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ノエ(2)

胸に掛けられた札の番号で呼ばれた少年は、拙い足取りで前へ歩み出た。
俄かに会場がざわめくのを感じ、私は小さく舌打ちをする。
見れば、篝火に照らされた少年は、その身に拘束具以外の何も身につけてはいなかった。
その時になって私はようやく、彼が俯いていた理由が憔悴以外にもあることに気付いた。
――羞恥。考えてみれば、当然の感情だ。
枷を嵌められた両腕を股間の前に組み、白く透き通るような両手で恥部を隠している少年の姿に、
妙齢の貴婦人やその手の趣味の者達が爛々と瞳を輝かせる。

最初は粛々と、しかし少年の競売は次第に興奮を孕み、開始値の約五倍近い値が誰かによって宣言される頃にはすぐさまその値を別の大声が上回る。
活気と剥き出しの欲望に塗れた会場は心なしか獣の香りがした。

「六百!」
神経質な高音で声を張り上げたのは、質素な生活をしている事で知られる小男の役人だった。
死んだ魚の目をして日がな規定通りの職務をこなし続ける小市民に、このような趣味があったとは…
意外な一面に苦笑する。尤も、それを言えば私も、なのであるが。

吊り上げられた値段に、参加者は苦虫を噛み潰す。
たかが少年奴隷一人に六百等…彼らは競売に負けた鬱憤を他の者への冷笑に変え、貴族の面子を保とうとしたのだ。
役人の方を指や扇で指し、あれやこれやと下賎な妄想に華を咲かせる。
曰く、あの小男は一年間の給金全てを次ぎ込んで男娼を買う異常者――恥知らず――職務の鬱憤をこの少年に――

私は無言で一歩前へ進み出、この日初めて唇を開いた。

「千!」
――観衆と売人と、この場に存在する諸人の視線が私に集まる。
それはこの上なく心地良い、勝利の証明であった。

遠くの方で礼の小男の姿を捉えた。
彼の、私を見る目に、憎悪に近いものが混じったいたのをよく憶えている。
彼は再び言い値を告げようと腕を挙げかけたが、直ぐにその腕を下ろし、項垂れた。
よく見知る、死んだ魚の目をした役人に戻っていた。

侮蔑や友愛や、雑多な視線と声が混ざった中を、私は歩いた。
壇上の男と目が合う。彼はその屈強な姿とは似つかぬ慇懃無礼な身振りで、私を少年の傍へと招き入れた。
「彼は今すぐに私が連れ帰る。鍵を」
その言葉と引き換えに、私は金貨の袋と宝石細工の懐中時計を男に手渡した。
男は値踏みするような一瞥を時計にくれた後、彼なりの誠意なのであろう、軽蔑を隠した笑顔で私に鍵を手渡した。
少年は、自分が金で売買されたという現実を目の当たりにし、衝撃を隠せないようだった。
「さあ、行こう。今日から君は、私の家で暮らすのだ」
その私の言葉の真意を測りかねたのか、少年はただ一度だけ私の顔を盗み見て、また深く俯いた。
「心配することはない、あの小男との生活に比べれば――」
言いかけ、私は言葉を濁した。
少年にとっては、私との生活も、あの小男との生活も大差はない。
人権を剥奪され、金銭で売買され、肉体も、精神も拘束され続けるのだから。