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見習氏
部屋の様子は、その主の人柄を表すという。 木製の机と本棚、日用品を入れる小箱、それと――独りで眠る、ベッド。 それだけしかない私室は、私の人柄をよく表している。 理論家肌で冷静沈着、世間の喧騒に耳を傾けず、専らその一日を自らの知的好奇心の探求に費やす。 「何と面白味のない、人並みの趣味を持て。たまには女を買うといい。俺の馴染みの店を紹介してやろうか?」 「悪いが私は、女性の肉体と、女性との性交渉、それによって得られる快楽に興味は無い。 あのようなもの、一度済ませれば十分だ」 やれやれ、堅物野郎め、と肩を竦める友人の姿を思い出す。……その彼が、今の私の姿を目の当たりにすれば、 きっと腹を抱えて大笑いし、転げまわるに違いない。 「……ノエ、ノエ。寝たのか……?」 二人で眠るには狭い、私のベッドの中。一枚のシーツに包まって、私とノエは、身を寄せ合っていた。 ――嗚呼、亡き父よ、母よ、今は失われし、我が一族の誇りよ――願わくばこの私に、己を律する力を与え給え――
ノエはその薄い胸板を規則正しく上下させている。…完全に眠ってしまったようだ。 再度、声を掛けてみる。……反応はない。 静寂が、さながら針の様に、私の体を刺激する。 咽喉が渇く。唇が乾燥する。呼吸が苦しい。声が掠れる。 いっそこのまま、ノエを抱こうか。 ノエの細く白い両腕を揃えてベッドの端に縛りつけろ。 違和感を覚えて意識を取り戻すその小さな体の自由を奪え。 衣服を引き剥がせ。何、そのガウンは私のものだ。破ろうが裂こうが関係ない。 白いガウンの下から現れる、仄かな桜色の肌を嘗め尽くせ。 体の中心へ欲望を宛がえ、そのまま貫け!ノエの全てを自分の物にしろ! ガウンだけではない!ノエ自身もまた私のものだ!破ろうが裂こうが―― 「……出来るわけが、ないだろう……!」 頭を壁に打ち付けた。少し激し過ぎたようで、くらりと視界が歪む。だが構うものか、これは私への罰だ。 何というおぞましい、下劣な妄想…!金で買った者を、それも少年を無理矢理手篭めにするなど! (でもそれは私自身が望んだ事だ、私よ。努々忘れるな、私はそれを望んでいる――) 心の中で下卑た笑みを浮かべるもう一人の私。 宵の刻を過ぎた頃、私は一人苦悩していた。 この懊悩を、誰に理解できようか。
よしんば今夜の危機を乗り越えられたとしても、ノエが独りで眠るのを拒み続ければ問題は解決しない。 ……私がノエと眠る事に抵抗を感じなくなれば話は早いのだが、現状を顧みるに、そちらの方が時間が掛かりそうである。 上体を起こしたまま、ノエを見下ろす。 長い睫毛に縁取られた両の目は閉じられ、唇は呼吸の為だけに小さく開けられ、寝返りを打つ度に乱れたのであろう、 ガウンの胸元は肌蹴、胸元が惜し気もなく暗夜に晒されている。 「――」 呑みこんだのは、唾か欲望か。 私は激しく頭を振り、逃げるように寝室から飛び出した。
無我夢中で飛び出した私は、裏庭の石畳の上で膝を抱えていた。 幼い頃、父に叱られた時、よくこうして膝を抱えて泣いていたな、と笑う。
――ふと、空を見上げた。 濃い闇の中に、輝く満月。闇は深く空を覆うのに、決して月の領分を侵そうとはしない。 ……ならば私は、曇り空の夜か。見えずとも雲は闇夜に存在し、気紛れに月を犯す。
――ノエを、犯す。
その暴力的な響きに、刹那、体が熱くなる。夜気の中にあって、私の体は、情欲の炎に汗ばむ。 一方で頭は、自らの妄想を律する様に冷えてゆく。 ならばその狭間に身を置き懊悩する「私」とは何だ? 肉欲を否定し、倫理を邪魔者扱いし、衝動を抑制し、理性に苦悶し、いきり立つ股座をどうにも処理出来ずに居る 「私」とは何だ?
夜が更けてゆく。とじめやみに現れし光の軍勢の王が、騒々しい足音で朝の到来を告げる頃。 私は気を失う様に、深いまどろみの中へ落ちて行った。
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