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  目抜き通り、裏通り、屋内、野外……その町にはもはや、ひとかけらの日常さえも残されていなかった。
  交差点には自律型大型対空砲台が設置され、噴水を囲む石造りの階段には臨戦態勢の兵士達。
  そして、赤レンガの屋根目がけて墜落していく機械仕掛けの鳥。


「ぬんっ」

  瓦礫、オイルを吹き上げる鉄くず、そして血だまりが散在する公園の上空。
  他の同類よりもひときわ巨大な鉄の鳥と交戦する男。
  ばさっ
  金色の翼が羽ばたいた……と同時に生ずる無数の光弾。
  そのすべてが男目がけて弧をえがき舞い踊る。

「俺は――負けないっ!!」

  男もまた蝶のそれに似た虹色の羽根を大きく羽ばたかせ、さらに上空へと舞い上がった。
  そして、眼下を舞う鉄の鳥めがけ突き出した両手より碧色の洪水を降り注がせる。

  チリッ、チリチリ……ドォォォォンッ!

  鳥の心臓部、聖霊機関が悲鳴をあげた。全身を覆っていた碧色の光が消失して行く。
  聖霊力の加護を失った大型戦闘機に尚も降り注ぐ碧色の滝。
  その光が外部装甲を、鉄の骨格を強制的に元素へと分解していく。
  光が消えた後には、戦闘機の乗員も含め何一つ残されていなかった。


  海沿いの、町を一望出来る堤防の上よりその光景を険しい目つきで眺めていた一人の少年。
  そう、少年は知っていた。虹色の羽根を纏い、自らの意のままに聖霊力を操るその男の正体を。

――間違いない、アレは……シンラのガルーダ!

  少年ツバメは父王を殺害したガルーダ、アサギを追いこの港町にやって来た。
  よもや、この町に亡国シンラの生み出したガルーダが隠れ住んでいようとは……
  が、ツバメにしてみればそれは大した問題ではなかった。

『お前の左目に埋め込まれた聖霊石、そして聖霊力増幅装置ガルーダローブ。この2つがあればガルーダなど要らぬ』

  そっと目を閉じ、在りし日の父王の言葉に想いを馳せる。

――そうだ、ガルーダなんて……聖霊との融合体なんてっ!!

  がちゃっ、がきんっ!
  背中に装着された鉄の骨格が大きく展開し、そこに光が灯る。

――出来損ないどもが僕の輝羽に敵うものかぁっ!!!

  そして怒りの灯る目を見開き、輝羽……光の翼を大きく羽ばたいてツバメが空へと舞い上がった。

「シンラのガルーダ……僕の邪魔をするなぁぁぁぁっ!!!」


                            ■


「僕の邪魔をするなぁぁぁぁっ!!!」

  爆煙を噴き上げる民家の向こうから飛び出して来た、まばゆい、そして巨大な光の翼を背負った少年が、
  空を舞うアゲハの視線の先で静止する。
  眼前の少年から聖霊の助けを借りなくとも感じ取れる……すさまじいまでの怒りに満ちた聖霊力を。
  少年の年齢は10歳程度と言った所だろうか。

――今更兄弟などいらぬ……貴様らの存在を消してやる!!

  3年前のあの日、自分達を殺害する為に機甲羽根を纏い現れた妹……セセリをふと思い出した。

(親玉来た来た。あ、か~わいい子♪)
「ああ」

  そして3年前と変わらぬ、自身の中に宿る聖霊の言葉にそっけなく答える。

「あの少年の左目、まさか……」
(聖霊石ね。でも……空っぽだわ)

  空っぽ――そう、少年の聖霊石に聖霊は宿っておらず、ただ聖霊力のみが込められていた。

「聖霊を宿さず聖霊力を操る……」
(人間なのに頑張るわね~、大方あの背中のピカピカ機甲羽根のおかげなんだろうけど)
「輝羽、か」

  他の兵士達が着けていたそれとは明らかに違う、巨大な輝く羽根。


「やぁぁぁっ」

  少年の掛け声に呼応するように輝羽が大きく揺らぎ、
  そこからあふれ出した聖霊力が浮遊砲台の姿で具現化された。
  1つ、2つ、3つ、4つ……
  ズガガガガッ!!
  それらが一斉に、なぎ払うかのごとく光弾をばら撒く。

「どうだぁっ!!」

  そしてそれを隠れ蓑に少年がアゲハ目がけ光弾を放った。

(うわ~お、すごいすごい♪)
「感心している場合か!」

  キィィィンッ
  聖霊力の障壁を作り出しこれを相殺。

「何故ソーマが聖霊機関を!!」
「聖霊機関?」

  その言葉を聞いた少年があざ笑うかのような――それでいて怒りの緩まぬ目つきでアゲハを睨みつけた。

「はっ、所詮は時代遅れの出来損ないだな! 我々が復活させたのは、聖霊機関を超えた、真の聖霊機関だ!」
「真の……聖霊機関だと?」

  そして少年が声を張り上げ、誇らしげに続ける。

「シンラは滅んだ! 次はソーマがこの地を支配する!」


                            ■


  クロスを取り払われ、木目だけが広がるテーブルを囲み3人の女が座っていた。
  長辺の一方に長い髪を蓄えた、金糸飾りの白衣の美女。そしてその反対側にところどころが破れている
  黒いワンピースドレスの少女と、オレンジ色のミニスカートから健康的な脚を覗かせる女性。

「ソーマが……聖霊機関を復活させた?」

  白衣の女――アリスが怯えたような顔でつぶやいた。

「ええ。シンラの中枢、ウツロブネの残骸から」
「ウツロっ!?」

  ウツロブネ……
  その言葉に反応し、ミニスカートの女性――タテハが目を大きく見開き隣に座る少女へと向き直る。

「その中に女の子の遺体は無かったの!?」

  そして興奮気味に問い詰めながら、黒いスカートを両手で握りしめ顔を伏せたまま説明を続ける少女――
  アサギの肩をぎゅっと掴んだ。

「痛っ!」
「あ、ご、ごめんなさい……」

  か細い悲鳴にぱっとその手を離す。
  聖霊の力により大分回復したとは言え、アサギが瀕死の重傷を負っていた事を思わず失念してしまっていた。
  ウツロブネ。父と、あの子の居城。
  胸の奥にしまっていた記憶が蘇る。今ここにいない、あの日ウツロブネと共に消えた妹の記憶。

――セセリちゃん……一緒に暮らしたかったよ、お母さんと、お兄ちゃんと……
「タテハ……さん?」

  クリっとした瞳で見つめながら、心配そうに小首をかしげるアサギの言葉にふと我に帰る。

「え、あ、やだ、ゴメン」

  鼻の奥につぅんと来る感触……どうやら知らない内に泣いてしまっていたようだ。

「ううん、いいの。タテハさんも……色々辛かったんだろうし。
女の子の遺体があったかどうかはさすがに分からないけど……」

  アサギが申し訳なさそうにうつむく。そして、一度深く息をついてそのまま説明に戻った。

「それで……私やツバメ、ジャノメは実験が成功したんだけど……」

  声を震わせ、黒い厚手のスカートをシワが寄るほどにギュっと握り締める。

「あの子達は……まだ施設の中にいるあの子達は……」

  ぽたっぽたっ

  1つ、2つとスカートの上に水滴が落ち、小さなシミが広がってゆく。

「このままだと……みんな殺されてしまう……」

  タテハは、小さな悲鳴のような声をあげながら震える肩をそっと抱きしめ、
  ゆるやかなウェーブのかかった薄紫色の髪を優しく撫でてやった。

「大丈夫よ、そんな事させはしない――」

  ふと思った。もし、妹がいたとしたら、こんな感じなのかなぁ……と。
  自分にしがみつき涙を流す少女に、自身の体を聖霊機関と化しながらも戦い続けた妹、セセリの姿がダブった。

――セセリちゃんみたいな子をこれ以上増やしたくない、だから……
「私、戦うわ。ううん、私だけじゃ無い。お兄ちゃんだって!」

「タテハ……」

  テーブルの向こう側から、アリスがか細い声をあげ心配そうに見つめる。

「大丈夫よ、お兄ちゃんもいるし」
「ごめんなさいね、何の力にもなくて……」

  アリスが力なくうなだれる。
  かつては聖霊の巫女としてプロジェクトエスプガルーダの主軸を担っていた彼女だったが、
  実験の日々が聖霊力を奪いつくしてしまっていた。
  もっとも、仮にアリスに聖霊力が残っていたとしても戦場に連れて行く事など
  タテハにも、無論兄アゲハにも出来ようはずの無い事なのだが。

「お母さんは家を守ってて、すぐ帰ってくるから!」

  ガタッ

  跳ね上がるようにタテハが立ちあがる。

「タテハさん待って!私も一緒に行く!」

  そしてそれに付き従うようにアサギも立ち上がった。

「体はもう大丈夫なの?」
「このぐらい、あの実験に比べたらっ!!」

  そう言って胸の前で軽く両手でこぶしを握ると、タテハを尻目に表へと飛び出して行ってしまった。
  そして羽根を広げ空へと舞い上がり、こちらを振り返りながら手を伸ばす。

「さぁ、行くよっ!!」
「うんっ!」

  タテハも羽根を広げながら飛び上がり、差し出された小さい手へと腕を伸ばしその手を掴む。

「2人とも、気をつけるのよぉっ」

  玄関で大きく手を振る母の姿がだんだんと、だんだんと小さくなっていった。