「ノエ【7】」(2006/01/16 (月) 07:59:35) の最新版変更点
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<h2>ノエ(7)</h2>
<p align="right">見習氏</p>
<p>部屋の様子は、その主の人柄を表すという。<br>
木製の机と本棚、日用品を入れる小箱、それと――独りで眠る、ベッド。<br>
それだけしかない私室は、私の人柄をよく表している。<br>
理論家肌で冷静沈着、世間の喧騒に耳を傾けず、専らその一日を自らの知的好奇心の探求に費やす。<br>
「何と面白味のない、人並みの趣味を持て。たまには女を買うといい。俺の馴染みの店を紹介してやろうか?」<br>
「悪いが私は、女性の肉体と、女性との性交渉、それによって得られる快楽に興味は無い。<br>
あのようなもの、一度済ませれば十分だ」<br>
やれやれ、堅物野郎め、と肩を竦める友人の姿を思い出す。……その彼が、今の私の姿を目の当たりにすれば、<br>
きっと腹を抱えて大笑いし、転げまわるに違いない。<br>
<br>
「……ノエ、ノエ。寝たのか……?」<br>
二人で眠るには狭い、私のベッドの中。一枚のシーツに包まって、私とノエは、身を寄せ合っていた。<br>
<br>
――嗚呼、亡き父よ、母よ、今は失われし、我が一族の誇りよ――願わくばこの私に、己を律する力を与え給え――</p>
<br>
<p>
ノエはその薄い胸板を規則正しく上下させている。…完全に眠ってしまったようだ。<br>
再度、声を掛けてみる。……反応はない。<br>
静寂が、さながら針の様に、私の体を刺激する。<br>
咽喉が渇く。唇が乾燥する。呼吸が苦しい。声が掠れる。<br>
いっそこのまま、ノエを抱こうか。<br>
ノエの細く白い両腕を揃えてベッドの端に縛りつけろ。<br>
違和感を覚えて意識を取り戻すその小さな体の自由を奪え。<br>
衣服を引き剥がせ。何、そのガウンは私のものだ。破ろうが裂こうが関係ない。<br>
白いガウンの下から現れる、仄かな桜色の肌を嘗め尽くせ。<br>
体の中心へ欲望を宛がえ、そのまま貫け!ノエの全てを自分の物にしろ!<br>
ガウンだけではない!ノエ自身もまた私のものだ!破ろうが裂こうが――<br>
<br>
「……出来るわけが、ないだろう……!」<br>
<br>
頭を壁に打ち付けた。少し激し過ぎたようで、くらりと視界が歪む。だが構うものか、これは私への罰だ。<br>
何というおぞましい、下劣な妄想…!金で買った者を、それも少年を無理矢理手篭めにするなど!<br>
(でもそれは私自身が望んだ事だ、私よ。努々忘れるな、私はそれを望んでいる――)<br>
心の中で下卑た笑みを浮かべるもう一人の私。<br>
<br>
宵の刻を過ぎた頃、私は一人苦悩していた。<br>
この懊悩を、誰に理解できようか。</p>
<br>
<p>
よしんば今夜の危機を乗り越えられたとしても、ノエが独りで眠るのを拒み続ければ問題は解決しない。<br>
……私がノエと眠る事に抵抗を感じなくなれば話は早いのだが、現状を顧みるに、そちらの方が時間が掛かりそうである。<br>
上体を起こしたまま、ノエを見下ろす。<br>
長い睫毛に縁取られた両の目は閉じられ、唇は呼吸の為だけに小さく開けられ、寝返りを打つ度に乱れたのであろう、<br>
ガウンの胸元は肌蹴、胸元が惜し気もなく暗夜に晒されている。<br>
「――」<br>
呑みこんだのは、唾か欲望か。<br>
私は激しく頭を振り、逃げるように寝室から飛び出した。</p>
<h2>ノエ(7)</h2>
<p align="right">見習氏</p>
<p>部屋の様子は、その主の人柄を表すという。<br>
木製の机と本棚、日用品を入れる小箱、それと――独りで眠る、ベッド。<br>
それだけしかない私室は、私の人柄をよく表している。<br>
理論家肌で冷静沈着、世間の喧騒に耳を傾けず、専らその一日を自らの知的好奇心の探求に費やす。<br>
「何と面白味のない、人並みの趣味を持て。たまには女を買うといい。俺の馴染みの店を紹介してやろうか?」<br>
「悪いが私は、女性の肉体と、女性との性交渉、それによって得られる快楽に興味は無い。<br>
あのようなもの、一度済ませれば十分だ」<br>
やれやれ、堅物野郎め、と肩を竦める友人の姿を思い出す。……その彼が、今の私の姿を目の当たりにすれば、<br>
きっと腹を抱えて大笑いし、転げまわるに違いない。<br>
<br>
「……ノエ、ノエ。寝たのか……?」<br>
二人で眠るには狭い、私のベッドの中。一枚のシーツに包まって、私とノエは、身を寄せ合っていた。<br>
<br>
――嗚呼、亡き父よ、母よ、今は失われし、我が一族の誇りよ――願わくばこの私に、己を律する力を与え給え――</p>
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<p>
ノエはその薄い胸板を規則正しく上下させている。…完全に眠ってしまったようだ。<br>
再度、声を掛けてみる。……反応はない。<br>
静寂が、さながら針の様に、私の体を刺激する。<br>
咽喉が渇く。唇が乾燥する。呼吸が苦しい。声が掠れる。<br>
いっそこのまま、ノエを抱こうか。<br>
ノエの細く白い両腕を揃えてベッドの端に縛りつけろ。<br>
違和感を覚えて意識を取り戻すその小さな体の自由を奪え。<br>
衣服を引き剥がせ。何、そのガウンは私のものだ。破ろうが裂こうが関係ない。<br>
白いガウンの下から現れる、仄かな桜色の肌を嘗め尽くせ。<br>
体の中心へ欲望を宛がえ、そのまま貫け!ノエの全てを自分の物にしろ!<br>
ガウンだけではない!ノエ自身もまた私のものだ!破ろうが裂こうが――<br>
<br>
「……出来るわけが、ないだろう……!」<br>
<br>
頭を壁に打ち付けた。少し激し過ぎたようで、くらりと視界が歪む。だが構うものか、これは私への罰だ。<br>
何というおぞましい、下劣な妄想…!金で買った者を、それも少年を無理矢理手篭めにするなど!<br>
(でもそれは私自身が望んだ事だ、私よ。努々忘れるな、私はそれを望んでいる――)<br>
心の中で下卑た笑みを浮かべるもう一人の私。<br>
<br>
宵の刻を過ぎた頃、私は一人苦悩していた。<br>
この懊悩を、誰に理解できようか。</p>
<br>
<p>
よしんば今夜の危機を乗り越えられたとしても、ノエが独りで眠るのを拒み続ければ問題は解決しない。<br>
……私がノエと眠る事に抵抗を感じなくなれば話は早いのだが、現状を顧みるに、そちらの方が時間が掛かりそうである。<br>
上体を起こしたまま、ノエを見下ろす。<br>
長い睫毛に縁取られた両の目は閉じられ、唇は呼吸の為だけに小さく開けられ、寝返りを打つ度に乱れたのであろう、<br>
ガウンの胸元は肌蹴、胸元が惜し気もなく暗夜に晒されている。<br>
「――」<br>
呑みこんだのは、唾か欲望か。<br>
私は激しく頭を振り、逃げるように寝室から飛び出した。</p>
<p>
無我夢中で飛び出した私は、裏庭の石畳の上で膝を抱えていた。<br>
幼い頃、父に叱られた時、よくこうして膝を抱えて泣いていたな、と笑う。</p>
<p>――ふと、空を見上げた。<br>
濃い闇の中に、輝く満月。闇は深く空を覆うのに、決して月の領分を侵そうとはしない。<br>
……ならば私は、曇り空の夜か。見えずとも雲は闇夜に存在し、気紛れに月を犯す。</p>
<p>――ノエを、犯す。</p>
<p>
その暴力的な響きに、刹那、体が熱くなる。夜気の中にあって、私の体は、情欲の炎に汗ばむ。<br>
一方で頭は、自らの妄想を律する様に冷えてゆく。<br>
ならばその狭間に身を置き懊悩する「私」とは何だ?<br>
肉欲を否定し、倫理を邪魔者扱いし、衝動を抑制し、理性に苦悶し、いきり立つ股座をどうにも処理出来ずに居る<br>
「私」とは何だ?</p>
<p>
夜が更けてゆく。とじめやみに現れし光の軍勢の王が、騒々しい足音で朝の到来を告げる頃。<br>
私は気を失う様に、深いまどろみの中へ落ちて行った。</p>
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