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著者不明
「りゅう、起きなさい。もうすぐ正太郎君の家よ」 「ん、もう着くの?はや…」 「あんた寝てたからよ」 車の窓から外を見ると、周りは田んぼだらけで遠く向こうに山がいくつも連なって見える。まだ目がよく覚めていないから、景色がぼんやりと淀んで見える。車で寝ていたせいか、何だかすごく気分が悪い。 「お母さん俺なんか吐き気がする」 「山本さんの家に着いたらお茶もらってあげるから、それまで我慢しなさい。お薬は持ってきてるけど飲み物がないのよ」 うう、吐きそうだ。ただでさえ車に弱いのに、うっかり寝ちゃうなんて。遠くの景色でも眺めて紛らわせないと。 耳を澄ますと空のずっと上で、ヒューヒョロロロロとトンビが鳴いてる。窓の外は同じような景色の繰り返しだ。ずーっと田んぼ。 またあの夢を見てしまった。正太郎と過ごした去年の夏のこと、俺は正太郎とセックスした。 男同士なのにセックス。なんておかしなことなんだろう。普通に考えて気持ち悪いよな。 でも正太郎はまるで女の子だった。あの時俺はたぶん普通の人が、そう男の人と女の人とがセックスしてる時と同じ気持ちだったのかもしれない。 いやでも正太郎はやっぱり男の子なんだよなあ。俺と同じものが付いてるし。 こんなことばかり考えてる小学三年生なんて俺以外にいるのだろうか。 ていうか、ホントはセックス自体よくわかってないんだが。兄ちゃんからちょっと聞きかじっただけなんだ。 「さありゅう、着いたぞ。荷物下ろし手伝ってくれ」 「う、うんお父さん」 急に声を掛けられて戸惑ってしまった。
「おまえ久しぶりだよなー、正太郎君ち」 「そうだね、去年の夏以来だよ」 「俺はあれからも正一に会いにちょくちょく来てたからな」 正一は正太郎の兄ちゃんのことだ。 「いいよなー兄ちゃんは、一人で何でも出来て。俺も電車くらい乗れるんだけどな」 「いろいろ乗り継がなきゃいけないからお前には無理だよ」 「じゃあ兄ちゃん、俺も一緒に連れてってくれたらよかったじゃん!」 「お前はうぜーから却下」 「なんだよ…もうっ……」 「おい、お父さんが呼んでるぞ」 玄関でお父さんが正太郎のお母さんと挨拶している。 「おいりゅう、お前も挨拶しないか」 「まありゅうちゃん久しぶり」 「久しぶりです、正太郎君いますか?」 「あっ、正太郎はね、今友達と山に遊びに行ってるのよ」 「えっ!山に!?」 「そうよ、このすぐ近くだから、りゅうちゃん急いで行ってきたらどうだい」 「はい、どういったらいいんですか?」 「コラりゅう、お前自分の荷物まだ運び終わってないだろ!」 「この道を真っ直ぐ行ったら、大きな杉が見えるからそこから山に入って。ちょっと登ればいるはずよ」 「吉江さん!ダメだぞりゅう、自分の荷物を入れてからだ」 「いいじゃないですか、子供は遊ぶのが仕事ですよ。私がりゅう君の分を運んどいてあげる」 「いいですよ吉江さん、自分で運ばせますから、あコラりゅう、待てお前」 「いってきまーす」 「夕方には帰ってくるのよ」 「りゅーう!待てぇ!」 父さんの声がだんだん遠ざかっていく。もう聞こえなくなった。 それにしても、あの正太郎が山で遊んでる!?想像つかないな。
病弱で絶対外に出たがらなかった正太郎が山で遊んでる?しかも友達と?去年は俺以外に友達なんていなかったはずだ。 何だろうこの気持ちは、何だか無性にイライラする。今日は正太郎と一緒に夜までゲームするつもりだったのに。しかもこんな田舎じゃまだ発売されてない最新のゲームを、わざわざ買ってきたのに。 正太郎のことを思うと自然と足がはやった。土臭い風が鼻に入ってくる。走り去った後ろの方で、チョロチョロと水が流れる音がする。木と木が時折吹く風でゆっくりとひしめき合っている。周りの景色はこんなにゆっくりとしているのに、俺だけこんなにせわしない。 大きな杉が見えた。急いで山を駆け上った。 「りゅう君!」 突然びっくりするほど大きな声が俺の名前を呼んだ。 「正太郎……?」 「そうだよ、久しぶりだねりゅう君」 これがあの正太郎?いつも漫画ばっかり読んでた弱っちい正太郎?外に出ないからパジャマばかり着てたあの正太郎?お化けみたいに白い肌だった正太郎? 一年でこれだけ変わるのだろうか、あのすぐにも折れそうな細々とした腕の正太郎はもういなくなっていた。健康的に小麦に焼けた肌と、細身にカッコよく付いた筋肉。少なくとも俺よりはずっと男っぽい体をしている。背も少しだけ俺より高いみたいだ。 「どうしたの?」 「いや何でもないよ」 「おうお前、都会っ子だな」 「着てる服でわかるよ」 「紹介するね、友達のケンタとトラ」 「ケンタだ、よろしくな」 「トラだよ」 「ああよろしく」 何だこいつら、馴れ馴れしいな。 「ねえりゅう君…」
「ん?どした正太郎」 「去年さ…」 「あ、ああそれは後で話そ」 「う、うん…」 その時俺は気付いた。見た目は変わっても中身は正太郎のままだって事を。去年のあの事を言い出そうとしたときの、赤く照れた顔は女の子のそれだった。そうだよく見ると顔は全然変わっていない。 「おいおい隠し事かよ」 「いやケンタ、そんなんじゃないよ」 するとトラが意味深なことを言った。 「お前には関係ないことだよ、ケンタ」 「何だよみんなで隠し事かよ、あーあ」 俺と正太郎は黙っていた。
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