや。 志穂さんから猫預かってて」   ちらっとケージの方を見る。相変わらず引きこもってるっぽい。 「真っ白な子猫ですごく可愛いの。 あ、来る?じゃ折角だしお昼ウチで食べなよ」   またまたちらっとケージを見る…… 「お?猫ちゃんケージから出てきた。 いやさぁ、ウチ来たの初めてだから怖がって出てこなくって……」   ん?丸めて置いといたストールの上乗っかっちゃった。 「ありゃ、さすが志穂さんとこの猫ちゃんだわ。 カシミアのストールの上に……」   そして、フルフルと震えて…… 「げっ!ちょ、ちょっと!ダメだって!」   受話器から顔を外してミルクちゃんの方へと悲鳴をあげる。   その声に反応してひょいとストールから飛びのく。 「……やられた。いや、ウンチはしてない。 ……うん、ホワイトデーに貰った……ごめん……」 「にぃ~」   悪びれもせず、私の方へと歩いてきて足にしがみついて来…… 「ぎゃーっ!」   爪刺さったー! *14話「志穂と彩」   お弁当、お弁当~ふんふふ~ん♪ 「もう……まだ乗って三十分も経ってないでしょ」 「だって志穂、お腹空いちゃったんだもん」   シート備え付けのテーブルを開いてビニールごそごそやってたら、   彩ちゃんがあきれたように言ったの。   名古屋まで新幹線で二時間、さらに特急に乗り換えて一時間。   今の内にお弁当食べておけば、向こう着く頃には   丁度いい腹具合になってるはず。志穂やっぱり頭いいね。 「はい彩ちゃん、あ~ん」 「まったく……」   シューマイあげるから機嫌直してね。   ……彩ちゃんの唇可愛いなぁ。 「うん……おいひいわね、このシューマイ」 「志穂のちゅーとどっちがおいしい?」 「……バカ」   うん、照れた所も可愛いよ。   それにしてもまだまだ窓の外ビルだらけだなぁ。 「ねぇ志穂ぉ」 「ん~?」 「ミルクちゃんといい子にしてるかなぁ、お泊りするの初めてだし……」 「きっと大丈夫だよ、マユちゃんしっかりしてるし」   あ、だいぶ緑が増えて来た。 「ほら彩ちゃん、見て見て」 「わぁ、綺麗なお花畑~」   彩ちゃんが通路側の席から私の方へと身を乗り出して来たの。   えい、むぎゅーっ! 「こ、こらっ、やめなさいこんな所でっ!」 「だって彩ちゃん可愛いんだもん」 「もぉ……」   抱きしめたついでに頭なでなでしてあげるね。   ん~、そろそろ静岡かな。 「ちょっとトイレ行ってくるね」 「うん、分かった」   彩ちゃんが席を立ったの。   それにしても緑がキレイだな~、年取ったらこういう所で暮らすのも…… 「あぁ!?ざけんなよ!」   ひぃっ!な、何? 「立場分かってんのかオイ、絶対に明日までに……」   電話……?やだ、そんな大声出さないで…… 「目処が付かねぇだぁっ!?」   ごめんなさいっ!お願いだから殴らないでっ!   助けてっ!   彩ちゃん助けてぇっ!!                     ■   トイレから出て車両へと戻ると、男の怒鳴り声が聞こえて来た。 ――まずい!   大急ぎで座席へと戻る。   途中でちらりと声の主を見る。   二十代ぐらいのチンピラ風の男が座席で携帯に向かってがなりたてている。 「志穂!」   思った通りだ。   座席で体を抱え込むようにしてうずくまりながら、ガタガタ震えている。 「大丈夫だよ、もう大丈夫だから」 「彩ちゃん、彩ちゃん、彩ちゃん……」   荒い呼吸でアタシの名を呼び続ける志穂をぎゅっと抱きしめる。   幸いにも電話が終わったらしく、男の声が途絶えた。 「誰も志穂の事傷つけたりしないから、大丈夫だから」   徐々に呼吸が落ち着いてきた。だが、震えが一向に治まらない。 「彩ちゃん」 「なぁに、志穂」 「ごめんね、ごめんね……」 「いいんだよ、志穂は何も悪く無いんだから」   しっかりと抱きしめたまま頭を撫でてやる。 「志穂、大好きだよ」 「ごめんね……ごめんね……」 「アタシが付いてるから、大丈夫だから」   だんだんと震えも治まってきた。 「落ち着いた?」 「うん……ありがとうね、彩ちゃん」 「名古屋着いたら少し休もっか」 「うん、ごめんね」 *15話「出来るものなら分けて欲しい」   彩ちゃんの腕にしっかりしがみ付きながら、   休めそうな所を探して駅構内を歩き回ったの。 「やっぱり改札から出ないと駄目っぽいね」 「う~ん、土産物屋しか無いなぁ……」   ん?何かおいしそうな匂い…… 「どうしたの?」   彩ちゃんを引っ張って匂いのする方向に向かったの。 「あら、食堂街」 「よし大当たり!」   壁に張り付いている案内板を見上げる。   全部で六店舗入ってるんだね。 「どこにしよっか」 「ん~……」   洋食、うどん、イタリアン、カレー専門店……   あ、そうだ。名古屋と言えば…… 「ここにしよ!」                     ■   確か二時間ぐらい前にお弁当食べたのよねぇ、この子……   しかも、発作まで起こしたって言うのに…… 「ねぇ、志穂……」 「ん~?ずるずる」 「よく食べられるわね……」   味噌煮込みうどん大盛り。   ウチのどんぶりの倍は入ってるだろうし、この土鍋。 「うん、別腹別腹」 「初めて聞いたわ、うどん別腹って」   ホント、このちっこい体のどこに収まってんのか不思議でならないわ。   あ~見てるだけでお腹ふくれてきた。 「ふぅ~、美味しかった」   キレイにおつゆまで全部飲んじゃって…… 「満足した?」 「うんっ!」   まぁでも元気になってくれてよかったわ。 「あ、すいませ~ん、みつ豆一つ追加で~」 「……太るよ?」 「大丈夫大丈夫!」   そう言いながら手で胸をぽよんぽよんとさせてみせる。 「養分全部ここに詰まってるから」   そういう問題じゃ無いだろ。 「……彩ちゃんにも分けたげよっか?」   名古屋に来てまでそれかぁぁぁぁっっ!!!   ってか哀れそうな視線で見るなぁぁぁぁあっっ!!!   ……ぐすん。 *16話「のぞき大観音」 「それではこちらの方に記帳を」 「はい」   旅館の係員に促され、宿泊手続きを取る志穂の後ろ姿を   ぼんやりと眺める。   ふわふわした絨毯、細かい飾り細工が施されたきらびやかな天井。   志穂が言うには、何でも大正から続く老舗旅館で   地酒やら源泉を利用した化粧品やらにも力を入れているんだとか。 「彩ちゃ~ん」 「ほいほい」   呼ばれ、ひょこひょことカウンターの方へと歩いていく。 「はい、記帳お願いね」   ボールペンを受け取り、カウンターの上に広げられた帳面へと視線を移す。   んっと、住所は同上でいっか。   名前……ん?   !!   ポーカーフェイスのまま、『神戸彩』と名前を書き入れる。 「書けた?」   志穂が横から覗き込んできた。   ちらりとその笑顔を一瞥し、さっと視線をそらす。 「……バカ」 「んふふ~」   『神戸彩』と書かれているすぐ隣に、アタシとは比べ物にならないような   きれいな字で『神戸志穂』と。   あ~もう何書いてんのよこの子はもぅっ!   そう書くならそう書くと言いなさいよまったくっ!   ……もぅ~、バカバカっ!                     ■ 「到着ぅ~」   係員に案内され、五階の客室へと通された。   さらっとしたさわり心地の、金糸銀糸で飾られたふかふか座椅子が   まさに高級旅館といった風情をかもし出している。 「ほら彩ちゃん、見て見てっ」   志穂が奥の障子を開け、その向こう側から顔をのぞかせながらはしゃぐ。 「へぇ、これが言ってた露天風呂?」   畳が敷かれた客室の奥の板張り部分より、障子で隔たれたさらに奥。   石作りの床の上にすのこが引かれ、脇に焼き物で作られた風呂が備え付けられていた。   ざらっとした風呂の縁をコンコンと叩く。 「一緒に入ってもゆっくり出来そうだねっ、こんだけ大きいと」 「うん。ウチのバスタブだと志穂、アタシの足の上に座らないと一緒に入れないもんね」   まぁそれはそれでぴったりくっつけて嬉し……いやいや何でもない。   竹で作られたついたての向こう側を見上げる。   青々とした山がいくつも連なる様がはっきり見て取れる。   心なしか、空気も透き通って見える。 「ここからも見えるね~」   志穂の声に振り向き、今まで見ていたのとは真逆の方角を見る。   金ぴかの仏像の上半身が衝立の向こう側ににょっきりと生えていた。 「大っきい観音様だね」   あの観音像の足元に、今回ここに来た理由がある。   志穂の隣に立ち、そっと手をつなぐ。 「……大丈夫だよ、彩ちゃん。もう、十年以上前の事だし」   いつもと変わらない笑顔で答えた。   脳裏に数時間前の、震えながら謝り続けていた姿が浮かぶ。 「無理しなくてもいいんだよ、志穂」 「うん……大丈夫だから。ありがとう、彩ちゃん」 *17話「二人の誓い」   荷物を宿に置き、徒歩で観音様の方へと向かう。   志穂は温泉行くついでに折角だからと言っていたが……   手をつないだまま、志穂にぴったりと寄り添う。 「ん~?」   微笑みながらアタシを見上げる志穂に微笑みを返し、正面へと向き直る。   観音様が段々と近づいてきた。   水子供養で有名だと言うお寺の御本尊である、大観音像が。   ふとあの日の事を思い出した。   志穂に過去を打ち明けられた、あの日の事を。                     ■   あれは志穂と付き合うようになって二年目の事だった。   よく晴れた秋空の下、アタシが作った弁当を持って公園でデートをしていた。 「ほんと彩ちゃんて料理上手だね」 「いやいや~、それほどでも」 「……お嫁さんに欲しいな~」 「ぶっ!!」   たわいの無い会話を交わしながら、備え付けのテーブルで弁当を食べていると   コロコロと足元にボールが転がってきた。   志穂がそれを拾い上げ、こちらへと走ってきた   三、四歳ぐらいの女の子へと渡してあげる。 「ありがとぉ~」 「どういたしまして、ばいば~い」 「ばいばい、おばちゃん」   目を細め、走り去っていく女の子の背中を眺めている。 「おばちゃん、ねぇ……」 「しょうが無いよ。あの子の母親と、そう歳も変わらないだろうし。私達」 「志穂っていいお母さんになれそ……」 「無理だから」   今までに聞いたことも無いような冷たい口調ではき捨てるように言った。   気まずい雰囲気が広がる。   場を取り繕えそうな言葉を必死に探す。   だが戸惑うアタシをよそに、小さくため息をついて   志穂がいつもの柔らかな口調で話し始めた。 「……もう、子供産めないから」 「えっ」 「大学行ってた時付き合ってた彼が全然避妊してくれなくて、三回妊娠したんだ」   普段と変わらない口調で、淡々と、うつむきながら続ける。 「一回目と二回目は堕ろせって言われて、中絶手術を受けたの。 三回目はこっそり隠れて産もうとしたんだけど……」   ポットから紙コップへとお茶をそそぎ、一口飲み込む。   両手で紙コップを持ち、ため息をついてアタシへと寂しげな笑顔を投げかける。 「四ヶ月目だったかな。彼に見つかって、お腹蹴飛ばされて……流産しちゃった」   言葉が出なかった。   志穂のほほえみが涙でにじんだ。 「もう彩ちゃんたら、泣く事無いのに」   いつもと変わらない笑顔のまま、ハンカチでアタシの涙を拭こうとする。 「なんで、なんで、アンタが、ぞんな目にっ」 「ほらいい子だから泣かないの、志穂は大丈夫だから」   高校時代にこの子をいじめていた事を思い出してしまった。   罪悪感で胸が締め付けられそうだった。   そして誓った。   これから先、ずっとこの子の支えになって行こうと。                     ■   三体の水子観音様に合掌し、目を閉じる。   ちゃんと産んであげられなくて、ごめんね。   守ってあげられなくて、ごめんね。   心の中で、何度も何度も謝り続ける。   最後の妊娠から十一年と八ヶ月、やっとあの子達を弔ってあげる事が出来た。   もう子供を産む事の出来ない、女とは言えないような私。   我が子を三度も見殺しにした、人間失格としか言えない私。 「彩ちゃん、お待たせ」   そんな私を何も言わず抱きしめてくれる、最愛の人。   ぺたんこの胸に顔を埋め、私も抱きつく。 「辛かったら泣いてもいいんだからね、アタシは一生アンタの味方なんだから」   脅迫まがいの事をして無理やり付き合わせたと言うのに。   あれから七年、ずっと私の事を支えてきてくれた。   気が付いたら、十年ぶりに目から涙が溢れ出していた。   もう枯れ果てていたと思っていたのに。 「ありがとう、彩ちゃん。ありがとう……」   彩ちゃんが一緒に暮らそうと言ってくれたあの日、私は誓った。   私の生涯を賭けて、彩ちゃんを守っていこうと。   ううん、たとえ彩ちゃんを残し、先立つ事になったとしても、ずっと、ずっと…… *18話「飲ますな危険」 「あ゙~極楽極楽」 「彩ちゃん、おっさん入ってるからそれ」   部屋備え付けの露天風呂に彩ちゃんと一緒に入ってるの。   ウチの風呂と違って、二人で入っても足が伸ばせるぐらい大きいんだ。 「それにしても夕焼け綺麗だね~」 「ホント、やっぱり都会と違って空気が澄んでるわ」   焼き物で作られた浴槽の縁に寄りかかって空を眺めてたの。   薄暗い山の向こうに、オレンジから濃紺色へと移り変わっていくグラデーション。   ちぎれちぎれに浮かぶ雲の合い間に輝く光の粒。   ……今度、真珠の粉を混ぜ込んだマニキュアでも作ってみようかな。 「はぁ……」   背後からかすかに聞こえた小さなため息に、ちらりと後ろを伺う。   後ろを振り返る……放置モードになってた彩ちゃんが寂しそうにしてた。   しょうがないからいつもみたいに伸ばしている足の上にまたがって座ったの。 「もぅ、こんな広いんだからわざわざアタシの足の上に乗っからなくてもいいでしょ」   そんな事を言いながらも、表情はうれしいって言ってる。体は正直だね。 「だってこれが一番落ち着くんだもん」 「はいはい」   背後の縁によりかかりながらまたため息。 「彩ちゃぁん」 「ん~?」 「すっぴんだと、ホント地味だね」   彩の心の中”うわぁぁぁんっ!!” 「……これでも、可愛いとか言ってくれる人だっていたんだから」 「高校の時付き合ってた彼?」 「うん」 「男の人のそういう台詞ってあてにならないからなぁ、下心あったりするし」   彩の心の中”うわぁぁぁぁぁんっ!!……否定出来ないけどさ” 「……まぁ、いい加減な奴だったけどね」 「でも志穂も可愛いと思うよ、彩ちゃんの事」 「もぅ……」   顔を横に向けてなんかゴニョゴニョ言ってる。 「ん~、聞こえ無いよ?」 「アンタの方が可愛いって……ちょ、そんな見つめないの」   ゆでダコみたいに真っ赤になって、口元半笑いになりながら困った顔になって……   あ~もう彩ちゃん可愛い~!大好き~!むぎゅ~っ!! 「こ、こらっ!」 「やっぱり彩ちゃんのが可愛いよ~」 「もぅっ!」   ぴたっと張り付いたおっぱいから、いつもより大きな鼓動が伝わってくる。   ホント、こんな可愛い人と一緒になれて志穂、最高に幸せっ!                     ■ 「わかさぎの天ぷらなんてすっごい久しぶりだね」 「うん……あ、この鯛の下に敷いてるの桜の葉かな?」 「ホントだ、湯気に混じって桜の匂いがする~」   お風呂から上がって浴衣に着替えて、部屋に運ばれてきた会席料理を堪能してるの。   伊勢の魚介類を中心にしたお刺身や桜の花びらを散らしたお吸い物、   炊き合わせのお麩も桜の花びらの形をしてて、ピンク色で可愛らしいんだよ。 「この茶巾、中アナゴだぁ。あむっ……うん、玉子とすごいマッチしてる……」 「じほ……ごくっ。まだしゃぶしゃぶも来るんだからね」 「うん、彩ちゃんも飲みすぎないようにね」                     ■ 「志穂ぉ~」 「ん~」   蛤茶漬けを食べている私によりかかりながら、彩ちゃんがぐでーんてなってるの。もぅ。 「だ~~~~いすきっ」 「はいはい、志穂も大好きだよ……ずずっ」   抱きつきながらほっぺにチュッチュッ。   ……せめてお茶漬け食べ終わるまで待っててくれないかなぁ。   はぁ~あ、両極端なんだよねぇホントにもぅ……   こういう彩ちゃんも可愛くて大好きなんだけども。 「あ~っ!」 「どうしたのよ彩ちゃん」 「ミルミルどうしてるかなぁ、ちゃんとご飯食べてるかなぁ」   う~ん、マユちゃんなら多分大丈夫だと思うけど……   ちょっと電話してみよっと。ピッピッピ。 「もしもしマユちゃん、ゴメンね、ご飯食べてた?」 『いえいえだいひょうぶでふ……あ、ありがと……ゴクン』 「あ、もしかして彼と一緒だった?」 『あ~気にしないで下さい、丁度洗い物してもらう所だったし』 「ホントゴメンね。ところでミルク、いい子にしてる?」 『……ええ、いい子にしてますよ。ほらミルクちゃん、お母さんから電話だよ~』 『にぅっ!』 「ミルク~、志穂だよ~。いい子にしてたぁ?」 『に~っ!』 「何?ミルミル?アタシも話す~っ!」   もぅしょうがないなぁ、はいどうぞ。 「ミルミルぅ~、お母さんですよ~。ちゃんとご飯食べた~? よしよしミルミルもご馳走だったんだね~」   いや、いつものネコ缶だし…… 「ミルミル寂しくない~?……あ、マユちゃん?うん、彩さんですよぉ~」   ……志穂ちょっぴり反省。やっぱり飲ませなかった方がよかったかも。 「そうなのぉ、さっきも一緒にお風呂に入って……え、マユちゃんも?」   一体どういう会話してんのよ、もぅっ。 「あ~彼って男?あ、そうなの……やめときなさいってぇ! 男なんてさぁ、ちょっと乳デカい子いたらす~ぐそっちの方に」   げ、やばっ! 「だ~か~らぁっ、さっさとわか……」 「もしもしマユちゃんっ!?ゴメンね、彩ちゃん酔っ払っちゃってて」   マッハで携帯奪い返したわ。彩がなんかウ~ウ~言ってるけど気にしない。 『はは……まぁ、その、気にしてませんから』 「ゴメンね……こら、ダメっ!あ、ゴメンね、彩ちゃんが携帯取ろ……もぅ!志穂、本気で怒るよっ!」 『え~と、他に何も無いようでしたら切りましょうか?』 「うん、ホントゴメンね」 『いえいえ、あまり彩さんしからないで下さいね。それじゃ、また明日』   ピッ。 「あう~、切れちゃったの?もっとお話したかったのにぃ……」 「……志穂が切れよっか?」 *19話「エビ好き彩ちゃん(特にフライ)」 「彩ちゃん、あ~や~ちゃんっ」   何やら体をゆすられている。   目を、開く……蛍光灯の光がストレートに飛び込んできた。   眩しさに思わずまぶたを狭めたが、見慣れたシルエットがそれをさえぎった。 「こんな所で寝てたら風邪ひいちゃうよっ」 「あ、志穂……」   ぼやけ、芯がどんよりと痛む頭をどうにか回転させ状況を確認する。   どうも寝てたらしい。   その前は……しゃぶしゃぶ、ポン酢で食べて……志穂が電話して…… 「……ごめん」   思い出した。また、やっちゃったんだ…… 「明日帰ったら、ちゃんとマユちゃんに謝ろうね」   志穂の柔らかく、少しひんやりした手が頬を撫でてくれる。   火照った体温と一緒に、頭の痛みも取り去らわれていく。 「うん。ごめんね」 「マユちゃんにあんな事言っちゃったのはよくないけど…… 彩ちゃんも、男の人には嫌な思いさせられちゃったからね。気持ちは分かるよ」   そう、バレンタインデーのあの日、アタシの目の前で、他の娘と腕を組んで歩いていたアイツ。   初めてを捧げ、体を許した、志穂以外の唯一の存在。   高2の時の事だと言うのに、今でもあの野郎の事を思い出すと腹が立ってくる。 「志穂……」   両手を左頬を撫でる手に添える。   思えば、あの浮気もこの子をいじめた原因の一つだっけな。   ただ、彼を奪った娘と同じように胸が大きいってだけで、教室で全裸同然にして…… 「……ごめんね」   どこまで迷惑かければ気が済むんだろう……   ちゅっ。   軽く唇が触れ、すぐ目の前から志穂が柔らかな視線で見つめてきた。 「いいから、何度も謝らないで。一緒に寝よ?」 「……うん」   志穂が立ち上がり、部屋の真ん中に敷かれた2組の布団に乗っかる。   そして、一方の枕をもう一方の隣にひょいと移動させた。 「おいで、彩ちゃん」   明かりを落とし、1組の布団の中でいつものように志穂にしがみつく。   そしていつものように志穂が頭を撫でてくれる。 「ねぇ、志穂」 「ん?」 「……大好き」 「志穂も大好きだよ、彩ちゃん……」   背中に手を回し、しっかりと抱きしめる。   志穂も、同じようにしてしっかりと抱きしめてくれている。                     ■   チェックアウトを済ませて旅館のお土産コーナーを物色してたの。   あ、朝ごはんの焼き魚が何だかよく分からなかったけど美味しかったよ! 「ね~ね~志穂ぉ、これアンタの職場の子にいいんじゃない?」 「どれどれ~?」   温泉饅頭20個入り…… 「平凡すぎ。駄目」 「う……じゃあこれなんかどうっ?」   伊勢海老…… 「……彩ちゃん落ち着いて、エビちゃんはいくらなんでも無理だから」 「うぅ~……」   そんな泣きそうな顔しないの。ほら彩ちゃん頑張って。 「じゃ、じゃあこれ……」   伊勢うどん…… 「……うん、悪くないね」 「ホントっ!?」 「お昼にみんなで食べられるだろうし……」   かなり微妙な気もするけど、これ以上突っぱねたら彩ちゃんかわいそうだし。志穂、優しいね。   マユちゃんには……オリジナル麦焼酎かぁ、あの子けっこういける口だしこれにしよっと。   あとは研究用に源泉使用の化粧品買って……ん? 「……それ、欲しいの?」 「あ、いや、そういう訳じゃ無くて、動いてるな~って」 「……家でさばける?」 「……無理」   とりあえず彩ちゃんは置いといて買い物続行……あ、赤福。職場の子に買ってこっと。   うん、こんなもんで……えっと、これとこれは宅配便で……化粧品は別会計で、領収書を……   はい、彩りに中華の華に……そうそう、彩華堂。   さてっと、彩ちゃんは……はぁ、やっぱり水槽前にへばりついてる。 「……彩ちゃん」 「あ、志穂」 「買い物終わったよ」 「うん」 「……ほら、エビちゃんにさよならして」 「うん……エビちゃん、ばいばい……」 *20話「2ヶ月目の告白」 「う~ん、右上のパネルが邪魔だな……何だろ……」 「にぃ~!」 「ん、ミルちゃんどしたの?」   休日の昼下がり、クイズ番組のモザイク画像当て問題を   わりとマジになって見ていたら、白いポワポワちゃんが玄関に向かって   早足に歩いていくのが視界の端に映った。 「そっか、そろそろお母さん達帰ってくるね」 「にうっ!」 「ってかどっちがお母さんで、どっちがお父さんなのやら…… それとも両方お母さん……?」   ミルちゃんの後を付いていき、靴箱の前で抱っこしつつ微妙な問題に頭を悩ませる。   ピンポーン。 「ありゃ、ミルちゃん帰ってくるの分かってたの?」 「うにぃっ!」 「よしよしすごいね~、いい子いい子……はいはい今開けますってば」   片手で抱っこしたまま、もう一方の手で鍵を外しドアを押し開ける。 「ミルクただいま~!あ、マユちゃんもただいま」   ドアを押さえている私と彩さんの間で、   志穂さんが抱っこされているポワポワへと手を伸ばしてきた。   うんうん、ミルちゃん嬉しそう。 「おかえりなさい、ゆっくり出来ました?」 「いたたた、噛んじゃダメだって……あ、うん。ゆっくり出来たよ」 「……とりあえず部屋入ります?」 「ほらほら~、コショコショ~……あ、うん。そうしよっか」   そうだね志穂さんアナタはそう言う人だもんね。   ……2人を部屋に通し、志穂さんがミルちゃんとゆっくり遊べる環境を整えてあげた。 「ごめんなさいね、あの子ったらもう……」 「いえいえいいんですよ、慣れてますから」   カーペットの上で丸まってにぅにぅうにぃ言ってる志穂さんを尻目に、   彩さんと2人テーブルを囲みお茶をすする。 「ミルク、昨日はいい子にしていた?」 「……ええとてもいい子にしてましたよ」 「よかった。慣れない環境だから、お漏らしとかしちゃわないかって 心配だったんだけど」   いや、まぁ、あの後すぐ大泉君がクリーニング持ってってくれたし   ノープロブレムノープロブレム。   それにしてもホント美人だなぁ……   うん、昨日の事は忘れといてあげよう。そうしようそうしよう。 「ところで木戸さん、昨日の……電話の事なんだけど……」 「うぇっ、あ、あい」   そちらから来るとは思いませんでした……   はいはい、いつものようにキョドってますよ。 「その……ごめんなさいね、変な事、言っちゃって」 「いやいや気にしてませんから、それに何かああいう彩さんも可愛いなぁとか……」   !!   な、なんか、左の方からすごい殺気が…… 志穂の心の中”ちょっとなに人の嫁さん口説いてるのよ人間魚雷の餌食になりt(ry” ミルクの心の中”いつものママじゃないにぅーっ!!” 「どうしたの木戸さん、顔色悪いみたいだけど」 「や、な、何でもないです……まぁその、そんな気を使ってもらわなくても大丈夫ですから。 むしろ気軽に愚痴の一つも言ってもらえた方が嬉しいですし。それに……」   ちらっとさっき殺気を放っていた方を見下ろす。   志穂さんが床の上でひっくり返ってミルちゃんをお腹に乗っけて……   あ~あ~パンツ見えてるって。黒。 「……振り回されたりするのには慣れてますから」 「……ホント、ごめんなさいね」 「にぅにぅ~、うにゃにゃにゃぁ!」 「うにぃっ!にぃ~!」                     ■ 「でさ、ホントお似合いだな~って思う訳よ。あの2人。ほらこれ見て」 「どれどれ、こっちが河部チーフで……この人が、えっと……奥さん?」 「そそ、彩さん」   大泉君と2人、デジカメで記念撮影した志穂さん彩さんミルちゃんの   写真を肴におみやげの焼酎を酌み交わしてる訳なのよ。   大泉君お手製トマトと牛肉の炒め物も美味しいし、マユミ、しあわせ!   ……ゴメン、私にはやっぱりあのテンションは無理だわ。 「俺には分からない世界だけど、すごい仲良さそうだね」 「でしょ?も~見てるこっちが恥ずかしくなってくる位でさ……あむっ」 「そろそろデザート持ってこようか?」 「うん、ありがふぉ」   1人台所にたった大泉君をよそに、カメラの液晶に映る   ツーショット(&ミルちゃん)をぼんやり眺める。   やっぱり仲いいよなぁ、この2人。   ウチらもこんな風になれたらいいんだけど……   お、あんみつ来た来た。 「いつもすまないねぇ~」 「それは言わない約束だろ、おっかさん…… それに、木戸さんが喜んでくれるのが何より嬉しい事だし」 「いや、いきなりそういうキザな事言わないで下さいってば」 「ははは、ごめんごめん」 「別にいいんだけどさ……その、何て言うか……」 「ん?」 「そうやって言ってくれるの……嬉しいしさ」 「……木戸さんも、たまには思ってる事とか口に出してみたら? 結構言いたいこと言わないで済ませちゃう事多いし、 見ていればある程度は分かるけどそれにも限度があるし」 「そうだね……」   とりあえず深呼吸……よし、ちょっとは落ち着いてきた。 「……あのさ」 「ん?」 「考えてみたら、まだちゃんと言ってなかったんだけど……」 「うん」 「大泉君……好き……です……」   はぁ、心臓口から飛び出しそうだわやっぱり。   さて……   隣に座って欲しいし、手、握って欲しいし、マユミって、呼んで欲しいし……   何から言えばいいのやら……   ありゃ、テーブルの向かい側から隣に移動してきましたよ。   ってこら、どさくさに紛れて手、握らないの、もぅ。 「俺も好きだよ、木戸さん」 「あのさ……マユミって……呼んで……私も、純平て呼ぶから……」 「分かったよ、マユミ」   ゴメン、ちょっと死にそうなんですけど。鼓動ヤバいんですけど。   あ~もう、これ以上は無理。何も言えません。   とりあえず目つぶって、唇差し出しますんで。   その、まぁ、アレです。いつものように、察してやってくださいませ。 [[<<前へ>ふたり暮らし~百合色の日々~_1]] [[次へ>>>ふたり暮らし~百合色の日々~_3]]

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