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深緑の木々が鬱蒼と茂げる山々。
辺りには鳥の鳴く声。風に揺れ葉がかすれる音。
絶えることなく響き続けている。
「ふぅ。こりゃ、日が暮れるまでに山を越えるのは無理そうだな…」
男は溜息をついて、道無き山の地を踏んだ。
男の名は七科。名前以外は、いや、名前すらも意味もない男だ。
旅をして、なんの目的もなく、ただ生きている。
だから何も必要もなく、七科は全てを捨て去った。
「ん…鳥の声が止んだな」
七科は顔を上げて、帽子をずらして空を仰いだ。
先程まで響いていた音が一つ二つと消えて、今響く音が不協和音に聴こえる。
「ん…こんなとこに」
ふと足を止めた先には、緑の海の中にぽつんと屋敷が存在していた。
七科は少しだけ笑うと、屋敷の玄関戸を叩く。
長くかからず戸が開かれて、中から少年が顔を出した。
「どなたでしょうか?」
「旅してるもんだが、一泊だけ泊まらせてくれんかと思ってな」
七科がそう頼むと、少年は笑って彼を招き入れた。
少年の後に続いて、廊下を歩く。
進む廊下はとても長く感じ、軋む床の音が耳の奥に残った。
「親はいないのかい」
「はい。つい先日に亡くして…」
後ろ姿を見るだけでは、少年の表情はわからない。
だが、どこか寂しそうな声に、七科は聞こえた気がした。
「この部屋でおくつろぎください。後で夕食をお持ちします」
「そんなことまでしてもらって悪いな。お前さん、名前は?」
「紫火と申します。では、また後程」
廊下に出ると少年…紫火は襖を閉めて、そのまま去っていった。
七科は障子に映る紫火の影を目で追いながら、短く息を吐いて、緊張させていた体の力を緩めていく。
「しほ…か」
そして、紫火の名を呟いて、口内で転がしてみる。

どれだけの時間が過ぎただろうか。
時間の経過がわからず、まるで時が止まっているような錯覚さえ感じる。
ふと襖の方を見ると、紫火と思われる影があった。
「夕食をお持ちしました」
静かな声と共に襖が開いて、膳を持った紫火が入ってくる。
「お口に合うかわかりませんが、焼き魚と山菜の吸い物です」
七科の前に、膳が差し出された。
紫火の言う通りの料理がそこにはあり、食材の薫りが鼻を擽る。
「すまんね」
「いえ」
紫火は軽く頭を下げ、部屋の隅に下がる。
「お前は食べんのかい?」
「えぇ。僕は先に食べましたから」
「そうか。なら、早速頂くとするか」