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馬鹿だよな俺」(2006/01/15 (日) 03:03:24) の最新版変更点

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<h2>馬鹿だよな俺</h2> <p align="right">著者不詳</p> <p>「ただいま」<br>  今時珍しい古いアパートの一室に、自分の声が虚しく響く。この部屋は日当たりが悪い為か昼間でも薄暗く、一見とても人がいるようには見えない。が、確かにそこに人はいた。<br> 「よう、遅かったじゃねえか」<br>  親父がぼろぼろの襖を開けてのそりと現れた。…ひどく酒臭い。今日も朝から飲んでいたのだろう。碌に働きもせず、毎日毎日ご苦労な事だ。母さんが遺したお金も後少ししかないというのに。<br>  父さん、そろそろ預金やばいから、無駄遣いしないでよね。なんて言っても、へいへい、と空返事だけして冷蔵庫から酒瓶を取り出すのが関の山。<br>  近い将来、俺が働かなくちゃいけない日も来るんだろうな。<br>  けど中学生、しかも学年の平均身長より遥か下回りなチビに、仕事なんて誰がくれる?どこかの寂れた新聞配達屋なら雇ってくれるかもしれないけど、それで稼げる金なんてたかが知れてる。俺だけならともかく、親父まで養うなんて到底無理だ。<br>  それを考えると、毎回ため息が出る。女はいいよな。一回セックスするだけで大金が手に入るんだから。「俺も女に生まれたかったよ」<br> 「あ゙?」という濁音まじりの声と共に、親父がこっちを見た。<br>  やべっ、と思わず口を手で抑えるがもう遅い。思っただけのつもりが、ついつい口にしてしまった。<br>  一人で考え込む事が多いと、独り言も多くなってしまう。それだけならまだいいのだが、学校の授業中や、こうして人といる時にやってしまうと、面倒な事になる。<br> 「今なんつったよ?」厳ついしかめっ面に装着された鋭い眼が、俺を捉える。「女になりてぇってか?」<br>  どん!と腹に鈍い衝撃が走る。殴られた。これはいつもの事だ。<br>  胃から熱いものが込み上げるのを必死になって抑える。吐いた。これもいつもの事だ。<br>  そして怒声とも罵声とも似つかない汚い声を浴びせられながら、床を拭く。いつもの事だ。<br>  しかしその日は、ひとつだけ違う事があった。親父の顔がニヤついている。きめえ。ただでさえきめえのに、笑うとさらにきめえ。<br>  こういう時に限って、母親似で良かったと思う。女顔なんてよく言われるが、所詮他人よりちょっと顔が良いだけで──友達にからかわれるか、女子達に冷やかされるかするだけで──役に立ったためしが無かったからだ。</p> <p>「いいぜ、女にしてやるよ」<br> 「……は?」その言葉の意味に対して、あまりにも理解が及ばず、一瞬思考が停止するかと思った。<br>  “女にしてやる”って……酒飲みすぎて頭ぶっ壊れたか?今までにも何度か、意味不明な発言をぶちまけながら殴る事は多々あったが、こんなイカれた冗談は初めて──いや、そうでもないか。<br>  単に自分のくだらない望みが叶えられるかもしれないという、反射的なものだったんだと思う。そう結論付けて、俺は現在進行形で殴られている事に目を向けた。<br>  こういう時は余計な事は考えず“人形”になりきる事だ。苦しいとか、悲しいとか、そういう感情があると相手を喜ばせるどころか、肉体的な痛みに加えて心が痛くなる。<br>  今自分を殴っているのは、どっかの可哀想な出来事があった可哀想な“人”で、自分はそのストレス発散に使われている“人形”だ、そう思い込む。<br>  それか、名前も知らない誰かさんが名前も知らない誰かさんを殴っているのを天から見下ろし、「ああ、人間て馬鹿だな」とか思いながら他人事のように笑う。<br>  まあ、本当に笑っちゃったりすると、相手の怒りが増長して傷が増えるから、こっちはおすすめはできないけどね。 慣れれば自分で意識を手放したりとかできるようになると思うから、それもアリだ。<br>  そうして殴り終わるのを気長に待つ。待ってる間もなかなか退屈なもので、学校の周りを軽く一周くらいできるんじゃないかとも思う。けど、その日は一周なんてもんじゃ済まされなかった。</p> <p>  あの親父、ずぼん脱いで下半身丸出しにしてんの。しかも勃起中。気づいたら、こっちも脱がされてて………後はまあご想像の通り。<br>  しばらくトイレなんて行けなかったね。入れる途中でもちょっと漏らしたし。それが原因でまた殴られたのも当たり前っちゃ当たり前。<br>  まさか親父にそういう趣味があったなんて知らなかったけど、あってもおかしくない人だったし、何よりプライドなんて母さんと一緒にぼこぼこにされてた時から捨ててたから、それほど驚かなかったかな。<br>  けど泣いたよ。涙なんて当の昔に枯れ果てたもんだと思ってたのにね。<br>  自分が誰よりも何よりも憎かった。<br>  父親のちんぽぶち込まれてあんあん喘いでた自分も、それ見て馬鹿みたいに笑いながら突いてくる親父に腰振って応える自分も、服も着ないで床掃除した上そのまま夕食まで作っちゃう自分も、それでも親父の下から離れない自分も、全部憎らしかった。<br>  それ考えると死にたいとも思ったけど、そんなのこれまで何度も思ってきた事だし、稼ぎ手無くなったら親父可哀想かななんて思うと、どうしてもできなかった。<br>  どう見てもあっちが加害者なのにな。自分の親って事考えると、決心揺らいじゃうわけだ。馬鹿だよな…。馬鹿だよな俺。</p>
<h2>馬鹿だよな俺</h2> <p align="right">著者不詳</p> <p>「ただいま」<br>  今時珍しい古いアパートの一室に、自分の声が虚しく響く。この部屋は日当たりが悪い為か昼間でも薄暗く、一見とても人がいるようには見えない。が、確かにそこに人はいた。<br> 「よう、遅かったじゃねえか」<br>  親父がぼろぼろの襖を開けてのそりと現れた。…ひどく酒臭い。今日も朝から飲んでいたのだろう。碌に働きもせず、毎日毎日ご苦労な事だ。母さんが遺したお金も後少ししかないというのに。<br>  父さん、そろそろ預金やばいから、無駄遣いしないでよね。なんて言っても、へいへい、と空返事だけして冷蔵庫から酒瓶を取り出すのが関の山。<br>  近い将来、俺が働かなくちゃいけない日も来るんだろうな。<br>  けど中学生、しかも学年の平均身長より遥か下回りなチビに、仕事なんて誰がくれる?どこかの寂れた新聞配達屋なら雇ってくれるかもしれないけど、それで稼げる金なんてたかが知れてる。俺だけならともかく、親父まで養うなんて到底無理だ。<br>  それを考えると、毎回ため息が出る。女はいいよな。一回セックスするだけで大金が手に入るんだから。「俺も女に生まれたかったよ」<br> 「あ゙?」という濁音まじりの声と共に、親父がこっちを見た。<br>  やべっ、と思わず口を手で抑えるがもう遅い。思っただけのつもりが、ついつい口にしてしまった。<br>  一人で考え込む事が多いと、独り言も多くなってしまう。それだけならまだいいのだが、学校の授業中や、こうして人といる時にやってしまうと、面倒な事になる。<br> 「今なんつったよ?」厳ついしかめっ面に装着された鋭い眼が、俺を捉える。「女になりてぇってか?」<br>  どん!と腹に鈍い衝撃が走る。殴られた。これはいつもの事だ。<br>  胃から熱いものが込み上げるのを必死になって抑える。吐いた。これもいつもの事だ。<br>  そして怒声とも罵声とも似つかない汚い声を浴びせられながら、床を拭く。いつもの事だ。<br>  しかしその日は、ひとつだけ違う事があった。親父の顔がニヤついている。きめえ。ただでさえきめえのに、笑うとさらにきめえ。<br>  こういう時に限って、母親似で良かったと思う。女顔なんてよく言われるが、所詮他人よりちょっと顔が良いだけで──友達にからかわれるか、女子達に冷やかされるかするだけで──役に立ったためしが無かったからだ。</p> <br> <p>「いいぜ、女にしてやるよ」<br> 「……は?」その言葉の意味に対して、あまりにも理解が及ばず、一瞬思考が停止するかと思った。<br>  “女にしてやる”って……酒飲みすぎて頭ぶっ壊れたか?今までにも何度か、意味不明な発言をぶちまけながら殴る事は多々あったが、こんなイカれた冗談は初めて──いや、そうでもないか。<br>  単に自分のくだらない望みが叶えられるかもしれないという、反射的なものだったんだと思う。そう結論付けて、俺は現在進行形で殴られている事に目を向けた。<br>  こういう時は余計な事は考えず“人形”になりきる事だ。苦しいとか、悲しいとか、そういう感情があると相手を喜ばせるどころか、肉体的な痛みに加えて心が痛くなる。<br>  今自分を殴っているのは、どっかの可哀想な出来事があった可哀想な“人”で、自分はそのストレス発散に使われている“人形”だ、そう思い込む。<br>  それか、名前も知らない誰かさんが名前も知らない誰かさんを殴っているのを天から見下ろし、「ああ、人間て馬鹿だな」とか思いながら他人事のように笑う。<br>  まあ、本当に笑っちゃったりすると、相手の怒りが増長して傷が増えるから、こっちはおすすめはできないけどね。 慣れれば自分で意識を手放したりとかできるようになると思うから、それもアリだ。<br>  そうして殴り終わるのを気長に待つ。待ってる間もなかなか退屈なもので、学校の周りを軽く一周くらいできるんじゃないかとも思う。けど、その日は一周なんてもんじゃ済まされなかった。</p> <br> <p>  あの親父、ずぼん脱いで下半身丸出しにしてんの。しかも勃起中。気づいたら、こっちも脱がされてて………後はまあご想像の通り。<br>  しばらくトイレなんて行けなかったね。入れる途中でもちょっと漏らしたし。それが原因でまた殴られたのも当たり前っちゃ当たり前。<br>  まさか親父にそういう趣味があったなんて知らなかったけど、あってもおかしくない人だったし、何よりプライドなんて母さんと一緒にぼこぼこにされてた時から捨ててたから、それほど驚かなかったかな。<br>  けど泣いたよ。涙なんて当の昔に枯れ果てたもんだと思ってたのにね。<br>  自分が誰よりも何よりも憎かった。<br>  父親のちんぽぶち込まれてあんあん喘いでた自分も、それ見て馬鹿みたいに笑いながら突いてくる親父に腰振って応える自分も、服も着ないで床掃除した上そのまま夕食まで作っちゃう自分も、それでも親父の下から離れない自分も、全部憎らしかった。<br>  それ考えると死にたいとも思ったけど、そんなのこれまで何度も思ってきた事だし、稼ぎ手無くなったら親父可哀想かななんて思うと、どうしてもできなかった。<br>  どう見てもあっちが加害者なのにな。自分の親って事考えると、決心揺らいじゃうわけだ。馬鹿だよな…。馬鹿だよな俺。</p>

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