「赤い目【1】」(2006/01/23 (月) 00:25:55) の最新版変更点
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<h2>赤い目(1)</h2>
<p align="right">防空壕ってどんくらい深いんだろう氏</p>
<p>時代は太平洋戦争真っ只中。<br>
敵機の撒いた焼夷弾によって家に火がつき、俺は近くの防空壕に緊急避難していた。<br>
山奥に住んでいるため、この激しい空襲の中でも防空壕は過疎っている。<br>
今頃、家は完全な灰の塊と化しているだろう。<br>
俺はそう思ってため息をついた。<br>
今は亡き義父から譲り受けた古い家だ、今燃えずとも遠からず壊さなくてはならなかった。<br>
それに俺は孤児だ。独り暮らしだ。家をなくしたって、誰にも迷惑をかけることはない。<br>
俺はこう自身をなぐさめながら、未だ降り注ぎ続ける黒い火の雨を眺めていた。<br>
「…馬鹿だなー、こんな田舎に爆弾落としたってもう燃えるもんねえって」<br>
独り呟いて、俺は防空壕の入り口にまで飛んでくる火の粉を避けた。<br>
ついでに防空壕に常備しているはずのあんどんを、壕の奥まで取りに行くことにする。<br>
もっと奥、もっと奥か。<br>
俺はついに火の明かりの届かないところまで進んできていた。<br>
既に視界は真っ暗闇。手探りと勘だけで前進してゆくのみである。<br>
…と、俺は何かにつまずいた。</p>
<p>それはうずくまっている人間であったらしい。<br>
足元から小さな悲鳴が聞こえ、俺とその人はもんどりうちながら一緒に転がった。<br>
「いってぇ…」<br>
「いったぁ…ぃ」<br>
その人は、幼い少年のようである。<br>
俺の低い声と彼の幼い声が合わさり、狭い壕にこだました。<br>
「おい、大丈夫か」<br>
俺はすぐに立ち上がると、手探りで彼を引き寄せ、立たせ、頭の位置を確かめた。<br>
それなりに低い位置にある。7、8歳といったところか。<br>
「うん、大丈夫…です…あの、お兄ちゃんは…?」<br>
「あ、俺は、全然、何とも」<br>
転がったと言えども土の上である。<br>
年こそ20に満たないが、体は充分大人であると言える俺が、そんな事ごときで怪我などするはずもない。<br>
俺はガッツポーズをしてみせたが、この暗闇では意味のない事に気付き、すぐに手を下ろした。<br>
「…それよりお前、独りで何してるんだ?」<br>
彼に問掛けながら、見当違いのところに話しかけないように、彼の肩を探り当てて両腕を掴んでおく。<br>
「あ…えっと…僕…ふもとの協会の子で…」<br>
話ながら彼はかすかに身じろぎをする。<br>
俺の手が感じる小さな手応えが、心地よい。</p>
<p>
「協会が焼けちゃったから…逃げてきたの…僕…僕…」<br>
彼の肩が震え、僅かな液体が流れ落ちる気配が俺を揺さぶる。<br>
「そうか…そうか…」<br>
恐らく彼の両親は既に生きてはいないのであろう。<br>
俺は膝をつき、彼の体を引き寄せて抱いた。<br>
「よく頑張った。よくここまで独りで来た。お前は偉い。格好良いぞ。もう、大丈夫だからな」<br>
そう耳元で囁くと、彼は必死にしがみついてきた。<br>
そして控え目な嗚咽が俺の顔の横から届く。<br>
…不覚。俺耳は弱いんだった。女みたいだ、と、よく級友にからかわれたものだ。<br>
彼のしゃくりあげるような泣きかたと吐息は、俺の耳へ直接刺激となって働き掛けた。<br>
やばい。しかし今彼を引き離すことは到底不可能である。俺は耐えた。ひたすら耐えた。<br>
やがて彼が泣きやんで俺から離れるまでに、俺は何度息子を叱ったであろう。<br>
情けないことに、今未だ半起ちであるとは、なんたる不真面目さか。<br>
相手は両親を被災した少年であるというのに。<br>
俺は照れ隠しに、少年にあんどんを探すように言っった。<br>
しかし、少年が容易く見つけたそれは、湿っていて使い物にならなかった。<br>
「ちっ、何年前のだよ、ほんとに使えねえたあ、糞馬鹿野郎」</p>
<p>
つい口をついて出た俺の毒舌を、彼はくすくすと笑って流した。<br>
子供というものはこうも立ち直るのが早いのか。<br>
それとも、彼にとって両親は希薄な存在であったのだろうか。<br>
「仕様がないから、外に出るか。」</p>
<h2>赤い目(1)</h2>
<p align="right">防空壕ってどんくらい深いんだろう氏</p>
<p>時代は太平洋戦争真っ只中。<br>
敵機の撒いた焼夷弾によって家に火がつき、俺は近くの防空壕に緊急避難していた。<br>
山奥に住んでいるため、この激しい空襲の中でも防空壕は過疎っている。<br>
今頃、家は完全な灰の塊と化しているだろう。<br>
俺はそう思ってため息をついた。<br>
今は亡き義父から譲り受けた古い家だ、今燃えずとも遠からず壊さなくてはならなかった。<br>
それに俺は孤児だ。独り暮らしだ。家をなくしたって、誰にも迷惑をかけることはない。<br>
俺はこう自身をなぐさめながら、未だ降り注ぎ続ける黒い火の雨を眺めていた。<br>
「…馬鹿だなー、こんな田舎に爆弾落としたってもう燃えるもんねえって」<br>
独り呟いて、俺は防空壕の入り口にまで飛んでくる火の粉を避けた。<br>
ついでに防空壕に常備しているはずのあんどんを、壕の奥まで取りに行くことにする。<br>
もっと奥、もっと奥か。<br>
俺はついに火の明かりの届かないところまで進んできていた。<br>
既に視界は真っ暗闇。手探りと勘だけで前進してゆくのみである。<br>
…と、俺は何かにつまずいた。</p>
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<p>それはうずくまっている人間であったらしい。<br>
足元から小さな悲鳴が聞こえ、俺とその人はもんどりうちながら一緒に転がった。<br>
「いってぇ…」<br>
「いったぁ…ぃ」<br>
その人は、幼い少年のようである。<br>
俺の低い声と彼の幼い声が合わさり、狭い壕にこだました。<br>
「おい、大丈夫か」<br>
俺はすぐに立ち上がると、手探りで彼を引き寄せ、立たせ、頭の位置を確かめた。<br>
それなりに低い位置にある。7、8歳といったところか。<br>
「うん、大丈夫…です…あの、お兄ちゃんは…?」<br>
「あ、俺は、全然、何とも」<br>
転がったと言えども土の上である。<br>
年こそ20に満たないが、体は充分大人であると言える俺が、そんな事ごときで怪我などするはずもない。<br>
俺はガッツポーズをしてみせたが、この暗闇では意味のない事に気付き、すぐに手を下ろした。<br>
「…それよりお前、独りで何してるんだ?」<br>
彼に問掛けながら、見当違いのところに話しかけないように、彼の肩を探り当てて両腕を掴んでおく。<br>
「あ…えっと…僕…ふもとの教会の子で…」<br>
話ながら彼はかすかに身じろぎをする。<br>
俺の手が感じる小さな手応えが、心地よい。</p>
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「教会が焼けちゃったから…逃げてきたの…僕…僕…」<br>
彼の肩が震え、僅かな液体が流れ落ちる気配が俺を揺さぶる。<br>
「そうか…そうか…」<br>
恐らく彼の両親は既に生きてはいないのであろう。<br>
俺は膝をつき、彼の体を引き寄せて抱いた。<br>
「よく頑張った。よくここまで独りで来た。お前は偉い。格好良いぞ。もう、大丈夫だからな」<br>
そう耳元で囁くと、彼は必死にしがみついてきた。<br>
そして控え目な嗚咽が俺の顔の横から届く。<br>
…不覚。俺耳は弱いんだった。女みたいだ、と、よく級友にからかわれたものだ。<br>
彼のしゃくりあげるような泣きかたと吐息は、俺の耳へ直接刺激となって働き掛けた。<br>
やばい。しかし今彼を引き離すことは到底不可能である。俺は耐えた。ひたすら耐えた。<br>
やがて彼が泣きやんで俺から離れるまでに、俺は何度息子を叱ったであろう。<br>
情けないことに、今未だ半起ちであるとは、なんたる不真面目さか。<br>
相手は両親を被災した少年であるというのに。<br>
俺は照れ隠しに、少年にあんどんを探すように言っった。<br>
しかし、少年が容易く見つけたそれは、湿っていて使い物にならなかった。<br>
「ちっ、何年前のだよ、ほんとに使えねえたあ、糞馬鹿野郎」</p>
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つい口をついて出た俺の毒舌を、彼はくすくすと笑って流した。<br>
子供というものはこうも立ち直るのが早いのか。<br>
それとも、彼にとって両親は希薄な存在であったのだろうか。<br>
「仕様がないから、外に出るか。」</p>
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